最低悪女の前世返り

天色茜

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第二章

第三十三話 三人のお茶会

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 ベルナデッタが起こした事件は、城内で大きな問題となった。

 ある日いきなり第一王女が王子の乳母を牢屋に放り込んだかと思ったら、王子や王女たちからとんでもない出来事を報告されたのだ。ベルナデッタが王子と王女を謀り、挙句の果てにはナイフを持って暴れたという話である。実際に第二王女が刺されそうになるところを第一王女が目撃したという。

 普段のベルナデッタを知っている者であれば到底信じられない話だった。品があり礼儀正しく、淑女として文句の付け所がない彼女が、そんなことをするなんてありえない。まだ王子と王女が嘘をついていると考えた方が納得できた。実際、近くにいた兵士たちもそう証言していたのだ。しかし第二王女の証言に基づき、王妃の命令でその兵士たちと付近の侍女まで徹底的に調査した結果、決定的な証拠が集まっていった。

 まず第一王女の命令で、使用人の取り調べをせずに、牢屋の警備を手薄にした。そうするとその日の深夜に、図書館付近に配属されている侍女が現れ、牢屋にいるベルナデッタに何かを手渡したのだ。兵士たちは、それをベルナデッタから返してもらい、戻ろうと廊下を歩いている侍女を捕え、それが何なのか確認した。すると第一王子の部屋の衛兵と、ベルナデッタが口裏合わせをするようなメモが発見されたのだ。

 すぐにその兵士やその侍女を捕えまとめて尋問したが、最初は口を割らなかった。だが「情報を提供した者は罪が軽くなる」と言うと、我先にと証言を言い出したらしい。それでベルナデッタの有罪は確定的になった。さらには彼女に雇われた他の使用人の名前を聞き出し、その他にも関係ない使用人の罪、くだらない陰口の押し付け合いなどまで洗いざらい吐き出してもらった。

 そんな使用人たちは左遷されたり解雇されたり、はたまた懲役を科せられたりなどして、まとめて様々な処罰を下さた。ベルナデッタは遠く寒さが厳しい環境の北部の監獄に行くことが決まり、無期懲役を言い渡された。王族に危害を与えようとしたのだから死刑にすべきだとの声も上がったが、ベルナデッタが伯爵の血筋だということを考えられてか、彼女の終身刑とモデナ子爵家と伯爵家へ多額の賠償を請求するということで決まった。

 ちなみに王妃の計らいでモデナ子爵家の使用人が福祉的な手当を貰ったらしいが、それは一部の者のみが知る話である。





 事の顛末を振り返り、私はため息をつく。事件が一つ解決したのに、なんだか私はやるせない気持ちになっていた。

 この事件を機に城の細かな不祥事が一掃されたのはいい。しかしやはり、もっと良いやり方はあったのではないかと、ベルナデッタの最後を見て思った。彼女のしたことは決して許されないことだが、少なくとも私が彼女を刺激し、あそこまで追い詰めなければあのような結末にならずに済んだのかもしれない。でもやっぱり、それぐらいの報いを受けるべきだとも思ってしまう。

 煮え切らない感情が湧き出る私を叱咤するように、スパーン!と部屋の扉が勢いよく開く。

「ミティア、今日は授業がないだろう?今から私と大庭に来てくれ!」

「……エステル様、せめてノックをしてから入ってきてください」

 苦笑いをしてそう伝えるアンナに「すまなかった!」と爽やかに謝るお姉様。悩んでいる自分が馬鹿らしくなるような彼女の快活さに、私も苦笑いをするしかなかった。

 ベルナデッタからつけられた痣は大したことはなく、時間が経てば自然と治るだろうとのことだったが、精神的な疲労を心配されてか授業はしばらくお休みということになっていた。

「ええ、授業はないけれどいったいどうしたの?どうして大庭へ?」

 なんとなくわかっているが、念のために私はそう質問する。お姉様は太陽も照らすような笑顔で言い放った。

「決まっているだろう?お茶会だ!」




―――


 暖かな日差しを浴びて優雅に咲き誇る花々。つい先日来たこの場所が、なんだか随分と懐かしく感じてしまう。

 お茶会とは本来、可憐な令嬢たちや麗しい貴婦人たちが、社交の為に会話に花を咲かせる場所である。だが、今ここいいるのは、先程からやけに上機嫌でこちらに笑顔を向ける、男勝りな王女。なんとなく感じる気まずさに目のやり場を困らせる、挙動不審の王女。そしてそれらをものともしない忽然とした態度で椅子に座る、幼い王子だった。

