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第一章 魔力無し転生者は冒険者を目指す

第五十四話 緊急オペと傷痕の謎

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 目の前で闘うジンの姿は何度見ても心が躍り、恐怖を感じた。
 どの形にも当てはまらない武術。学園で教えている軍用格闘術や古流武術でもない。それであれほどの魅了されるほどの闘いができるのか、不思議でならない。あ、また。
 また私は恐怖を感じた。時折見せるジンの笑み。私との戦闘でも見せていた笑み。どうして笑っているのか分からない。強い敵とあたれば私だって嬉しく感じる。まだ上を目指せる。そう思えるから。だけどジンは自分より弱い人間との闘いでも笑みを見せる。今の闘いだって自分よりはるかに弱い。なのに笑みを見せている。それが怖くてたまらない。

「あ、電気が!」
「落ち着きなさい。私たちが騒いだところで何も変わらないわ」
 これじゃ、闘えない。でもジンにとっては好都合ね。この間体を休めさせることが出来るから。

「オニガワラ・ジンだ!」
 え?
 戦闘している誰かがそう叫んだことに私は困惑した。
 まさかこの状況で敵と闘ってるの?どうやって。なにも見えない場所でどうやって相手の位置を知ることが出来るの。上級者になれば相手の魔力を感知して居場所と強さを把握することが可能だと聞いたことはあるけど。それは魔力を持った人間の話。魔力の無いジンには出来ないこと。まさかもう目がこの暗さになれてきたっていうの?そんなのありえない。
 耳に届く怒声と悲鳴。いったいどんな闘い方をしているのか気になって仕方が無かった。
 そんな私の声が届いたのかライトが付くとジンは最初の場所で座り込んでいた。なんだ。誰かの勘違いで疑心暗鬼になって仲間どうして倒しあっていたのね。驚かせないでよ。

「ほう、やはりやるのぉ……」
「はい、まさかここまでとは思いませんでした」
 ダグラス学園長とジンの担任のエレイン先生がなにやら話しているけどどう言う意味なのかしら?

「悪いが、お遊びはこれでおしまいだ。ここらは戦場の怖さを教えてやるよ」
『っ!』
 まただ。あの楽しそうな笑み。三日月の弧を描いたような笑み。それを見た私たちは悪寒が走る。
 でもそこからの闘いは一方的だった。指揮していたニコラス君がいつのまにか倒れている。きっとあの暗闇の際に誰かに倒されたんだろう。

「お、おい。またジンの速度が速くなってるぞ」
「もうわけがわからないよ」
 また最初に話してた通り力を上げたのね。何%まで上げたのかは分からないけどもう一方的ね。統率者を失った隊がこれほど脆いなんて軍に入ったときは気をつけないといけないわね。
 でもジン。私はこの闘いが辛くてならないわ。貴方がどこか遠いところに行くような。そんな気がするもの。

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「これで最後だ!」
 最後の奴を殴り飛ばし立ち上がってこないことが分かると、

「勝者、オニガワラ・ジン!」
 勝った。これで不正野郎って言われなくてすむな。ようやく面倒ごとから開放された。
 でもなんでだ。観客席から感じるのは化け物でも見るような視線。学生の2000人ぐらいイザベラだって余裕で倒せるだろ。
 クラッ。
 やべ、闘いが終わったから気が緩んだのか視界が歪む。
 トス。

「本当にお前って奴は馬鹿者だな」
「またジュリアスか」
「また私で悪かったな」
「いや、安心しただけだ」
「そ、そうか」
「悪いが肩を貸してくれ」
「ああ、そのつもりだ」
 いったい俺はなんどジュリアスの肩を借りて移動するんだろうな。我ながら呆れるな。

「学園長先生、申し訳ありませんがジンを保健室に連れて行ってもよろしいでしょうか?」
「ああ、構わぬよ。それより早く連れて行ってやりなさい。誰よりも負傷しているのは彼なのじゃからな」
「ありがとうございます」
 まったくそれが分かっていて決闘を許可する学園長がどこにいるんだよ。やっぱり腹黒狸爺だな。
 薄れゆく意識の中気絶しないようにと声をかけてくれる。この声はジュリアスとレオリオ。それからエミリアにフェリシティーか。お前等まで本当に甘いよな。涙がでそうだぜ。

