上 下
14 / 39

十一話・思い出の中で生きろ(前編)

しおりを挟む
(この物語はフィクションであり、実在する人物ㆍ団体とは関係ありません)


十一話・思い出の中で生きろ(前編)


(同窓会かぁ)

 ガッタンゴットンと電車に揺られながら、守屋尽は久しぶりに胸がドキドキするという経験をかみしめていた。10年ひと昔、確かにそうだと今は実感ができる。中学を卒業してから10年目の現在、時の流れをいろんな所で感じるようになった。

 しかし……良いのか悪いのかわからないが、尽にはひとつだけ変わらないモノがあったのである。それは中学3年生時代に同級生だった女子への想い。いや、正確には勝手に思い描く妄想なのだが、尽自身はステキな想いという感覚で生き続けている。

―青井祐奈―

 クラスメートだった女子のひとり。おつきあいしていたわけではないし、好きだと言われたり言ったわけでもない。ならば尽は何に対して思いを寄せているのか。それは彼女が尽に対して笑顔を多く見せてくれたから。なんとなく会話した回数が多かったから。だから尽の中において青井祐奈という女子は、告白していれば絶対につき合えたはずだ! というモノになる。

(青井さん……)

 おそろしいモノで20歳を超えた辺りから、卒業して一度も会っていない青井祐奈が恋しいと狂うようになった。青井祐奈は自分の彼女みたいなモノとして、そこにいない彼女を想像しながら架空の会話もよくやる。

 なぜそんな不毛な事をするのか……答えは尽がただの一度も女性に対して積極性を持ったことがないから。自らを磨き、自ら動き、自ら女にアタックして結果を得るという経験を一度もしたことがない。そのまま現在に至り、未だ自分を変えられないでいる。

(どんな話をしよう。もしホテルに行くとかなったら……どう振舞えばいいんだ)

 モテない、行動力がない、そういう男の妄想はすごいモノだった。久しぶりに会う青井祐奈は中学3年生時代の姿かたちと信じて疑わない。だからあの頃と同じように会話をし、意気投合するはもちろん、そのままいい感じになって恋人になってセックスするんじゃないかって、中学生も顔負けの想像を至極当然にやる。

 そうこうしていたら電車がお目当ての駅につく。夏という季節なので午後6時45分という時間でも外は薄暮カラーが継続中。そういうのは同窓会ってモノへの期待感をロマンティックに思わせる効果があったりする。

「いやぁ、それでよぉ」

 電車のドアが開くと同時に、マナー違反として数人のヤンキー丸出しな若い男子が乗ってきた。下車より先に乗車する時点でくそったれが確定すると尽の心が吠える。

(ヤンキーなんて下等生物、死ねよボケが)

 すれ違うときに肩が当たったことを尽は死ぬほどイヤだと思う。だがヤンキーという人種を心底きらう彼は、関わりたくないとして気にせず前に進んだ。

「いつの時代もヤンキーとかいうバカはいるんだなぁ。ヤンキーだけを皆殺しにできる優れた爆弾とか開発されないかな。おれだったら迷わずスイッチを押すのに」

 ドアを閉め進んでいく電車を見送りながらそうぼやく。しかし尽がここまでヤンキーを嫌うのもムリはない。基本的にヤンキーという人種を受け入れがたいと思っていたが、それを加速させる出来事が中3のときに起こる。あの当時の隣クラスに兵庫というヤンキーがいた。そして不幸なことに兵庫はよく尽をなぶったのだ。おとなしい性格だったから目をつけられてしまったのである。だから尽は兵庫に限らず、ヤンキーという人種を黒ゴキブリと同じように忌み嫌う。 

「ふん、何が兵庫だクソボケやろうめ。あんなやつ……今どうしているかわからないけど、死んでいたら嬉しいな。ヤンキーなんてどうせまともな人生送れるわけがない。兵庫みたいな人間以下のゴリラもどきは、もう死んでいるかもな。麻薬とか交通事故であの世に逝っているかもな。もしそうだったら、泣くほどうれしいんだけどな」

 そんな事を小声でつぶやきながら駅の改札を抜けた。しかしいつまでもクソボケの事を考える必要はないと気を取り直しお目当ての店に向かっていく。

―レストラン、再会のよろこびー

 そんな看板がくっきり見えるような見えないようなって位置まで来た時だった。ここで突然に後ろから女の声が飛んできた。

「尽!」

 声の音色というのは一瞬ではわからなかった。光の速度で理解ができないということは、つき合いが薄いことを意味する。ただし……尽! と言ったときに生じたフィーリングはとてもなつかしいと思えた。

