76 / 79
甘やかな月(20)
ガイが出かけた後で、決まった仕事をこなした。
手紙の処理や、『レディ・チュチュ』の梱包など。それらが済めば、もう昼に近い。
昼食は、まれにガイも帰ることがあるが、ほとんど一人だ。
「お昼食は、こちらでよろしゅうございますか?」
献立表をドラが持って現れた。一人なので、ごく軽くといつも頼んである。
サンドイッチと卵料理だ。デザートにアイスクリーム。
この時に、夕食の献立のチェックも求められる。魚料理がメインの、前菜に鳥のゼリー寄せがあり、これはガイがあまり好まないようだったので、変更してもらう。
昼食をとってから、書斎に戻った。
もう大きくなったチュチュは、勝手に邸内をうろうろ遊びまわり、気がつくとわたしの足もとにいたりする。
少しなぜてやってから、呼び鈴を鳴らした。
現れたメイデルに、ヤンを呼んでほしいと頼んだ。
「手が空いていたらでいいの」
ほどなくやって来たヤンに、手伝ってほしいことがあると告げた。
「何でございましょう」
わたしは手紙の文面を考えてほしいと言った。わたしの文章力では稚拙過ぎ、巧くつづれない。
「ガイが書くような文章を教えてほしいんです。彼の字はわたしが書けるから」
「内容はどのような」
「保安局の偉い人たちにあてた手紙で、ミカ少尉の処分を軽くしてもらうためのものです」
そこでヤンは「おや」という表情を見せた。やや間を取ってから応える。
「それは、旦那さまがご了解のことがらでございましょうか?」
「いいえ。ただ、ガイは少尉の処分について、指示はしていないと言っていたから。保安局の方がガイをはばかって処分を決めるのだろうって」
「確かに。旦那さまのお立場で、そのような指示を直接出されることはございません。ご不快のご様子をうかがって、周囲が忖度申し上げるのが常でございます」
「わたしは、あの人をクビにしてほしいとか、左遷させてほしいとか思っていないんです。逆にそんなことをされたら、怖いくらいです。ただ、反省してほしいだけだから」
ヤンは沈黙の後で言った。
「旦那さまは、奥さまのお考えをあまりお喜びにはならないと思われますが、よろしゅうございますか?」
「それはどういう?」
「今回の奥さまの遭われた件で、旦那さまは大変お怒りとお見受けいたしました。責任者に相応の落としどころを求めるのは、伯爵家の家格を考慮して、いたって尋常な成り行きでございましょう」
「いけませんか?」
ヤンは首を振った。
「そうは申しておりません。奥さまがそうすることですっきりと納得されるのでしたら、ご協力いたします」
「ありがとう。ガイやこの家に迷惑をかけることはしませんから」
ヤンの知恵を借り、文面を整えてもらった。
『…該当の者に厳しい自省はもちろん、かつ春告げる伯爵家との関与を永劫に断つ誓約を得るのであれば、侯は不問に処すことを望む。これは妻が特に寛恕を持つことからの希望であり、それを認めるものとする』。
『妻が~』の部分は気恥ずかしい。
削ってはいけないのかをヤンに聞いた。
「旦那さまなら、奥さまが特に望まれたくだりは必ず述べられることでございましょう」
ならば仕方がない。夕べの怒りがいきなり軟化したエクスキューズにもなるかもしれない。
ヤンの文章をきれいに書き写した。
「助かります」
まるでガイが書いたような手紙になり、出来栄えにうれしくなる。
手紙の署名欄に、ヤンは印璽を押した。これは婚姻届けを書く際に見たことがあった。
「お名前をお貸しになることは、白紙委任と同じ意味だとはおわかりでございましょうね」
ヤンの優しい問いに、わたしはガイに、理由を言わずに名前を貸してほしい頼んだことを思い出す。
彼も聞かなかったから、今まで何も感じずにいた。
ヤンの言うように、それは白紙の委任状にサインをするのと同じことだ。
「側聞いたしまして、大変驚きました。以前の奥さまにはお許しになられなかったことがらでございます」
「え」
何度かレディ・アリナがガイにそれを求めたことがあったという。しかしガイは首を縦に振らなかった。
「「君が伯爵になればいい」と返されて。ご当主として、そのお返事は当然だとは思いましたが」
だから、今回わたしの申し出に、ガイが易くうなずき、更に印璽の使用も許したので、よほど驚いたという。
朝のガイの様子を思い出してみる。わたしの頼みに、意外そうに彼は少し目を凝らしてわたしを見た。それから少し笑ったように思う。
気づいたのかもしれない。
わたしのこの計画を。
手紙の処理や、『レディ・チュチュ』の梱包など。それらが済めば、もう昼に近い。
昼食は、まれにガイも帰ることがあるが、ほとんど一人だ。
「お昼食は、こちらでよろしゅうございますか?」
献立表をドラが持って現れた。一人なので、ごく軽くといつも頼んである。
