祝宴

夏蜜

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 人間の不幸は鬼の幸――。

 年の瀬が押し迫るなか、空腹を満たせぬまま末を迎えようと観念していた火焔は、当夜になって思わぬ上物を手に入れた。自棄になって人里へ降りようとしていた時である。
 凍てついた真冬の川原で、まだ年若い人間を見つけた。目立った傷はなかったが、既に息は途絶えている。逃げてきたのか自ら赴いたのかは定かでないが、不運にも、この若人は年を越す前に里端で倒れたらしい。
 被衣は身につけておらず、金糸で睡蓮の刺繍を施した小袖が月明かりに際立っている。艶やかに乱れた長い髪を払い除けると、凛とした顔立ちの娘が静かに眠っていた。
 火焔は試しに顎を引き寄せ、凍えた娘の下唇を牙で咬んだ。久しぶりに喉の渇きが癒される気がする。軽く味見をして傷口を舐めとり、躰のほうへも興味が湧いた。
 しかし、胸元に手を差し伸べたとき奇妙な感覚に陥った。やや乱暴に帯を解き小袖を脱がすと、それは紛れもなく少年である。
 無垢な肌質がちらつく雪と相まって、白さをより引き立たせている。線の細い体格は年頃の女そのもので、特別めざとい者でなければ怪しまれることもなかっただろう。
 少々当てが外れた火焔だったが、若い人間の血を口にできたのはこの冬始まって以来だったため、物珍しさもあり寝床へ持ち帰ることにした。
 森に舞い戻ってきた火焔は、住居の結界を解き足を踏み入れた。石畳を進むたびに、主人を迎え入れた木灯籠が両側に紅い輪を放つ。  
 鬼は人間の生き血を吸い、その躰を喰んで己の命を繋ぐ。若い年頃の女が一番甘美であったが、火焔は特に見目がよく穢れのない娘を好んでいた。
 しかし、いつからか、どんなに女を求めても飢えは一向におさまらない。その飢えは、清流の水を飲んだり、新鮮なクコの実や胡桃を食することで満たされるものでもなかった。
 道の開けた場所に出れば、広大な池を湛えた向こう側に御殿が見える。濃い夜霧が入り母屋の物々しい屋根を覆い、四方へ複雑に張り巡らした濡れ縁を不気味に浮かびあがらせている。
 火焔は八ツ橋を渡りながら、胸の傷痕に片手をやった。片方に女――少年を抱きかかえているせいか、新傷が疼きだしている。うら若い娘にやられた時の痕だ。
 火焔は鬼とはいえど、どちらかと言えば人間的な性格であった。本来鬼が生きるために持つ、荒々しさや無慈悲な振舞いに欠けている。そう自覚はあったものの、人目を惹く容貌が彼を助け、喰べることに困ることはなかった。
 日が沈む頃いつものように里へ降りた火焔は、ふと遠方へ気が惹かれた。紫紺の空に火の玉が上がり、続いて朱の花が咲く。目一杯広がったかと思うと、大輪は空気を震わせ、儚くも雫を地上へと落としてゆく。
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