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嵐の中で
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しおりを挟む帰りの馬車で、アリスは手のひらに爪を食い込ませ続けた。離れに着く頃には、辺りはすっかり明るくなってしまっていた。行きと同じで塀の外に馬車が停まる。
様子を中からうかがっていたらしく、すぐにに塀の壊れ目からミントが現れた。馬車から下りたアリスを抱えるように引き受けた。
「お会いできたの?」
シェリーシュに問う。彼は頷いて応じ、長い騎馬に腕を伸ばす仕草を見せた。
「ちょっと待って」
アリスを離れに連れて行き、すぐにミントはとって返して来た。シェリーシュへ紙の包みを渡す。飲み物と朝食を用意しておいたのだった
「帰りに馬の上ででも食べて」
驚いた様子の彼へ、
「姫様をどうもありがとう。お疲れ様」
と声を投げ、さっさと背を向けた。彼女なりのねぎらいだった。
アリスは寝室にいた。ベッドの縁に掛け、悄然としている。そこへミントが静かにやって来る。
「お朝食前でよろしゅうございましたわ。まだ母屋からメイドたちも参っておりません。もうじきやって来るでしょうから、はらはらとお待ちしておりました」
「悪かったわね、一人で……」
「とんでもございません」
ミントはアリスの側で屈み、表情をうかがう。主人の顔色は青白く、彼女の自身が病気であるかのようだった。とてもひと時の逢瀬を楽しんだというようには見えない。
「お着替えしましょう。横におなりになっては?」
侍女の手を借りて衣装を脱いだ。その時、胸元に挟んだきりのロエルの手紙が落ちた。ミントはそれを素早く拾う。アリスへ夜着をまとわせた。脱いだ衣装を手早く畳む際に、そこに一筋の髪を見つけた。金色のもので短い。
「ロエル様のお髪は金髪でいらっしゃるのですね」
アリスはミントに示された髪の毛を手のひらに乗せた。ふっと吹けば、どこかに消えてしまいそうなごく軽い彼の影だった。ミントがそれを手紙と一緒にし、アリスのノートブックに挟んで仕舞う。
「ご様子は、いかがでした?」
「とてもお痩せになっていたわ、少し動くのもお辛いようだった」
「お若い方ですもの、ゆっくりお休みになったら、きっとご回復になりますわ」
「お元気になってとお願いしても、そのお返事を下さらない。何か、あきらめたみたいで……」
アリスはそこで嗚咽をもらした。ロエルの側でも散々泣いただろうことは、赤く腫れた目を見ればすぐに知れた。頑健な若者でも不意の病に命を落とすことは往々にしてある。ミントの叔父でも一人いた。
薄幸な主人の恋をミントは推してきた。秘めた美しい思い出の一つくらいあったって罰は当たらない。その終わりをロエルの心変わりであるとか、二人が納得した結果の別れ……、などであることを想定してきた。
まさかロエルの死によっての終幕など、考えもしなかった。恐ろしいことだが、もし、もし仮にそういう事態を迎えてしまえば、アリスは立ち直れないのではないか。初めての恋だ。しかも実ったそれをそんな残酷な形で失ってしまえば、
(純粋な姫様の心は壊れてしまうのでは……?)
今にも崩れそうに泣いている彼女を見て、次善を考えるのが常のミントも暗澹としてしまった。重い病床のロエルは気の毒であるが、それはさておき。
(そうなったら、どうお慰めしたらいいの?)
恋人に先立たれたアリスの心境を先取り、やはり何も浮かばないのだった。
日々は重く過ぎていった。ロエルからの便りはないが、その為知りたくない事実から遠ざかっていられるのだとも考えた。そして、届いた手紙はレイナからのものであっても開封をためらった。
(恐ろしいことを知らせるためかも……)
書き物机に置き去りのそれらに、ミントは主人の許可をもらい目を通した。ロエルとは無縁のことで、アリスが知るべき事柄を伝える場合も大いにあるのだ。
「まあ、殿様が王宮のお役を賜るそうですわ。陛下の学問のご進講役だそうです。レイナ様のお父上もご出仕なさるとか。まあ、月下だけではなく、日輪の高家にもそんなお話があるのだそうですわ」
無事な内容を確かめた後で、アリスは手紙に目を通した。そこにはミントが言ったより詳しい説明があった。現王妃の実家である虹彩の高家は国賊的な醜聞を引き起こした。長らく一族が有利な地位を王宮内で保っていたが、ほぼ失脚の体である。実質手を染めていなくても、面目を失い色を辞す者が続出した。
その幾らかの穴を埋めるのが、今回の登用のようだった。三高家の扱いは明らかに均衡を欠いていた。それを是正しようという動きもあるのだとか。
『今回の件で、月下の暮らしぶりも改善するといいわ。期待をかけているの。母は急な出仕を迷惑そうにこぼしていたけれど、本心は違うわ。衣装の心配が嬉しそうよ……』
レイナの平和な文章が心に沁みる。非日常にどっぷりと浸かり疲弊していた彼女に、普段のやり取りが暖かい。
「返事を書くわ」
「よろしゅうございます。殿様にもお祝いのお手紙を書かれては?」
「そうね」
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