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二章
六幕『星屑の導き』
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『──あいつは、信用できるのか?』
蝋燭が一本のみ立てられた薄暗い洞窟の奥で、黒で統一した半着と袴を着付けた上に外套を羽織った男が呟いた。その向かいには杖をついた老人が立っている。
『……よもや、それは神に対する不信か?』
『そういうわけじゃない。ただ、手前の言ってた神があれでいいのかってことだ』
男は地面に唾を吐き、腰に差した打刀の柄に手を添える。老人からの殺意を感じ取り、臨戦態勢に入ったのだ。
『……東のサムライよ、軽挙妄動は自重するように。ここで争うは神の意に反するぞ』
老人は諭すように男に言いつけて杖を地面に叩きつける。その響きに呼応したのか、二人の正面にある祠が一瞬だけ光を帯びた。
『現世は、平和を渇望するだけの無辜の我らさえも排斥した。彼奴らの進化とはまやかしだ。自然の法則を捻じ曲げ、やがては神秘の理すら破壊することするだろう。今まさに天の神々は嘆いている。故に、目下あの御方が起動したのだ!』
『……それは復讐か?』
『さてな。だが、望みは一つ。あの御方の救済を実行することだ。主は己が務めを果たすがいい』
老人は男を一瞥し、洞窟の入り口へ向かった。
一人残った男は祠の傍で腰を下ろす。懐からヘッドを切り落とした葉巻を取り出し、蝋燭で先端に火をつける。
『所詮はイカれたカルト教団か……。それに利用されるとは、手前も難儀なもんだな』
下手な笑みを浮かべた男は、自分の出番まではここで葉巻を吸って気長に待つことにした。
「──ウェスタ、右に回れ!」
女から投擲されてきたナイフを宝剣で弾いたウェスタは、モードレッドからの指示に顎を引いて了承する。そして女の左側に走っていったモードレッドと対になるように右側へ回り込み、狙いを分散させて接近する。
「ふふ。貴方達、いやらしい戦い方するわね!」
女は即座に体をモードレッドの方へ向け、ウェスタに背中を見せた。それを好機と捉えたウェスタは地面を蹴って肉薄を試みようとする。……しかし。
「──っ!」
妙に袋状に膨らんでいた女の下半身から三度にわたって糸玉が発射された。ウェスタは二度目までを感覚で躱したが三発目が右足に命中してしまい、身動きが取れなくなってしまった。
「ウェスタ!」
その光景を見ていたモードレッドはウェスタの元に行こうとするが、前方に女が立ち塞がり阻止される。教徒よりも鍛錬されたナイフ捌きは、左手のみのモードレッドでは処理だけで精一杯だ。隙は見つけられるが、間隙できる手段がない。
「私は大丈夫! それよりちょっと時間を稼いでほしいんだけど、任せてもいい?」
「了解だ! 何やるか知らねーが任せとけ!」
モードレッドは大剣を大きく薙ぎ払って女との距離を作る。ずっと接近されていては少々厄介な相手だ。ウェスタは右足の糸を外そうとするのではなく、宝剣を体の前で構えて瞑目していた。
(……どんくらい時間を必要とするかは知んねえが、今はとにかくあいつを護る時だ!)
