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69)干し芋、世界で最も美味しい食べ物
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「好い天気だよな」
そのとき突然、僕の隣にやって来て、そう声を掛けてきた人がいた。
新監督である。さっきまで気怠そうに椅子に座っていたはずなのだけど、いつの間にか僕の隣にいる。
「うわっ」と声が出そうなくらい、僕は驚いた。
「空がきれいよな。こんなに青くてデカい空は滅多に見れないぞ。お前は恵まれてるぜ.ラッキーな男だ」
「は、はあ・・・」
「良かっただろ? テニスコートに変更して。体育館で撮影してたら、こんな空は撮れてないよー」
「そ、そうですね」
この人は何を言いたいのか、僕は戸惑うばかりである。刺々した態度もなくて、むしろ人懐っこい笑顔すら向けてくるのである。
「晴れ男か、お前は?」
「いやあ、どっちかと言うと雨男です」
「やっぱりそうだよな、辛気臭いもんな、お前は。じゃあ、あの二人のどっちかが晴れ女なのかもしれないな」
新監督は僕に馴れ馴れしく、というと言葉は悪いけれど、妙に人懐っこく、別にそのような親しい間柄ではないのに、何ならば敵同士だと言ってもいいくらいなのに、甥っ子とか姪っ子に語り掛けるように僕に相対してくる。
「光なんだよ、俺たちが撮らなければいけないのは。だから室内よりも屋外、体育館よりもテニスコートだ。せっかく良い天気なんだから、撮影は外でやろうぜ、それが良いよ」
「あっ、それは確かに、そうですね」
「お前は女のことしか考えてないよな? キャメラの前で、どんな衣装で、どんなポーズを取らせるかってことばかりに気を取られている。いや、それも悪くない、良いだろう、お前のスケベ心には頭が下がるね。さすが童貞だよ、妄想だけが肥大化してるエロモンスターだ。しかしな、これは映像作品でもあるんだぜ。やっぱり光なんだよ」
「ひかり・・・」
この人が執拗にテニスの撮影にこだわった理由の一つが今、初めてわかった気がした。
いや、我儘に自分の権力を誇示したかったのだろう。それが一番の理由に決まっているんだけど。
しかし、せっかくだからきれいな青空の下で撮るということ。それに納得してしまう。
「俺はさ、フェリーニと黒澤が好きなんだよ! 第二のフェリーニ黒澤になりたかったんだ。だからこの仕事を始めた。まあ結局、映画なんて撮れずにさ、こんなクソみたいな、おっと、言葉が過ぎたな、お前にとってはこういう作品こそが「道」であり、「七人の侍」だろうな。それを否定する気はないぜ」
どうせ、お前みたいなオタクは「道」も「七人の侍」なんて知らないだろうけどな。と新監督は付け加える。
いや、それくらい知ってる。むしろベタなチョイス過ぎて、それにひるんでいるくらいだ。
「映画とイメージビデオは違うよ、馬鹿、死ね、昭和脳め、ってお前は俺にそんなことを思っておるかもしれねえが、違うんだよ、同じなんだよ、光なんだよ、俺はそう思っているんだよ。カメラが捉えるのはいつだって光と影さ」
「はい、そうですね」
僕は首を縦に振って、激しい勢いで頷く。
「まだピンと来ないのか?」
「いえ、凄く理解しています」
しかしそれを無視して、新監督は続ける。
「だったらそうだな、お前、干し芋好きか?」
「え?」
「干し芋だよ」
「まあ、はい」
「ああ、好きか。干し芋が美味しいのも、太陽のパワーをさ、たっぷりと吸ってて」
「え?」
「干し芋だよ、太陽に干してるんだろ?」
「そうなんですか?」
「いや、俺も知らないけれど、干すっていうことはそういうことだろ、多分。洗濯物みたいに芋を干してるに違いないさ」
「ああ、なるほど」
「見ろよ、あの青空を。降り注ぐ太陽の光を。女たちの笑顔も重要だろうけどね、光はそれと同じくらい大切なんだ。それを上手く撮ることが出来れば作品は良いものになる。観ている客の心を明るくすることが出来る」
「はい。すごく勉強になります」
「まあな、これは所詮ポルノだろ? ポルノに光はいらないって言いたいんだろうがね、エロければそれでオッケーなんだろ?」
「いえ、それは違います。僕は青春とか恋とか、生きる喜びとか、そういうものも表現したいんです」
「そうか、だったら光は重要だね」
「そうです、光は重要です」
「あいつは良いキャメラマンだ」
新監督はカメラマンさんを指差す。