サンドイッチと卵料理だ。デザートにアイスクリーム。
この時に、夕食の献立のチェックも求められる。魚料理がメインの、前菜に鳥のゼリー寄せがあり、これはガイがあまり好まないようだったので、変更してもらう。
昼食をとってから、書斎に戻った。
もう大きくなったチュチュは、勝手に邸内をうろうろ遊びまわり、気がつくとわたしの足もとにいたりする。
少しなぜてやってから、呼び鈴を鳴らした。
現れたメイデルに、ヤンを呼んでほしいと頼んだ。
「手が空いていたらでいいの」
ほどなくやって来たヤンに、手伝ってほしいことがあると告げた。
「何でございましょう」
わたしは手紙の文面を考えてほしいと言った。わたしの文章力では稚拙過ぎ、巧くつづれない。
「ガイが書くような文章を教えてほしいんです。彼の字はわたしが書けるから」
「内容はどのような」
「保安局の偉い人たちにあてた手紙で、ミカ少尉の処分を軽くしてもらうためのものです」
そこでヤンは「おや」という表情を見せた。やや間を取ってから応える。
「それは、旦那さまがご了解のことがらでございましょうか?」
「いいえ。ただ、ガイは少尉の処分について、指示はしていないと言っていたから。保安局の方がガイをはばかって処分を決めるのだろうって」
「確かに。旦那さまのお立場で、そのような指示を直接出されることはございません。ご不快のご様子をうかがって、周囲が忖度申し上げるのが常でございます」
「わたしは、あの人をクビにしてほしいとか、左遷させてほしいとか思っていないんです。逆にそんなことをされたら、怖いくらいです。ただ、反省してほしいだけだから」
ヤンは沈黙の後で言った。
「旦那さまは、奥さまのお考えをあまりお喜びにはならないと思われますが、よろしゅうございますか?」
「それはどういう?」
「今回の奥さまの遭われた件で、旦那さまは大変お怒りとお見受けいたしました。責任者に相応の落としどころを求めるのは、伯爵家の家格を考慮して、いたって尋常な成り行きでございましょう」
「いけませんか?」
ヤンは首を振った。
「そうは申しておりません。奥さまがそうすることですっきりと納得されるのでしたら、ご協力いたします」
「ありがとう。ガイやこの家に迷惑をかけることはしませんから」
ヤンの知恵を借り、文面を整えてもらった。
『…該当の者に厳しい自省はもちろん、かつ春告げる伯爵家との関与を永劫に断つ誓約を得るのであれば、侯は不問に処すことを望む。これは妻が特に寛恕を持つことからの希望であり、それを認めるものとする』。
『妻が~』の部分は気恥ずかしい。
削ってはいけないのかをヤンに聞いた。
「旦那さまなら、奥さまが特に望まれたくだりは必ず述べられることでございましょう」
ならば仕方がない。夕べの怒りがいきなり軟化したエクスキューズにもなるかもしれない。
ヤンの文章をきれいに書き写した。
「助かります」
まるでガイが書いたような手紙になり、出来栄えにうれしくなる。
手紙の署名欄に、ヤンは印璽を押した。これは婚姻届けを書く際に見たことがあった。
「お名前をお貸しになることは、白紙委任と同じ意味だとはおわかりでございましょうね」
ヤンの優しい問いに、わたしはガイに、理由を言わずに名前を貸してほしい頼んだことを思い出す。
彼も聞かなかったから、今まで何も感じずにいた。
ヤンの言うように、それは白紙の委任状にサインをするのと同じことだ。
「側聞いたしまして、大変驚きました。以前の奥さまにはお許しになられなかったことがらでございます」
「え」
何度かレディ・アリナがガイにそれを求めたことがあったという。しかしガイは首を縦に振らなかった。
「「君が伯爵になればいい」と返されて。ご当主として、そのお返事は当然だとは思いましたが」
だから、今回わたしの申し出に、ガイが易くうなずき、更に印璽の使用も許したので、よほど驚いたという。
朝のガイの様子を思い出してみる。わたしの頼みに、意外そうに彼は少し目を凝らしてわたしを見た。それから少し笑ったように思う。
気づいたのかもしれない。
わたしのこの計画を。
あなたにおすすめの小説
「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」
透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。
そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。
最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。
仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕!
