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2章『二人で探る幸せの場所』
14:納得いかなくても
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****♡Side・塩田
「唯野さん、一体どういうことなんですか?」
塩田が休憩所へ向かおうとすると廊下から聞こえてきたのは、皇の声だった。
人の会話を盗み聞きする趣味はないが、最愛の人の切羽詰まった声にどうにも気になってしまう。以前の自分ならスルーどころか、気にもとめなかったはずだ。
人とは変わるものだなと、やれやれと肩を竦めると声のするほうへ、一歩踏み出す。
「どうって……」
戸惑ったような課長の声。
塩田たちの上司、唯野は気が弱いというわけではない。
いつもニコニコしており、威張ったところがなく面倒見の良い兄のような存在。仕事が出来て人望が厚く頼りになる上司であった。そして人当たりが良く、真っすぐな人だ。
そんな彼が困ったように応対しているのが気になる。
「社長から聞きました。唯野さんが社長からパワハラを受けてるのは、俺のせいだって」
いつも尊大な態度の副社長である皇。営業部時代の先輩である唯野と二人きりの時はこんな感じなのかと、皇の違う一面《いちめん》を見たような気がした。
「社長がそう言ったのか?」
塩田は近くまで行くと、壁に身を隠しため息をつく。
何をしているのだろうか、自分は。
「はい」
「うーん」
はっきりと返答する皇に対し、煮え切らない態度の唯野。
客観的に見ても、唯野が何を考えているのか分かり辛い状況だ。
「社長に抗議したら、条件を出されました。そしてそれが呑めないなら、あなたに守られていろと」
皇の押し殺した声。それはどんな感情を含んでのことなのだろうか。表情が分からない以上、想像はつき辛い。
「じゃあ、それでいいじゃない」
唯野は少し間を空けて、そう言った。
「え……?」
「社長がそう言ったんでしょ? だったら俺に守られていればいい」
「唯野さん?!」
足音が聴こえ、唯野が近づいてくる。どこにも逃げようがない塩田はその場でじっとしていた。
すると横を通る時に唯野が気づき、一瞬とても驚いた顔をして立ち止まる。だが、フッと笑うと人差し指を口元にあて、皇のほうを振り返った。
「俺が好きでそうしているんです。副社長が気にすることはありませんよ」
と苦情係でいつも目にするような口調や態度で彼に告げる。
「でも!」
食い下がる皇に、
「あなたは副社長なんですよ?」
「俺はただの人間だ。こんなの耐えられな……」
唯野に縋ろうとした彼が歩を進めたため、塩田に気づいたようだ。
「塩田……いつから、そこに?」
「今」
堂々と嘘を述べる塩田に、唯野は後は任せたというようにポンっと肩を叩いて歩き出す。
「何かあったのか?」
視界の端に唯野の姿を捉えながら、皇に手を伸ばす塩田。
ポケットからハンカチを取り出すと、その目元へ。
「社長から、唯野さんが何故パワハラを受けているのか聞いた」
「そっか」
まさか一人で乗り込んだのではあるまいな、と言う言葉を飲み込んで。
「そっかって! そんな……」
ショックを受ける皇の腕を掴むと自分の方へ引き寄せた。
こんな時、板井のように背が高かったなら絵になるのだろうなとぼんやり思いながら、自分より背の高い彼を無言で抱きしめる。
「課長は我慢強い人だと思うよ。でも、意味なく我慢する人じゃない」
他人に対し、滅多に評価するようなことをしない塩田。
唯野が聞いていたなら感涙しそうな言葉を述べ、皇の背中を撫でる。
自分は何も持っていないなと改めて思う。
社長のような権力も、唯野課長のような包容力も、板井のような力強さも、電車のような明るさも。
それでも皇が選んだのは紛れもなく自分で。
こんな風に苦しむ皇を慰めることができるのは自分だけなのだ。
「課長に任せようよ。あの人は頼りになる人だ」
