人形少女は夢を見る

詩のぶ

文字の大きさ
2 / 8

人形少女は店に立つ

しおりを挟む
漆喰と瓦の家々が続く、古い町並み。
柳が揺れる川辺を手漕ぎの小さな舟が上っていき、天秤棒を担いだ振売が魚や豆腐を売るために声を張り上げている。

懐かしい、なんて、おかしな話だ。

自分は今、ここで、この町の一部として生きているはずなのに。


「いらっしゃーい!ご休憩にお茶と甘いものはいかがですかー?」


鷹華はこの町で、隼桐と二人で小さな茶屋を営んでいる。
二階建ての木造りの家の一階が茶屋、二階が二人の住まいだ。

海老茶の暖簾がかかったこの茶屋も町並みに自然と溶け込む古めかしい佇まいで、小ぢんまりとしているけれど、客の入りは意外と多い。

繁盛しているのはありがたいのだが、常連になって足を運んでくれている客のお目当ては、聞けば店の風情でも茶の美味さでもなく、接客を担当している鷹華が連日のようにしでかす粗相であるというから、鷹華としてはどうも手放しでは喜べない。

例えば、客ではなく使い古した畳に茶を飲ませてしまったり。
例えば、三色団子が華麗に空を飛んだり。
例えば、放った打ち水を走ってきた子どもに命中させて泣かせてしまったり。

そんなことを次々思い出しているうちに、今日もまた。

「―――あああああっ!お皿があぁぁっ!」

裾を引かれた気がして、振り向こうとして、畳で足が滑った結果。

手からお盆が、
お盆から皿が、
皿から水菓子が飛んでいく。

最終的にそれは注文した客とは別の客の皿の上にぷるんと不時着して、まるで「最初からここにいました」とでも言うように、涼しげな顔で匙を待っている。

店内は一瞬の静けさの後、

「おーーーーー!鷹華ちゃんっ、今日はまた一段と飛ばしたなァ!」
「見事な着地!さすが隼桐の水まんじゅう、ようく躾けられてんだナ!」
「よう、そこの幸運な兄ちゃん、その水菓子食っていいぞ!今日も面白いモン見られて俺は満足だ!」

と大騒ぎ。
見ていなかった人までつられて笑いだしてしまう空気である。

「鷹華ちゃん、大丈夫!?」

厨房から隼桐が駆けつけて、畳に突っ伏した鷹華を抱き起こし顔を覗き込む。

「ごめん、また失敗しちゃった……。」

鷹華がおずおず謝ると、隼桐は、そんなもの、と微笑んで鷹華の手を取る。

「気にしないで。お菓子なら、また作ればいいのよ。」
「そうだけどさぁ…。」
「お菓子もお客もどうでもいいけれど、鷹華ちゃんが怪我しなくてよかったわ。」

その発言は、経営者としてはどうなんだろう。

「鷹華ちゃんが痛かったり、辛かったり、嫌だったりするのが、私は一番恐ろしいんだから。」

聞いていて恥ずかしくなるほど真っ直ぐな言葉と視線を投げられて、体の芯がかあっと熱くなる。

けれど隼桐の手も微笑みも、生きているとはとても思えない冷たさで、鷹華の体を一瞬駆け巡った火照りはすぐにどこかへ消えてしまう。

その周りで客達はまだ鷹華の先程の曲芸をはやし立てている。

「よっ!それでこそ鷹華ちゃん!そこらのつまらんとは訳が違うぜ!」
「頑張れヤ、!」

そのヤジに、一瞬、隼桐の目が悲しそうに歪んだ気がした。

「おっ!そこらのつまらんガラクタ、ってのは手前ェのことか?」
「おう、何だと?何か言ったかそこの急須アタマ!」
「何でェやんのかこのぼんぼり腹が!」

さっきまでとは別の方向に色めき立ちだした店内に、もーーーみんな一言多いんだから、と溜息をついて、隼桐は厨房へ戻っていく。

「厨房は私がやるから、接客は鷹華の担当ね」というのが隼桐との約束なので、鷹華は仕方なく、騒ぎ放題の客達をどうにか落ち着かせるべく、ぐるりと店内を見渡す。

畳の上では、掛け合い通り「急須の形をした頭」の男と、「ぼんぼりみたいな腹」の男が睨み合っている。

ぼんぼり腹の男がお腹をゆさゆさ揺らせば走馬灯の影絵が店内を駆け回り、急須アタマの男が逆上すれば茶の良い香りがして、店内はやんややんやの大合唱。

それは、もうこの町で何度も繰り返した「日常」だ。

店の入り口側から「お団子ひとつ!」と声をあげている、一つ目の唐傘親子も。
「おう喧嘩はよしとけ」と割って入って武器代わりに振り回されている欠けた柄杓も。
隅の方で「ところでこれは隣の国で聞いた話なんだがな…」とぶつぶつ呟いている色褪せた吹き流しも。
店の外に出れば、舟に乗った櫂が交代で水を掻いていて、商売中の降売はまな板の体で器用に歩いていることも。


そう、ここは、長い間大切にされた道具が最期に行き着く場所――付喪神達の町。

鷹華はこの町でたった一人の「人間」として、暮らしていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

三年の想いは小瓶の中に

月山 歩
恋愛
結婚三周年の記念日だと、邸の者達がお膳立てしてくれた二人だけのお祝いなのに、その中心で一人夫が帰らない現実を受け入れる。もう彼を諦める潮時かもしれない。だったらこれからは自分の人生を大切にしよう。アレシアは離縁も覚悟し、邸を出る。 ※こちらの作品は契約上、内容の変更は不可であることを、ご理解ください。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

悪役令嬢、休職致します

碧井 汐桜香
ファンタジー
そのキツい目つきと高飛車な言動から悪役令嬢として中傷されるサーシャ・ツンドール公爵令嬢。王太子殿下の婚約者候補として、他の婚約者候補の妨害をするように父に言われて、実行しているのも一因だろう。 しかし、ある日突然身体が動かなくなり、母のいる領地で療養することに。 作中、主人公が精神を病む描写があります。ご注意ください。 作品内に登場する医療行為や病気、治療などは創作です。作者は医療従事者ではありません。実際の症状や治療に関する判断は、必ず医師など専門家にご相談ください。

さようなら、たったひとつの

あんど もあ
ファンタジー
メアリは、10年間婚約したディーゴから婚約解消される。 大人しく身を引いたメアリだが、ディーゴは翌日から寝込んでしまい…。

【完結】あなたに知られたくなかった

ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。 5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。 そんなセレナに起きた奇跡とは?

神は激怒した

まる
ファンタジー
おのれえええぇえぇぇぇ……人間どもめぇ。 めっちゃ面倒な事ばっかりして余計な仕事を増やしてくる人間に神様がキレました。 ふわっとした設定ですのでご了承下さいm(_ _)m 世界の設定やら背景はふわふわですので、ん?と思う部分が出てくるかもしれませんがいい感じに個人で補完していただけると幸いです。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

【短編】花婿殿に姻族でサプライズしようと隠れていたら「愛することはない」って聞いたんだが。可愛い妹はあげません!

月野槐樹
ファンタジー
妹の結婚式前にサプライズをしようと姻族みんなで隠れていたら、 花婿殿が、「君を愛することはない!」と宣言してしまった。 姻族全員大騒ぎとなった

処理中です...