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Case.5 霊鬼
第十七話
しおりを挟むそんな会話も忘れてしまった頃の、放課後のことだった。
「もも、数学」
「…………」
「ももー。数学」
「…………」
誰かから話しかけられてる気がする。
「名津、あれなんなの?」
「あのさ凛津、オレに聞かないでよそんなこと」
双子が話してる。
「おーい、桃田?」
「にぎゃああああ!?」
ついに有馬先輩に肩を捕まれた。口からとてつもなく大きな音が出てくる。
「あ、あのさぁ……」
私の叫び声に驚いた有馬先輩が耳を押さえてうずくまっている。
「ひぇっ。すみません、すみません!」
平謝りするしかないよ……。あぁ、本当私ってどうしようもない奴……。
「何があったか知らないけどさ、最近ずっとそんな感じじゃん。大丈夫?」
うう、有馬先輩に心配させてしまった。
「だ、大丈夫です。本当、個人的なことなので……」
マユちゃんとの会話から数日が経ち、彼女はまた学校に来なくなった。実はあの日、彼女はクラスには行っていなかったらしく、姿を見た人は私以外誰もいなかったそうだ。
憶測の域は出ないけど、彼女はあの日、私と話をするためだけに現れたのかもしれない。
もしかしてあの会話は、それだけ大切なことだった?
何もかもがもどかしい。でも、私にできることは何もないことくらい、私が一番わかってる。
「もも……。数学……」
凛津が静かに話しかけてくる。そうか、ずっと放っておいてしまっていたのか。
「ご、ごめん。えっと、図形のとこだっけ?」
この間、凛津に数学を教える約束をしていたんだ。幸い今日は、鬼退治の仕事がない。
初めて会ったときは、あんなに拒絶されたのに、今じゃ頼られているみたいで、嬉しさすら感じてしまい。
中学じゃ、考えられなかったな。
「ええっと、ここは余弦定理じゃないかな?」
「……余弦?」
おぅ……。そこからか。
凛津との勉強会に夢中になっていたからか、私は「それ」の襲来に気付かなかった。
ついこの間の、何者かによる襲撃で壊された扉から、音もなく影が入り込んでくる。
「──ねぇ、もも。あれ……」
凛津が扉の方に人差し指を向けた。
「え? 何──」
そこにいたのは、黒い影。
──どうして気付かなかった?
そうか。そういうことだったのか。ある程度強い鬼の襲来は予期しにくい。それはこの間、会長さんに教えてもらった。
実際に経験したことがなかったから半信半疑だったけど、本当のことなんだ。
だけど今は、そんなことを考えている場合じゃない。「それ」は鬼か、それとも、別の何かか──。
ゆらゆらと揺れていた影が、ゆっくりと実体化していく。ヒトの形を作っていく。
確かに人の形をしているけれど、大気との境界線が曖昧で、まだ顔は見えない。不安定に揺れている。明らかに、この世の物ではない。
「どうするの? こいつが鬼なら倒さないといけないし、鬼じゃなければ手は出せないけど」
凛津が最初に口を開いた。大人がいない以上、専部に一番長くいる人に人に指示を仰ぐのがいいのだが、生憎、会長さんはいない。
「……もしあいつが鬼じゃなかったら、俺達じゃ歯が立たない。だから、とりあえず物理攻撃でつついてみる」
有馬先輩が小声で捲し立てた。
「物理攻撃が効かなければ、すぐにここから離れろ。効いたら、腕から先を見えるようにして確認すればいい。あの様子じゃ、どっちにしろすぐにボロが出る」
鬼の特徴は、頭に生える角と、異常に長い爪だ。〈牛鬼〉みたいなものは、その特徴がすぐにわかる。だけど、鬼頭先輩──〈茨木童子〉や〈酒呑童子〉みたいな鬼は、その気になれば完全に人の形になって、ずっと角や爪を隠すことができるらしい。
ただ、そのままだと普通の人間と戦闘力は変わらないので、戦闘時は爪、もしくは武器がないと戦えないそうだ。
だから、もし「それ」が鬼であるならば、少なくとも異常に長い爪を戦闘で使うはず。
それに、妖怪の類と違って、実体がある。例外はあるらしいけど。
「物理攻撃なら私が行った方がいいですか?」
幸い「それ」は黒い影を揺らしているだけで、攻撃はしてこない。あいつが動く前に、なんとか正体をつかみたいところだ。
「確かに。矢を使っちゃうと、この教室も無傷じゃすまないだろうし……」
名津君が申し訳なさそうに言った。
この教室──正確には隣の図書室──には、鬼や〈退鬼師〉や専部に関する資料の全てが詰まっている。情報のバックアップをとっているかどうかはわからないけど、壊されるわけにはいかない。
「一応援護はできると思うけど、何されるかわからないから気を付けて」
「凛津……。その言い方はないよ……」
なんだか締まらないけど、そんなことはどうだっていい。
まず、こいつが鬼かどうか調べる。私にしかできないことだから、それを遂行するだけだ。
空気で私が臨戦体制に入ったのを感じたのか、「それ」はこちらに突っ込んできた。こっちから先に仕かけるつもりだったけど、これくらいは想定済みだ。
上段から真下に薙刀を振り下ろす。「それ」は右腕で防いだ。少なくとも、こいつには実体があるようだ。
「──次っ!」
薙刀は、「それ」の左腕をめがけて振られる。狙いは実体部の二センチ上。風圧で影を飛ばせるはず。
狙いは外れてしまった。「それ」の左腕が目にとまらない速さで動いた。
驚くべきはこの後だ。さっき身体を叩き割ろうとした薙刀は、その身体を貫通した。
「なっ……」
──どういうこと?こいつ、霊体……?
動揺した隙をとられた。「それ」が攻撃に転じたのだ。
「ちっ……。悠長に見物してるわけにもいかなくなったか……!」
私の頬をかすって、長方形の和紙が「それ」の身体に刺さった。有馬先輩のお札だ。
「そ、そのお札って、鬼以外にも効く物なんですか?」
名津君が尋ねる。
「試したことはないけど、理論上〈あやかし〉には効く……らしい」
自信なさげなところが少し不安だけど、何もないよりはいいに決まってる。
先輩のお札はちゃんと効いてくれたらしく、「それ」の動きは止まった。だけど、それはいつまでも続くわけではなかった。
その黒い影は突然、金属製のナイフのように、鈍く光始めた。
「まさか、パワーアップとかしたんじゃ……」
名津君が不吉なことを言ったところで、影がこちらに突っ込んで来た。
「名津がそんなこと言うから……」
凛津が皮肉を言っている。
「えっ。ごめん」
すぐに謝るところが名津君らしいや。
「大丈夫。これくらい『止められる』」
その〈言霊〉に呼応するように、影の動きが、今度こそ完全に止まる。自分の攻撃を防がれた「それ」は動揺したのか、次の一手に移ることができない。
「申し訳ないけど、形勢逆転です!」
その身体を薙刀で狙う。「それ」は動揺していたせいで、反応しきれていない。
薙刀が「それ」の胴を抉った。倒せはしなくても、かなりのダメージはあるはずだ。いや、あってほしい。
願望に限りなく近い予想は、ほとんど当たっていた。「それ」の姿を隠すようにしていた影はその効力を失い、その素顔があらわになった。
「……え?」
驚きを隠せなかった。
嘘だ。そんなはずはない。だって私、ついこの間まで、一緒にいたのに。
友達として。
「マユちゃ──」
「……真冬?」
有馬先輩の口から出た名前は、想定外のものだった。
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