68 / 96
10『理解と焦燥の狭間』
3 何か間違っている⁉
しおりを挟む
****side■塩田
「何してるの? 塩田」
愛しい恋人にそう問われ、
「まだナニはしていない」
と答えると、怪訝な顔をされた。
まあ、無理もないだろう。
「質問を変えよう。なにがしたいの? 塩田」
「写真が撮りたい」
そう答える塩田の手元を覗き込む電車。
「それはムービーだと思うんだよね」
「写真は?」
「これをタッチして切り替えて」
スマホの画面に彼の指先が振れる。
「で、どこに行くの? 塩田」
「ちょっとそこの柱の陰に」
塩田は数歩下がり、柱の陰へ。
先日購入した『ストーカーのすゝめ』には定番は『盗撮』と書いてあった。恋人たっての願いなら捕まることはないだろうし、叶えてやりたい。
そもそもスマホで写真を撮ることは滅多にないが。
「何故ピースをするんだ? 紀夫」
彼はこちらに向かってピースサインをし、良い笑顔を浮かべている。
これでは盗撮ではなく……記念写真だ。
「撮られる準備は必要でしょう?」
「そういう問題か?」
電車紀夫は優しい。
見た目からして優し気で……キラキラしている。
ただし、天然だ。
──盗撮でピース?
何かおかしい気もするが。
ないとも言い切れないだろう。
仕方なく塩田はシャッターを切った。
なかなか良い笑顔だ。
「で、どうするの? それ」
「待ち受けにするらしい」
待ち受けなど滅多に変えないものだから、操作もあやふやだ。紀夫に押し付けると、彼が眉を寄せながら待ち受けの変更をしてくれる。
その間、塩田は『ストーカーのすゝめ』を再び開いた。
「で、次は?」
と電車に聞かれ、
「髪の毛を集めるらしい」
と答える塩田。
「どこで?」
「定番は……ブラシなるものだが風呂場でもいいようだ」
塩田がそう答えると、
「お風呂はいつもピカピカだからないと思うよ? そもそもそんなもの集めてどうするの?」
「封筒に入れて、郵便受けへ投函するらしい」
”大変だな、ストーカーは”と思いながらそう答えると、
「一緒に暮らしているのに、わざわざ郵便受けへ?」
と問われた。
「その意見には俺も同感だがここに書いてるし、まずは実践してみないと」
電車は相変わらず、渋い顔をしてこちらを見ている。
何かおかしなことでも言っただろうか?
「そんな不衛生なことはやめようよ」
「ん?」
彼を見上げると塩田は電車に手を掴まれ、顔を覗き込まれた。
「あのね、塩田」
「な、なんだ?」
じっと見つめられて塩田はたじろぐ。
「ストーキングっていうのは、本人に気づかれないようにこっそりやるもので、なまじ相手に内容をばらすものじゃないと思うの」
塩田は本と電車を交互に二度見した。
「いや……でも。一緒に暮らしていて、バレないのは難しくないか?」
”いっそバラした方が協力してもらえるだろうし”と続けると、
「え? どういうこと?!」
と言われる。
どうもこうもない。
「本人協力のもと、ストーキングするってこと? 何プレイなの、それ」
「ストーキングプレイ?」
「なんで疑問符!」
そんなこと言われても……と思いつつ、
「紀夫が俺だけを見ていて欲しいっていうから。ああ、監視しろってことか?」
そこで彼が切なげに眉を寄せた。
「俺だけを見ていて欲しいってのは、そういうことじゃなくてね」
何故か彼は額に手をやると笑っている。
「よそ見しないでって……って言ってもわからないよね? 浮気しないでねって意味なんだけれど」
今度は塩田が眉を寄せた。
それならそうと言えばいいのにと思いながら。
「俺が浮気をするとでも?」
「思ってないけれど、さ」
”不安になっちゃうんだよね”と呟くように吐き出す彼。
何がそうさせているのか分からない。
「不安になるのは自由だが。俺は浮気なんかしないぞ?」
人の不安とは漠然としたものなのだ。
今ここで自分が何を言おうとも、その不安を拭うことはできない。
不安を拭い去るには、それなりの信頼関係と時間がいる。
塩田はどうしたらいいのか分からず、ただその手をぎゅっと握りしめていたのだった。
「何してるの? 塩田」
愛しい恋人にそう問われ、
「まだナニはしていない」
と答えると、怪訝な顔をされた。
まあ、無理もないだろう。
「質問を変えよう。なにがしたいの? 塩田」
「写真が撮りたい」
そう答える塩田の手元を覗き込む電車。
「それはムービーだと思うんだよね」
「写真は?」
「これをタッチして切り替えて」
スマホの画面に彼の指先が振れる。
「で、どこに行くの? 塩田」
「ちょっとそこの柱の陰に」
塩田は数歩下がり、柱の陰へ。
先日購入した『ストーカーのすゝめ』には定番は『盗撮』と書いてあった。恋人たっての願いなら捕まることはないだろうし、叶えてやりたい。
そもそもスマホで写真を撮ることは滅多にないが。
「何故ピースをするんだ? 紀夫」
彼はこちらに向かってピースサインをし、良い笑顔を浮かべている。
これでは盗撮ではなく……記念写真だ。
「撮られる準備は必要でしょう?」
「そういう問題か?」
電車紀夫は優しい。
見た目からして優し気で……キラキラしている。
ただし、天然だ。
──盗撮でピース?
何かおかしい気もするが。
ないとも言い切れないだろう。
仕方なく塩田はシャッターを切った。
なかなか良い笑顔だ。
「で、どうするの? それ」
「待ち受けにするらしい」
待ち受けなど滅多に変えないものだから、操作もあやふやだ。紀夫に押し付けると、彼が眉を寄せながら待ち受けの変更をしてくれる。
その間、塩田は『ストーカーのすゝめ』を再び開いた。
