スローライフの闖入者~追放令嬢の拾った子供が王子様に化けました~

帆々

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2.金髪のコレット

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コレットを見つけてから、数日過ぎた。


わたしの後をとことこついて回る小さな彼は、すぐに館になじんだ。


教えれば字も書くし、読むこともできる。男たちも可愛がり、ライナスなどは剣の手ほどきをしてやっていたりもする。


出先で雨に降られ、びしょぬれになって領主館に帰り着いた。コレットはさかんにくしゃみをしている。


「まあ、そんなにぬれては、お風邪を引きますよ」


出迎えたマリアが風呂を用意してくれた。


「ありがとう。助かるわ。コレットも一緒に入れちゃうから」

「はいはい。着替えを出しておきますね」


浴室でドレスを脱いだ。コレットはじっとしているから、早く脱ぐように声をかけた。いつもはジュードやマットなどと入るから、女が恥ずかしいのかと思い、可愛らしくなる。


「お母さんみたいなものでしょ、わたしは」


きっと家にいて世話を受ける子供ならば、まだまだ母親べったりの頃じゃないのだろうか。


わたしが先に脱いだ後で、コレットの服も脱がした。肌が冷えて冷たい。抱きかかえて湯に入れてあげた。


この時代、女性は十七歳くらいから婚期に入る。もっと早い人は十五歳、十六才もいる。そんな人たちに比べれば、わたしは行き遅れもいいところだ。


結婚に憧れも夢もないが、コレットに接していて、子供はいいものだなと思う。そればかりはほしい気がする。


そんなことをエリーやマリアに話すと、


「ご養子を迎えればいいじゃないですか」


と言うから驚く。


その手があったのか、とうれしくなった。養子など、世にありふれているのだから、どうして思いつかなかったのだろうかと、自分でもおかしい。


その考えを得てから、コレットを眺めると、自分の子供にしたいような気が、ふつふつとわくのだ。


「お嬢様の母性ですよ」


年配のベルが言う。


「お嬢様は、犬の子でも馬の子でも一緒に添い寝して看病なさるお方ですよ。人間の子供に、その優しさが向かないわけがないじゃありませんか。…ですが、ご自身の結婚をあきらめなさるには、まだまだお早いと思いますがねえ。お美しいのに、もったいないったらありませんよ」


ベルの言葉にはちょっと意味があるように思われた。王都に住むわたしの義妹の結婚が決まったという知らせが届いていた。


その際の祝い用に使う費用や果樹だの何だのを送れとの父の指示があった。結婚式に帰れとの言葉はなかった。


窮屈な場にめかしこんで、かしこまっているのは好きではない。それなのに、あっさりとし過ぎた手紙に、ほんのり傷つく自分がいた。


王都に憧れがない、興味もない。


もしかしたら、それはわたしのポーズなのかもしれない。そこにふさわしくない、求められもしない自分を認めたくないがために。そうやって、先回りして防御してきたのかもしれない。


そして、用があるときだけ、勝手な要求を突きつけて来る父たちにどこかで腹が立ってもいた。



夕暮れ、村の祭りを見に訪れた。幾組かの婚礼も兼ねていて、華やかだった。


領主館から祝いの品も運ばせ、喜ばれた。機会があれば足を運び、村人たちと直に触れ合い声を聞く。わたしはこれを大切にしてきた。


彼らこそが、領地の土台を支える大切な基礎なのだと知ったからだ。不満も苦労も、すべてを吸い上げることは出来ないが、なるべく多く知り、改善につなげる努力をしていく。


領主の仕事の要はそこだと、何となく肌で感じつつあった。


ジュードとマリアは腕を組み、出し物を見物していた。わたしの隣りにはライナスがいて、そのたくましい肩にコレットを肩車してあげている。


「ほら、坊主、火を吹く男が見えるか? わかった。耳を引っ張るな」


ライナスへ声をかけた。


「あなたの言う通り、柑橘を育ててよかった。生育もいいみたい。王都でそんなに人気があるなんて知らなかった」


彼は領地に来て三月の新参者だが、各地を回った見分の広さと大工仕事もこなす器用さで、みんなに重宝されている。王都では御前試合に臨んだ経験もあるという凄腕の元騎士だ。


わたしの声に、彼が精悍な顔をほころばせる。


「大したことじゃないですよ。最近の王都を知っている者なら、誰でも承知のことです。この土地が耕作にも適しているんじゃないかと思ったまでですよ」

「最近の王都を知っている者がまずいないのよ、このあたりだと」

「こんなこと軽く言っては、王都でなら不敬罪だが、ここならいいでしょう」


と、ライナスが第二王子の冷酷な振る舞いについて触れた。現王陛下には、お二人の王子がいらっしゃって、長男の第一王子のラルフ様が王太子に就かれている。彼が言うのは、その下の弟君の話だ。


「酔って、人を斬ったのですって?」


「そう、アリヴェル王子の近衛隊にわたしの旧友がいて、実際見たと言っています。それが初めてではないらしい。兄上とはお年も離れ、父陛下には遅くの御子でひどく甘やかされてのお育ちと聞きますが、そういうご性分なのですよ。王家を守る騎士をやっているのが嫌になる話です」


「まあ」


アリヴェル王子の暴虐を伝える噂は、わたしも耳にしたことがあった。伝聞の伝聞で、どこまでが真実か知れない。


でも、今のライナスの話には信憑性がある。


彼が騎士を辞め、王都を去った理由の一つなのかもしれない。


重い話を聞いた後で、村長の挨拶を受けた。村の金持ちの家で盗みが続き、困っているとぼやいていた。

近くの駐屯兵団に連絡を入れておくと伝えた。平時の兵団は警察機能も兼ねる。こんなことも領主の仕事の一つだった。



「リンゴ酒を樽に五つ。それとケーキ用の梨の砂糖漬けもたっぷり要るのですって。明日、青果場へ行ってみないと」


腕の中のコレットがわたしの髪をちょんと引いた。一緒に眠るのも慣れて、気を引きたいときがあると、こんな風なことをするようになった。


問いたそうな目がわたしを見ている。話の意図が読めないのだろう。


「義妹のシェリルが結婚するのですって。それで、さっき言ったものを送ってほしいと父から手紙が来たの。お式用にね」


ちょっと笑いがもれた。


シェリルはわたしの五つ年下の花の十七才だ。その彼女が早々に結婚を決めたのに、姉のセアラはどうしたのだろう。第二王子様のお気に入りと、随分周囲にも吹聴していたのに。


妹の方の結婚の影で、継母の焦りが見えるようで少しだけおかしい。


また、ちょんとコレットが髪を引く。わたしがふと笑ったので、妙だったのだろう。


「あのね。シェリルのお姉さんの方は、ひと時、王子様のお相手と呼び声高かったの。継母も本人もすごく意識していて、邸もぴりぴりしていたほどよ。でも、それからまったく音沙汰なしで…。王子様のご婚礼のお噂も聞かないし。きっと違ったのね、王子様のガラスの靴の君とは」


髪を引かれ、「ガラスの靴の君」のくだりを説明した。


「童話にあるのよ。王子様と会った娘が、ガラスの靴を置いて行ってしまうの。娘に恋をした王子様がそれを持って、国中の娘を探し回るってお話よ」


セアラは、わたしの一つ上だ。今ではわたしと同じ立場で、世間の言う、行き遅れだ。


思えば、彼女も気の毒だ。母親の見栄に振り回されて、結局つかめない夢ばかり見させられた。


ふと、胸に小さな手のひらが触れた。


ときおり、コレットがこうしてわたしの胸をつかむことがある。猫の子がするような仕草で、母親が恋しいのかもしれない。


「あ」


夜着をくぐり、小さな指が乳房に触れた。冷たい感触に一瞬肌が泡立つ。


「赤ちゃんみたいね、コレット」


あくび混じりに放っておくと、ちゅっと口で吸われたからびっくりした。


「だめよ。お乳は出ないの。それに、そこ、ちゅっちゅされるとくすぐったいから」


夜着の胸もとを閉じて封じた。


「めっ、よ」


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