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二章
五幕『迫りくる敵意』
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「──らしゃああああああ!」
「ぐわぁああああッ!」
「ちっ! 何で片腕しかねぇのにそんな物振り回せんだよ‼」
理不尽を吠える声は、すぐに薙ぎ払われた大剣の刃に両断される。
──二手に分かれ、アルトリウス率いる東捜索隊は開始十五分で森林に潜んでいた教徒達に奇襲を受けた。敵勢力は見渡す限り六人と判別できる。倍の勢力である教徒達はウェスタ達を包囲する、という作戦のみが成功した。
しかし、一斉に木陰から飛び出して襲い掛かったものの、一瞬にして形勢は逆転していた。
「──はっ!」
サン、と鮮やかな一閃。ウェスタの前でナイフを振り上げていた教徒はそれだけで死に至る。続いてウェスタは死体となったその肉壁で投擲されたナイフを受け止め、木の枝に乗っている獲物を視認するなり跳躍。宝剣の一振りを持って獲物の首を斬り落とし、自身は華麗な着地で地へ降りた。
「よっしゃあ! 俺の勝ちだぜ、ウェスタ!」
まだ息のある教徒の髪の毛を雑に摑んだモードレッドは、鎧に微かに付着した埃を手で払っているウェスタに八重歯を見せて笑った。
「勝負するなんて言ってなかったよね?」
「……あー、それもそうだな。んじゃ、次は勝負な!」
モードレッドは摑んでいた教徒を三人の輪の中へ放り投げる。自分の仲間を瞬殺した騎士達に囲まれた教徒は恐れを露わにしながら、それぞれを見上げていた。
「ぼぼ、僕は何も知りません‼」
報告にあった通り、教徒達はキャソックを着てその上に視認性を低下させるための黒い外套を羽織っていた。武器は暗殺をメインとするナイフを近接用と投擲用に十数本携帯している。個人の戦闘能力は近衛騎士一人に大分劣るが、森林の中なら奇襲というアドバンテージを最大限に活かすことができる。とはいえ索敵能力の高い四星騎士やウェスタ、アルテミスはおろか、彼らでは精鋭すら欺くことはできないだろう。
「まだ何も尋ねていないのだが……。然様ならば生かしておく義理はない」
そう言って、アルトリウスは聖剣を振り上げる。その刃には二人の人間を斬ったにもかかわらず、血の一滴も付着していない。それもそのはず、何せ彼が握る得物は【Excalibur】という伝説の聖剣なのだ。
かつて白竜討伐遠征に際し、遠征組の総司令官を任命されたアルトリウスは前国王に伝説と謳われていた聖剣を譲渡された。それがこの【Excalibur】である。その後アルトリウスはこの聖剣で無事白竜の討伐を成している。
天から祝福を受ける聖剣が穢れることはない。アルテミスやガウェインの携えているそれも例外ではない。
「せっかちだなー。もーちょっと尋問とか拷問とか手はあるだろ?」
「そんな悠長に構えてはいられないのですよ。一刻も早く聖杯を見つけ出して破壊せねばならない。そのためならば……」
振り下ろされた聖剣は紙のように人体を縦に二等分にした。アルトリウスは一滴の血もついていない聖剣を振り払って鞘に収めた。
「事態は刻一刻と深刻になっていっている。二人共、より一層気を引き締めるように!」
「あーったよ。じゃあさっさと次に行くぞ」
戦闘の間に脇へどいていた三匹の馬が主人の元へ戻ってくる。三人は華麗な動作で乗馬し、再び森林を疾走する。
開拓されていないため道という道はない。だが、三人の乗馬する馬はそれぞれしっかり訓練を積んでいるおかげで視界の晴れない陰湿な場もすいすいと走り抜けることができる。辺りを囲まれさえしなければ、時折飛び出してくる教徒も馬上で安定して斬り殺すことが可能だ。
「なーウェスター! 今何人殺したー? 俺は六人だ!」
左斜め後ろを疾走しているモードレッドは、時速百キロメートルの馬上で左腕を軸にして回転しながら飛びかかってきた教徒を口で咥えた大剣で切り捨てるという神業を行った。あまりの気持ちよさに、モードレッドはちょっとばかし数を誇張してウェスタに尋ねた。
