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第一章 魔力無し転生者は冒険者を目指す

第六十六話 魔物殲滅戦 中

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 戦闘を開始して一時間。
 残り約50体。それに対してこっちは負傷者が30人強。そのうち重傷者が10人弱。今のところ死傷者は出ていない。
 このまま行けば死傷者無しに終わりそうね。

『イザベラお嬢様、大変です!』
 突如インカムから部下の声が飛び込んでくる。

「少し落ち着きなさい」
 自動で音量調節してくれる優れ物だけど、ちょっと耳が痛い。

『も、申し訳ありません。ですが緊急事態です!』
「なにがあったの?」
『今、管理塔から連絡があり魔物の群れがこちらに向かっているとのことです!』
「なんですって!」
 魔物の群れが複数。それも私たちに向かっているですって。

「それで、数は?」
『そ、それが……』
「早く答えなさい」
『は、はい!管理塔からの情報では約500との事です!』
「500ですって!」
 今戦っている群れの倍以上なんて。いったい何が起きてるの?

「はい。それも魔物種類が尋常ではありません。分かっているだけでも3種類。ランクCの凶暴樹木バーサー・エントが40体、ランクBのオーガが50体。そ、そしてランクAのオーガウォーリアが1体確認されています。推測ではゴブリンとブラックウルフ、オークも居ると考えられます!」
 な、なんですって。それだけの数を相手するには今の戦力じゃ全然足りない。ルーベンハイト家が持つ私兵2000人を動員して勝てるレベルよ。

「それで私たちの許に来るまで、あとどれ位の時間があるの?」
『管理塔の予想では10分も掛からないとのことです……』
「………分かったわ。報告ありがとう。念のために装甲列車はいつでも動けるようにしておいて」
『ですが、それではイザベラ様たちが!』
「これは命令よ。返事は?」
『…………』
「返事は!」
『っ!………分かりました!』
 まったく上司想いの部下に巡り合えて私は幸せ者ね。

「全員、今の話は耳にしたわね。負傷者の中で動ける者は動けない負傷者を担いで装甲列車に戻りなさい!それ以外はの者は悪いけど私と此処に残ってもらうわ」
『せめて、お嬢様だけでも列車にお戻りください!』
「ロイド、その気持ちは嬉しいけど、絶対に無理よ。私はルーベンハイト家の長女。だけど今は貴方達の命を預かる隊長よ。隊長が部下をおいて下がれるわけないでしょ」
『お嬢様……わかりました。では我々が全力でお嬢様を無事に帰還させてみせます!』
 インカムからでなくても、私を護ると叫ぶ部下たちの声が耳に届く。とても嬉しい。私は本当に幸せ者だわ。でもごめんなさい。貴方達を確実に生きて帰らせてあげる保障ができない。情けない隊長でごめんなさい。
 こんな時、ジンならなんて言うかしら……。

「そうよ、ジン!」
 こんな時の為にジンを呼んだのよ!

「ジン、今すぐ私の許まで来なさい!」
 なんで応答しないのよ!

「ジン!何しているの、早く来なさい!」
『イザベラ様大変です!オニガワラ・ジンの姿が見当たりません!』
「なんですって!」
 こんな大変な時になにしているのよ。どうして……居ないのよ。あの馬鹿は!

『きっと怖くなって逃げ出したに違いない!』
『そうよ!なにが学園最強よ!』
『イザベラ様、心配しないでください。臆病者に代わって我々が必ずや殲滅してみせます!』
 インカムから部下がなにか話しかけているのは分かるけど内容まで理解できる心境ではなかった。
 なんで……どうして……いつも面倒がってまともに勉強もしない貴方でも、危機的状況になろうと笑って戦う貴方の事を私は信じていたのに。どうしてこんな時に居ないのよ!
 
「もう、いいわ。貴方を頼った私が馬鹿だっただけなのよ……残りを敵を殲滅後、陣形を立て直すわよ。砲撃部隊はそれまで第2波を絶対に抑えなさい!総員、行動開始!」
『ぅおおおおおおおおおおおおおぉぉ!!』
 私は目につく敵にを殺して、殺して、殺していく。その時一瞬透明な水滴が見えた。雨?いえ、違う。これは涙。私の涙。なんで泣いているのかは一瞬で理解できた。でも悲しみに浸っている場合じゃない。
 出来るだけ多くの魔物を殺す。悲しみを怒りに変え剣に込めて斬る。斬る。斬る!

