今日から、死神として働くことになりました。

垢嶺

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1.佐藤太郎

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死に予定があるならば、先に知っておきたいものである。
 佐藤太郎は今日死ぬことも知らず、家を出た。彼が過ごしてきたのは、まさしく平凡な人生。普通の高校を出たのちに、普通の大学に合格し、普通の会社に入社した。そんな普通の人生に、彼は普通に満足していたのだ。新調したスーツを着て、いつもの住宅街を歩く。近所でいつも花に水をやっているおばあさんに挨拶をして、また歩く。大通りに出ると、そこまで静かだった景色が、一気に賑やかになる。人の流れに従って、駅を目指した。前を歩いている女性がハンカチを落とした。彼はそれを拾って、女性に話しかけた。
「すいません。落としましたよ。」
女性はすぐに気がつき、それを受け取ってこう言った。
「ありがとうございます。」
「ライブ、僕も行きました。」
思わず言葉が出てしまった。口から出た言葉は、戻らない。いや、戻らなくていい。
「そうなんですか。私大ファンなんです。」
自然と弾む会話。電車の時間は近づいている。それを伝えると、彼女は連絡先を教えてくれた。人生に花が、咲こうとしていた。
 駅のホームに着くと、すでにいつもの電車は行ってしまっていた。たまにはこんなのもいい。ベンチに座って、カバンから本を取り出した。隣に人が座った。さほど気にならないが、なぜたくさん席が空いている中で、僕の隣なのだろうか。横目でちらっと確認すると、彼は普通の見た目だった。自分と全く似てないが、彼もごく普通のサラリーマンだった。彼は、ずっと線路を見ていた。電車が来て、席を立つと、めまいがした。看板の文字が、歪んで見える。足取りが乱れ、足がもつれた。前に倒れた。そんな感覚だけが残っていた。線路の上に自分がいる。それを自覚するには、少々時間が必要だった。立ち上がることもままならいまま、ホームを見た。普通のサラリーマンだけが、自分を見つめ、嗤っていた。彼は普通のサラリーマンではない。そう感じた。死という感覚はあまりにも遠かったため、漠然とした恐怖だけを感じていた。

 ゲシっと足が蹴られた。ガヤガヤと騒がしい。うるさい。
「邪魔だよ。」
無機質で大きな室内に、どうやら僕は横たわっていたようだ。起き上がってみると、部屋の広さがよくわかった。たくさんの人がいる。老若男女問わず、とにかくたくさんだ。中には僕のようなスーツ姿の人もいるようだ。
「おい、ここはどこだ。」
中年のおじさんが、語りかけてきた。タバコの匂いがする。
「僕にも分かりませんよ。」
「分かりませんじゃねぇよ。お前に聞けって言われたから聞いたんだろうが。」
怒鳴られて、イラっときた。でかい声だったから、広い部屋でもよく目立つ。
「とにかく知らねえって。」
少し強く言い返した。言いがかりをつけられて、うんざりする。
「目上の人間に知らねえとはなんだ。」
どうやらかんかんに怒らせてしまったようだ。脳天から湯気が出ているようにすら見えた。湯気の行き先を目で追ってみた。ハッとした。天井には大きな文字で、「スーツを着た職員に話しかけて下さい。」と書いてある。あぁ、そういうことか。もう沸騰寸前のおじさんに言う。
「僕、職員じゃないですよ。」
じじいは、顔を真っ赤にして雑踏に消えて行った。顔が真っ赤だったのは、恥ずかしさからなのか、怒りからなのかはわからなかった。
 「あなた、紛らわしいですね。」
『職員』が話しかけてきた。確かに、着ているスーツは僕とそっくりだった。顔を見るなりすぐ僕は言った。
「お前、今朝のホームの。」
あのサラリーマンだ。彼は驚いた顔をしてみせた。
「覚えていらっしゃいますか。」
なにから問い詰めれば良いか悩む間に、彼は切り出した。
「合格ですね。」

 目の前が暗転して目覚めると、椅子に座っていた。会社のデスクのような場所にいるんだ。
「お目覚めですね。佐藤さん。」
視界に入ってきたのは、こいつか。
「あなた誰なんですか。僕は今どうなってるんですか。ここはどこですか。」
少し気圧されたようだが、すぐにこう答えてくれた。
「まず、私は田中と申します。死神をやっています。佐藤さんは今日、高波大前駅の3番ホームで電車に轢かれて逝去しました。先ほど佐藤さんは死者の部屋にいましたが、死神として働く資格を得ましたので現在は私たちのオフィスに来てもらっています。あなたには、死神として働く選択肢が与えられました。死神として働くかどうか、選んでいただけますか。」
「はは。」
乾いた笑いが漏れた。何が何だかわかんねぇ。でも不思議と、僕はこの現実を受け入れているんだ。なぜか、死神なんて馬鹿馬鹿しいなんて思っていない。
「ならなければどうなるんだ。」
「佐藤さんには完全に死者となり、冥界に向かっていただくことになりますね。」
「死神になれば生きれるのか。」
「死神になるのも、いわゆる延命手段です。いずれ死神も、冥界に行きます。しかし、死者の中で唯一、死神はもといた世界に出入りできるんですよ。」
「わかった、やるよ。」
今だってよくわかってない。でも、まだ人生には未練タラタラなんだ。
「左様でございますか。」
僕は死神として、人生の未練を晴らす。そう決めた。
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