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第五章水の精霊

魔人の精霊使い

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「…あなたが魔人の精霊使いなんだね」







(………あっぶねえええええ!!)

ドクドクとうるさく騒ぐ心臓を感じながらも、冷静さを装ってみせる。本当は暑くて暑くてだらだらと汗を流しているし、この状況に非常に戸惑っている。

しかしこの男よく見たら…いや、よく見なくても精霊使いである。男の周りにふわふわ飛んでいる精霊がそれを証明している。少し前に会った精霊使い…カルキとかカルビ(?)みたいな名前のやつの時より、ずっと精霊が多い。とすれば先程の爆発もこの人の仕業なのだろう。

この精霊使いには前のようにいかないかもしれない。それに…魔人の歴史のこともあるし、森を燃やしたりこの三人を攻撃したりしたのは許されないが、せめて理由だけでも聞きたい。今のところ性格が歪んでいるという印象だけだが。

「お前、名は何と言う?」

「人に尋ねるより、自分が名乗る方が先じゃない?」

私がそう言うと、黒髪の男は目を細めて、くつくつと笑った。その口元は歪んでいて、気味が悪い。

フォレはあからさまに嫌なものを見たというような表情で、ため息をつく。すぐに感情を顔に出す癖を直すべきだと思うが、私も正直同じ気持ちだ。ただ下手に出るわけにもいかないので、私も少し強気に出てみる。

「何がそんなに面白いの?」

「ん?ああ、これは失礼。お前がそこそこの実力者であると期待しているんだよ。そこのゴミ共があまりにも弱かったからな」

そう言いながら男がすっと目を三人に向けると、彼らはびくっと震えた。彼らの過剰な恐怖心は先ほどの爆発によるものだと思っていたが、なるほど、コイツに追い詰められていたものだったのか。

あれ?だとしたら相当危ない所だったのでは?

自分でも流石に遅いと感じる思考回路に、苦笑いが出る。まあ何はともあれ間に合って良かっただろう。

とはいっても、この状況はよろしくない。恐らくこいつが騒ぎを起こした精霊使いなんだろうが、さっそく険悪なムードになってしまった。ここから和解できるように流れを変えられるか…。

「あんた気持ち悪いわね」

…と、思った矢先にフォレの毒舌攻撃。

私は思わず額を抑えて天を仰いだ。この精霊、何かと物事に上からあたらないと気が済まないようである。さすが最高位精霊といったところか。いや少しはあの上位精霊の謙虚さを見習え!

そんな私の心情を知ってか知らずか会話は進む。

「ほぅ、気持ち悪い、か。この俺の容姿のことか?天下の最高位精霊様が、そんなことを言うとはなあ」

そう言って、男は自分の肩を竦める。フォレはその様子に、明らかにイラッとした顔を見せた。

「あんたの今の表情が醜くて下劣で気持ち悪いって言ってんのよ。容姿よりその気味が悪い話し方と表情をどうにかしなさいこの変態」

「おやおやそんなこと他愛もないことを気にするなんて。そんな言葉で攻撃して勝った気でいるなんて、最高位精霊様はよっぽどの小心者らしい」

「あんた…その最高位精霊様より自分が上だとでも勘違いしてない…?」

ピリッとした空気が張り詰める。い、息苦しい…。

出会ってすぐだが、フォレとこの精霊使いの雰囲気は一触即発といわんばかりに最悪。そして私達だけならまだいいが、そこで怯えている彼らをどうかしないといけない。見た限り冒険者のような格好をしているし、時間を稼げば勝手に逃げてくれると信じたいが…。

「あの、そこの三人方!危ないので逃げてください!」

大きな声で呼びかけると、三人は体を震わせながらこちらを目を向ける。その顔は距離があってもすぐにわかるほど涙と鼻水でぐしゃぐしゃで、心底怖い思いをしたのだとすぐに察した。三人の内の一人の魔法使いのような服装の女性が声をあげる。

「無理よ!こんな、煙が充満してる森の中…どこに逃げろって言うの!?逃げ場を見つけるより死ぬ方が早いわ!それに…それにあなたはどうなるの!?」

自分の体を震わせながらも彼女ははっきりと伝えた。今の状況で不謹慎だが、私は彼女が私の身を案じてくれたことに、少し嬉しくなった。善い人だな、頭の片隅でそう思った。

確かに自分の考えが安易過ぎた。広い森の中、自分の居場所もどこかもわからず、炎が消えたとはいえ煙が充満している状況だ。しかし時間がないのも事実。一刻も早く彼らを逃がしたい。…いや正直に言えば、あの精霊使いを今すぐ力でねじ伏せることは容易だ。けれど、私は彼の話を聞いてみたい。この考えが如何に我儘で幼稚なものかはわかっている。ただ上級精霊の亜人についての話を聞いて、彼にも事情があるのかもしれないと感じたからー。

やれるだけのことはやりたい。ただそれだけ。

…そのためにはまずこのごちゃごちゃとした場を片付けないといけない。

さてと、どうしようか。この様子だと、三人は森から出られる自信はないようだし…。

「私が行きます」

凛とした声。その声の主は上級精霊だった。

「魔法使い様。私のことが見えますよね?」

「………え、わ、私!?は、はい!見えます!」

「私は植物の上級精霊。そしてこの森の主でもあります。私なら森の位置は全て把握しておりますし、空気を浄化することもできます」

フォレ様ほどではないですけど…と小さく漏れていたが、気にしないでおこう。

「私が道を開きましょう。そして、あなた達を守ります。森の主として」

森の主。その言葉がぴったりと当てはまる風格だと感じる。さっきまでのおどおどとしていた態度が嘘のようだ。そしてぶっきらぼうに「私達にも案内役がいないと困るわよ」と呟くフォレに、困ったように苦笑いする上級精霊。だが、フォレはそれ以上何も言わず、あの男をじっと見つめている。あの子に託したのだろう。そう思うと不思議と心が暖かくなる。

そんなフォレの気持ちは当然彼女にも伝わったようで、私達にすみませんと頭を下げ、彼女は三人のもとへ飛んで行こうとする。








「ーお前らは馬鹿なのか?」



今までの舐めた態度が嘘のように、氷のような冷たい声が響く。

「ファイアブレ……!?」

彼が魔法を唱え終えるより速く地面から巨大なツタが何本も現れ、彼らを守るように壁になる。こんなことができるのは…

「フォレ!!」

私が叫んでも、フォレは黒髪の精霊使いから目を離さない。ただ、いつもの少し呆れたようなため息をついて、振り返らず、ぶっきらぼうに言う。

「早く行きなさい上級精霊。ここにいたら邪魔よ」

上級精霊は驚いた顔をしながらもフォレの背中を見つめ、優しい声で「…ありがとうございます」と小さい声で、しかしはっきりと呟いた。

彼女はそのまま魔法使いの女性に自分へついてくるように先導する。上級精霊の姿が見えない男性二人は困惑していたが、魔法使いの女性が引っ張るように連れて行った。

だんだんと彼らの姿が小さくなっていくのを見守りながら安心する。これでこの問題は解決だ。あと残るのは一つ。

「…おい、いつまで待たせる気だ?」

彼は怒りを含んだ低い声で、私たちに剥き出しの殺意を見せた。
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