『イザベラ様、第1波殲滅完了です!』
「そう……なら装甲列車付近まで一時退却後、部隊を即座に再編し陣形を組みなおすわよ!」
『はっ!』
 ジンの事は今は忘れて隊長として動くのよ。
 自分に言い聞かせながら私も装甲列車まで戻るのだった。

            ************************

 戦闘音が聞こえなくなった。どうやら一回目は凌いだみたいだな。俺も早く戻りたいが、予想以上にこいつらが強いからな。

「いい加減、戦うのやめないか?」
「おや?お前は戦うのが好きな人物だと思っていたんだが、違ったか?」
「その通りだ。だけど生憎。仕事と趣味はきっちりと別けるタイプなんでね」
「なるほど。で、今は仕事と言う訳か」
「その通りだ。だから早く話してくれないか?」
「誰に依頼でこんな事をしたのか?」
「悪いがそれは言えない。お前も分かっているはずだ。こういった仕事は信頼が第一だ。依頼主の情報を漏らす事は死ぬと同義なんだよ」
「つまり死んでも話さないってことか」
「その通りだ」
「なら、悪いが死んでくれ。そうしたら死体が増えて情報が少しは増えるだろうからな」
「悪いが丁重に断らせてもらう。久々に楽しい戦いに喋りすぎた。お前には死んで貰わなければならない」
 最初から殺す気だったくせに。なにを今更ほざいてんだか。
 残りは4人。戦闘を開始して30分が経過したが、思いのほか時間が掛かってる。ま、それだけこいつらが強いってことなんだろうが、これは予想外だな。
 楽しい雑談が一瞬に途絶えると静寂が支配した。ただ互いの殺気をぶつけ合うのみ。
 隙を探し脳内でシュミレーションを何度も行う。どうすれば効率的に殺せるか。どうすれば死なずにすむのか。それはまるで盤を挟んだ棋士。ただ一点違うのは。駒自体が己であり、負けた瞬間死ぬということぐらいだろう。
 駄目だ。心が躍る。ほんとあの島に染められちまったな。五年間も戦い続ければそうなるか。前世の俺が聞いたら馬鹿にしてるだろって怒られるほどだ。

「「っ!」」
 片方が行動を開始すれば、もう片方が数瞬で同じように動き出す。
 他者が見ればほぼ同時に動いたように見えるだろうが、全然違う。
 前方から攻撃してくる謎Eと仲間が左右から攻撃で逃げ道をなくす。
 既に俺の両手は指突の構えをしている。
 奴の武器は短剣。なら勝負だな。俺の人差し指と短剣。どちらが硬いか。
 時間にすれば一秒も掛かってはいないだろう。互いに攻撃し交差する。

「まさか指に俺の短剣が負けるとは思わなかったよ」
「そんな事言いながらも一瞬で軌道修正してきやがって。お陰で顔に傷がついたじゃねぇか」
 頬を伝う血。まったく折れた短剣で攻撃してくるとかどんだけだよ。

「ワイルドになって良いと思うがな。それに言うだろ。水も滴る良い男って」
「褒めて貰ってありがたいが、誰も血に染まった男を好きなる女なんて居ないだろうが」
「それは分からないぞ。世界は広いからな」
 普通に考えているわけがって居た。一人って言うか、一本居たな。鋏に宿った快楽殺人鬼サイコキラーが。
 その時、再び耳に戦闘音が入ってくる。どうやらイザベラたちが戦闘を再開したらしい。きっとあの男が行っていたもう一つの魔物の群れだろう。それを考えると早く終わらせないとな。流石にまずいか。

「悪いが、ここから少し本気をださせてもらうぞ」
「ほう、今まで本気じゃなかったってことか。それは楽しみだ」
 まったく俺が言うのもなんだが、少し頭の可笑しい奴が多いんじゃないのか?特にマイラとか、マイラとか。
 0.3%だけ力を解放する。