「で、次は?」
と電車に聞かれ、
「髪の毛を集めるらしい」
と答える塩田。
「どこで?」
「定番は……ブラシなるものだが風呂場でもいいようだ」
塩田がそう答えると、
「お風呂はいつもピカピカだからないと思うよ? そもそもそんなもの集めてどうするの?」
「封筒に入れて、郵便受けへ投函するらしい」
”大変だな、ストーカーは”と思いながらそう答えると、
「一緒に暮らしているのに、わざわざ郵便受けへ?」
と問われた。
「その意見には俺も同感だがここに書いてるし、まずは実践してみないと」
電車は相変わらず、渋い顔をしてこちらを見ている。
何かおかしなことでも言っただろうか?
「そんな不衛生なことはやめようよ」
「ん?」
彼を見上げると塩田は電車に手を掴まれ、顔を覗き込まれた。
「あのね、塩田」
「な、なんだ?」
じっと見つめられて塩田はたじろぐ。
「ストーキングっていうのは、本人に気づかれないようにこっそりやるもので、なまじ相手に内容をばらすものじゃないと思うの」
塩田は本と電車を交互に二度見した。
「いや……でも。一緒に暮らしていて、バレないのは難しくないか?」
”いっそバラした方が協力してもらえるだろうし”と続けると、
「え? どういうこと?!」
と言われる。
どうもこうもない。
「本人協力のもと、ストーキングするってこと? 何プレイなの、それ」
「ストーキングプレイ?」
「なんで疑問符!」
そんなこと言われても……と思いつつ、
「紀夫が俺だけを見ていて欲しいっていうから。ああ、監視しろってことか?」
そこで彼が切なげに眉を寄せた。
「俺だけを見ていて欲しいってのは、そういうことじゃなくてね」
何故か彼は額に手をやると笑っている。
「よそ見しないでって……って言ってもわからないよね? 浮気しないでねって意味なんだけれど」
今度は塩田が眉を寄せた。
それならそうと言えばいいのにと思いながら。
「俺が浮気をするとでも?」
「思ってないけれど、さ」
”不安になっちゃうんだよね”と呟くように吐き出す彼。
何がそうさせているのか分からない。
「不安になるのは自由だが。俺は浮気なんかしないぞ?」
人の不安とは漠然としたものなのだ。
今ここで自分が何を言おうとも、その不安を拭うことはできない。
不安を拭い去るには、それなりの信頼関係と時間がいる。
塩田はどうしたらいいのか分からず、ただその手をぎゅっと握りしめていたのだった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
上司、快楽に沈むまで
赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。
冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。
だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。
入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。
真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。
ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、
篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」
疲労で僅かに緩んだ榊の表情。
その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。
「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」
指先が榊のネクタイを掴む。
引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。
拒むことも、許すこともできないまま、
彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。
言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。
だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。
そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。
「俺、前から思ってたんです。
あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」
支配する側だったはずの男が、
支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。
上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。
秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。
快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。
――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。
オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?
