シンデレラフィットの異世界で、愛される伯爵夫人を目指していいですか?

帆々

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いた場所と、違う場所と(4)

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扉が開きガイが降りた。

「ユラ、どうぞ」

彼が差し出す手を取り、わたしも馬車を降りる。足が砂利を踏む感覚を伝えた。

アーチ状の屋根がせり出した大きな玄関の前に、多くの人々が立ち並んでいる。男性はスーツ姿で、女性はシンプルな長めのワンピース風の衣装だ。
白髪の男性が進み出て、恭しくガイへお辞儀をする。

「お帰りなさいませ」

ガイは彼へ軽くうなずいて返し、わたしの手を再び取った。やや引き寄せる。

「お嬢さんをお連れしたよ。ヤン」

ヤンというのは白髪の男性らしい。そこへ年配の女性も進み出てきた。頭に看護師の制帽に似たものをのせている。

「ドラ、お嬢さんのお世話をよろしく頼むよ」
「よろしゅうございます。すべて準備が整っております」

ドラとガイが呼んだふくよかな女性は、わたしへ優し気に微笑んでくれた。

「ようこそ、いらっしゃいませ」

先ほどのガイの言葉に従い、うなずいた。

「お世話になります」

緊張の挨拶が済めば、そこからはふわふわと覚束ない。
ガイについて、邸の中に入る。

大きな玄関ホールの奥に階上への階段があった。それを上らずに、広い通路を歩き一つの扉の前でガイが止まった。扉を開け、わたしへ入るように促す。

そこは長方形の広い部屋で、大きな窓が庭に面して長く続いていた。そこから明るい日が射している。
短い方の壁には天井まである本棚があり、ぎっしり本が並べられている。

ちょっと図書館のような雰囲気があるけれども、厚く敷かれた絨毯やあちこち目に入る重厚な家具のせいで、わたしの慣れた気軽さはない。

「どうぞ。楽にするといい」

ガイはわたしに断りを入れてから、たばこに火を点けた。ぶらぶらと歩き暖炉の前まで来ると、少し起きている火を鉄の棒でかき混ぜた。

少し肌寒く感じたから、火の温かさは嬉しかった。

マントルピースのふちにもたれるようにして、くわえたばこで背伸びをした。
そうしている彼を見ると、とても背が高いのがよくわかる。

わたしは長いすの端に座った。

ほどなくして、扉が開いた。ワゴンを押した男性が入って来る。

銀色のそれには、湯気の上がるポットが大小二つ。華奢なティーカップが皿の上にのり、そばには、トレイの上に整って置かれたさまざまな焼き菓子がそろう。
やや眺めたくなるほどのきれいなティーセットだ。

つい、手が動いた。

銀の方のポットから陶器の方へお湯を注いだ。カップを並べる。ワゴンの上の砂時計を返し、その砂が落ち切った頃合いでカップにお茶を注ぐ。

湯気の上がるそれを、こちらへやって来たガイへ差し出した。
彼は少し驚いているようだった。

「まるでここの女主人のようですよ」
「え」

単に習い事の一つとして、ティーマナーを習っていただけだ。実際は、それほど家で紅茶など飲みもしなかった。
なのに、こんなところで役立つなんて。

お茶はやっぱり薄い桃色をしていて、柔らかい香気がある。ミルクを添えることもしないようだ。
興味があって、ナプキンを膝に広げてから、トレイの焼き菓子を一つつまんだ。小さなビスケット状のそれを割ってみる。中にはジャムのようなものが入っていた。

口に入れると、生地は香ばしく中のジャムが意外にほろ苦くおいしい。
自然に頬が緩んだ。

「ドラが張り切ったようですね。僕一人だとそんなものは何もない」
「ガイは…、一人なの?」
「ええ」

やっとイスに掛けた彼が、うなずいた。

この人は幾つほどのなのだろう。しっかりした大人に見えるから、二十代の後半ぐらいか、もっと上か。
一人ということは、家族がいないという意味か。別で暮らしているということなのかもしれない。

彼は背もたれに身を預けて脚を延ばし、寛いだようにしている。

「質問なら、何でもどうぞ。そう、基本的なことは言いましょうか」

一人でこの邸に住み (使用人は別棟に住んでいるという) 、学究院で教授職をしている。

ああ、と思った。
それで、わたしの前のフィリップという博士と気が合ったのだ。話もよく合ったのだろう。

「こちらには、年齢という概念がないのですが…」
「え」
「月があるから、どうしても日月単位は意識してしまうが、それを集めて年というくくりにはしない」

意味を取れないわたしへ説明してくれた。
年という考え方がないという。代わりに、何々を終了した、修めた、ということが単位のようになるらしい。

「言葉を修めた、と言えば、学童期に入るほどの子供を表します。その後入学すれば、終えた課程がそのまま過ごした時間を示すでしょう」
「ふうん」

不思議な感じがする。人としての経過時間が漠然としているからだ。
課程を終えたことがそれを表すとガイは言うが、人によって終えるスピードが違うことも多いはずだ。

同じ教室に、成長のばらばらな子供たちが集まっているイメージだ。それを言えば、

「そうですよ」

と返って来る。
こちらには、決まった入学式も卒業式もないという。終えた順から入学なり卒業するから、一斉にそろって祝う習慣もない。

「ふうん」

それから少しお茶を飲み、わたしはお菓子をつまんだ。おいしくて、つい手が伸びるのだ。

「お好きなだけどうぞ」

ちょっとおかしがっている風な声がかかるから、恥ずかしくなって止めた。
指をぬぐっていると、

「もっと食べればいいのに」

からかうような声で言う。

「もういいの」

うつむいて首をふる。

そうだ。聞きそびれてしまっている。

お茶を一口飲んでから、自分の年齢を何とか表そうとした。
終えた課程のことを表現する方法がわからず、結局、法的な成人の少し前だと告げた。

「ガイは幾つくらいなの?」
「僕は、皇太子後見職位の名誉を賜りました」

え。

それが、幾つに相当するのかわからない。
しばらくしてガイが、肩を揺らし楽しそうに笑った。

「計算したことがあるのです。あなた方風に。僕は30歳くらいらしい」

お茶の後で、ヤンが銀の盆に乗った幾通もの手紙をガイへ差し出した。
何となく目が追う。

表書きにこうあった。
『春告げる伯爵家当主侯 御許』

ガイはそれらにちらっと眺めて、あちらを顎で示した。そこには書き物机がある。

指示通り、ヤンは盆のそれらを机に置き直した。

ポケットから出した小さなベルを振る。
よく通る、けれどもうるさくないきれいな音がして、しばらくの後で、別な男性が部屋入って来る。その彼は手際よくお茶のセットを片付けてく。

春告げる伯爵。

ガイはそのような人らしい。
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