目を離さない以上、女がウェスタの元に行くことはない。油断で足元を掬われる結果にならないよう、モードレッドは息を深く吐いて呼吸を整えた。
「……貴方、毒が効かないのね」
忌々しいと言いたげな風に鋭い目つきをした女が正面に佇むモードレッドに尋ねた。
「……あー、なるほどな。時々変な水が飛んでくるのはそういうわけか」
モードレッドはようやく合点がいった。先ほどから至近距離で女と剣を交える度に何か毒々しい色をした液体が飛んできて顔にかかっていた。気味の悪い女の汗かと思ったモードレッドは無頓着だったが、どうやらそれは見たまんま毒らしい。
女は動くたびに周囲に毒を撒き散らしており、自分ではなくウェスタが至近距離で受けていれば忽ち痺れて動けなくなっていただろう。
「私の毒は強力な神経毒なのよ? そんなに平然としていられると、自信なくなっちゃうじゃない……」
女は高所に飛び上がり、重みのある一撃を振り下ろす。それをモードレッドが左手の腕力で受け止めた後、女は風の如き素早さで背後へ回り込んだ。だが、その速度はウェスタの比でないためモードレッドは充分その姿を目で追えている。
「お前の毒なんかじゃあ、俺は一生倒せねえよ!」
モードレッドは追撃を上に弾き、隙だらけの女の腹に回し蹴りを叩き込んだ。衝撃を与えた瞬間にまた毒が飛んできたが、目に入っても不快感があるだけで痺れなどの状態異常は一切ない。吹き飛んだ女は何とか八本の脚で衝撃を耐え抜き、少し荒い呼吸をしながらモードレッドを見る。
「……『お前の毒なんかじゃ』、ですって?」
次の瞬間、女の表情から笑みが消えた。大気が冷たくなった錯覚にモードレッドは剣を握る力を強める。
「……私はね、生まれた時からこの体のせいで独りだったの。人間にも蜘蛛にも嫌われ、その都度私は私の毒であいつらを動けなくして、食い殺してやった! ──ああ、ああああああああああッ!」
突如、女の背中から新たに二本の脚が生えてきた。体液(毒)が足先から滴っており、形状も他の脚部に比べて鋭利になっている。
「ふふふ。遊びはここまでよ。──しっかり愛して、食べてあげる!」
「……そうか。んじゃあ、あいつの攻撃を受けて生き延びてたら、またやってやるよ」
「……え?」
女はモードレッドが顎で指した自身の後方に首を向けると、そこには神々しい光を身に纏ったウェスタがいた。
「我が仲間を食らいし醜き化生に告げる!──その首を戴き、仲間への弔いとします!」
祖国のために尽くした仲間の無念を晴らすため、ウェスタは決着を望んだ。
死んでいった数多の仲間の魂が、剣を握るウェスタを勝利へ導くために顕現する。それはさながら、煌めく星屑のカーテンをドレスにしているようだった。
「【星屑の光を宿し導きの宝剣】‼」
地面を捲るほどの突進力で飛び出したウェスタは、刹那にして女との間合いを零にする。それは音速を超えた光の次元。女が捉えられたのは微かな光の残滓のみ。
「……なっ」
その吃驚はモードレッドだった。彼はウェスタの一連の動作を線で見ることができていた。
煌めくドレスを身に纏うウェスタが放ったのはたった一太刀。呆然と立ち尽くす女の首を一振りの剣閃で虚空へ刎ねたのだ。
金髪が余韻に靡き、ウェスタは瞑目する。仲間の導きに感謝の意を示すと、彼女の身からドレスが雲散した。無骨な鎧が現れ、そこでようやくモードレッドは呼吸を忘れて見入っていたことに気づいた。
モードレッドがウェスタの本気を見たのは初めてだった。──否、ウェスタはまだ本気ではないことが分かる。彼女は魔力を消費したにもかかわらず全く疲労した様子をみせていなかった。
「……まじ、かよ」
乾いた笑いが自分の唇から出ていたことをモードレッドは自覚した。ウェスタは半分神とはいえ、自身とこれほど実力差が歴然としている。右腕を失った今、モードレッドは生涯かけてもウェスタに追いつくことはできないだろう。
「──モードレッド‼」
「な──ッぶねえ!」
ウェスタを凝視していたモードレッドは、投擲されていたナイフに反応が遅れた。顔に迫っていたナイフを大剣で弾くことには成功したが、脇腹にナイフが一本突き刺さってしまった。
「モードレッド、大丈夫⁉」
「……っ、ああ。毒も聞かねえし、傷自体もウェスタのおかげで浅く済んだ」
近寄ってきたウェスタに無事を知らせると、彼女は心底安堵したように胸を撫で下ろした。モードレッドは脇腹のナイフを引き抜き、ウェスタに軽く手当てを受ける。
「あら、また外してしまったかしら?」
二人の視線が女の方へ向いた。斬り落とされたはずの首は何故か意識があり、胴体の感覚もまだ繋がっているようだった。
「はっ! ま、惜しかったって言ってやるよ。俺一人なら死んでたさ」
モードレッドがウェスタの方に顔を向けると、彼女は微笑を返した。
「……私も、モードレッドが時間を稼いでくれなかったら危なかったかもしれない。だから、今回は二人だから勝てたんだよ」
その言葉に、モードレッドはにやけ顔にならないよう必死に堪えた。
恐らく両者共に仮令戦闘が一対一であったとしても、目の前の女程度ならば遅れは取らないだろう。だからそれはウェスタなりの気遣いだったのだが、そんなこと知る由もないモードレッドは舞い上がる気持ちを平常に保つことに必死だった。
「やりたくもない変身でパワーアップしたのにあっと言う間に首切られちゃうし……はあ、私ってほんとダメね」