「光の支配者だ。お前は良い人と仕事出来て良かったな」
そのとき突然、僕の隣にやって来て、そう声を掛けてきた人がいた。
新監督である。さっきまで気怠そうに椅子に座っていたはずなのだけど、いつの間にか僕の隣にいる。
「うわっ」と声が出そうなくらい、僕は驚いた。
「空がきれいよな。こんなに青くてデカい空は滅多に見れないぞ。お前は恵まれてるぜ.ラッキーな男だ」
「は、はあ・・・」
「良かっただろ? テニスコートに変更して。体育館で撮影してたら、こんな空は撮れてないよー」
「そ、そうですね」
この人は何を言いたいのか、僕は戸惑うばかりである。刺々した態度もなくて、むしろ人懐っこい笑顔すら向けてくるのである。
「晴れ男か、お前は?」
「いやあ、どっちかと言うと雨男です」
「やっぱりそうだよな、辛気臭いもんな、お前は。じゃあ、あの二人のどっちかが晴れ女なのかもしれないな」
新監督は僕に馴れ馴れしく、というと言葉は悪いけれど、妙に人懐っこく、別にそのような親しい間柄ではないのに、何ならば敵同士だと言ってもいいくらいなのに、甥っ子とか姪っ子に語り掛けるように僕に相対してくる。
「光なんだよ、俺たちが撮らなければいけないのは。だから室内よりも屋外、体育館よりもテニスコートだ。せっかく良い天気なんだから、撮影は外でやろうぜ、それが良いよ」
「あっ、それは確かに、そうですね」
「お前は女のことしか考えてないよな? キャメラの前で、どんな衣装で、どんなポーズを取らせるかってことばかりに気を取られている。いや、それも悪くない、良いだろう、お前のスケベ心には頭が下がるね。さすが童貞だよ、妄想だけが肥大化してるエロモンスターだ。しかしな、これは映像作品でもあるんだぜ。やっぱり光なんだよ」
「ひかり・・・」
この人が執拗にテニスの撮影にこだわった理由の一つが今、初めてわかった気がした。
いや、我儘に自分の権力を誇示したかったのだろう。それが一番の理由に決まっているんだけど。
しかし、せっかくだからきれいな青空の下で撮るということ。それに納得してしまう。
「俺はさ、フェリーニと黒澤が好きなんだよ! 第二のフェリーニ黒澤になりたかったんだ。だからこの仕事を始めた。まあ結局、映画なんて撮れずにさ、こんなクソみたいな、おっと、言葉が過ぎたな、お前にとってはこういう作品こそが「道」であり、「七人の侍」だろうな。それを否定する気はないぜ」
どうせ、お前みたいなオタクは「道」も「七人の侍」なんて知らないだろうけどな。と新監督は付け加える。
いや、それくらい知ってる。むしろベタなチョイス過ぎて、それにひるんでいるくらいだ。
「映画とイメージビデオは違うよ、馬鹿、死ね、昭和脳め、ってお前は俺にそんなことを思っておるかもしれねえが、違うんだよ、同じなんだよ、光なんだよ、俺はそう思っているんだよ。カメラが捉えるのはいつだって光と影さ」
「はい、そうですね」
僕は首を縦に振って、激しい勢いで頷く。
「まだピンと来ないのか?」
「いえ、凄く理解しています」
しかしそれを無視して、新監督は続ける。
「だったらそうだな、お前、干し芋好きか?」
「え?」
「干し芋だよ」
「まあ、はい」
「ああ、好きか。干し芋が美味しいのも、太陽のパワーをさ、たっぷりと吸ってて」
「え?」
「干し芋だよ、太陽に干してるんだろ?」
「そうなんですか?」
「いや、俺も知らないけれど、干すっていうことはそういうことだろ、多分。洗濯物みたいに芋を干してるに違いないさ」
「ああ、なるほど」
「見ろよ、あの青空を。降り注ぐ太陽の光を。女たちの笑顔も重要だろうけどね、光はそれと同じくらい大切なんだ。それを上手く撮ることが出来れば作品は良いものになる。観ている客の心を明るくすることが出来る」
「はい。すごく勉強になります」
「まあな、これは所詮ポルノだろ? ポルノに光はいらないって言いたいんだろうがね、エロければそれでオッケーなんだろ?」
「いえ、それは違います。僕は青春とか恋とか、生きる喜びとか、そういうものも表現したいんです」
「そうか、だったら光は重要だね」
「そうです、光は重要です」
「あいつは良いキャメラマンだ」
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「光の支配者だ。お前は良い人と仕事出来て良かったな」
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