「不謹慎ですよ、モードレッド! 命の略奪はもっと淑やかに行いなさい! 十三人です!」
「……お前、なんか多くね?」
「当然です。ウェスタは幼い頃から私が鍛えていますからね。スピードに関しては今のモードレッド卿の三倍ほどでしょう。ウェスタを目で追えなくなっているのではないですか? ちなみに私は七人です!」
「先頭走ってるくせにちゃっかり俺より多いのはなんでだ! つーか目では追えてるよ。もう反応はできねえだろうけどな……」
少し切なそうに呟いたモードレッドに、ウェスタは何と声をかけるべきか逡巡した。しかしその間にも続々と教徒が出没してくるので、暢気に会話することができない。常に気配を探っていないと、暗闇から突然飛んでくるナイフに反応が鈍ってしまう。厄介なことに、ナイフは刃までしっかり黒塗りされているのだ。
──そのまま走り続けること三十分。ウェスタは討伐数が五十に差し掛かっていた。
「……二人共、速度を落としてください」
ようやく出没する教徒の数が減った頃、先頭を走っていたアルトリウスは前方に洞窟を発見した。三人はその近くで馬を降り、まずは周囲の索敵をする。
「……見張りは、いないのでしょうか……?」
ウェスタは人の気配が全くないことに違和感を覚えた。三人の教徒討伐数を合わせれば百弱になるだろう。仮に聖杯があるとされる祠がこのような洞窟の中にあるならば、虎視眈々と隙を窺っている人影があってもおかしくない。──ともすれば、すぐそこにジーヴァの本体がいても驚きはしなかった。
「まさかヤケになって全員で俺達を足止めに来て全滅、なんてことねーよな?」
「近衛騎士のみならず、精鋭までも壊滅させた教団です。そこまで浅慮なことはなさらないでしょう。……しかし、罠すら仕掛けていないとは妙ですね」
「つっても、聖杯があるのはこの洞窟って決まったわけじゃねーだろ。とりあえず中に入って真偽を確かめるぞ」
「あっ、ちょっと!」
「ぐえっ! ば、バカか! そこ摑んだら呼吸できねーだろうが!」
作戦を立てようとしているアルトリウスとウェスタを置いて、モードレッドは大剣を担いで洞窟の中へ入っていこうとしていた。それに気づいたウェスタは慌てて鎧を摑んで無理やり引き留める。
「ウェスタ! 私はここで馬と共に周囲を見張っています。念のため西側にも見えるよう合図を出しますが、警戒を怠らぬように!」
「分かりました、先生! 行ってきます!」
探索と待機に班を分け、ウェスタはモードレッドと並行して洞窟の中に入っていく。
──ふふふ。
まあ、美味しそうなお肉。
合格。
しっかり嬲って、愛してあげる……‼
「……ねえ、モードレッド」
「あ? どした?」
内部は仄暗いが、外と比べて些か暖かかった。その雰囲気に感化されてか、ウェスタの脳裡には先のモードレッドの言葉、それからふてくされたように頬を膨らませるアルテミスの顔が鮮明に蘇っていた。
「……さ、さっきのはさ……その、なんていうか……」
急に湧いてきた羞恥心が、ウェスタを訥々と喋らせる。アルテミスに愛情表現をする時は直球でも問題ない──恥ずかしい気持ちは我慢できる──のだが、何故かモードレッドに対しては面と向かうことができなかった。
モードレッドは仲間として不安げな自分を励ましてくれたのだろう。だがもし、万が一にもそういう気持ちが僅かでもあれば、ウェスタは誠心誠意応じなくてはならない。
「……まあ、なんだ……その……」
ちらとモードレッドの顔を窺うと、彼の頬が赤くなっていることに気づいてしまった。話し方も三十秒前とは打って変わって、一向にウェスタと目を合わせようとしない。洞窟の中というシチュエーションは、二人の心を初々しく駆り立て、はちゃめちゃに乱していた。不自然に二人は顔を背けて沈黙する。そのまま五分が経過した。
「……あ、あれはだな!」
意を決したモードレッドが向き直ろうとした直後──ウェスタは踵を返して天井に向かって宝剣を振り上げた。
「──っ!」
「……あらら、残念ね」
間もなく快音が弾けた。
ウェスタが突き立てた宝剣の剣尖を、二人の頭上に張り付いている女は漆黒のナイフを二本交差させることで首の皮一枚でやり過ごした。女は艶やかに微笑むと二本のナイフでウェスタの宝剣を押し返し、二人の前方に立ち塞がった。
「……なるほどな。てめーがここの番人か」
吐き捨てるように言ったモードレッドの視線は女の下半身に向いていた。
腰から下が蜘蛛のような形状になっており、八本の脚が一糸纏わぬ上体を支えていた。蜘蛛糸のような粘り気のある脚部は、軽やかな動作を可能にしている。跳躍力もさることながら、天井からとはいえ足音を立てずに二人の頭上まで接近することができていた。もしウェスタの直感がなければ、今頃二人の喉は引き裂かれていただろう。
「危険な宗教団体だと記憶していましたが、まさか肉体改造までしていたとは想定外です」
二人の軽蔑する眼差しを受けた女は、しかし意に介することなく高らかに笑った。
「ふふっ。言っても、私は生まれた時からこうだったのよ? あの人によって巨大蜘蛛と人間のDNAをベースに私は創られた。人造人間とでも言うのかしらね」
「後付けじゃねーのかよ。……ますます気味が悪いぜ」
「遺伝子の掛け合わせで生命を創るという話は聞いたことがありましたが、これほど完璧な技術を持つ人間がいたことには驚きです。一体、貴女は誰に創られたんですか?」
「そんなの、誰でもいいじゃない。私の目的は一つ。美味しそうな人間を食すことそれだけ」
舌なめずりをして嫣然と口端を吊り上げた女を見て、二人は怖気を覚えた。
「……まさか、俺達の仲間を食ったのか?」
「……ああ。きっとあの子達ね。──ええ、四人ほど美味しく戴いたわ」
「──ッ!」
女の言葉を聞いた瞬間、モードレッドの怒りが頂点に達した。
担いでいた【Clarent】の剣尖を女に向け、殺気を全開で放出する。
「死した仲間の無念、ここで晴らさせてもらうぞ!」
モードレッドの殺気にあてられ、女も攻撃態勢を整える。そしてその横にいたウェスタも爆発しかけている憤怒を抑え込み、宝剣を中段に構えて地面を踏みしめた。
「モードレッド。……必ず、彼女を仕留めます!」
「ああ! 行くぞ、ウェスタ!」
妖艶な仕草で二人を挑発する女に向けて、モードレッドとウェスタは同時に飛び出した。
「ぐわぁああああッ!」
「ちっ! 何で片腕しかねぇのにそんな物振り回せんだよ‼」
理不尽を吠える声は、すぐに薙ぎ払われた大剣の刃に両断される。
──二手に分かれ、アルトリウス率いる東捜索隊は開始十五分で森林に潜んでいた教徒達に奇襲を受けた。敵勢力は見渡す限り六人と判別できる。倍の勢力である教徒達はウェスタ達を包囲する、という作戦のみが成功した。
しかし、一斉に木陰から飛び出して襲い掛かったものの、一瞬にして形勢は逆転していた。
「──はっ!」
サン、と鮮やかな一閃。ウェスタの前でナイフを振り上げていた教徒はそれだけで死に至る。続いてウェスタは死体となったその肉壁で投擲されたナイフを受け止め、木の枝に乗っている獲物を視認するなり跳躍。宝剣の一振りを持って獲物の首を斬り落とし、自身は華麗な着地で地へ降りた。
「よっしゃあ! 俺の勝ちだぜ、ウェスタ!」
まだ息のある教徒の髪の毛を雑に摑んだモードレッドは、鎧に微かに付着した埃を手で払っているウェスタに八重歯を見せて笑った。
「勝負するなんて言ってなかったよね?」
「……あー、それもそうだな。んじゃ、次は勝負な!」
モードレッドは摑んでいた教徒を三人の輪の中へ放り投げる。自分の仲間を瞬殺した騎士達に囲まれた教徒は恐れを露わにしながら、それぞれを見上げていた。
「ぼぼ、僕は何も知りません‼」
報告にあった通り、教徒達はキャソックを着てその上に視認性を低下させるための黒い外套を羽織っていた。武器は暗殺をメインとするナイフを近接用と投擲用に十数本携帯している。個人の戦闘能力は近衛騎士一人に大分劣るが、森林の中なら奇襲というアドバンテージを最大限に活かすことができる。とはいえ索敵能力の高い四星騎士やウェスタ、アルテミスはおろか、彼らでは精鋭すら欺くことはできないだろう。
「まだ何も尋ねていないのだが……。然様ならば生かしておく義理はない」
そう言って、アルトリウスは聖剣を振り上げる。その刃には二人の人間を斬ったにもかかわらず、血の一滴も付着していない。それもそのはず、何せ彼が握る得物は【Excalibur】という伝説の聖剣なのだ。
かつて白竜討伐遠征に際し、遠征組の総司令官を任命されたアルトリウスは前国王に伝説と謳われていた聖剣を譲渡された。それがこの【Excalibur】である。その後アルトリウスはこの聖剣で無事白竜の討伐を成している。
天から祝福を受ける聖剣が穢れることはない。アルテミスやガウェインの携えているそれも例外ではない。
「せっかちだなー。もーちょっと尋問とか拷問とか手はあるだろ?」
「そんな悠長に構えてはいられないのですよ。一刻も早く聖杯を見つけ出して破壊せねばならない。そのためならば……」
振り下ろされた聖剣は紙のように人体を縦に二等分にした。アルトリウスは一滴の血もついていない聖剣を振り払って鞘に収めた。
「事態は刻一刻と深刻になっていっている。二人共、より一層気を引き締めるように!」
「あーったよ。じゃあさっさと次に行くぞ」
戦闘の間に脇へどいていた三匹の馬が主人の元へ戻ってくる。三人は華麗な動作で乗馬し、再び森林を疾走する。
開拓されていないため道という道はない。だが、三人の乗馬する馬はそれぞれしっかり訓練を積んでいるおかげで視界の晴れない陰湿な場もすいすいと走り抜けることができる。辺りを囲まれさえしなければ、時折飛び出してくる教徒も馬上で安定して斬り殺すことが可能だ。
「なーウェスター! 今何人殺したー? 俺は六人だ!」
左斜め後ろを疾走しているモードレッドは、時速百キロメートルの馬上で左腕を軸にして回転しながら飛びかかってきた教徒を口で咥えた大剣で切り捨てるという神業を行った。あまりの気持ちよさに、モードレッドはちょっとばかし数を誇張してウェスタに尋ねた。
「不謹慎ですよ、モードレッド! 命の略奪はもっと淑やかに行いなさい! 十三人です!」
「……お前、なんか多くね?」
「当然です。ウェスタは幼い頃から私が鍛えていますからね。スピードに関しては今のモードレッド卿の三倍ほどでしょう。ウェスタを目で追えなくなっているのではないですか? ちなみに私は七人です!」
「先頭走ってるくせにちゃっかり俺より多いのはなんでだ! つーか目では追えてるよ。もう反応はできねえだろうけどな……」
少し切なそうに呟いたモードレッドに、ウェスタは何と声をかけるべきか逡巡した。しかしその間にも続々と教徒が出没してくるので、暢気に会話することができない。常に気配を探っていないと、暗闇から突然飛んでくるナイフに反応が鈍ってしまう。厄介なことに、ナイフは刃までしっかり黒塗りされているのだ。
──そのまま走り続けること三十分。ウェスタは討伐数が五十に差し掛かっていた。
「……二人共、速度を落としてください」
ようやく出没する教徒の数が減った頃、先頭を走っていたアルトリウスは前方に洞窟を発見した。三人はその近くで馬を降り、まずは周囲の索敵をする。
「……見張りは、いないのでしょうか……?」
ウェスタは人の気配が全くないことに違和感を覚えた。三人の教徒討伐数を合わせれば百弱になるだろう。仮に聖杯があるとされる祠がこのような洞窟の中にあるならば、虎視眈々と隙を窺っている人影があってもおかしくない。──ともすれば、すぐそこにジーヴァの本体がいても驚きはしなかった。
「まさかヤケになって全員で俺達を足止めに来て全滅、なんてことねーよな?」
「近衛騎士のみならず、精鋭までも壊滅させた教団です。そこまで浅慮なことはなさらないでしょう。……しかし、罠すら仕掛けていないとは妙ですね」
「つっても、聖杯があるのはこの洞窟って決まったわけじゃねーだろ。とりあえず中に入って真偽を確かめるぞ」
「あっ、ちょっと!」
「ぐえっ! ば、バカか! そこ摑んだら呼吸できねーだろうが!」
作戦を立てようとしているアルトリウスとウェスタを置いて、モードレッドは大剣を担いで洞窟の中へ入っていこうとしていた。それに気づいたウェスタは慌てて鎧を摑んで無理やり引き留める。
「ウェスタ! 私はここで馬と共に周囲を見張っています。念のため西側にも見えるよう合図を出しますが、警戒を怠らぬように!」
「分かりました、先生! 行ってきます!」
探索と待機に班を分け、ウェスタはモードレッドと並行して洞窟の中に入っていく。
──ふふふ。
まあ、美味しそうなお肉。
合格。
しっかり嬲って、愛してあげる……‼
「……ねえ、モードレッド」
「あ? どした?」
内部は仄暗いが、外と比べて些か暖かかった。その雰囲気に感化されてか、ウェスタの脳裡には先のモードレッドの言葉、それからふてくされたように頬を膨らませるアルテミスの顔が鮮明に蘇っていた。
「……さ、さっきのはさ……その、なんていうか……」
急に湧いてきた羞恥心が、ウェスタを訥々と喋らせる。アルテミスに愛情表現をする時は直球でも問題ない──恥ずかしい気持ちは我慢できる──のだが、何故かモードレッドに対しては面と向かうことができなかった。
モードレッドは仲間として不安げな自分を励ましてくれたのだろう。だがもし、万が一にもそういう気持ちが僅かでもあれば、ウェスタは誠心誠意応じなくてはならない。
「……まあ、なんだ……その……」
ちらとモードレッドの顔を窺うと、彼の頬が赤くなっていることに気づいてしまった。話し方も三十秒前とは打って変わって、一向にウェスタと目を合わせようとしない。洞窟の中というシチュエーションは、二人の心を初々しく駆り立て、はちゃめちゃに乱していた。不自然に二人は顔を背けて沈黙する。そのまま五分が経過した。
「……あ、あれはだな!」
意を決したモードレッドが向き直ろうとした直後──ウェスタは踵を返して天井に向かって宝剣を振り上げた。
「──っ!」
「……あらら、残念ね」
間もなく快音が弾けた。
ウェスタが突き立てた宝剣の剣尖を、二人の頭上に張り付いている女は漆黒のナイフを二本交差させることで首の皮一枚でやり過ごした。女は艶やかに微笑むと二本のナイフでウェスタの宝剣を押し返し、二人の前方に立ち塞がった。
「……なるほどな。てめーがここの番人か」
吐き捨てるように言ったモードレッドの視線は女の下半身に向いていた。
腰から下が蜘蛛のような形状になっており、八本の脚が一糸纏わぬ上体を支えていた。蜘蛛糸のような粘り気のある脚部は、軽やかな動作を可能にしている。跳躍力もさることながら、天井からとはいえ足音を立てずに二人の頭上まで接近することができていた。もしウェスタの直感がなければ、今頃二人の喉は引き裂かれていただろう。
「危険な宗教団体だと記憶していましたが、まさか肉体改造までしていたとは想定外です」
二人の軽蔑する眼差しを受けた女は、しかし意に介することなく高らかに笑った。
「ふふっ。言っても、私は生まれた時からこうだったのよ? あの人によって巨大蜘蛛と人間のDNAをベースに私は創られた。人造人間とでも言うのかしらね」
「後付けじゃねーのかよ。……ますます気味が悪いぜ」
「遺伝子の掛け合わせで生命を創るという話は聞いたことがありましたが、これほど完璧な技術を持つ人間がいたことには驚きです。一体、貴女は誰に創られたんですか?」
「そんなの、誰でもいいじゃない。私の目的は一つ。美味しそうな人間を食すことそれだけ」
舌なめずりをして嫣然と口端を吊り上げた女を見て、二人は怖気を覚えた。
「……まさか、俺達の仲間を食ったのか?」
「……ああ。きっとあの子達ね。──ええ、四人ほど美味しく戴いたわ」
「──ッ!」
女の言葉を聞いた瞬間、モードレッドの怒りが頂点に達した。
担いでいた【Clarent】の剣尖を女に向け、殺気を全開で放出する。
「死した仲間の無念、ここで晴らさせてもらうぞ!」
モードレッドの殺気にあてられ、女も攻撃態勢を整える。そしてその横にいたウェスタも爆発しかけている憤怒を抑え込み、宝剣を中段に構えて地面を踏みしめた。
「モードレッド。……必ず、彼女を仕留めます!」
「ああ! 行くぞ、ウェスタ!」
妖艶な仕草で二人を挑発する女に向けて、モードレッドとウェスタは同時に飛び出した。
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