悔しいけどなと付け加えると、皇はふっと笑って塩田の背中に腕を回したのだった。
塩田は祈る。
彼がいつも幸せであることを。
「唯野さん、一体どういうことなんですか?」
塩田が休憩所へ向かおうとすると廊下から聞こえてきたのは、皇の声だった。
人の会話を盗み聞きする趣味はないが、最愛の人の切羽詰まった声にどうにも気になってしまう。以前の自分ならスルーどころか、気にもとめなかったはずだ。
人とは変わるものだなと、やれやれと肩を竦めると声のするほうへ、一歩踏み出す。
「どうって……」
戸惑ったような課長の声。
塩田たちの上司、唯野は気が弱いというわけではない。
いつもニコニコしており、威張ったところがなく面倒見の良い兄のような存在。仕事が出来て人望が厚く頼りになる上司であった。そして人当たりが良く、真っすぐな人だ。
そんな彼が困ったように応対しているのが気になる。
「社長から聞きました。唯野さんが社長からパワハラを受けてるのは、俺のせいだって」
いつも尊大な態度の副社長である皇。営業部時代の先輩である唯野と二人きりの時はこんな感じなのかと、皇の違う一面《いちめん》を見たような気がした。
「社長がそう言ったのか?」
塩田は近くまで行くと、壁に身を隠しため息をつく。
何をしているのだろうか、自分は。
「はい」
「うーん」
はっきりと返答する皇に対し、煮え切らない態度の唯野。
客観的に見ても、唯野が何を考えているのか分かり辛い状況だ。
「社長に抗議したら、条件を出されました。そしてそれが呑めないなら、あなたに守られていろと」
皇の押し殺した声。それはどんな感情を含んでのことなのだろうか。表情が分からない以上、想像はつき辛い。
「じゃあ、それでいいじゃない」
唯野は少し間を空けて、そう言った。
「え……?」
「社長がそう言ったんでしょ? だったら俺に守られていればいい」
「唯野さん?!」
足音が聴こえ、唯野が近づいてくる。どこにも逃げようがない塩田はその場でじっとしていた。
すると横を通る時に唯野が気づき、一瞬とても驚いた顔をして立ち止まる。だが、フッと笑うと人差し指を口元にあて、皇のほうを振り返った。
「俺が好きでそうしているんです。副社長が気にすることはありませんよ」
と苦情係でいつも目にするような口調や態度で彼に告げる。
「でも!」
食い下がる皇に、
「あなたは副社長なんですよ?」
「俺はただの人間だ。こんなの耐えられな……」
唯野に縋ろうとした彼が歩を進めたため、塩田に気づいたようだ。
「塩田……いつから、そこに?」
「今」
堂々と嘘を述べる塩田に、唯野は後は任せたというようにポンっと肩を叩いて歩き出す。
「何かあったのか?」
視界の端に唯野の姿を捉えながら、皇に手を伸ばす塩田。
ポケットからハンカチを取り出すと、その目元へ。
「社長から、唯野さんが何故パワハラを受けているのか聞いた」
「そっか」
まさか一人で乗り込んだのではあるまいな、と言う言葉を飲み込んで。
「そっかって! そんな……」
ショックを受ける皇の腕を掴むと自分の方へ引き寄せた。
こんな時、板井のように背が高かったなら絵になるのだろうなとぼんやり思いながら、自分より背の高い彼を無言で抱きしめる。
「課長は我慢強い人だと思うよ。でも、意味なく我慢する人じゃない」
他人に対し、滅多に評価するようなことをしない塩田。
唯野が聞いていたなら感涙しそうな言葉を述べ、皇の背中を撫でる。
自分は何も持っていないなと改めて思う。
社長のような権力も、唯野課長のような包容力も、板井のような力強さも、電車のような明るさも。
それでも皇が選んだのは紛れもなく自分で。
こんな風に苦しむ皇を慰めることができるのは自分だけなのだ。
「課長に任せようよ。あの人は頼りになる人だ」
悔しいけどなと付け加えると、皇はふっと笑って塩田の背中に腕を回したのだった。
塩田は祈る。
彼がいつも幸せであることを。
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