 そもそも、数日前にあんなことがあってから初めてまた顔を合わせたのに、整然としている二人の方が絶対におかしいのだ。いつものほほんとしているアンナだって、誤解だったとはいえシュテルに悪口を言ったことを気にしているのか、少し気まずそうにうつむいている。

 そんな空気に気付いているのかいないのか、パンっと手を叩き、お姉様が話を切り出す。シュテルと私がお茶会をした時、自分がいなかったことを相当気にしていたせいかとても機嫌がいい。

「さて、こうして三人顔を合わせるのは初めてだな?特にシュテル、改めて自己紹介させてもらう。私は第一王女にして君の姉、エステル・ノヴァ・ロワイヤルだ。よろしくな!」

「お話はかねがね伺っております。第一王子、シュテル・ノヴァ・ロワイヤルと申します。五年前は大変失礼いたしました、よろしくお願いいたします」

「ははは、そんなこともう気にするな!それにしても堅い挨拶だな、もっと気楽に話してくれてもいいんだぞ?」

「もとからこういう性ですので」

「なら仕方ないな!」

 なんだか物凄く気安い上司と真面目な部下の会話みたいだ。なんとなく前世の日本の職場を思い出す。というか、お姉様が初対面で無視をされたとか言っていたからもっと気まずい雰囲気になると思ったのに、初対面の私とシュテルよりずっと和やかな空気ではないか。

 一人だけ置いて行かれているような感覚に呆然としてしまう。お姉様からコミュニケーション能力の差というものをまじまじと見せつけられたような気がしてならなかった。

「そういえばシュテル、あれから大丈夫なの?」

「はい」

 なんとか私も会話しようと、気になっていたことを聞いてみる。しかし真顔で「はい」という簡潔な答えを返されてしまっては、会話を続けることができない。しどろもどろになった私に、向こうから質問が飛んできた。

「心配されるべきなのは姉様の方ですよ。あの痣は大丈夫ですか?それに夜寝ることができなくなったりなどは……」

 いや私は幼児か。思わず心の中でそんなツッコミを入れてしまうが、そういえばまだ体は十歳だったと思い返す。

「大丈夫よ、痣はあと三週間もすれば完全に消えるって言われたわ。あとちゃんと寝てるわよ」

 私はそう言って腕を上げ、大したことはないと安心させるように言ったつもりだが、二人はそれを見た瞬間暗い顔をする。お姉様の方から「やはりやっておくべきだったか……」とボソッとした声が聞こえてきて、私はゾッとしながらも空気を重くさせてしまったことに慌てた。

「ま、まあ、みんな無事で良かったわよね。一時はどうなることかと思ったけど、お姉様の言う通り三人こうして顔を合わせられ――」

「良くないです」

 私の空気を変えようとする必死の言葉は暗い顔をしたままの弟に打ち切られた。さっきまで和気あいあいとした雰囲気だったのに、いきなり暗くなりすぎだろう。これはコミュニケーション能力以前に二人が悪い、私はそう考えて泣きそうになる自分を元気づけた。

 シュテルは暗い顔のまま語り始める。

「僕のせいで……多くの人に迷惑がかかってしまった。何より姉様にこんな傷まで負わせて……。事態が大きくなる前にやれることはあったはずなのに、どうせ無駄だと現状に甘えてしまった。償えることではありません」

「それは違う。五年間何があったのか詳しくは知らないが、絶対にお前のせいではない。悪いのは全てあのベルナデッタという女で、それを止められなかった責任は我々大人にある。だから嘘でもそんなことを言うな」

 今ばかりはお姉様と同じ意見だった。ベルナデッタに初めて会った当時、三歳の子供に何ができただろう。今だって同じだ。いくら大人びて賢かろうが、シュテルはまだ八歳の子供なのだ。いくらベルナデッタが狡猾だったからといっても、彼女の悪行に気付いて止めるべきだったのは周りの大人たちだ。そして、シュテルが自分のせいだと心に病むほど、その大人たちの罪はどんどん重くなっていく。

 真剣に話すお姉様に続いて、私も喋り始める。

「シュテル、あの日図書館で困ったことがあれば頼ってと言ったでしょう?困ったことがあれば自分のせいだと考えないで、私たちに頼りなさい。言ったでしょう?あなたを助けることができたら、怪我なんて最高の誇りになるって」

