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第一章 魔力無し転生者は冒険者を目指す

第六十五話 魔物殲滅戦 上

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 魔物たちの殺気が篭った咆哮を掻き消すかの如く鳴り響く銃声。もう少し静かに撃てないのか!耳が壊れそうだ。
 雨のように降りかかる魔導弾だが、魔物たちはビクともせずに突進してくる。
 この世界の魔物は化け物か。一発撃たれたら大抵怯えて逃げるだろ普通。

「イザベラ様、第一防衛ラインを超えました!」
「第1~第4小隊は接近戦に備えよ。残りの第5~第10小隊はそのまま攻撃続行!」
 第一防衛ライン?なんだそりゃ。いや、意味は分かるんだが、いつのまにそんなのを決めてたんだ。俺が昼寝している最中か?

「なぁ、イザベラ」
「ジン悪いけど、呑気に話している場合じゃないの。話があるなら手短に頼むわ。それとなんて言われようと私が指示を出すまでは出撃させないわよ」
「いや、それは分かっている。ただ俺が聞きたいのはさっきの第一防衛ラインってのはなんの事なのか聞きたくてな」
「何度も私たちはこうして魔物と戦ってきた。だから幾つか決められた作戦があるの。その一つが距離よ。魔物の群れを相手にする時は一定の距離までは射撃、魔物が近くまで来たら一部は接近戦に切り替えるって感じよ。その距離を既に決めておくの。そうすれば大抵どんな場所でも使う事が出来るわ」
「なるほどな」
「勿論、魔物の数や種類、地形によっては距離を変えたり作戦そのものを変更する場合もあるわ」
 俺が知らなかったイザベラの一面。才能に恵まれてはいるが威張ることはない年相応の賢い女の子かと思っていたが、そうじゃないんだな。

「話は終わり?なら後ろで待機していて」
「分かりましたよ、指揮官殿」
 でもやっぱり俺に対しては厳しいな。いや、戦場だからか?普段とあんまり変わらないよな気もするが。

「今、何か失礼なこと考えてなかった?」
「滅相もありません!」
 声に出してないのに何で分かるんだよ。鋭いって領域じゃないぞ。

「ん?」
 誰かに見られてる。この気配、列車に乗っていた時と同じだ。数は全部で12人。分隊規模か。こんな場所でなにしてるんだ?他の任務か?この轟音だ、気づかないわけがない。それにこっちを見てるんだそれはないな。となると姿を現さない事から考えて味方って感じじゃないし。
 ハロルドのおっさんが雇ったイザベラの護衛って可能性もないわけじゃないが、気配を感じ始めたのが列車に乗ってから数時間が経過してからだからな。普通ならもっと早く感じてもいい筈だ。
 となると敵か。なにやらきな臭い感じはしてたが、やっぱりか。

「イザ――」
 いや、今イザベラに伝えるわけにはいかないな。せっかくこっちが優勢なんだ。そこに水を差すわけにはいかない。それに敵は200。それに対してこっちは戦闘員だけでも300人。大隊規模だ。アクシデントがない限りイザベラが負けることはないだろう。でもま、念のために。

「(銀)」
「クウ?」
 やっぱり銀は賢いな。俺が小さな声で話しかけただけで声量を抑えるんだから。

「(俺は少し用事が出来た。お前はイザベラを守れ。もしもの時は元に戻っても構わない。良いな?)」
「(ガウッ!)」
 ほんと賢いなお前は。
 銀を撫でて地面に置いた俺は誰にも気づかれないように装甲列車に乗り込み反対側に出る。

「ここなら少し本気を出しても問題ないだろ」
 力を悟られない極力抑えて気配を感じた奴等の許へと向かった。

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「イザベラ様!まもなく第二防衛ラインに来ます!」
 予想より少し早いわね。仕方がない。

「第1~第4小隊は私!残りの小隊は左右の魔物に集中攻撃。左翼はロイド、右翼はタリスの指示に従いなさい!第1~第4小隊突撃開始!」
『おおおおおおおおおぉぉ!!』
 各自武器を手に魔物の群れに突撃する。
 指揮官である私には部下の指揮を上げる必要がある。だから、