「……お前、その体……」
「あら、貴方でもそうして驚くのね。……私はあの人にとっての完成品。死後に解剖されないよう、生命活動が停止すれば骨まで溶けるようできてるのよ」
地面に転がる女の首からはもう敵意がなくなっていた。胴体を見れば、既に全体が溶け始めている。しかし死を擬態している可能性もあるため、無論二人は一切気を抜くことはしない。
「ふふ。ああ、本当に羨ましいわ。……私も、こんな体に生まれなければ、誰かとこの世界を旅してみたかった」
眩しい光景を見るように目を細めた女の首が徐々に溶け始めのを見て、ウェスタは悟った。もう彼女に残された時間は僅かしかなく、このまま悔恨を内に秘めたまま逝くしかないのだと。
「……誰かに創られたとしても、意思があるならその人に縛られる義理はないんです。貴女は一歩でもいいから、自分から前に踏み出してみるべきでした」
ウェスタもかつて半神であったために神界では疎まれた。だが、そんな境遇を変えようと絶望的な、けれど神界よりは希望のある下界に降りてきたのだ。
「何故かしら。貴女の言葉はよく響くのね。……ええ。今の人生は、全くの不本意。だからここで終わるのが一番幸せなのかもしれないわ……」
ぼろっと女の左目が地面に溶け落ちた。最早崩れ始めた女の全体は原形を留めていない。ウェスタとモードレッドは共に忌み嫌われた過去を持つ人間だ。悲惨な境遇で成長してしまった現在の彼女を理解できないわけではない。
「……一つ、お願いをしてもいいかしら?」
「叶えられる限りは、尊重します」
「私の、名前を聞いて覚えていて欲しいの……。それだけでも、生まれてきた価値はあると思うか、ら……」
「分かりました。……貴女の、名前を教えてください」
ウェスタは宝剣を鞘に収め、溶けていく女の傍へ歩み寄る。そこに警戒はなく、奇襲されれば必ず被弾してしまうだろう。だが生憎と、女の方にも敵意はない。モードレッドの目には、その光景は神聖な絵画に見えた。今まさに死に向かう生命の懇願を受ける慈愛の女神、タイトルはそんなところだろう。
「グ、ウィンよ……。小さい頃に、自分で名付けたの……」
「そうですか、グウィン。どうか、貴女に神の加護がありますように祈ります」
「あ、あぁ……」
恐らく初めて名前を呼ばれたであろうグウィンは瞼を下ろし、静かな眠りへつく。
ウェスタはその場にしゃがみ込み、手を合わせてグウィンのためだけに祈りを捧げていた。
蝋燭が一本のみ立てられた薄暗い洞窟の奥で、黒で統一した半着と袴を着付けた上に外套を羽織った男が呟いた。その向かいには杖をついた老人が立っている。
『……よもや、それは神に対する不信か?』
『そういうわけじゃない。ただ、手前の言ってた神があれでいいのかってことだ』
男は地面に唾を吐き、腰に差した打刀の柄に手を添える。老人からの殺意を感じ取り、臨戦態勢に入ったのだ。
『……東のサムライよ、軽挙妄動は自重するように。ここで争うは神の意に反するぞ』
老人は諭すように男に言いつけて杖を地面に叩きつける。その響きに呼応したのか、二人の正面にある祠が一瞬だけ光を帯びた。
『現世は、平和を渇望するだけの無辜の我らさえも排斥した。彼奴らの進化とはまやかしだ。自然の法則を捻じ曲げ、やがては神秘の理すら破壊することするだろう。今まさに天の神々は嘆いている。故に、目下あの御方が起動したのだ!』
『……それは復讐か?』
『さてな。だが、望みは一つ。あの御方の救済を実行することだ。主は己が務めを果たすがいい』
老人は男を一瞥し、洞窟の入り口へ向かった。
一人残った男は祠の傍で腰を下ろす。懐からヘッドを切り落とした葉巻を取り出し、蝋燭で先端に火をつける。
『所詮はイカれたカルト教団か……。それに利用されるとは、手前も難儀なもんだな』
下手な笑みを浮かべた男は、自分の出番まではここで葉巻を吸って気長に待つことにした。
「──ウェスタ、右に回れ!」
女から投擲されてきたナイフを宝剣で弾いたウェスタは、モードレッドからの指示に顎を引いて了承する。そして女の左側に走っていったモードレッドと対になるように右側へ回り込み、狙いを分散させて接近する。
「ふふ。貴方達、いやらしい戦い方するわね!」
女は即座に体をモードレッドの方へ向け、ウェスタに背中を見せた。それを好機と捉えたウェスタは地面を蹴って肉薄を試みようとする。……しかし。
「──っ!」
妙に袋状に膨らんでいた女の下半身から三度にわたって糸玉が発射された。ウェスタは二度目までを感覚で躱したが三発目が右足に命中してしまい、身動きが取れなくなってしまった。
「ウェスタ!」
その光景を見ていたモードレッドはウェスタの元に行こうとするが、前方に女が立ち塞がり阻止される。教徒よりも鍛錬されたナイフ捌きは、左手のみのモードレッドでは処理だけで精一杯だ。隙は見つけられるが、間隙できる手段がない。
「私は大丈夫! それよりちょっと時間を稼いでほしいんだけど、任せてもいい?」
「了解だ! 何やるか知らねーが任せとけ!」
モードレッドは大剣を大きく薙ぎ払って女との距離を作る。ずっと接近されていては少々厄介な相手だ。ウェスタは右足の糸を外そうとするのではなく、宝剣を体の前で構えて瞑目していた。
(……どんくらい時間を必要とするかは知んねえが、今はとにかくあいつを護る時だ!)