「あ、、もしかして……」

「もしかして?」

「青井さん?」

「そう、ご名答。久しぶりだねぇ」

 10年ぶりに再会した。どちらもスーツ姿であり人生サラリーマンというオーラを浮かべている。でもそんなことより青井祐奈本人が、しかも尽の現実逃避って妄想に寄り添うかのようにあまり変わっていない姿でいる。青井祐奈はほんとうにあの当時のイメージをかなりたくさんキープした状態で登場したのである。

「ひ、久しぶり。あ、青井さん……すごいね、だってあの頃とほとんど変わってない。なんていうかすごくかわいい」

「尽は変わったね、男らしさがアップしているよ」

 そんな会話をすると、もう尽の頭は青井祐奈とカップルになったと思い込む。同窓会が終わったらホテルに行ってセックスをし、付き合いをするようになって愛を育み、3年後くらいには結婚するんだろうって本気で信じる。

 だがこのとき、ラブラブだと尽が思っている真っ最中にあって、突然に祐奈が何かに気づいたような笑顔を出す。そしておーい! とか言って手を振る。

(他の女の子が来たのかな?)

 尽は疑うことなくそう思った。そしてにっこりして振り返ってみる。するとどうだ、信じられないことに……スーツ姿の兵庫がこっちにむかってやってくるではないか。それを目にした瞬間の尽がどれほど驚いたかを語るには100万語が必要である。

「ひょ、兵庫……」

 あったかいと思っていた場の空気が急に寒くなった。いや、尽に言せるならきれいに咲いていたはずの花がラフレシアにされてしまったみたいなモノ。

「あん? おまえ、もしかして尽か?」

 兵庫がニヤニヤっとして歩み寄ってくる。その見た目はたしかに20代の色っぽさがある。だが下品って表現を卒業しきれていない感じも有しているので、尽はこんな腐れと会話したくないと思う。だがここではひとつ言わねばならないのでクワ! っと口を開く。

「兵庫……なんでおまえが来る。おまえは隣のクラスだっただろう。おまえなんかいる場所がないだろう」

 これまさに正論! と思ったら、兵庫がいきなり祐奈の肩に手を回す。そしてノリノリでピースを突き出し爆弾仕様みたいな発言をぶっ放す。

「おれたち結婚するんだわ。尽、おまえ独身だろう? しかも相変わらずモテないだろう? おまえ相変わらずババ引きみたいにダサい男だな」

「は? なに、結婚?」

 尽の脳内が幾何学模様みたいになった。

「わたしと兵庫は同じ会社につとめているんだ。だからほら、職場結婚ってやつだよ」

 青井祐奈が信じられない事実を打ち明けたではないか。そんな話を今まで知らなかった尽にしてみれば、即座に受け入れるのは到底不可能。

「え、え、職場結婚……」

 いったい何の冗談? と言いたい尽だった。しかし……祐奈と兵庫がイチャイチャしながら、先に行っているぞ! と2階へ向かう階段を上がるって姿を見送ると、ただの男女ではない結びつき感が生々しく伝わった。

「え……青井さんと兵庫が同じ会社? 職場結婚?」

 店からちょっと離れたこの位置で、尽は控えているはずのタバコを取り出す。どうしても、ここではニコチンを摂取しないとおちつけない。

 10年ひと昔。3年ならまだしも10年なのだから、人間も生活環境も抱える事情も色々変化しよう。だがこの展開はあまりにも難儀。ピンク一色で終わるはずの世界に、なんとなく澱んだオレンジが乱入してきたようで哀しくなる。

「青井さんが兵庫と結婚? あの青井さんが、あのかわいくてやさしい青井さんが、兵庫みたいな下品でバカで人間以下のヤンキーと結婚? いや、ちがう……そんな事はありえない。あれは絶対に冗談だ。そうにきまっている。同窓会が始まったら、あれは冗談だって事になって、兵庫は同窓会に乱入してタダ食いして帰っていくってオチなんだ」

 尽……どうしても、どれほど深くタバコを吸い込んで吐いても納得ができない。そして何回ともなく、青井さん……と言いながら胸にズキズキ痛みを生じさせるのだった。
しおりを挟む

処理中です...