渦雷の斬撃ボルテックス!」
 振り下ろした剣から放たれた一撃は地面を抉り進み魔物の群れを両断した。

「お嬢様が道を作ってくれたぞ!俺たちも続くぞ!」
『おおおおおおおおおぉぉ!』
 上手くいったみたいね。
 私の一撃で突破口が出来た。後はそこから崩して殲滅するのみ。
 斬って、刺して、魔法を放ってを繰り返す。
 負傷者も少し出ているが今のところ死者は出ていない。
 左右も徐々に魔物の数を減らしている。
 順調ね。
 この時の私は気づいていなかった。
 何度も戦場に立ち魔物の殲滅を繰り返してきた。最初は未熟で危機的な状況も作ったりもした。しかし場数を重ねるうちに効率的な戦い方を考え実行してきた。そして今回も同じように作戦を実行し順調に進んでいる。だからこそ気づかなかった。
 経験から生まれる油断と慢心。
 誰もが予想していなかった出来事が起ころうとしていることに。

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 外套を目深く被った11人の男たちを前にしていた。さっき聞こえた轟音は今までとは違った。きっとイザベラの魔法だろう。ま、そんな事より今は怪しさしかない目の前のこいつらだよな。組織名やチーム名は分からないから謎集団って事にしておこう。で、名前も分からないし左から謎A、謎Bって感じで良いか。

「で、お前らはこんな所でなにをしてるんだ?まさか森林浴に来ているなんて言わないよな?」
「…………」
 無視かよ。俺のジョークも無視しやがって。ガラスの心にヒビが入っただろうが。

「まあ、どちらでも良いや。お前らはここで捕まえてイザベラへの手土産にするからよ」
 俺の言葉と同時に武器を取り出す。
 短剣、銃、ナイフとこれまた隠密の武器らしい武器だな。
 それにコイツ等只者じゃない。イザベラほどの才能はないだろうが、全員が戦闘経験がある奴らだ。
 それも本当の戦闘。人と人との殺し合いの経験が。
 つまりそれは油断一つが死につながる。勝敗が死に直結している戦い。
 ――良いねぇ。
 肌がヒリつくような殺気のぶつけ合い。
 死ぬかもしれない緊張感。あの島以来だ。ま、あの島に居たやつ等に比べれば足元にも及ばないが。力を制限している俺としては丁度良い。
 しかし心躍らせる気持ちに水を差すように武器を持つ手を下ろした。

「おい、なんの真似だ」
 突然の事に苛立ち混じりに問いかけてしまう。心優しい俺様としたことがつい怒ってしまった。

「我々としては今年度のスヴェルニ学園武闘大会個人戦代表選抜優勝者とまともに戦うつもりはない」
 そんな俺の問いに謎Eが答える。てか何故知っている。確かに優勝者としては有名になるのは不思議じゃないが、公式に発表はされていない情報だ。知っているとすれば学園に通う生徒の家族か貴族。もしくは学園関係者だけだろう。

「随分と過大評価されたものだな。学園では能無しとか馬鹿にされる事の方が多かったんだが」
「我々をプライドしかない未熟なガキと一緒にされては困る」
「それは悪かったな。だが生憎とお前らを帰すわけにはいかないな。ここは禁止区域。許可無く入ることは禁じられている場所だ」
「そう言うお前はどうなんだ?」
「俺は許可もらっているから良いんだよ………たぶん」
 イザベラの奴。俺が禁止区域に入る許可をちゃんと貰ってるんだろうな。あとで聞いておこう。

「それじゃ武器を全て地面において投降して貰おうか」
「そうか……残念だ。お前を殺す予定は無かったんだがな!」
「どちらにしろ目撃者は生かしておかないだろうが!」
「ふふ、その通りだ!」
 一斉に襲い掛かってくる謎集団。
 やはり動きに無駄が無い。洗礼された動きだ。学園の連中でこれほどまでの動きが出来る奴は少ないだろう。
 次々と攻撃してくる謎集団。それも俺の死角から狙った攻撃ばかりしてくる。やはり暗殺者って感じだな。だけど一番すごいな。声に出して指示を出すことが無い。アイコンタクトのみで簡単な指示のみ出している。それ以外は相手の動きを予測して攻撃して来やがる。それも仲間の邪魔をしないように。まさに熟練の暗殺者集団って感じだ。暗殺者とは初めて戦うけど。

「学園代表とはいえ、ただの学生かと思ったが随分と躱すな。だが躱すだけでは俺たちを倒すどころか殺すことはできないぞ。ま、学生に人を殺す事が出来ればの話だがな」
 まったく過大評価しているのか馬鹿にしているのかどっちかにしてもらいたいね。

「そこまで言うなら。お前らには俺の裏必殺技を使ってやるよ」
「なに、おかしなことを言っている」
 喋りながらも動きを止めることなく襲い掛かってくる。勿論俺も躱しながら喋っているわけだが。

裏十八番ウラオハコ其の壱、指突しとつ!」
 バタンッ!
 突如謎集団の一人が俺に攻撃した瞬間倒れた。
 その事に警戒心を強めたのか襲うのを止めてその場に止まった。

「……何をした?」
「何って殺しただけだ」
 俺は真っ赤に染まった左の人差し指を謎Eに見せた。

「生憎と生物を殺す事には慣れていてな。お前らが人間だろうが躊躇うことはないぜ」
 さっきの攻撃を分かりやすく解説するならこうだ。
 Aだったか、Bだったかは分からないが謎野郎の攻撃を躱した瞬間に左の人差し指で頭蓋を刺しただけだ。

「どうやらそのようだな。まさか学生が躊躇わずに人を殺せるとは思わなかった。どうやらスヴェルニ学園には俺たちが考える以上に化け物が住み着いているらしい」
 化け物って言われ続けたからだいぶ慣れたが住み着いているって言い方やめてくれ。まるで魔物みたいじゃねぇか。

「そんなお前に良い事を教えてやる」
「良いこと?」
「ああ。今回のこの魔物騒動は俺たちの仕業だ。ある人からの依頼でな」
「随分と口が軽いんだな」
「なに、どうせ殺すんだ。あの世への手土産だと思ってくれ」
「そうかよ。だが、あの程度でイザベラたちが殺せるとでも思っているのか?」
「思ってはいないさ。だがもしも、魔物の群れがアレだけではないとしたらどうする?」
「なに?」
 フードを目深く被っているせいで顔は分からないが、不敵な笑みを浮かべていることだけは分かる。

「いわゆる波って奴さ。全ての魔物を一箇所に集めればそれだけで感づかれて、対処すべく準備をされてしまう。だが、複数回に分けて攻撃すればどうだ?魔物の群れを作るタイミングをずらせば管理塔の奴らも気づくのが遅れる。気づいたとしても既に戦闘中の奴らに連絡したろころで準備する暇はない。結果的に奴らは死ぬ」
 大きな光は目立つが、小さな光が無数あれば目立つことはない。それをイザベラたちが戦闘中に後ろで集めて襲わせる気か。

「だけど残念だったな。お前らの狙いが誰なのかは分からないが、俺たちの指揮官は易々と死ぬような奴じゃねぇんだよ」
「随分と信頼しているようだな」
「友達だからな」
「友達か。なるほどな」
「それでどうする?まだ続けるか?」
「ふふ。少しは楽しめるかと思ったが、どうやら杞憂だったようだ」
「まだ馬鹿にしているのか?」
「いや、少しではなく最高に楽しめそうだ!」
「っ!」
 先ほどまでとは比べ物にならないほどの殺気とスピードで謎集団が襲い掛かってくる。
 ここからが本番ってわけか。

「良いぜ、掛かって来いや!」
 何段階もギアを上げたかのようにスピードも威力も全てがアップして攻撃してくる。
 この人数で既に1%の力を出す羽目になるとは思いもしなかったが、別に構わない。今回俺は戦いを楽しむ為に此処に来たわけじゃない。イザベラの為に来たんだからな。ちゃんと仕事はしないと駄目だろ。
 攻撃を躱しては指突で殺す。を繰り返す。
 やはり謎集団の中でも力の差があるのか。上位三人には中々攻撃させて貰えない。それでも僅か数分で5人を倒す事には成功した。

「残り6人か」
 呟きながら数を確認する。

「まさかここまでするとは、我々の予想を遥かに超える強さだ。武闘大会本戦は間違いなく君が優勝だろう」
「顔も見せない恥かしがり屋さんのお前らに言われても全然うれしくねぇよ」
「人の賞賛は素直に受け取っておくべきだ」
「受け取る相手を決める権利ぐらいあるはずだ」
「それもそうか。なら君には賞賛の贈り物に死を与えてあげよう」
「だから要らねぇって言ってるだろ!」
 仲間が殺されようが気にする様子もなく、それどころか嬉々として襲い掛かってくる謎Eと一言も喋らない仲間。まったく謎だらけだな。

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