目を離さない以上、女がウェスタの元に行くことはない。油断で足元を掬われる結果にならないよう、モードレッドは息を深く吐いて呼吸を整えた。
「……貴方、毒が効かないのね」
忌々しいと言いたげな風に鋭い目つきをした女が正面に佇むモードレッドに尋ねた。
「……あー、なるほどな。時々変な水が飛んでくるのはそういうわけか」
モードレッドはようやく合点がいった。先ほどから至近距離で女と剣を交える度に何か毒々しい色をした液体が飛んできて顔にかかっていた。気味の悪い女の汗かと思ったモードレッドは無頓着だったが、どうやらそれは見たまんま毒らしい。
女は動くたびに周囲に毒を撒き散らしており、自分ではなくウェスタが至近距離で受けていれば忽ち痺れて動けなくなっていただろう。
「私の毒は強力な神経毒なのよ? そんなに平然としていられると、自信なくなっちゃうじゃない……」
女は高所に飛び上がり、重みのある一撃を振り下ろす。それをモードレッドが左手の腕力で受け止めた後、女は風の如き素早さで背後へ回り込んだ。だが、その速度はウェスタの比でないためモードレッドは充分その姿を目で追えている。
「お前の毒なんかじゃあ、俺は一生倒せねえよ!」
モードレッドは追撃を上に弾き、隙だらけの女の腹に回し蹴りを叩き込んだ。衝撃を与えた瞬間にまた毒が飛んできたが、目に入っても不快感があるだけで痺れなどの状態異常は一切ない。吹き飛んだ女は何とか八本の脚で衝撃を耐え抜き、少し荒い呼吸をしながらモードレッドを見る。
「……『お前の毒なんかじゃ』、ですって?」
次の瞬間、女の表情から笑みが消えた。大気が冷たくなった錯覚にモードレッドは剣を握る力を強める。
「……私はね、生まれた時からこの体のせいで独りだったの。人間にも蜘蛛にも嫌われ、その都度私は私の毒であいつらを動けなくして、食い殺してやった! ──ああ、ああああああああああッ!」
突如、女の背中から新たに二本の脚が生えてきた。体液(毒)が足先から滴っており、形状も他の脚部に比べて鋭利になっている。
「ふふふ。遊びはここまでよ。──しっかり愛して、食べてあげる!」
「……そうか。んじゃあ、あいつの攻撃を受けて生き延びてたら、またやってやるよ」
「……え?」
女はモードレッドが顎で指した自身の後方に首を向けると、そこには神々しい光を身に纏ったウェスタがいた。
「我が仲間を食らいし醜き化生に告げる!──その首を戴き、仲間への弔いとします!」
祖国のために尽くした仲間の無念を晴らすため、ウェスタは決着を望んだ。
死んでいった数多の仲間の魂が、剣を握るウェスタを勝利へ導くために顕現する。それはさながら、煌めく星屑のカーテンをドレスにしているようだった。
「【星屑の光を宿し導きの宝剣】‼」
地面を捲るほどの突進力で飛び出したウェスタは、刹那にして女との間合いを零にする。それは音速を超えた光の次元。女が捉えられたのは微かな光の残滓のみ。
「……なっ」
その吃驚はモードレッドだった。彼はウェスタの一連の動作を線で見ることができていた。
煌めくドレスを身に纏うウェスタが放ったのはたった一太刀。呆然と立ち尽くす女の首を一振りの剣閃で虚空へ刎ねたのだ。
金髪が余韻に靡き、ウェスタは瞑目する。仲間の導きに感謝の意を示すと、彼女の身からドレスが雲散した。無骨な鎧が現れ、そこでようやくモードレッドは呼吸を忘れて見入っていたことに気づいた。
モードレッドがウェスタの本気を見たのは初めてだった。──否、ウェスタはまだ本気ではないことが分かる。彼女は魔力を消費したにもかかわらず全く疲労した様子をみせていなかった。
「……まじ、かよ」
乾いた笑いが自分の唇から出ていたことをモードレッドは自覚した。ウェスタは半分神とはいえ、自身とこれほど実力差が歴然としている。右腕を失った今、モードレッドは生涯かけてもウェスタに追いつくことはできないだろう。
