9 / 30
二章
三幕『狼煙を上げよ』
しおりを挟む
「『楽園』。それは太古の昔にあるとされていた、神が人の死を慰めるために創りあげた地のことです。肥沃な大地には多くの花が芽吹き、晴れ渡る蒼穹の下は澄んだ空気が漂っている。住民は煌びやかな衣装を身に着け、勤労はないため財産という概念はない。豊穣故に食うに困ることはなく、そこに人の欲はない。万人が唯一等しく生きることができるまさに理想郷そのもの。……言わば、世界の果て!」
右肘に包帯がぐるぐる巻きになったモードレッドも出席し、玉座の間へ集まった一同は再び列をなして唯一楽園に関しての知識を備えていたガウェインから詳細の説明を受けていた。彼が例に挙げた『理想郷』とは、現代と比較し批判するためだけに創作された架空の国家だ。その名はどこでもない場所を意味する。
「ウェスタ。エデンとは、まことに存在しうるのですか?」
この場に集う騎士は皆、ウェスタが半神であることを認知している。かつて神界に住んでいたウェスタにアルトリウスが尋ねたのは当然のことだ。唯一真偽を知りえるはずのウェスタは、三百年余りに及ぶ神界での記憶を想い出してみるが、難しい顔色をして首を振った。
「……楽園、本当に存在するというなら必ずや父が関与しているでしょう。私が父と過ごした時間は十年にも及びませんが、あの人からその名が出たことはありません」
少なくとも、わざわざ神々が人間にそんな施しをするなど、ウェスタは到底思えなかった。ゼウスの話によれば神々も一度だけ下界に降臨し、人類と接触した時期はあったという。しかし人類が神々を仰ぎ、崇めるようになると神々は人間への関心をなくして神界に帰ったらしい。そもそも神とは皆、度し難いほど傲慢なのだ。それは万古不易、わざわざ苦労をして人間のためだけに最果てに楽園を創るという手間を好んで行うだろうか。
「神々にも慈悲深い御方は確かにいらっしゃいました。ただガウェイン卿の話をあてにするならば、楽園にはあらゆる神が加護を施さねばなりません。まして、人類が誕生する以前の神々は不仲であり、二極化するほど対立していました。たかが人間のために神が団結するなどとは、どうしても考えにくいのです……」
「……つまり、楽園は偽りと?」
「断定は、できません。……ですが、可能性は極めて低いと思います」
アルテミスに確認を受け、少し声量を落としたがウェスタは言い切った。
「……そもそもの話だがよ、ガウェインはどこで『えでん』の存在を知ったんだ?」
「確か、遠征先で逗留したフランカ王国の図書館だったような……。──まさか」
「あ、なんだその『なんかとんでもねーこと想い出した』みたいな顔は?」
「そうだ! 私は想い出したぞ、モードレッド卿!」
「うおっ⁉ 急に顔近づけんじゃねえ!」
隣に並んでいたこともあって、鼻先が触れ合うまで肉薄してきたガウェインの顔をモードレッドが頭突きで押し返した。痛そうに鼻を擦りながら、鎧のマントを翻したガウェインがアルテミスの前に膝をついた。
「我が王よ。私がフランカ王国で目を通した文献は、かの思想家『ソウスケ・ミキモト』の著作でありました!」
「つまり……」
「ええ。理想郷と同じく、現代を批判するためだけに創造された架空の地。すなわち、人間の妄想の産物にございます!」
ガウェインが口に出した『ソウスケ・ミキモト』という名前は、ウェスタも聞き覚えがあった。直接対面したことはなかったが、ウェスタが下界に降りてくる四十年前に生きていた思想家ソウスケは、現代の文明すらを遥かに凌駕する知識を持っており、この世界の技術を大きく進歩させた技術者でもある。そして類い稀な想像力を活かし、彼は今わの際に一冊の著作を残した。書籍の名は【人理の末路】。人間が如何に生きようとも、世界は必ず人間によって滅ぼされる。『進化は破壊だ』という一文は、当時多くの人間に衝撃を与えた。