---
地味令嬢の私が婚約破棄された結果、なぜか最強王子に溺愛されてます
白米
恋愛
侯爵家の三女・ミレイアは、控えめで目立たない“地味令嬢”。
特に取り柄もなく、華やかな社交界ではいつも壁の花。だが幼いころに交わされた約束で、彼女は王弟・レオンハルト殿下との婚約者となっていた。
だがある日、突然の婚約破棄通告――。
「やはり君とは釣り合わない」
そう言い放ったのは、表向きには完璧な王弟殿下。そしてその横には、社交界の華と呼ばれる公爵令嬢の姿が。
悲しみも怒りも感じる間もなく、あっさりと手放されたミレイア。
しかしその瞬間を見ていたのが、王家随一の武闘派にして“最強”と噂される第一王子・ユリウスだった。
「……くだらん。お前を手放すなんて、あいつは見る目がないな」
「よければ、俺が貰ってやろうか?」
冗談かと思いきや、なぜか本気のご様子!?
次の日には「俺の婚約者として紹介する」と言われ、さらには
「笑った顔が見たい」「他の男の前で泣くな」
――溺愛モードが止まらない!
竜帝と番ではない妃
ひとみん
恋愛
水野江里は異世界の二柱の神様に魂を創られた、神の愛し子だった。
別の世界に産まれ、死ぬはずだった江里は本来生まれる世界へ転移される。
そこで出会う獣人や竜人達との縁を結びながらも、スローライフを満喫する予定が・・・
ほのぼの日常系なお話です。設定ゆるゆるですので、許せる方のみどうぞ!
聖女様と間違って召喚された腐女子ですが、申し訳ないので仕事します!
碧桜
恋愛
私は花園美月。20歳。派遣期間が終わり無職となった日、馴染の古書店で顔面偏差値高スペックなイケメンに出会う。さらに、そこで美少女が穴に吸い込まれそうになっていたのを助けようとして、私は古書店のイケメンと共に穴に落ちてしまい、異世界へ―。実は、聖女様として召喚されようとしてた美少女の代わりに、地味でオタクな私が間違って来てしまった!
落ちたその先の世界で出会ったのは、私の推しキャラと見た目だけそっくりな王(仮)や美貌の側近、そして古書店から一緒に穴に落ちたイケメンの彼は、騎士様だった。3人ともすごい美形なのに、みな癖強すぎ難ありなイケメンばかり。
オタクで人見知りしてしまう私だけど、元の世界へ戻れるまで2週間、タダでお世話になるのは申し訳ないから、お城でメイドさんをすることにした。平和にお給料分の仕事をして、異世界観光して、2週間後自分の家へ帰るつもりだったのに、ドラゴンや悪い魔法使いとか出てきて、異能を使うイケメンの彼らとともに戦うはめに。聖女様の召喚の邪魔をしてしまったので、美少女ではありませんが、地味で腐女子ですが出来る限り、精一杯頑張ります。
ついでに無愛想で苦手と思っていた彼は、なかなかいい奴だったみたい。これは、恋など始まってしまう予感でしょうか!?
*カクヨムにて先に連載しているものを加筆・修正をおこなって掲載しております
【完結】モブ令嬢としてひっそり生きたいのに、腹黒公爵に気に入られました
22時完結
恋愛
貴族の家に生まれたものの、特別な才能もなく、家の中でも空気のような存在だったセシリア。
華やかな社交界には興味もないし、政略結婚の道具にされるのも嫌。だからこそ、目立たず、慎ましく生きるのが一番——。
そう思っていたのに、なぜか冷酷無比と名高いディートハルト公爵に目をつけられてしまった!?
「……なぜ私なんですか?」
「君は実に興味深い。そんなふうにおとなしくしていると、余計に手を伸ばしたくなる」
ーーそんなこと言われても困ります!
目立たずモブとして生きたいのに、公爵様はなぜか私を執拗に追いかけてくる。
しかも、いつの間にか甘やかされ、独占欲丸出しで迫られる日々……!?
「君は俺のものだ。他の誰にも渡すつもりはない」
逃げても逃げても追いかけてくる腹黒公爵様から、私は無事にモブ人生を送れるのでしょうか……!?
【完結】こっち向いて!少尉さん - My girl, you are my sweetest! -
文野さと@書籍化・コミカライズ
恋愛
今日もアンは広い背中を追いかける。
美しい近衛士官のレイルダー少尉。彼の視界に入りたくて、アンはいつも背伸びをするのだ。
彼はいつも自分とは違うところを見ている。
でも、それがなんだというのか。
「大好き」は誰にも止められない!
いつか自分を見てもらいたくて、今日もアンは心の中で呼びかけるのだ。
「こっち向いて! 少尉さん」
※30話くらいの予定。イメージイラストはバツ様です。掲載の許可はいただいております。
物語の最後の方に戦闘描写があります。