「──モードレッド‼」
「な──ッぶねえ!」
ウェスタを凝視していたモードレッドは、投擲されていたナイフに反応が遅れた。顔に迫っていたナイフを大剣で弾くことには成功したが、脇腹にナイフが一本突き刺さってしまった。
「モードレッド、大丈夫⁉」
「……っ、ああ。毒も聞かねえし、傷自体もウェスタのおかげで浅く済んだ」
近寄ってきたウェスタに無事を知らせると、彼女は心底安堵したように胸を撫で下ろした。モードレッドは脇腹のナイフを引き抜き、ウェスタに軽く手当てを受ける。
「あら、また外してしまったかしら?」
二人の視線が女の方へ向いた。斬り落とされたはずの首は何故か意識があり、胴体の感覚もまだ繋がっているようだった。
「はっ! ま、惜しかったって言ってやるよ。俺一人なら死んでたさ」
モードレッドがウェスタの方に顔を向けると、彼女は微笑を返した。
「……私も、モードレッドが時間を稼いでくれなかったら危なかったかもしれない。だから、今回は二人だから勝てたんだよ」
その言葉に、モードレッドはにやけ顔にならないよう必死に堪えた。
恐らく両者共に仮令戦闘が一対一であったとしても、目の前の女程度ならば遅れは取らないだろう。だからそれはウェスタなりの気遣いだったのだが、そんなこと知る由もないモードレッドは舞い上がる気持ちを平常に保つことに必死だった。
「やりたくもない変身でパワーアップしたのにあっと言う間に首切られちゃうし……はあ、私ってほんとダメね」
「……お前、その体……」
「あら、貴方でもそうして驚くのね。……私はあの人にとっての完成品。死後に解剖されないよう、生命活動が停止すれば骨まで溶けるようできてるのよ」
地面に転がる女の首からはもう敵意がなくなっていた。胴体を見れば、既に全体が溶け始めている。しかし死を擬態している可能性もあるため、無論二人は一切気を抜くことはしない。
「ふふ。ああ、本当に羨ましいわ。……私も、こんな体に生まれなければ、誰かとこの世界を旅してみたかった」
眩しい光景を見るように目を細めた女の首が徐々に溶け始めのを見て、ウェスタは悟った。もう彼女に残された時間は僅かしかなく、このまま悔恨を内に秘めたまま逝くしかないのだと。
「……誰かに創られたとしても、意思があるならその人に縛られる義理はないんです。貴女は一歩でもいいから、自分から前に踏み出してみるべきでした」
ウェスタもかつて半神であったために神界では疎まれた。だが、そんな境遇を変えようと絶望的な、けれど神界よりは希望のある下界に降りてきたのだ。
「何故かしら。貴女の言葉はよく響くのね。……ええ。今の人生は、全くの不本意。だからここで終わるのが一番幸せなのかもしれないわ……」
ぼろっと女の左目が地面に溶け落ちた。最早崩れ始めた女の全体は原形を留めていない。ウェスタとモードレッドは共に忌み嫌われた過去を持つ人間だ。悲惨な境遇で成長してしまった現在の彼女を理解できないわけではない。
「……一つ、お願いをしてもいいかしら?」
「叶えられる限りは、尊重します」
「私の、名前を聞いて覚えていて欲しいの……。それだけでも、生まれてきた価値はあると思うか、ら……」
「分かりました。……貴女の、名前を教えてください」
ウェスタは宝剣を鞘に収め、溶けていく女の傍へ歩み寄る。そこに警戒はなく、奇襲されれば必ず被弾してしまうだろう。だが生憎と、女の方にも敵意はない。モードレッドの目には、その光景は神聖な絵画に見えた。今まさに死に向かう生命の懇願を受ける慈愛の女神、タイトルはそんなところだろう。
「グ、ウィンよ……。小さい頃に、自分で名付けたの……」
「そうですか、グウィン。どうか、貴女に神の加護がありますように祈ります」
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