中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」
そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。
しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は――
ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。
(……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ)
ところが、初めての商談でその評価は一変する。
榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。
(仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな)
ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり――
なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。
そして気づく。
「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」
煙草をくゆらせる仕草。
ネクタイを緩める無防備な姿。
そのたびに、陽翔の理性は削られていく。
「俺、もう待てないんで……」
ついに陽翔は榊を追い詰めるが――
「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」
攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。
じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。
【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】
主任補佐として、ちゃんとせなあかん──
そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。
春のすこし手前、まだ肌寒い季節。
新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。
風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。
何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。
拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。
年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。
これはまだ、恋になる“少し前”の物語。
関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。
(5月14日より連載開始)
壁乳
リリーブルー
BL
ご来店ありがとうございます。ここは、壁越しに、触れ合える店。
最初は乳首から。指名を繰り返すと、徐々に、エリアが拡大していきます。
俺は後輩に「壁乳」に行こうと誘われた。
じれじれラブコメディー。
4年ぶりに続きを書きました!更新していくのでよろしくお願いします。
(挿絵byリリーブルー)
またのご利用をお待ちしています。
あらき奏多
BL
職場の同僚にすすめられた、とあるマッサージ店。
緊張しつつもゴッドハンドで全身とろとろに癒され、初めての感覚に下半身が誤作動してしまい……?!
・マッサージ師×客
・年下敬語攻め
・男前土木作業員受け
・ノリ軽め
※年齢順イメージ
九重≒達也>坂田(店長)≫四ノ宮
【登場人物】
▼坂田 祐介(さかた ゆうすけ) 攻
・マッサージ店の店長
・爽やかイケメン
・優しくて低めのセクシーボイス
・良識はある人
▼杉村 達也(すぎむら たつや) 受
・土木作業員
・敏感体質
・快楽に流されやすい。すぐ喘ぐ
・性格も見た目も男前
【登場人物(第二弾の人たち)】
▼四ノ宮 葵(しのみや あおい) 攻
・マッサージ店の施術者のひとり。
・店では年齢は下から二番目。経歴は店長の次に長い。敏腕。
・顔と名前だけ中性的。愛想は人並み。
・自覚済隠れS。仕事とプライベートは区別してる。はずだった。
▼九重 柚葉(ここのえ ゆずは) 受
・愛称『ココ』『ココさん』『ココちゃん』
・名前だけ可愛い。性格は可愛くない。見た目も別に可愛くない。
・理性が強め。隠れコミュ障。
・無自覚ドM。乱れるときは乱れる
作品はすべて個人サイト(http://lyze.jp/nyanko03/)からの転載です。
徐々に移動していきたいと思いますが、作品数は個人サイトが一番多いです。
よろしくお願いいたします。
今度こそ、どんな診療が俺を 待っているのか
相馬昴
BL
強靭な肉体を持つ男・相馬昴は、診療台の上で運命に翻弄されていく。
相手は、年下の執着攻め——そして、彼一人では終わらない。
ガチムチ受け×年下×複数攻めという禁断の関係が、徐々に相馬の本能を暴いていく。
雄の香りと快楽に塗れながら、男たちの欲望の的となる彼の身体。
その結末は、甘美な支配か、それとも——
背徳的な医師×患者、欲と心理が交錯する濃密BL長編!
https://ci-en.dlsite.com/creator/30033/article/1422322
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる