悲恋に咲きたり白百合の騎士

こまちーず

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二章

四幕『少女の懸念』

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「──では、二手に分かれて捜索しましょう。ガレス卿、ガウェイン卿、卿らは私と共に森林の西側を。ウェスタ卿、アルトリウス卿、モードレッド卿、卿らは東の捜索を頼みます」

「御意!」

 あれから一時間後。装備を整えてアルカヌムを出た一行は駿馬を走らせ、都市郊外にある森林の入り口へと到着していた。森林は全体を囲めばアルカヌムの約二倍の面積を誇る。敵方の勢力が不明な以上戦力の分散は不本意であるが、個々の力量を鑑みた結果、効率を優先することに決めた。
 現在は森林入り口にて馬を降り、装備の最終確認を行っている。作戦は『聖杯があるとされる祠』の発見だ。
 
「モードレッド、本当に大丈夫?」

 無論腕を一本失ったくらいで戦闘のプロである四星騎士が教徒相手に実力で劣るとはウェスタも考えていない。確かに実力は著しく低下したことで自分達と今までのような模擬試合はできなくなってしまうが、それでも猛虎のような気概を持つ彼なら戦場で武勲を立てるに違いないだろう。
 しかし、今回ばかりは敵の頭領が未知数。初見とはいえ四星騎士やアルテミスを翻弄してみせたのだ。並々ならぬ敵であるため、心配性のウェスタはモードレッドのことを気にかけていた。

「ま、剣に関しちゃあ利き腕とか俺にはねーし。……それに、あいつにはぜってー借りを返してやんなきゃな!」

 にっと八重歯を見せて笑ったモードレッドを見て、ウェスタはやはり杞憂であったと認識を改めた。今回は行動を共にできるということもあり、自分が彼から目を離さなければみすみす危険な行動に出ることもないだろう。

「なので、モードレッドは私の傍から離れないこと!」

「のわわ⁉ な、何が『なので』だよバカ! 嫁入り前の女が気軽に男にくっつくんじゃねえ!」

 ウェスタがぴったりとモードレッドの左腕に密着すると、彼は未曾有の驚き方をした。モードレッドはこうして女性にからかわれること自体初めての経験──ウェスタはからかっているのではなく、本当に心配しているだけだが──であり、その狼狽え方は普段の彼からは想像もつかない。

「…………」

 そんな二人のどこか初々しいやり取りを、着々と支度を整えていたアルテミスは傍観していた。

「こら、ウェスタ! モードレッド卿が困っているでしょう!」

 その叱責にウェスタはげっと苦い顔をした。ウェスタを咎めたのは、彼女が嫌い恐れるアルトリウスだ。過去、団長と副団長の立場である二人が城外で行動を共にしたことはなかったため、ウェスタは彼のことをすっかり忘れていた。
 渋々モードレッドから離れたウェスタは、最後に彼の右腕を擦った。今は肘から先が失われて包帯が撒かれている。

 モードレッドが四星騎士に加入したのは、遡ること三年前。彼は北方にあるサルマーン国王ビシュム・キエヌ・アルカイドのの子として十八年前に生を受けた。
 モードレッドは王の威厳を保つために王宮を追い出された母親に引き取られて辺遇の地で暮らしていたが、ある日自身の出生の秘密を知ってしまう。
 そして十五になったモードレッドは王宮に侵入して【Clarentクラレント】という大剣を盗み出し、父ビシュムや近衛騎士を次々に虐殺した。それは後世に【The Salman Genocideサルマーン大虐殺】と伝わり、モードレッドはサルマーン王国の僭主となった。
 しかし、領土拡大を目論んだモードレッドは即位の翌日にアルカヌムと戦争を起こした。元々虐殺の影響で騎士が圧倒的に少なかったモードレッドは呆気なく降伏した。アルテミスはモードレッドの実力を見込んで四星騎士へ加入させ、サルマーン王国は滅びた。
 サルマーンの騎士や市民はアルカヌムに吸収され、都市は更に活気が溢れた。
 
 ──この遍歴を聞けば分かるように、モードレッドは勇敢であると同時に無謀であることがよく分かる。四星騎士として数多の戦場を馳せるようになってからも、モードレッドは三日三晩休まずに剣を振るい続けたこともあった。仮令どれほど傷を負おうが、アルカヌムを勝利に導くために己が身を削って奮闘してきた。その功績は大きいが、彼と親交の深いウェスタは気が気ではなかった。右腕を失ったことも、モードレッドが浅慮であったといって過言ではないのだ。

「……無茶だけは、しないでね」

 翡翠の双眼を見据え、ウェスタは念を押す。
 これまでの戦で、ウェスタは幾度も友を失ってきた。時には目の前で倒れられたことすらあった。それが戦場というものであることはウェスタも承知している。しかし、友に死なれるというのは何度経験しようと慣れることはないのだ。

「……ああ、約束してやるよ!」

 ウェスタを見つめ返すモードレッドは、瞳の奥に決意を宿していた。──必ずや彼女を護る、と。
 現時点での実力は言わずもがなウェスタが圧倒的だろう。だが、それでもやはり彼女はモードレッドにとって『女の子』なのだ。剣技が劣ろうと、身長が低かろうと、生きた年数が二十倍以上離れていようとも、その決意が変わることはない。

「……各々、用意は整ったようですね。では、中に突入します。恐らく教徒達との衝突は避けられないでしょう。彼らは我らの臣下を何人も殺しています」

「ようは全員ぶちのめしてやりゃあいいんだろ?」

 ガレスの要約にアルテミスが首肯で応じる。

「祠を発見した場合は、聖杯の確保を最優先としてください。もし、既に聖杯が発動段階にあった場合は──即刻することを任じます」

「それがよいでしょう。奇跡の杯など、この世にあるべきではないのです」

 賛同したのはアルトリウスのみではない。その場に集う全員が、聖杯がこの世に存在していることを許容できない。

「……おい、ウェスタ」

 不意に隣にいたモードレッドに名を呼ばれ、ウェスタが振り返ろうとすると。

「わっ、ちょ……‼」

「──!」

 突如手を引かれたウェスタは、そのままモードレッドの胸元に飛び込んでしまう。──同時に獅子の目が光った。

「……俺から離れんなよ」

「──‼」

 遠くで獅子の眼光が鋭さを増したが、それに気がつかないモードレッドは困惑のあまり離れようとしたウェスタを更にぐっと引き寄せる。とうのウェスタは突然の出来事に混乱していたが、段々モードレッドの心音が心地よくなってきてしまい、無意識に身を委ねていた。
 
「……おやおや」

「これは、なんと初々しい……」

「けっ、戦前だってのに腑抜けが……ひぇ!」

「────」

 アルトリウスとガウェインはまるで父親のような反応で二人を見守っている。ガレスは悪態をついて目を逸らしたが、逸らした先にいたアルテミスを見て思わず声が漏れた。

「……っし! いくぞ、てめーら!」

 清々しい満面の笑みを浮かべたモードレッドはウェスタを引き剥がすと、自分の愛馬の元へ向かった。

「やれやれ、ここでへたれるとは……」

「ふむ……。モードレッド・アイテールか。……悪くないな」

 父親のような心持ちの二人は先の光景を話のタネにして雑談しながら、モードレッドのように愛馬の手入れに向かう。ちなみにガレスはというと、何故か体を震わしながら小走りで二人の後を追った。
 暫く呆然としていたウェスタは、はっとアルテミスの方へ首を向ける。

「……」

「あ、アルテミス……?」

 残されたウェスタは俯いているアルテミスの元へ急いで向かった。

「……ひどいですよ、ウェスタ」

 やや頬を膨らましたアルテミスに、ウェスタは何故か罪悪感に苛まれた。

「……お、怒った?」

「……別に、いいんですよ。……ええ、怒ってなんていません!」

「あ、待って!」

 ぷんすかと踵を返したアルテミスはウェスタに手首を摑まれ静止する。

「私は……アルテミス、のだから……」

 羞恥がこみ上げる中、ウェスタは思い切って告白する。あまりの恥ずかしさからアルテミスの顔を見ることはできなかった。

「……そう、ですか……」

 小さい声量で訥々と答えたアルテミスは、自身の思いをウェスタに伝えようと振り返った。

「おい、ウェスタ! 大変だ! お前の馬の後ろ蹴りでモードレッドがぶっ飛ばされたぞ!」

「ええ⁉ ご、ごめんアルテミス! 私行かなきゃ!」

 ガレスの思いもよらぬ報告を受け、ウェスタはアルテミスの顔を見ることなく走って馬の元へ行ってしまった。

「……ままならないですね」

 一人にされたアルテミスは、気持ちが落ち着くまでひたすら深呼吸を繰り返した。
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