忘れられた幼な妻は泣くことを止めました

帆々

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ドリトルン家

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 晩餐を前にギアー氏の友人が一人加わった。ロエルという男性で旅から帰ってその足で寄ったと告げる。無精髭と無造作に後ろに束ねた髪が目についた。紳士の装いだが旅のためか汚れも目立った。

「帰った挨拶に寄っただけです。ご婦人方の前でこのなりだ。すぐに失礼します」

「いや、いいじゃないか。帰るなんて水臭い。レイナもそんなことは気にしないよ。旅の話を聞かせてくれ」

「そうよ。ギアーもあなたのお帰りをお待ちかねだったの。上着を脱がれて。メイドに埃をはたかせましょう」

 二人に引き止められ、ロエルは礼を口にした。アリスにも辞儀をしてくれた。

 晩餐が始まるとギアー氏はロエルに旅の成果を尋ねた。レイナの言葉は誇張でもなく、真実彼の帰りを待っていた熱のある口ぶりだ。

「目当ての鉱脈はどうだったね? もらった手紙にもあったが、調査の首尾を詳しく聞きたい」

「空振りが続いたが、最終的には満足のいく結果が出そうだ。もう試掘が済み、本格的な掘りに入っている。父にも見せたくて、特にでかいのを持ち帰ってきた」

 そこでロエルはシャツのポケットから取り出した何かをギアー氏にぽんと投げた。ギアー氏は受け止めたそれをキャンドルの光にかざす。それは親指ほどの大きさの美しい石だった。

「君も見てごらん」

 渡されたレイナはそれをアリスにも広げて見せた。手渡され、彼女はじっと見入る。荒削りな宝石だった。高家の肖像画の中にこれほどの宝石を胸に飾ったものがあった。この石も磨けばあれと同じほどの輝きを出すのだろう。石はまたロエルのポケットに戻った。

「アレクジア公もこれを見れば、さぞ安堵なさるだろう。古老の言い伝えと馬鹿にせず、調査した君の粘り勝ちだよ」

「まだ成果が出たとは言えない。それに五年はかけ過ぎた。大学も休学している。僕の我がままで家には負担をかけたよ」

 ロエルは首を振る。しかし結果に自信があるのが、無精髭の頬に浮かぶ笑みでわかる。そうすると、まだまだ若い男性であるのがわかった。

「北部に長くいらっしゃったのでしょう? 気候はどうでした?」

「夜はひどく寒いですよ。山には獣も多いから、野宿には火が欠かせない」

 火を焚いたままとはいえ、外で眠ることにアリスは驚く。話の流れで、ロエルは北部の領地に宝石の鉱脈を調査しに出かけていたことが知れた。雨など降れば野宿ではどうなるのだろうと思う。

 晩餐の後で男性二人は酒のグラスを手に話し込んだ。ロエルの調査についての込み入った話を交わしている。思わず長居した。アリスもそろそろ帰宅の頃合いだ。

 辞去を告げた時、メイドが現れた。レイナに客の来訪を告げる。それをもれ聞いてアリスは思わず声が出た。ドリトルン家から彼女の迎えが来たという。

 ミントだろうと思った。レイナと共に玄関に向かうと、大扉の外には意外にもフーが立っていた。

 アリスを馬車に促す。抵抗を許さない強い態度だった。レイナにおざなりな礼をした後で、冷たい声が言う。

「お帰りが遅いので、何か問題かとお迎えに上がりました。こちらには午後のお茶のみとうかがっております。予定にない行動は厳に謹んでいただきますよう。こういうことがあれば、今後のこちら様と若奥様とのおつき合いにも支障をきたしかねません」