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「アヴァ先生急患です!」
「ここは病院じゃないんだがね」
「学園の病院的場所でしょここは」
「ったく最近のガキは口達者だね。それで患者はどいつだい」
「ジンです」
「こないだの坊やじゃないか。で、傷はっと――っ!今すぐのベッドに寝かせな!」
「あ、はい」
「早く!」
『はい!』
 アヴァ先生のあんな慌てようっぷりは初めて見た。きっと先生たちのなかでも見た人間は少ないだろう。

「先生は早く治癒魔法をお願いします!」
「無理だね」
「何故ですか!」
「治癒魔法は傷を癒す魔法さ。だけど体内に不純物が残っていると傷を癒したところであとで別の病気が発祥する恐れがあるからさ。この坊やの体の中には見ただけでも5発以上の弾丸が体内に残っている。今傷を閉じれば間違いなく病気になるよ」
「おい、嘘だろ……」
「安心しな。手術すれば問題ない。ま、どちらにしてもこの坊やには弾丸を取り出したところで治癒魔法は使えないけどね」
「ど、どうしてですか!」
「治癒魔法を使う際に患者の魔力を少しだけ媒体に使っているのさ。簡単に言えば治癒させる患者の情報を魔力から瞬時に読み取って負傷した部分を治癒力を向上させて治す魔法さ。だけど魔力を持たないこの坊やには読み取るべき情報つまり魔力がない。だから治癒魔法が使えないのさ」
「そ、そんな……」
 アヴァ先生の言葉に私たちはその場にへたり込む。

「安心しな私を誰だと思ってるんだ。治癒魔法がなくても必ず助けてみせるさね」
『お願いします!』
「分かったのならここから出て行きな………早く!」
『はい!』
 追い出されると緊急オペが開始された。保健室の隣が手術室になっているという通常ではありえないがこの学園では大抵の設備は揃っているためそれが可能なのだ。
 日が完全に沈むと言う時廊下の壁に凭れて手術が終わるのを待つ私たちにエレイン先生が話しかけてきた。

「大丈夫?」
「先生!」
 悲しみが限界だったのかエミリアが先生に抱きついて涙を流す。正直私も泣きたい気持ちだ。

「よしよし、大丈夫よ。アヴァ先生を信じましょ」
 優しく頭を撫でてもらえるエミリアが少し羨ましく感じた。
 それに私は……

「どうしたのジュリアス君」
「先生……私は間違っていたのでしょうか?イザベラ様との闘いで負傷した時にジンをここに連れて来ていればこんな事には……」
「でも、そうしなかった。ジン君に頼まれたから」
「………はい」
 ここで、はい。と肯定したくなかった。全てジンのせいにしてしまうようで嫌だったからだ。でもそれ以外の言葉が出てこなかった。

「ジン君が羨ましいわね」
『え?』
 エレイン先生の言ったことが理解できなかった。それは私だけでなくレオリオたちも同じだった。

「だってそうでしょ。頼まれてそれを許した。つまり彼のことを心から信頼してる証拠じゃない。私にはそんな仲間はいなかったわ。だから心から信頼してくれる仲間がこんなにも居てくれるジン君が羨ましいわ」
「そう言う事なんでしょうか?」
「ええ、そうよ。私たちがどれだけ悔やんでも仕方が無い。だけどきっとジン君は送り出してくれた君たちに感謝してくれているわ。でも君たちがそんな顔をしていたらきっとジン君は悲しませてしまったって後悔するかもね。だから心配はしても悲しい表情はみせちゃだめよ。難しいかもしれないけど」
 難しいですよ。技を磨くより、難問を解くより、難しいです。

「なら、今のうちに悲しみを全部吐き出しておきなさい。できるだけね」
 その言葉に私たちの涙腺は完全に緩みきっていた。
 大量に頬を伝う涙。悔しさと悲しみが涙と嗚咽となって外に出て行く。
 結局私たちはそのまま廊下で寝てしまっていたらしく、気が付くと朝日が出てくるような時間になっていた。

「ジンは!」
 慌てて立ち上がり手術中の標識を見るとライトが消えていた。それだけで手術が終わったことが分かる。
 どうやら私の声でレオリオたちも目を覚ましたらしい。

「なんだいようやく目を覚ましたのかい」
「アヴァ先生、手術は!成功したんですよね!」
「あたりまえだろ。私を誰だと思ってるんだい」
『やったあああああぁぁ!』
 私たちは心から湧き上がる喜びを叫んでいた。ああ、これほど嬉しいことはない。

