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第三章異世界の常識

閑話 小さな狼の決意

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その魔獣の種族は、リトルウルフだった。
見た目も小さく、褒めても強そうとはいえない。スライムに次いで弱いといえる魔物だった。

そんな魔物に生まれてきたリトルウルフは、物心がつくと災難な目に遭ってばかりだった。
ひとりぼっちのリトルウルフは、「誰かに会いたい」、そんな儚い夢を持ち、歩んできた。
しかし、現実は甘くなかった。

冒険者に遭遇すると、いきなり攻撃され、なんとか逃げきれたものの、大怪我を負った。
またある時は、他の大きい魔物に攻撃された。

何故こんな目に遭うのか。

それはリトルウルフにもわかってきていた。
自分が魔物で、弱いリトルウルフだったからだ。

魔物は皆人族に殺される。人族にとって魔物は害をなす存在だったからだ。
また強さを求める凶暴な魔物たちには容赦なく攻撃された。魔物は皆戦闘を好むもの。むしろリトルウルフが他の魔物と変わっていたのだ。

そんなリトルウルフは毎日悲惨な思いをしてばかりだった。
せめてもう少し強い魔物だったら···。
いや、人族に生まれていたら、こんな血なまぐさい世界ではなく、笑って暮らせたはずだった。
この理不尽な世界に恨みを感じた。

その日もリトルウルフは他の魔物に襲われ、逃げていた。
身を隠すため森へ入った。その魔物は森まで追って来なかった。リトルウルフは血を流しながら池までたどり着き、水を飲んだ。
その時、小さな人型の少女が目の前に現れた。
萌葱色のクリクリとした髪を手で弄りながらリトルウルフを見ていた。

「へぇ、酷い怪我じゃない。ここの森は結界を張ってるからあなたを攻撃する者はいないわ。安心しなさい」

少女はそう言い、小さな手をリトルウルフに向けると、リトルウルフの身体の傷はみるみる治っていった。
リトルウルフはその少女を本能的に精霊だと認識した。

リトルウルフは初めて自分に攻撃しなかった者と関わりたかったが、精霊はすぐに去ってしまった。
この森には下級の魔物ばかりいた。近づくと逃げられるので、攻撃されるよりましだが、なんだかモヤモヤとしてしまう。
自分を襲う冒険者や魔物がいないので、リトルウルフはゆっくりとした時間を過ごしていた。

しかし、ある日人間が現れた。

自分を襲う人族に、リトルウルフだけでなく、他の魔物も怯えていた。
ここの森は安全だと思っていた。

とりあえずなんとかやり過ごそうと、皆その人間を見張っていた。
特に怪しい動きはなかったが、その人間が歌った時、とても綺麗なメロディーに皆うっとりとしていた。
もっとよく聞きたい、その思いから、魔物達は気づけばその人間の側に近寄っていた。
そしてその人間が歌い終わると、人間は突然悲鳴をあげた。

魔物達は驚き、途端に散り散りになって走って行く。リトルウルフは逃げた後、その人間を見ていた。
人間はこちらに手招きしている。
襲われる。
リトルウルフはそう思っていたが、なんとなくあの人間に近づきたかった。人族は恐ろしいが、この人間は他の人族とは違う雰囲気を出していた。

震える手足を進ませ、ゆっくりと人間に近づく、すると人間はリトルウルフを撫で始めた。
リトルウルフは触れられて初めて痛みではなく快楽を感じた。
不安や緊張も忘れて人間に身を委ねてしまう。

そうこうしているうちに、他の魔物たちも出てきて、皆人間に撫でられていた。
リトルウルフは人族の印象が大きく変わった。
その後いつしか会った精霊も出てきたり、その人間が連れていた精霊たちが人間と契約したり、リトルウルフは眺めているだけで愉快な光景だった。
人間の名前はアリサというらしい。リトルウルフはアリサを気に入っていた。

しかし、そのアリサがこの森を出てしまうことを悟った。
リトルウルフはアリサにここにいてほしかった。無理ならせめて一緒に連れて行ってほしかった。
しかし、「足でまとい」という精霊···フォレの言葉が胸に刺さる。

そうだ、何も出来ないのやつを連れて行くなんて、それこそアリサに迷惑だ。アリサに迷惑はかけたくない。

リトルウルフはそう思い、名残惜しいがアリサと別れることにした。
もうアリサに会えることはない。そう思い、悲しんだが、アリサの言葉がリトルウルフの心に希望を生み出した。

「必ずここに帰ってくるから」

その言葉はリトルウルフに夢を与えた。
その日からリトルウルフはアリサのその言葉を一秒も忘れたことはなかった。

その後、魔物たちはアリサとの出来事で打ち解け、皆仲良くなり、毎日一緒に遊ぶようになった。
しかしリトルウルフは違った。

あの時一緒に連れて行ってもらえなかったのは、足でまといだったから。自分が弱かったから。
だから、次は強くなり、連れて行ってもらう。

リトルウルフはアリサに連れて行ってもらうため、自分を鍛え始めた。
走り、岩などに攻撃し、魔法も訓練し、使えるようになった。
でも、まだ足りない。

リトルウルフは次アリサに会える日の為に全てをかけて自分を鍛え上げていった。






リトルウルフの夢が叶うのは、まだ後のお話。
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