蜜葉

梅雨入り

13

　初めてストーカーと顔を合わせたあの夜、小振りなほくろを両方の口角に有した印象的なその顔を、高城は忘れていなかった。忘れるはずがなかった。
　だから日が経つほど自ら接近してみたくなり、自宅や会社の周りを注意深く詮索したりした。あの夜以降、湊はどこへも姿を現していなかった。

　相変わらず雨は頻りに降り続いたが、一週間後にようやく、傘もささずにマンションの外壁にもたれ掛かる、男の人影を闇にとらえることができた。
　仕事から帰った高城と面を合わせた湊は、抵抗することもなく俯いていた。侘びしい街灯の光が二人を照らす中、この前と同じ帽子を目深に被っていた湊の表情は、まるで窺い知ることのできないものだった。
　怪訝な視線を向けて屋内に入っていく住民を横に、湊は相変わらず俯いたまま口を開こうとはしなかった。
　ただ、聴覚や視覚の全てをかき消す雨に紛れて

僕を覚えていますか

と音のない言葉が一言、風となって耳を掠めた。



「――薬局に薬を貰いに行くから、お前は黙って駐車場にいろ。事故でも起こされたら敵わないからな。」
「お前、じゃない。“ジュン”ってちゃんと名前で呼んで。それに、もう子どもじゃないんです。説教じみたことはよして下さい。」