黄昏乙女は電車で異世界へ 恋と運命のループをたぐって

帆々

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箱にしまって、開けないで

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 旅も終盤だ。暮れる前にはセレヴィアの領地に入れる。

 そんな時だ。御者が馬車を止めた。何事かと車中の皆が顔を見合わせた。

 扉越しに御者が声をかける。

「前方から騎馬の小隊がやって来ます。何者ともうかがえません。警戒し、念のため脇道へ逸れましょうか?」

「……そうね」
 
 キシリアはそう返し、馬車は間もなく道を戻り別の道を使うことになった。供人の馬車らもそれに続く。

 しばらく馬車が走ったところで異変があった。地面を蹴る多数の蹄の音が迫ってくる。こちらが道を譲ったのに、なぜか後を追われている。

 乳母は小さい悲鳴を上げ、それに続いてイアも泣き出した。さらはキシリアと手を握り合って驚きを噛み締めた。

 ほどなく馬車は再び停止した。

「強盗かしら? まさかまだ明るいうちに……」

 キシリアの声は震え混じりだ。さらも事態が読めず恐怖が込み上げる。

 そこへ扉を叩く音がした。返さないと相手は更に叩く。御者であれば何か言うはずだ。言葉はない。

 不意に扉が向こうから開いた。人物の隙間から陽の光が差し込んだ。

「ダリア……!」

 キシリアが安堵の声を上げる。扉を開けたのはダリアだった。深い銀の髪にグレイの瞳の端正な顔立ち。頬が少し砂埃で汚れていた。肩を覆う緋のマントもさらには懐かしい。

「なぜ逃げる? 急に消えるから肝を冷やした」

「大勢で現れたら恐ろしいじゃない。強盗かと驚いたのよ」

「旅程より一日ずれているから、何かあったかと迎えに来た」

「素敵な景色があったから、あちこち立ち寄ったの。清水の湧く泉をあなた知っていて? 金の魚が泳ぐそうよ」
 
 ダリアは苦笑しそこで扉を閉めた。馬をまとめ馬車の警護に付く。

 そこからは騎馬小隊に守られながらの道だ。寄り道もない。日暮れ前には城の堀を渡ることができた。

 馬車を降りた。キシリアに従い居住区へ向かう敷石を歩きながら、さらの目はあちこちにさまよう。

(またここに戻ってきた……)

 不思議な感慨だった。どこかでほっとするのは馴染みのある場所だからか、それともここへ引かれているからか。久しぶりにダリアを見てその思いは強まった。

 死んでも死んでもここに戻る。

『邸点』にも彼は存在した。しかしそれはわずかで、しかもサラの目を通してのものだ。あまり印象がない。

 馬車の扉が開き光と共に彼が現れた。キシリアと言葉を交わす小さな時間。さらは彼から瞳が離せなかった。胸の奥で何かが開く気がした。

 それは憧れを心に押し込めた箱で、さらの場合は本の形をしている。『廃宮殿の侍女』。ダリアはまさにその登場人物の具現化だった。

 雰囲気も立ち位置もイメージそのもの。どうしても目を奪う。改めて同じ時空に存在したのは、ここで生きろという呪縛なのかもしれない。

『廃宮殿の侍女』は侍女の目線である邸の終焉を描いた物語だ。主人一家の悲喜交々。それを時に共有しながら侍女は邸という小さな世界を眺めている。

(まるでわたし)

 ダリアが『廃宮殿の侍女』のダニエル・フォード伯爵なのなら、侍女はさらしかいない。侍女の目を通して世界は動いていくのだから。

 とはいえ、この世界が物語を反映したものとはさらも考えない。設定も人物も全く異なる。本はきっかけとして機能しているのではないか。

 魔法の本だというのではなく、描かれた何かが心の琴線に触れる。彼女の場合は登場人物への無意識の強いイメージだ。それが異世界へ渡る鍵だとしたら、本の役割も意味がある。

(現実逃避の妄想癖が招いたことなのかも)

