魂の封術士

悠奈

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第一章

第一話

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  どれくらい走ったんだ?  なにが追ってきている?
  酸素不足の頭の中を、疑問だけが巡っている。
  見慣れたはずの学校の廊下が、どこまでも続く無限回廊のように思えてくる。
  状況が把握できない中で耳に響くのは、幼馴染達の断末魔だけだった。

 * * *

  遡ること三十分。始業の鐘が鳴ったときのこと。
  俺──今枝一希が通う水原中学校では、止まらない少子高齢化により、来年度からは小学校と合併して小中一貫校になることが決定している。この日が、この学校の最後の一年の始まりだ。
  七人しかいないクラスのはずなのに、教室はかなりうるさかった。
「なあ、先生遅くない?」
  隣の席の竹田が話しかけてくる。俺は読んでいた本から目を離し、時計を見た。時間は八時半をとうに回っていて、あと三分で授業が始まろうとしている。
「ほんとだ」
「あり?  気付いてなかった?」
  竹田がからかい始めたので、「うるさい」と一蹴しておいた。
  他愛ないやり取りを何度かしていると、見かねたように学級委員の女子が立ち上がった。
「あたし、先生呼んでくるね。そこの誰かさんみたいに人にちょっかい出してる人もいるから」
  彼女が言っているのは竹田のことだ。当の本人は気付いていないみたいだけど。
  級長はそのまま教室を出て行った。

「ねーねー。級長遅くない?  もうあれから十分も経ってるよ」
  今度は反対側からつつかれた。彼女は俺の横で仁王立ちしている。
「うるさいなー……。邪魔するなよ」
  呆れて言うと、彼女は頬を膨らませた。
「あー!  わーるいんだー!  彼女を無視しやがって!」
  ……大声で言わないでいただきたい。
  物理的に口を塞ぐわけにもいかず、話をそらした。
「じゃあさ南帆、自分で見てきたら?  職員室ならそんなに遠くないんだし」
「わかった。でも、一希がついてきてくれたらね」
「えぇ……」
  正直面倒だが、あまり下手なことをするとなにをしでかすかわからない。渋々付いていった。
「綾~?  どこ行ったの?  綾~!」
  廊下に出るや否や、南帆は級長の名前を叫んだ。いくらクラスに二人しかいない女子のためとはいえ、少しは自重してほしいものだ。
「むぅ……。いない」
「すぐ近くにいたら見えるだろ……」
  やけに静かなのが気になる。他の学年もいるはずなのだが、人の話し声ひとつ聞こえない。
  廊下を少し渡ったところで、南帆がまた叫んだ。
「あ!  綾!」
  彼女はスリッパを鳴らして駆けていく。幼い子どもみたいだ。俺もその後ろに付いていこうとした。
  そんなことを悠長に考えている余裕は、すぐなくなった。
「あれ……。級長……?」
  向こうから歩いてくる彼女には、隠しきれない違和感があった。なにかに操られているような歩き方だ。
  それに気付いているのかどうかはわからないが、南帆が級長の腕に抱きついた。
「もー!  遅いよ!  綾、今までなにして──」
  南帆の腕の中の級長が崩れ落ちる。
  その刹那、血しぶきが上がった。
  呆然とそれを見ていた俺は、南帆の悲鳴で我に返った。南帆はまともに血を被ったらしく、血まみれになりながらパニックになっている。
  生暖かい風が頬をさすった。その方向に目を向けても、なにも見えない。
  それが抜けていった先には、教室がある。

  その後のことは、思い出したくてもうまく思い出せない。
  今でも鮮明に思い出せるのは、至るところでいくつもの断末魔が響いていたことだけだ。

 * * *

  南帆の手を引っ張って、長い廊下を駆ける。そんなに大きな学校じゃないのに、終着点が見えない。その違和感に気付いていなかった。気付く余裕もなかった。
  また誰かの声が聞こえた。今度は近い。
  不意に、右手が引っ張られた。南帆の足が縺れて転んでしまったようだ。
「ご、ごめん……」
  申し訳なさそうに謝られるが、こちらはそれに構っている余裕もない。生返事だけした。
  朝なのにやけに薄暗い、終わりのない廊下。先が見えるわけではないが、あれから逃げなくてはならない。
「まだ、走れる?」
  そう聞いたら、彼女は弱々しく「うん」と言った。
  差し伸べられた手を彼女がとり、立ち上がろうとした瞬間、さっきの風が足元を掬った。
「うわっ」「きゃっ」
  揃って小さな悲鳴をあげ、尻もちをつく。
  得体の知れない風の勢いは止まらず、突風に変わり、俺と南帆はまともに煽りをくらった。壁に背中を打ちつけ、息が詰まる。
  かけていた眼鏡がその弾みで落ちた。
  そこで初めて、風の正体を見る。
  決まった形を持たない粒子が辺りに漂っている。南帆はそれに気付いていない。
  また、大気が動いた。
「あっ……!」
  それは俺の方には目もくれず、彼女の方に向かっていく。首へ、一直線に向かっていく。
  慌てて床を蹴ったが、間に合うどころか粒子によって突き放されてしまった。
  今度はそのまま頭を打つ。
  朦朧とした意識の中で宙を仰ぐ。
  彼女がどうなったかを確認するより先に、赤色の液体が指を浸した。
  粒子が形を作ったり崩したりしながら漂っていたが、獲物が動かないことに気付いたのか、鋭いナイフのような形を定め、こちらに向かってきた。
  そうか。ここで、俺も……──。
「封……!」
  知らない誰かの叫び声が聞こえたところで、意識が途絶えた。

 * * *

「あ、あの、大丈夫……ですか……?」
「──……?」
  意識が戻ったとき、目の前にいたのは巫女装束らしきものを着た、同い年くらいの女の子だった。
  身体を起こそうとして、頭が激しく痛みんだ。
「まだ起きない方がいいと思う。脳震盪かもしれないから」
  彼女は冷静にそう言った。
  近くに置いてあった眼鏡をかけた。
「それって、度が入ってないでしょ?  なんでかけるの?」
「それは……」
  なぜ、と聞かれると答え難い。物心ついたときからかけていたので、深く考えることもなかっ たのだ。
  それにしても、彼女はなぜそんなことが気になったのだろう。
「ちょっと待ってて。今、家の人を呼んでくるから」
  そう言って彼女は、止める間もなく部屋を出ていってしまった。
  頭が痛まない程度に首を動かしてみるが、目から入る情報には限りがある。ここは見覚えのない場所だ。少なくとも学校ではない。確認できるのは畳と障子くらいだ。
  ここにいるのは自分だけなのか、それともまだ他に無事な人がいるのか。知りたい情報を手に入れる術はなかった。

 * * *

「お兄ちゃん」
  私はパソコンとにらめっこしている兄に話しかけた。兄はブルーライトカットの眼鏡を外す。
「彼、やっぱりそうかもしれない」
  そう伝えても、兄は驚かなかった。
「う~ん……。やはりそうか……」
  兄は伸びをしながら立ち上がる。
「まさか、向こうからやってくるとは思わなかったよ。『魂の封術士』が」
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