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十一話・思い出の中で生きろ(後編)

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(この物語はフィクションであり、実在する人物ㆍ団体とは関係ありません)

十一話・思い出の中で生きろ(後編)


 同窓会。それは確かに感動的だ。ドハデな成功をしたって者は一人もいないが、自分の人生を構築している真っ最中という話が飛び出すと、それはみんなで拍手する事ができた。それまさに同じ青春時代を過ごした者たちだけが持ち得る特殊な愛情。

「ちょっとトイレ」

 立ち上がった尽、冷えてうまい瓶ビールを飲み過ぎたという事もあったが、一度席を外したいと心が苦しくてつらかった。

「青井さん……」

 トイレに入ると一応ズボンとパンツは脱いで洋式便器にこしかける。だが勢いよく出るのは出るのは尿より深いためいき。それ時間が立つほど切なさの温度が上がるばかり。

「青井さん、青井さん!」

 ギュッと右手で左胸を掴む。あまりにも痛くて、あまりにもつらくて、両目からポロポロ涙が落ちていく。突然に特別な女の子を失うって物語が舞い降りた。その女の子、事もあろうに腐れなヤンキーと一緒になるのだという。同窓会の間ずっと2人は並んで座り、絶える事なくノロけている。それは結ばれた男女の特権ともいえる熱くてまぶしい輝き。

「なんで……なんで兵庫なんだよ」

 尽、泣きながら声を荒げる。青井祐奈は自分の女の子だと勝手に思っていただけなのに、兵庫に彼女を奪われたというカン違いが事実として自分の中に入っていく。

「青井さん」

 ボロボロこぼれる涙の量が増えていくと、尽は人生が崩壊していくような恐怖と悲しさに襲われる。しかしここで突然にこのまま泣いているだけでいいのか? 一度だけでも一回だけでも立ち上がるべきなのでは? という、弱虫を脱ぎ捨てたい願望が炎のように心を焦がし始める。

―そして同窓会が終了―

 尽は祐奈と兵庫の2人に、駐車場に来て欲しいと頼んでおいた。だからその場に行ったとき、周りに他の誰もいないって事に勇気づけられる。

「なんだ、尽、なんか用か?」

 うざいなぁおまえはと言いたげな顔をする兵庫が言う。

「兵庫……頼みがある。青井さんと別れて欲しい。だってそうだ、おまえみたいな腐れと青井さんがお似合いなわけがないんだ」

 言いながら尽はスーツの下に隠し持っていたビール瓶を取り出す。しかしそんなモノを取り出して何をするのか読めないこと、元ヤンキーで現在もまだヤンキー残りな兵庫にしてみれば、目の前にいる尽が脅威などに見えないなどあり、彼はなんら臆することなく尽に近づこうとした。

「近寄るな!」

 燃える尽が叫ぶ、そして彼は持っているビール瓶をすぐそばにあった車にぶつけガシャーンと音を立てる。するとどうだ、手に持つビール瓶は大変に危険な形となる。

「尽、おまえ青井が好きなのか? だったら言ってやる。おまえみたいな弱虫で何もできないチンカスに女は不要。おまえみたいな男が女を抱こうなんておこがましいんだよボケ! 尽、おまえみたいなみそっかすはリアルドールにチンポを突っ込でりゃいいんだよ」

 へらへらっと笑う兵庫が近寄ってきた。すると尽、何をされるのかとおびえると同時にバカにされた怒りがわいて我を見失う。

「人をバカにするななぁぁ!!!!」

 叫ぶ。そして右手のビール瓶をまっすぐ兵庫の顔面に突き刺す! グシュっと相手の顔がつぶれる音がした。ぶわーっと血が噴き出すと同時に抉られた肉片が地面に落ちる。いや、尽が興奮して刺した瓶先をグリグリ動かすから、兵庫の目玉がポロっと落ちる。そして兵庫はそのまま仰向けに倒れ……固い地面で後頭部を打って死んでしまう。

「きゃーーーーー」

 当然ながら祐奈は絶叫。おびえながら後ずさりを始める。

「ま、待って……話を聞いて、お願い!」

 尽がそう言ったところで祐奈がうんと言うわけがない。それどころか駐車場の出口へ向かって走り出す。

「待って、青井さん、待って、逃げないで!」

 追いかけていた尽、懐からもう一本隠していたビール瓶を取り出す。そんな事をする必要があったのかどうかはわからない。しかし冷静さを欠くという事は、信じがたい行動が選択肢に入るということ。

「青井さん、青井さん、青井さん!」

 尽の手が瓶を振り下ろす。ガーン! と……一切の冗談が通じないほどすごい音がした。するとどうだ、走っていた祐奈がばったりと倒れる。両目を開いたまま、口を開けたまま、まるでだらしない表情って感じでピクリともしなくなる。

「あ、青井さん……青井さん、ぼ、ぼく……ぼくは……ぼくは……」

 動かなくなった祐奈を抱える尽。その目には熱い涙が浮かんでいる。なぜなら彼は生まれて初めて、ずっとずっと気になっていた女性を抱くことができたのだ。

「青井さん……ぼ、ぼくはきみが好きだ……すごく、すごくシアワセだ」

 尽が泣きながらもうれしそうな顔をし、殺してしまった女に口づける。死んだばかりなのでいい匂いがふんだんに上がってくる。そして女体ならではの温かさとやわらかさが、口づける尽の心に寄り添う。

「あ、青井さん……青井さん……青井さん」

 大粒の涙を流しながら祐奈と唇を重ねる尽、彼にとってその時間はあまりにも静かでうつくしい時間だったのだ。
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