「静かにしないか!まだ患者は寝てるんだよ!」
『すいません……』
 そうだった。まだ早朝だ。すっかり嬉しくて忘れてしまっていた。

「それにしてもあの坊やは化け物だね」
 私たちはそんなアヴァ先生の言葉に驚きを覚えていた。

「先生、もしかして武闘大会見に来てたんですか?」
「そんなわけないだろ」
「では何故化け物と言ったのですか?」
「素人でも分かるだろうさ。あれだけの負傷をしながら未だに心臓が動いてるんだ。誰だって化け物って思うさね」
『た、たしかに』
 アヴァ先生の言うとおりだ。私たちだってここに運ぶまでは思っていたことだ。

「だけど医者である私からすれば本当に化け物だと感じたね」
「どういうことですか?」
 やはり素人の私たちと上級医療魔法師とでは、正確な違いが分かるんだろう。

「銃で撃たれた箇所が全部で27箇所。その内、体内に残っていた弾丸が全部で7発。上半身全域を火傷、特に腹部と胸は重症さ。ま、偶然にも火傷のお陰で肉が焼かれて止血になって大量出血による死は免れたようだけどね。でも内臓のいくつか負傷しているから癌になる可能性もないとは言い切れないが、出来るだけのことはしたつもりさ。だけど傷を見る限りその後も何度か闘ってるね。」
「二度闘ってます。最初は軍務科のオスカー君。二度目がジンが優勝したことが納得できなかった2000人の生徒連合軍相手に一人で闘い勝利しました」
「この体でかい。本当に化け物だね。ま、そのせいで火傷の後が残るかもしれないけど自業自得だろうね」
「ジンはそんなこと気にしないと思います」
「だろうね。負傷する前からある傷跡から考えてもそうだろうからね」
「アヴァ先生ならどんな魔物にやられたか分かりますか?」
 そんなエミリアの言葉に私たちは驚きを隠せなかった。

「エミリア流石にそれはジンに内緒で聞くのは拙いだろ!」
「でも気になるじゃんか。私たちと出会う前にどんな訓練をしていたのかとか」
「エミリア……」
「先生、私からもお願いできませんでしょうか」
「フェリシティー!」
 意外な人物からの言葉に私たちは驚きを隠せなかった。

「プライベートに関することは同じチームメイトにだって話せない決まりだ。それぐらいあんた達でも知ってるだろ」
「そうですよね……」
「でも、独り言を聞かれるのは誰の責任でもない」
 いや、アヴァ先生。それはどう考えても先生のせいだと思いますよ。

「手術中に目に付いた大きな切裂き傷。あれはどうみてもただの魔物じゃないね。傷痕の中に火傷の痕もあったからね。あれは高熱の爪を持った魔物にやられた傷だね。でも私が知る限りそんな魔物は聞いたこともない」
 高熱の爪を持った魔物。アビゲイル先生に聞けばなにか分かるかもしれない。

「それにあの坊や一度片腕を切断されてるね」
『え!?』
「処置が一番早かったから傷跡が分かりづらいけど医者の私の目はごまかせないね。あれは大きな刃物で切断された後だ」
(でも不思議なんだよね。手術痕もなく綺麗に接着されている。治癒魔法なら可能だけど魔力の無い彼には不可能だ。ならどうやって………まさか伝説の泉で治した?まさかね)

「それで他には?」
「一番新しい傷は左の肩甲骨あたりにある傷だろうね。でもあれだけ他とは違うんだよね」
「違うですか?」
「そうさ。大抵の傷が切裂き傷や貫かれたような痕。それから火傷なんだけどね。それだけはまるで肉を抉り取るかのようにしてつけられた傷なのさ。まるで誰かが抱きしめながら爪を立てたかのようなね」
「え、それって魔物じゃないんですか?」
「違うね。大きさが全然違う。人間の爪と同じぐらいの大きさだよ」
 人間……きっとその傷はイザベラ様に会う前の傷。でも肉を抉るほど強い力で傷をつけた相手っていったいジンはどんな人物と出会っていたんだ。

「悪いけどいこれ以上は分からないよ」
「あ、ありがとうございます」
「お礼なんか言われても困るさね。ただの独り言なんだからね」
 全然独り言になってませんでしたよ。

「それよりあんた等洗面所にでも行って顔を洗ってきな。酷い顔だよ」
『本当にありがとうございました!』
 失態だ!涙を流した後の顔をそのまま放置して話し込むなんて。見られたのが先生でよかった。もしもジンに見られていたら私は恥ずかしくて自殺する!

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