『っ!』
 流石は熟練の暗殺者。僅かな力の解放で警戒心を上げやがった。

「どうやら、俺たちも本気で戦う必要があるようだな」
 さっきも同じような事言ってなかったか?ま、どっちも良いや。

「行くぜ!」
「どこからでも掛かって来い!」
 偉そうな奴だな。いったい親の教育はどうなってんだ?
 そんな事を思いながらも俺は指突を繰り出す。
 最初に習うは謎Eではなく、そのお仲間。だってあいつ強いだもん。このまま戦っても仕方が無いからな。だからまずは他の奴から始末させてもらうぜ。あ、全ては分からないが、顔を赤くしている。きっと恥かしかったんだろう。ざまあねぇな。

「お前だけは許さない!」
 って逆ギレかよ!大人がみっともないぞ!
 Eの攻撃を躱した俺はそのまま反撃するのではなく、他の謎野郎に接近して始末する。こいつは……たぶんCだな。

「これで残りは2人だな」
 ようやくとも思えるが、仕方が無い。

「お前だけは俺が殺す」
 そして何気に執念深い。ほんとどんな教育したらこんな奴が生まれるんだ?

「悪いが、お前は最後だ!」
 地面を蹴ってEの後ろに居た………Gを殺す。今の間は気にしないでくれ。
 それよりもだ。

「なんで、助けなかった。今のスピードならお前なら邪魔する事だって出来ただろ」
「我々に助け合いなど存在しない。あるのは依頼を完遂することだけだ」
 なるほど。だから助けなかったのか。

「それに俺は早くお前と戦いたかったからな」
 絶対にそっちが本当の理由だろ!

「分かった。だが後悔するなよ」
「それはこっちの台詞だ」
 俺たちは互いに構える。勿論奴の手には新しい短剣が握られている。予想はしていたが、やはり予備があったか。
 互いに地面を蹴り攻撃する。
 殴り、蹴り、突く。
 斬り、刺し、またしても斬る。
 互いに躱しては攻撃しての繰り返し。いつ終わるとも分からない生死の境界線上での戦い。
 しかしやはり楽しい。心の底から湧き上がる感情をどうにか抑え、これは仕事だと自分に言い聞かせて、冷静さを保ちながら俺は戦う。

             ************************

 轟く砲撃音と爆発音。舞い上がる土煙と地鳴り。
 第2波との戦闘が始まって5分。既に再編成して陣形も整っている。あと私がすることといえば、

「敵の数は先ほどの倍以上。それに対して我々の数は200強だ。弾薬も魔力も残り少ない。圧倒的不利な状況だが我々はあの魔物の群れを殲滅しなければならない。それが我々軍人の役目だからだ!屈強な兵士諸君。今一度奮い立たせよ!我々が居る限りこの都市に進入することは不可能だと、あの畜生共に命をもって教えてやれ!」
『ハッ!』
 これで良い。後は砲弾が残り数発になるまで待つだけ。

『イザベラ様!』
「どうしたの?砲弾が無くなった?」
『いえ、公爵様より伝言が届いております!』
「おと……公爵様から」
 きっと管理塔から連絡があったのね。

「それで、公爵様はなんて?」
『はい。援軍を先ほど送った。それまで耐えよ。の事です!』
 援軍ですって。でもこの場所まで最低でも一日は掛かる。それまで耐えろだなんて私たちで殲滅したほうが早く終わる。それが分からないお父様ではない。でも今は信じるしかない。

「教えてくれてありがとう」
『い、いえ!』
「聞いたわね!公爵様が援軍をよこしてくれたわ!それまでは耐え抜いてみせない!」
『ハッ!』
『イザベラお嬢様、砲弾が残り10発を切りました!』
「分かったわ。なら装填のみして待機。総員、武器を構え!」
 砲撃で100匹程度は殺せたでしょうがそれでも倍は居る。でも私たちはやり遂げる義務がある。

「総員、攻撃開始!」
『おおおおおおおおおおおぉぉ!!』
 接近戦が得意な者は最初から私と共に突撃し射撃が得意な者に全て弾薬を預けさせた。
 背水の陣と言っても過言ではない愚作。それでもこの状況で勝機があるとすればこの作戦だけだ。
 私の魔力量も残り6割。それだけでどこまで持つかは分からないけど出し惜しみしている場合じゃないわ。

「私の為に戦いなさい!六属性の守護騎士セクスナイト!」
 私が使える魔法では3番目に魔力量消費が激しい魔法だけど、仕方がない。

六属性の守護騎士セクスナイト、魔物を殲滅しなさい!」
 その瞬間、守護騎士たちは魔物の群れ目掛けて行動を開始した。
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