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2:交わらない想い

5 要らない返事

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****side■理人りひと

──展開の早さについていけない。
 けれど、これはチャンスなのだろう。
 でも、返事が要らないって……。

 理人は悶々としている。ずっと好きだった裕也から、好きだと言われた。熱烈とは言い難く、予想とは違った告白の形。簡素な上に、もののついでのような告白に一瞬、何を言われているか分からないほどだった。
 優紀に”自分の好きにする”と断言した時、自分は裕也に告白するつもりでいた。だが、先に言われてしまった上に、自分の気持ちを伝えることすらできなかった。

──俺だって好きだと言いたい。
 あんな覇気のない声で好きだと言われた時、何かの冗談なのかと思った。自分をからかっているだけなのかもしれないと。
 けれど、裕也は俺を抱くと言った。
 だから、俺の好きと同じ意味合いの好きなのかもしれないと希望を持ったんだ。

 それなのに、彼は先ほどから何か考え事をしているのか、湯船に浸かりぼんやりとこちらを眺めている。それは品定めをするような厭らしいものではなく、こちらに視線を向けているだけに過ぎなかった。
 そんなんで本当に自分に欲情を向けることができるのだろうか?
 不安になった時だった。彼から意図不明な質問をされたのは。

「理人。優紀がネコってのは、何故わかる。本人から聞いたとか?」
 驚く彼に、やはり知らなかったのかと理人は思った。
「なんでって……見てれば分かるだろ?」
 理人の言葉に、裕也は顎に手をやり思い当たる節がないか考察しているようだった。
「とりあえず、場所開けて」
「ああ」
 湯船を占領する彼に避けるように言うと、理人は湯船に足を差し入れる。
「そもそもお前らは、俺をどっちだと思っているんだ?」
 理人は、裕也の足の間に座ると、面白そうに問いかけた。

 結果的に自分は優紀と裕也の両方に告白されたが、二人が自分をどちらだと思っているのかとても気になる。
 
──裕也はタチ。優紀はネコだということはなんとなく分かっていた。
 世の中には、どちらかに偏った者が多いのだろうが……。

「お前らって……。優紀が理人に好きだと言ったなら、少なくともアイツは理人のことはタチだと思っているんじゃないのか?」
「ふうん」
 悪戯っぽく笑みを浮かべる理人に、裕也は苦笑いを浮かべるとそのまま理人を抱きしめた。
「やっと笑ったな、裕也」
「ん?」
 理人の言葉に、不思議そうな顔をする彼。
「ここへ来てからずっと、死んだ魚みたいな目をしてたぞ」
「そうか?」
「ああ」
 理人の首筋に唇を寄せる裕也。理人はその髪を優しく撫でた。
「で、理人はどっちなんだよ」
「どっちでもない」
 つまり、相手に合わせるという意味合い。理人は言葉にしてしまってから、伝わり辛いかと思い、
「いや、どっちでもいい」
と言い直す。

「理人」
「なんだ?」
 肌を滑る彼の大きな手に、理人は自分の手を重ねながら。
「それはつまり……」
 なんとなく、言われることは想像がつく。
「なあ、裕也。返事は要らないって言ったよな?」
「言ったけれど」
 しまったという顔をする裕也に、理人は身をよじり口づける。

──俺は裕也が好きだ。
 告白してしまえば、このままハッピーエンドの可能性はある。

『俺を選んでよ、理人』

──どうしてこんな時に思い出すんだろう?
 裕也が好きなのに、優紀のことを心配している自分もいる。
 このまま変わらない三人の関係を、望み始めている自分がいる。
 これはズルいんだろうか?
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