「こちらはアリスの親族の邸です。多少の融通はよろしいのでは?」

 フーの強調子を受けてレイナの声も硬い。

「ドリトルン家のやりように、他家の方のご意見はご無用に願います」

「主人を呼びますわ。お話が通じないみたい」

 厚顔にもフーは自分に連なるレイナにまで無礼な振る舞いを隠さない。彼を憎らしく思った。

「レイナ、いいの。ギアー様を煩わせないで。すぐお暇するわ」

 自分がフーに従えばそれでことは収まる。ドリトルン家らしい無茶なやりようが、レイナの前で恥ずかしかった。

 その時、ギアー氏ではなくロエルが玄関に現れた。

「両親も待っているから、今夜は帰ります」

 レイナに辞去の挨拶をしたが、女主人の雰囲気に違和感を覚えたようだ。レイナの後でアリスを見た。

「何か問題が?」

 彼女が答えるより早く、フーが話を引き取る。

「問題など何も。さあ、お早く」

「アリスの帰りが遅れたことでディアー様がお気を悪くなさったのなら、わたしからお詫びします。引き止めたのはわたし共ですもの。ですから、今後は遅くなるような時は前もってお知らせいたしますわね」

「そちら様と若奥様の交際を主人は余計と判断するかもしれません」

「君、夫人に無礼ではないか」

 そこでロエルが声を発した。フーは外野をじろりと見やった。どれほどの人物か風体から推測っているようだった。

「僕はこちらの客だが、見過ごせない無礼だ。親族間の普通の交際で、夫人にもアリス姫にも何の落ち度もない。それを君が主人の威を借り、居丈高にやり込めているようにしか見えない。非常に無遠慮で、異常に思う」

 きっぱりと苦言を口にしたロエルに、レイナは我が意を得たと頷く。

 フーを相手にこれほど言い返す人物を初めて見た。主人のディアーさえ、言いなりの感があったのだから。だから驚いて、ロエルの無精髭に覆われた横顔をまじまじと見つめてしまう。少しも動じず冷静なようだ。

「お客人でいらっしゃるなら、なおのこと。我が家とは全く関係がないではありませんか。であるにもかかわらず、さも正論のように持論を振りかざすのは、いささか片腹痛うございますね」

 やっぱりフーはフーだった。ロエルに従順を示す必要なしと判断したのか。しれっとした顔で丁寧な悪態をつく。

 ロエルは青い目に怒りをにじませた。

 自分のせいでレイナもロエルも不快にしてしまっている。アリスはいたたまれない気持ちになった。涙が浮かぶ。
 
「もう止めて。帰るから」

 その背に声がかかる。ロエルだ。

「ロエル・ゼム・アレクジア。困ったことがあればぜひ力になりますよ」

 涙の顔を見られたくなく、温かい声をアリスは深く頷くことで応じた。

 彼の言葉はアリスには味方がいると示す、フーへの牽制であったかもしれない。侮辱的な言葉を受けた後でのもので、彼女は親切と優しさを強く感じた。

「手紙を頂戴ね」

 レイナの声を受け、彼女は馬車に乗り込んだ。扉をフーが閉めるその瞬間だった。

「よその問題に手を貸す余裕がおありなら、速やかに借金を清算する努力をなさるべきでは? ご返済が延びれば延びるだけ余計、そちら様の債務がふくらみます。お父上のアレクゼイ公にもお伝えいただければ幸いでございます」

 フーの言葉通りなら、ロエルの父はドリトルン家に借金をしていることになる。その弱みを知るからこその高圧的な態度だったのかもしれない。

 ドアが閉まった。アリスは窓からロエルを見ることができなかった。怒りがあったはずなのに押して親切を見せてくれた。それであるのに、フーは彼の父まで侮辱する言葉を投げつけた。おそらくロエルは貴族のはず。その彼へ言葉だけへりくだり、明らかに侮った振る舞いだった。無礼極まりない。

 フーは邸内では権力があり、アリスは彼に従うのが実際の姿だ。しかし使用人に過ぎず、身分上ははっきりとアリスが上になる。それなのに他人への無礼を許し、ただうろたえていた。

 フーはまずみっともないが、それを制止できない自分も愚かだと思った。レイナは気分を害したに違いない。

(今日のことをすぐに手紙で謝ろう)

 そう決めて涙を拭った。そして、手紙にはロエルへの謝罪と感謝も添えなくては、と思う。

 すべきことを決めると、少しだけ落ち着いた。膝に置いた手に、どうしてだかロエルが見せてくれた宝石の感触がよみがえる。
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