天使たちの水浴びシーン

アッシュ出版

文字の大きさ
55 / 92

55)聴診器を持つ指が胸に触れる寸前

しおりを挟む
 「はい、じゃあ、今日の撮影はこれで終わりです」

 このあまりに衝撃的なセリフを担当者さんが唐突に言ってきたのは、ナース姿の美咲ちゃんが聴診器で、ゆかりちゃんの心臓の鼓動を聞いているシーンでだった。

 ゆかりちゃんは体操着をたくし上げて、胸部を露出させている。
 もちろん下着なんかではなくて、それはただの水着であるわけであるが、柔らかそうな胸の谷間はそれなりに露出しているし、何よりも自分で服をたくし上げて、乳房を差し出すようにして曝す行為は、かなり刺激的な光景だ。

 聴診器を持つ美咲ちゃんの指が、ゆかりちゃんの胸に触れる。
 別に指示なんて出していないのだけど、けっこう大胆に美咲ちゃんはゆかりちゃんの胸を触ってくれる。
 ゆかりちゃんは照れたように顔を赤らめ、くすくすと笑っている。

 「皆さん、お疲れ様です。今日はこれで終わり、明日頑張りましょう」

 こんなに楽しいシーンを撮影中に終わりを言い渡されたのだ。僕の衝撃のデカさを理解していただけるだろうと思う。

 まだこのシーンをちゃんと撮り終えたとは言えない。とても中途半端なところだ。まだまだこれから注射器が登場したりするのに。

 「じゃあベッドに横になって下さい」

 美咲ちゃんは言うはずだった。

 「念のため注射しておきますからね。お尻を出してください」

 うつ伏せになったゆかりちゃんのブルマをずらして、お尻を剥き出しにして、そこに注射器するというシーン。

 え? そのシーンも無しなんですか? 

 「なしです!」

 そもそも二日連続で撮影することにはなっていた。
 今日中に撮り終えられなかった分を明日に回すことになるのは念頭にあったのだけど、しかし明日には明日の予定があり、持ち越すとしても限界があって、今日の予定は全部こなしたかったのは当然のこと。
 とはいえ、これは僕にとって生まれ初めての撮影なのだから、少しくらいのスケジュール押しは融通してもらえると思っていたり、いなかったりで。僕に甘えがあったことは事実だろうけど。

 「とりあえず一旦は、終わりですね」

 「一旦は」というところに、僕はアクセントを置く。

 「終わりです。だから言ったじゃないですか、全然スケジュール通りに運んでいないって。このシーンでも何度も撮影し直していましたよね?」

 「はい、良い作品を作りたいんです。わかりました、明日、巻き返します! それはもう驚くべきスピードで撮影していきますね」

 「そうして貰わないと困りますよね」

 「はい、しかし細部のこだわりも捨てられないことは確かで」

 こんな機会はもう二度とないだろう。この撮影に全ての夢をぶち込むんだ、と僕は意気込んでいる。それは全てのスタッフさんたちにも伝わっているだろう。
 みんな、それに応えて頑張ってくれているんだ。撮影はとても好調だった。

 「何度も撮り直したりしてたら、それでは一向に完成しないですよ」

 「そういうもんなんですね」

 「とにかく今日は終わりです。スタッフたちも疲労困憊です。女の子たちも夜まで仕事させられない。今日はここでスパッと終わり」

 「仕方ありません。あともう五分だけ撮影して終わりにしましょう」

 「駄目です。もう終わったんです」

 担当者さんは断固とした口調で言う。もう取り付く島はなさそうだった。

 「明日、日の出と共に撮影開始ってことになりますから」

 「わかりました。今日はこれで終わりにしましょう」

 今夜は眠れそうにない。眠ってしまったら、明日起きれそうにないから。
 身体は疲れ切っている。それよりもメンタルが疲労の極地にある。
 しかし眠りたくない。このまま最後まで突っ切りたかった。
 今、僕はこの現場を自分の手で掌握しているという手応えを感じている。
 ようやく辿り着いた境地なんだ。
 色々と失敗したり、恥をかいたりしてきたけど、ようやくいっぱしの監督として認められ始めてきたのに。

 とはいえ、本当に終わってしまったようだ。もうスタッフさんたちは撤収の準備に入っている。
 きっとそれにはそこそこの時間が必要で、撮影が終了した瞬間に彼らは帰れるわけでもないだろう。
 美咲ちゃんとゆかりちゃんも控え室に向かってしまった。「今日は終わり」という言葉を聞いて、二人の表情から緊張感がスッと抜けたようである。もはやカメラの前に引きずり出せるような雰囲気ではなかった。

 今日は終わりだ。
 なんだかとても寂しいのだけど、それを受け入れないわけにはいかない。
 でも明日がある。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

熟女教師に何度も迫られて…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
二度と味わえない体験をした実話中心のショート・ショート集です

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

還暦の性 若い彼との恋愛模様

MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。 そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。 その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。 全7話

処理中です...