 職場の悩みの他、伯父一家との関わりが負担だった。自由が欲しいのに孤独も感じていた。

 何かが欲しいのではなく、それを探せない自分に劣等感もある。行動を起こすのが苦手で、代わりに画面越しの誰かを眺めて過ごす……。

 あちらの世界で、彼女は知らないうちに「ここではないどこか」を求め続けていたのかもしれない。

(『廃宮殿の侍女』はそれに応えてくれた)

 二度凄惨な死を迎えた経験もある。だから、トリップすることがそのまま幸福だとも思えなかった。ここなら自己実現が叶うのでもないだろう。

 何気なく触れた左手首に腕輪の存在を感じた。その時にはっとなる。

 この腕輪は『セレヴィア点』から帰った後もあちらの世界に現れ、さらを驚かせた。今回も気づけば腕にある。キシリアは王子が似たものをしていたと言った。

(似たものでなく、そのもの)

 さらはそう思う。力で歪めて彼女の腕に合うよう輪を狭めてあるから、あの時彼がくれたものに違いない。

 ならば、今の時点王子の腕からこれは消えているのか。

「こちらをお使い下さいませ」

 声に顔を上げた。物思いはそこでふつっと切れた。

 そこは居住区の一室だ。メイドが扉を開けてさらを中に促している。美しい婦人部屋だった。てっきり使用人の部屋をあてがわれると思っていたのに。

 きれいに整った広い室内に頬が緩んだ。遅れてメイドが彼女の荷物を寝台の上に並べた。キシリアに買い与えてもらったものだった。

 メイドは見覚えのある人で、前回王子の衣類の洗濯の仕方を教わったこともある。荷解きは自分ですると断った。

「七時から晩餐でございます。食堂へお出まし下さい」

「え」

 驚いたが、頷いて返す。

「ご用がおありでしたら、呼び鈴をお使い下さい。お部屋まで参ります」

「……ありがとう」

 メイドは静かに下がって行く。

『セレヴィア点』との待遇の違いにさらは唖然となる。キシリアがそのように計らってくれたのだろうとすぐ想像がついた。

 さらは部屋を出てイアの部屋に向かった。彼女はイアの係だ。子供部屋では乳母がイアの面倒を見ていた。サラもそこに加わる。

 使用人の大食堂ではそろそろ夕食が振る舞われる時刻のはず。急いだ移動でお茶の時間もなかった乳母は疲れているだろう。

「お食事を済ませてはいかがですか? イア様はわたしが見ていますから」

「あら、そうですか? 悪いですね」

 乳母は二つ返事で部屋を出て行った。

 さらがイアの遊び相手になっていると、扉が開いた。乳母が戻るにしては早い。顔を向けると扉に立つのはダリアだった。

 彼の姿にさらは緊張が走る。どういう態度を取るのが今の状況に自然なのか読めない。『セレヴィア点』の時とは彼女の立場は違うようだし、壁に背をつけて項垂れるのもおかしいだろう。

 結局頭を下げて、言葉を待った。

 ダリアは床のイアを抱き上げた。彼とはほぼ初対面のはずが、人見知りをしないイアは高みにきゃっきゃと喜んでいる。

「姉からは何も説明がない。あなたはロノヴァン家の方か?」

 硬い声だった。さらを怪しんでいるのが口調に滲む。出戻った姉が伴った客待遇をする女は、弟の彼には確かに不審なはずだ。「ロノヴァン家」とはキシリアの嫁ぎ先だった家だ。

「いえ」

 さらはキシリアと出会った経緯から全て話した。もちろんトリップの件は伏せて。聞きながらダリアは姪を肩車してやり無言でいる。

 端折った箇所はある。しかし嘘は一切ない。

 強い圧を感じながら話し終えた。彼は武人だけあって体も逞しく将らしい威厳もある。見定めるような視線をさらに向け、切り出した。

「難儀に遭われたのは気の毒だが、城に招くのは問題だ。ここは戦時の要塞でもある。何処でもご希望の地へお送りする任は持つ。姉が許した責はそれで見合うだろう。早急に立ち退かれたい」
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