上 下
61 / 214
────2話*俺のものでしょ?

11・交わることのない二人

しおりを挟む
****♡Side・総括(黒岩)

すめらぎ
 黒岩が物思いに耽ったように黙りこくっている皇に声をかけると、彼はハッと顔をあげる。しかしその視線の先は、黒岩ではなく上のほうに向けられていた。
「不味いぞ」
と、彼。
 なんだろうと思っていると、彼は自身の腕時計をトントンと指先で叩いた。言われて先ほど彼が見上げていただろう掛け時計に目を向けると、時刻は八時前。
 (株)原始人では、二時間以上の残業は認められていない。その為、夜八時には全ての出入り口にカギがかけられる。もちろん交代で夜間警備は行われてはいるが。
「出られなくなることはないが、社長に怒られる」
 早く帰ろうと言って彼はカバンを掴む。
 黒岩は慌ててノートPCをしまうと彼に続いた。

**

「エレベーターがまだ動いていて良かったな」
 正面玄関では、時間ギリギリだったため古株の警備員にお小言をいただいたが、なんとか無事時間内に社外へ出ることが出来た。
「黒岩さんは電車通勤なのか?」
と、彼。
「ああ」
 ”じゃあ、こっちだから”と駅に向かおうとして、彼に腕を掴まれる。
「送ってやるよ」
と言われ黒岩は驚く。
 彼は副社長で自分は部下だ。いくら相手が年下で仲が良い方だと言っても、それは気が引けた。断ろうとしていると彼は腕を組みムッとする。
「なんだ、俺様の運転が信用できないのか?」
と。
「いや、上司に送ってもらうのは」
「こんな時ばかり、遠慮しやがって」
 ”良いから、来い”と彼に腕を引かれる。黒岩は連れていかれた駐車場にででんと駐車された高級車を見、肩を竦めた。

──でーすーよねー。
 皇らしいと言えば、らしいが。

「乗れよ」
 仕方なく自分で助手席のドアを開ける。思った以上に綺麗でシンプルだ。余計なもの一つ置いていない。
「家、何処」
 彼は運転席に乗り込むとカーナビに手を伸ばす。黒岩は反射的にその手を掴んだ。
「おいッ」
 ”なんで邪魔するんだよ”と眉を寄せる彼を座席に押し付けると、月明かりで煌めくその瞳を覗き込む。

──皇は社長から男を教えられ、婚約者から女を教えられた。
 そして、塩田から恋を。
 皇の中に自分の居場所はないとわかっていても……。
 きっかけがあの動画だったとしても。

「好きになってもいいか?」
「は?」
 彼は”頭大丈夫か?”と言う表情をする。
「いや。皇のこと好きみたいだ」
 言って強引に口づけると、
「んんッ……やめろッ」
「痛ッ」
 彼に思いっきり脇腹をつねられた。
 黒岩は態勢を戻し、つねられた箇所を手でさする。

「気でも触れたのか?」
と涙目の彼がハンドルに腕をかけ、こちらに目を向けた。
「本気なんだが」
とシートベルトを締めながら返すと、
「そもそもお前、妻子持ちだろ」
と言われてしまう。
「不倫なんか冗談じゃないぞ」
と、シートベルトを締めエンジンをかけながら。
 そんな彼に、
「身体だけとか」
と言えば鬼の形相。
「ふざけるな」
と、本気で怒っている。

──自分はいいのかよ。
 婚約者がいるくせに、塩田に夢中なくせして。

 黒岩は自分のことを棚に上げ、ため息をついたのだった。
しおりを挟む

処理中です...