「……つーことはよ。結局ジーヴァの野郎は何考えてんだろうな」
「そんなの簡単なことだろ」
むむと唸っていたモードレッドは正面のガレスに一蹴され、苛立ちのあまり切れ長の双眸で睨みつけた。先ほど丁寧に治療してもらったことすら、彼にとっては些事。命の恩人であっても、馬が合わねば悪態をつく困った性分なのだ。
「あ? ねーもんにどうやって帰るつもりだよ」
「聖杯で楽園を創り、そこに帰郷させればいいだろ」
「……は?」
呆気にとられているのはモードレッドだけだ。ないなら創ればいい。それを叶える術をジーヴァは既に手中におさめているのだから。
「どっかで楽園を知ったジーヴァは聖杯を使って絶賛制作中、って考えるのが妥当だな」
「もしジーヴァが聖杯が代償を必要とすることを知らなければ……」
「楽園が創られた時点で天変地異が起ころうと、異なことではないでしょう」
玉座の間に重い沈黙が落ちた。アルテミスが明言したそれは全員の口を噤ませ、代わりに頭を回転させていく。だが、思いつく作は悉皆却下される。仮令世界の片隅にも逃げ場はない。
「我々では、聖杯の厄災から世界を護る術は持ちません。しからば為すべきことは一つでしょう」
玉座から立ち上がったアルテミスは聖剣を鞘から抜き、それを掲げて宣言する。
「これよりアルカヌムは非常事態宣言を発令。今暫くは元老院の全ての権利を剥奪、代わりに私が全ての指揮を執る。……独裁官として、命を下す!」
終身独裁官を兼任するアルテミスは、国家存亡の危機に瀕した際は全ての権利を掌握できる。形骸化していようとも元老院はアルテミスが暴走しないように権利を分割するためだけに存在しているが、一度非常事態が宣言されれば、彼女を縛るものはなくなる。
「アルテミス……!」
「近衛騎士団団長アルトリウス・テトラ。副団長ウェスタ・アイテール。四星騎士ガウェイン・テトラ、ガレス・テトラ、モードレッド・テトラに命ずる。急ぎ、装備と馬を整えよ。一時間後に我と共に森林へ出陣、共に賊を討つ!」
右肘に包帯がぐるぐる巻きになったモードレッドも出席し、玉座の間へ集まった一同は再び列をなして唯一楽園に関しての知識を備えていたガウェインから詳細の説明を受けていた。彼が例に挙げた『理想郷』とは、現代と比較し批判するためだけに創作された架空の国家だ。その名はどこでもない場所を意味する。
「ウェスタ。エデンとは、まことに存在しうるのですか?」
この場に集う騎士は皆、ウェスタが半神であることを認知している。かつて神界に住んでいたウェスタにアルトリウスが尋ねたのは当然のことだ。唯一真偽を知りえるはずのウェスタは、三百年余りに及ぶ神界での記憶を想い出してみるが、難しい顔色をして首を振った。
「……楽園、本当に存在するというなら必ずや父が関与しているでしょう。私が父と過ごした時間は十年にも及びませんが、あの人からその名が出たことはありません」
少なくとも、わざわざ神々が人間にそんな施しをするなど、ウェスタは到底思えなかった。ゼウスの話によれば神々も一度だけ下界に降臨し、人類と接触した時期はあったという。しかし人類が神々を仰ぎ、崇めるようになると神々は人間への関心をなくして神界に帰ったらしい。そもそも神とは皆、度し難いほど傲慢なのだ。それは万古不易、わざわざ苦労をして人間のためだけに最果てに楽園を創るという手間を好んで行うだろうか。
「神々にも慈悲深い御方は確かにいらっしゃいました。ただガウェイン卿の話をあてにするならば、楽園にはあらゆる神が加護を施さねばなりません。まして、人類が誕生する以前の神々は不仲であり、二極化するほど対立していました。たかが人間のために神が団結するなどとは、どうしても考えにくいのです……」
