魂の封術士

悠奈

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第九章

第四十三話

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「おーい、ずっきー」
「…………」
「ずっきー」
「………………」
「…………」
  諦めたのか、それはどこかへ去っていく。
「ほら、いいよ咲姫ちゃん。ぶっ叩いちゃって!」
「え……。それは今枝君に悪くない?」
「いーのいーの!  どうせこいつのことなんだし」
  かなり失礼なことを言われている気がする。さすがに鬱陶しくなってきたので顔を上げた。
「…………なにしてんの?」
「「…………」」
  南帆と咲姫は固まっている。
  空気を凍らせた自覚はあるが、自分が悪いとは思っていない。
「ちぇー。どうせ咲姫ちゃん家に来たんだから、ずっきーにいたずらし放題だと思ったのにー!」
  南帆は不満げに頬を膨らませている。
  弘音を成仏させた後、なにを思ったのか南帆は俺達に付いてきた。怨霊になるかもしれないという事実に怖じ気づいたのかもしれないし、ただの好奇心かもしれない。聞いたら悪いような気がして聞いてはいない。
  相変わらず十羽さんはそんな状況を歓迎している。あの人、幽霊がいる……ような気がする、くらいの感度のくせに、凄く嬉しそうだ。むしろ羨ましい。
  桐はそういった能力が皆無なようで、気にするどころか気付いていない。この前、「お前の彼女ほんとにいるの?」と聞かれた。どこでそんな情報を掴んだんだろう。言ってないのに……。
「ところでずっきーはなに書いてたの?」
  南帆が机を覗きこんでくる。さっき何度も呼ばれていたのはそういうことだったのか。
  驚いたことに咲姫まで身を乗りだしてきた。君には前見せたような気がするけど。
「宿題……っていうか、進路希望調査書」
「あ~。なるほど」
  南帆はこれだけでほとんどのことを察したらしい。
「まだ考えてなかったの?」
「うるさいな……。考えてないわけじゃないよ」
  嘘はついていない。けど、決まらないのも事実だ。
「へー……。あ、ここの大学の工学部って凄いところじゃなかった?」
  と進路希望調査書を見た南帆が言う。
「え、そうなの?」
  知らなかった。
  それを知っていた南帆に驚いた。
「私ね、一時期工業高校行こうとか考えてたんだ。だから聞いたことあって」
「へー……」
  ここまできて新事実だ。他人なんて、知らないことの方が多いのはわかってるけど、なんだか悔しい。
「一時期ってことはやめたってことだよね?  なにかあったの?」
  咲姫の言葉に南帆は真顔で言う。
「いや……。女子少ないじゃん。水原でも居場所がなかったのに、高校もとか絶対に嫌」
「なにが居場所がなかっただよ……」
  水原で一番はばをきかせてたのは間違いなくこいつだと思う。七人中六人はこいつだって言うはずだ。
  再び書類に向き直る。
  こんなもの書いたって、問題は残っている。それを解決するにはあの人を探さないとなんだけど……。
  ついこの間の光景が目に浮かぶ。
  あそこにいたのは、確かに父さんだった。それは間違いない。
  なんで雲谷にいるんだとか、今までなにしていたんだとか、聞きたいことは沢山ある。けどやっぱり、「あそこでなにをしていたんだ」が一番大きい。
  一緒に誰かいたみたいだから断定ではない。それはわかってる。
  でももし、あの人が「魂の呪術士」だったら……。
  平川が言っていた。あの人──犯人は自分達がよく知っている人。昔は父さんもよく学校行事とかに来ていたから、合致する条件ではある。
「どうしたらいいんだよ……」
  思わず口にしてしまった独り言を南帆に拾われてしまった。
「大丈夫大丈夫。どうにかなるって」
  満面の笑み。
「進路」
「…………」
  事件に関する断定できない情報だから、こいつには話してない。確かにこの流れだと、進路をめちゃめちゃ深刻に考えてる奴に見えるよな。
「……うん。どうにかなるよ、進路」
  思わず笑ってしまった。
  あの人のことは、決して先送りにしてはいけないけど、「今」どうにかできる問題じゃない。
  もし本当に、父さんが「魂の呪術士」でも、パニックにならないようにはしておかないと。
「え、なに笑ってんの?  キモチワル」
   突然の突き放し。
「それはないよ……」
  少しへこんだ。

 * * *

  壊滅的にできない社会の過去問題を解いていると、スパーンと軽い音をたてて襖が開いた。
  この開け方は……。
「やあ一希君。四話振りの登場だよ」
「はあ……」
  十羽さんだった。
  一体なにを言っているんだか。この人はかなりの確率でよきわからないことを言う。
「いや~。社会か!  ……まったくわからん!」
「え、えぇ……?」
  まさかそれを言いにわざわざ来たのか?
  と思ったのは一瞬で、すぐに別の話題を振られる。
「ところで一希君。君にお客さんが来ていてね」
  耳を疑った。
  水原に、普段から遊ぶような友達はもういないし、集落の大人達も、わざわざこんなところまで来る人はいない。となると、雲谷の同級生くらいしか心当たりはないが、ほぼ全員受験生だ。
「……誰なんですか?」
「それが名乗ってくれなくて。大人の男の人なんだけど」
「…………!」
  いるじゃないか、もう一人。
  大人。男性。俺になんらかの用事がある人。
  十羽さんにお礼を言うのももどかしく、玄関へ向かう。
「あれ、ずっきーどうしたの?」
  廊下で一人黄昏ていた南帆に声をかけられる。
「来たかもしれない」
「誰が」
「父さん」
「…………」
  なにも言わなかった。なにも言わずについてきた。
「……なんで来るんだよ」
  父親と顔を合わせたとき、自分がどんな反応を示すかわからない。できたら来ないでほしいんだけど……。
「いいじゃん。心配なんだよ、あんたのことが」
  そして「多分見えないから大丈夫だよ」と根拠のないことを言う。
  それに、どれだけ救われたことか。

「お待たせしました……」
  玄関には咲姫もいた。来客を一人で放っておくわけにはいかなかったのだろう。
  ああ……。やっぱり、そうだ。
「久し振りだな、一希」
「……うん」
  思っていたよりも普通で、自分でもかなり驚いている。もっと取り乱すかと思ってたけど、そんなことはなかった。
  水原の家には、自分がどこにいるのか書き置きをしてある。ここに辿り着くのは容易だ。
  親子の異様な空気が気になるのか、南帆が顔を出すのがちらりと見えた。
  すると、父さんの目が大きくなる。
  そしてしばし沈黙。
「はやりそこにいたか……。一希、ありがとうな」
  え、と思う間もなく、父さんは見慣れた紙を取り出す。
  札だった。
  シュッと空気を裂く音を纏いながら飛ぶそれの行き先は──

  ──南帆だった。
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