 シュテルの目が見開かれる。その瞳はきらきらと輝いていて、私は温かい気持ちになる。

「それにシュテルが自分のせいだと言うなら、私だって責任があるわ。自分の感情ばかり優先して、深く考えないで行動したせいでこんな結果になってしまった……。反省しなきゃいけないのは私の方よ」

 自分で言いながら、感傷に浸ってしまう。姉なのに、みっともない奴だと思われてしまうだろうか…いや、シュテルは優しいから「そんなことはない」と涙ながらに話してくれるだろう。そう思いながら、伏せていた目をそっと二人に向ける。しかし彼らは、私の想像と全く違う、きょとんとした顔をしていた。

 ……あれ?

 予想外の反応に、感傷に浸っていたことも忘れて固まってしまう。後ろからアンナのため息が聞こえてきた。

「姉様……以前も思いましたが何故姉様が謝ったり反省したりしなければならないのですか?確かになかなか勇気のある行動はしていましたが、 姉様のおかげで悪さをする多くの使用人を見つけられたし、僕もこうして無事に生活できています。姉様が行動されたからこそ今僕たちがこうしてテーブルを囲むことができているんです」

「そうだ。恥ずかしい話だが、ミティアがいなかったら私はシュテルの現状に気付くことはなかっただろう。お前がシュテルの為に行動したからこそ、今がある。まあ確かに先に私を頼って欲しい気持ちもあったが…恥じる必要は何もない」

「……っ、でも、ベルナデッタも私のせいで終身刑に……!」

 数日間悩んできたことなのだ。二人の言葉はありがたいが「はいそうですね」と簡単に受け入れられない。しかし二人はますます意味がわからないという顔をするだけだった。

「なんでアイツを気にする必要が?」

「……だって、許せないことをしたけど私があんなことをしなければ終身刑なんかには――」

「いいざまです」

「!?」

 今シュテルの口から聞きなれない言葉が飛び出してきたような……。戸惑っている私に対して、シュテルは困ったように声をかける。

「僕が言えたことではないかもしれませんが、自分のせいだなんて言わないでください。僕は本当に感謝しているんです。昨日、母上が僕を訪ねてきて、話をしたんです。正直、もうあの方と話す機会なんてないと思っていました。でもまた母上と会えて、誤解を解けて何気ない会話ができた時……僕はどれほど嬉しかったか。これは姉様がいなければ叶わないことだったのです」

 そう絞るような声を出すシュテルを見て、私は息を呑んだ。そうだ、前世でシュテルはお母様と話すどころか、顔を合わせることすらほとんどなかった。まだ彼にベルナデッタがついていたころ、私はお母様を殺してしまったから……。

 当時のことを思い出して私は自分への嫌悪感で胸がいっぱいになる。どうして私はあんな非道なことをできていたのだろうか。家族を殺し、大勢の人を傷付け、シュテルの最愛の人の命を奪って……もし私が日本で普通の人間として生きた二回目の記憶がなかったら、私はまた同じことを繰り返していたのだろうか。

「……ミティア?」

 ずっとうつむいたままの私を不審に思ったのか、お姉様が声をかけてくる。私は平然を取り繕い、何でもないと笑う。

「……少し長くなってしまいましたが、だから僕は姉様に返しきれないほどの恩があります。姉様が自分を卑下する必要なんてありませんし、こんな子供が言っても頼りないかもしれませんが何かあれば僕にもすぐ言って欲しいんです」

「もちろん私にもだぞ!それにお前が自分をそんなふうに言うなら、シュテルに城を抜け出した話をしてやろうか?」

 幸せそうに笑う二人を見て、こっちまでその感情が移ってきてしまう。しかしそんな感情の裏には、とても二人には見せられないほど陰鬱とした感情が渦巻いていた。


 シュテルは私に返しきれないほどの恩があると言ったが、私にはシュテルたちに償いきれないほどの罪がある。しかし、それを二人に言う日は来ないだろう。ただ、私は前世のことを話さず彼らの幸せを守り見届けよう。それが私にできる唯一の贖罪だ。


 そう心の中で誓う。


 だけど今は、とりあえず恥ずかしい思い出をシュテルに聞かせようとするお姉様を止めることにした。
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