「……つまり、楽園は偽りと?」
「断定は、できません。……ですが、可能性は極めて低いと思います」
アルテミスに確認を受け、少し声量を落としたがウェスタは言い切った。
「……そもそもの話だがよ、ガウェインはどこで『えでん』の存在を知ったんだ?」
「確か、遠征先で逗留したフランカ王国の図書館だったような……。──まさか」
「あ、なんだその『なんかとんでもねーこと想い出した』みたいな顔は?」
「そうだ! 私は想い出したぞ、モードレッド卿!」
「うおっ⁉ 急に顔近づけんじゃねえ!」
隣に並んでいたこともあって、鼻先が触れ合うまで肉薄してきたガウェインの顔をモードレッドが頭突きで押し返した。痛そうに鼻を擦りながら、鎧のマントを翻したガウェインがアルテミスの前に膝をついた。
「我が王よ。私がフランカ王国で目を通した文献は、かの思想家『ソウスケ・ミキモト』の著作でありました!」
「つまり……」
「ええ。理想郷と同じく、現代を批判するためだけに創造された架空の地。すなわち、人間の妄想の産物にございます!」
ガウェインが口に出した『ソウスケ・ミキモト』という名前は、ウェスタも聞き覚えがあった。直接対面したことはなかったが、ウェスタが下界に降りてくる四十年前に生きていた思想家ソウスケは、現代の文明すらを遥かに凌駕する知識を持っており、この世界の技術を大きく進歩させた技術者でもある。そして類い稀な想像力を活かし、彼は今わの際に一冊の著作を残した。書籍の名は【人理の末路】。人間が如何に生きようとも、世界は必ず人間によって滅ぼされる。『進化は破壊だ』という一文は、当時多くの人間に衝撃を与えた。
「……つーことはよ。結局ジーヴァの野郎は何考えてんだろうな」
「そんなの簡単なことだろ」
むむと唸っていたモードレッドは正面のガレスに一蹴され、苛立ちのあまり切れ長の双眸で睨みつけた。先ほど丁寧に治療してもらったことすら、彼にとっては些事。命の恩人であっても、馬が合わねば悪態をつく困った性分なのだ。
「あ? ねーもんにどうやって帰るつもりだよ」
「聖杯で楽園を創り、そこに帰郷させればいいだろ」
「……は?」
呆気にとられているのはモードレッドだけだ。ないなら創ればいい。それを叶える術をジーヴァは既に手中におさめているのだから。
「どっかで楽園を知ったジーヴァは聖杯を使って絶賛制作中、って考えるのが妥当だな」
「もしジーヴァが聖杯が代償を必要とすることを知らなければ……」
「楽園が創られた時点で天変地異が起ころうと、異なことではないでしょう」
玉座の間に重い沈黙が落ちた。アルテミスが明言したそれは全員の口を噤ませ、代わりに頭を回転させていく。だが、思いつく作は悉皆却下される。仮令世界の片隅にも逃げ場はない。
「我々では、聖杯の厄災から世界を護る術は持ちません。しからば為すべきことは一つでしょう」
玉座から立ち上がったアルテミスは聖剣を鞘から抜き、それを掲げて宣言する。
「これよりアルカヌムは非常事態宣言を発令。今暫くは元老院の全ての権利を剥奪、代わりに私が全ての指揮を執る。……独裁官として、命を下す!」
終身独裁官を兼任するアルテミスは、国家存亡の危機に瀕した際は全ての権利を掌握できる。形骸化していようとも元老院はアルテミスが暴走しないように権利を分割するためだけに存在しているが、一度非常事態が宣言されれば、彼女を縛るものはなくなる。
「アルテミス……!」
「近衛騎士団団長アルトリウス・テトラ。副団長ウェスタ・アイテール。四星騎士ガウェイン・テトラ、ガレス・テトラ、モードレッド・テトラに命ずる。急ぎ、装備と馬を整えよ。一時間後に我と共に森林へ出陣、共に賊を討つ!」
0
あなたにおすすめの小説
主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。
追放された悪役令嬢はシングルマザー
ララ
恋愛
神様の手違いで死んでしまった主人公。第二の人生を幸せに生きてほしいと言われ転生するも何と転生先は悪役令嬢。
断罪回避に奮闘するも失敗。
国外追放先で国王の子を孕んでいることに気がつく。
この子は私の子よ!守ってみせるわ。
1人、子を育てる決心をする。
そんな彼女を暖かく見守る人たち。彼女を愛するもの。
さまざまな思惑が蠢く中彼女の掴み取る未来はいかに‥‥
ーーーー
完結確約 9話完結です。
短編のくくりですが10000字ちょっとで少し短いです。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
十六歳の妹の誕生日、私はこの世を去る。
あいみ
恋愛
碌に手入れもされていない赤毛の伯爵令嬢、スカーレット。
宝石のように澄んだ青い髪をした伯爵令嬢、ルビア。
対極のような二人は姉妹。母親の違う。
お世辞にも美しいと言えない前妻の子供であるスカーレットは誰からも愛されない。
そばかすだらけで、笑顔が苦手な醜い姉。
天使のように愛らしく、誰からも好かれる可愛い妹。
生まれつき体の弱いルビアは長くは生きられないと宣告されていた。
両親の必死に看病や、“婚約者の献身的なサポート”のおかげで、日常生活が送れるようになるまで回復した。
だが……。運命とは残酷である。
ルビアの元に死神から知らせが届く。
十六歳の誕生日、ルビアの魂は天に還る、と。
美しい愛しているルビア。
失いたくない。殺されてなるものか。
それぞれのルビアを大切に思う想いが、一つの選択をさせた。
生まれてくる価値のなかった、醜いスカーレットを代わりに殺そう、と。
これは彼女が死ぬ前と死んだ後の、少しの物語。
魔の森に捨てられた伯爵令嬢は、幸福になって復讐を果たす
三谷朱花
恋愛
ルーナ・メソフィスは、あの冷たく悲しい日のことを忘れはしない。
ルーナの信じてきた世界そのものが否定された日。
伯爵令嬢としての身分も、温かい我が家も奪われた。そして信じていた人たちも、それが幻想だったのだと知った。
そして、告げられた両親の死の真相。
家督を継ぐために父の異母弟である叔父が、両親の死に関わっていた。そして、メソフィス家の財産を独占するために、ルーナの存在を不要とした。
絶望しかなかった。
涙すら出なかった。人間は本当の絶望の前では涙がでないのだとルーナは初めて知った。
雪が積もる冷たい森の中で、この命が果ててしまった方がよほど幸福だとすら感じていた。
そもそも魔の森と呼ばれ恐れられている森だ。誰の助けも期待はできないし、ここに放置した人間たちは、見たこともない魔獣にルーナが食い殺されるのを期待していた。
ルーナは死を待つしか他になかった。
途切れそうになる意識の中で、ルーナは温かい温もりに包まれた夢を見ていた。
そして、ルーナがその温もりを感じた日。
ルーナ・メソフィス伯爵令嬢は亡くなったと公式に発表された。
腹に彼の子が宿っている? そうですか、ではお幸せに。
四季
恋愛
「わたくしの腹には彼の子が宿っていますの! 貴女はさっさと消えてくださる?」
突然やって来た金髪ロングヘアの女性は私にそんなことを告げた。
【完結】番としか子供が産まれない世界で
さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。
何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。
そんなニーナが番に出会うまで
4話完結
出会えたところで話は終わってます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる