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第三章 魔力無し転生者はランクを上げていく
第二十八話 漆黒のサンタクロース ⑩
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いったいどんな言葉が自分の心の救いになるかなんて分からないな。
だが私はHERETICのギター&ボーカルなんだ。好きにやってやるさ!
曲を奏で、歌詞を紡ぐ。
ああ、やっぱり最高だ……いつまででもコイツ等となら歌っていられる。
そう思わせてくれるほど今日のセリシャたちが奏でる曲は最高だ。
皆が一つなってノッているのが分かる。
って、アイツ何してるんだ?
だけどそんな私たちのステージに帽子を目深く被った男性がステージに出てきた。
おいおい何をしてんだ。
正直困惑する。
視線をセリシャたちに向けるとやはり何も知らないのか困惑の表情を浮かべていた。
舞台袖に視線を向ければスタッフたちも同じような表情をしている。
って事はこれはサプライズでもなんでもない。ただのアクシデント。
その瞬間、奴が何者なのか私たちは察した。
正直今すぐ逃げ出したい。このライブ会場から逃げ出すわけにも観客たちに悟られるわけにもいかない。
そう思うといつも以上に声を張り上げる。
それを耳にしたセリシャたちも不敵な笑みを浮かべて曲を奏で始める。
ああ、そうさ。私たちはアーティストでありHERETICなんだ。
隠し持っていた短剣を取り出した男はゆっくりとスピードを上げて私たちの方へ走ってくる。
怖い。逃げ出したい。だけど逃げ出すわけにはいかない。
最悪だけど、癪だけど、奴の実力は本物だ。
――ただ俺は仲間を裏切るような奴はクズ以下の存在だと思っている。
なんでこんな時にあの言葉が蘇るのか分からない。
でも気づいてしまった。
気づきたくも無かった、ずっと憎んでいたかった。
悪態を言い合っていたかった。
だけど駄目だ。
私はもう、オニガワラ・ジンと言う一人の男を信じているから――
************************
ドームに辿り着き、外に出た時のルートを使って戻ってきた俺はステージを見るとリサたちに向かって走る一人の男が目に飛び込んできた。
――見つけた!
俺は咄嗟にただ奴目掛けて地面を蹴ていた。
ライブが台無しになる?そんな事知った事か!俺は護衛対象を何が何でも護るだけだ!
短剣を構える男の前に立ちはだかるようにして回り込むと、男は俺の姿を見るなり驚愕の表情を浮かべていたが、俺は気にする事無く殴り飛ばす。
「おらっ!」
男は咄嗟に両腕を交差してガードするが俺の一撃に耐えられなかったのか舞台袖近くまで吹き飛ばされる。
あのまま後ろから殴っていればリサたちに当たる可能性があったからな。
しかし男は苦痛と作戦が失敗したことに顔を歪ませるだけで、立ち上がってきた。ったくあのローブ爺もそうだったが、なんてタフなんだ。
てかこの男の方がタフだろ。8%の攻撃を食らっても立ち上がって来るなんて何者なんだ?
そう思っていると、今歌っている曲が終わった。
さっさと終わらせないとな。
「さぁ、みんな次の曲はこの状況にピッタリな曲だ。聴いてくれ『Dangerous』!」
リサの合図と同時に流れ出す曲。確かこの曲はセットリストの中には無かった筈だ。
だがきっとリサの言葉を聴いて、セリシャたち、スタッフ全員がこの曲を連想させたのだろう。
なんて臨機応変さだ。
曲と同時にライトアップも変わる。
「ハハッ……」
駄目だ。思わず笑いが出てしまった。いや、だってそうだろ。
命を狙われているのにこの状況を演出の一つにしようとしてやがる。図太いとか度胸があるなんて言葉だけで片付けられるものじゃない。
一般常識から離れた考えだ。
だがそれでこそHERETICだ!
不敵な笑みを浮かべた俺は曲に合わせて襲い掛かってくる、男と戦う。
8%の力を使って戦っているが演奏より先に終わってしまいそうになる。
どうやらこの男はあのローブ爺と違ってタフネスだけが取り得だったようだ。
動きもスヴェルニ学園の生徒と同じぐらいで冒険者には到底及ばない。
だから俺はこの曲が終わるその瞬間まで手加減しながら、会場を盛り上がらせる。
帽子野郎の攻撃を躱すと偶然にもリサと視線が交わる。
――ほら、もっと盛り上げろ。
――まったく、無茶を言う護衛対象だな。
一瞬のアイコンタクト。それが俺たちが交わした内容だった。
だが直ぐに俺たち2人はこの状況を楽しむかのように不敵な笑みを浮かべていた。
仕方が無い。俺は冒険者だが今はマネージャーなんだ。ならマネージャーとしてHERETICのボーカルの要望には答えないとな。
俺はそれに答えるように鈍い敵の攻撃をギリギリで躱し、倒れない程度で帽子野郎に攻撃を繰り出す。
きっとライブを見に来ているHERETICのファンの人たちは迫力のある殺陣としか思ってないんだろう。だが違う。
本当に殺し合っているのだ。ただこの場で流血沙汰にするわけにはいかないし、尚且つリサからの要望でもある。
だからこれは、殺し合っているように見える殺陣のように見せなければならない。
本当の殺し合いならこの世界の時に来てからはほぼ毎日してたし、殺すつもりで戦う模擬戦だって経験している。
だけどまさか本当の殺し合いで殺し合いのように見せる演出をする羽目になるとは思わなかった。
そしてこれが案外難しい。ここに居るファンの大半が一般人だ。ま、気配からして冒険者や冬休みに入った軍人と思われる気配も感じる。きっと彼等はこれが演出では無い事に感づいているかもしれない。
だけどリサのあの一言でこのライブを壊すわけにはいかないと判断したに違いない。だいたい折角大好きなHERETICのライブを見に来たにも拘らず仕事をするのは嫌だろうしな。
それにもしも気づかれていなかった場合これが本当の殺し合いだとバレるのは非常に拙い。だから演出と見せる必要がある。
そして戦闘が始まてから最後のサビに突入した。念のためにHERETICの曲を全て聴いておいて良かったと今この時心底思う。だって曲に合わせて演出を終わらせないと駄目だからな。
そしてサビが終わる瞬間に合わせて俺は帽子野郎の鳩尾を殴って気絶させた。
タフネスな野郎でも鳩尾を鍛えるのは難しいからな。
曲が終わったのは見計らって俺は帽子野郎の短剣を奪い、担いで舞台袖へと姿を消した。
「だ、大丈夫ですか!?」
近寄ってきた複数のスタッフの一人が心配そうに聞いてくる。ま、無理も無いか。
俺は大丈夫だと返事をする。
ステージでは既に次の曲が始まっていた。どうやらあの演出に関して説明するつもりは無いようだ。ま、ただの演出だと思い込んでいる観客たちが興味を持つわけがないだろうし、説明する理由はないわな。
「俺はこの男を警邏隊の人に渡してくる。勿論このライブが終わるまで警邏隊の人たちが来ることはないようにするから安心してくれ」
そう伝えると裏口からドームの外に出た俺はスマホを取り出してライアンに電話する。
今日は今年最期の日だ。流石に皇族として過ごしている可能性が高かったが、堅物な警邏隊連中に連絡するよりかは遥かに楽だと思った。
少しして電話に出たライアンに事情を説明した俺はローブ爺と戦った場所を伝えると部下を向かわせると言っていた。
ライアンの向こうから沢山の話し声が聞こえる。やはり舞踏会に参加していたようだな。
せっかくの舞踏会を邪魔したことを謝った俺はローブ爺の場所に向かった。
そこで帽子野郎を指突で殺す。コイツ等がどうしてリサたちを狙ったのかなんてどうだって良い。それに殺人予告で崇めている神を冒涜した的な事を書いていた筈だから。理由としては十分だろう。
ただコイツ等の人数を考えると少数の信者どもだろう。でなければもっと壮大に組織的に動いている筈だからな。
十数分待っているとライアンの部下と思われる軍人数名が姿を現した。
「お久しぶりです、オニガワラ・ジン」
一人のブラウンのナチュラルショートボブに吊り目の女性が挨拶してくる。グレンダと同じで堅物そうだな。てか、目元がグレンダとそっくりだ。
しかし俺はこの女性の事をまったく覚えていなかった。
「わ、悪い。どこかで会ったか?」
俺は頬を掻きながらそう尋ねると女は「失礼しました」と呟くと自己紹介を始めた。
「初めまして。私はオリハ・カーム・バロン大尉。シャルロット皇女殿下の専属護衛軍人であるグレンダ・ゲフェル・バロンの姉であります」
道理で似てるわけだ。まさかグレンダの姉だったとは思いもしなかった。
でもまさかグレンダの姉も軍人をしているとはなんなのバロン家って男女問わず軍人になるしきたりでもあるのか?
「以前、冒険者連続殺人事件の際、トウドウ・カゲミツ氏の事情聴取に伺うべくレイノーツ第2病院の駐車場にてベルヘンス少佐と共お会いしました」
ああ、あの時か。
俺がライアンに対して敬語を使わなかった事に顔を顰めていた女性が居たな。確かに彼女だった。だけどあの事件から既に3ヶ月が経過してるんだぞ。それも自己紹介すらしていない相手の事をよく覚えていたな。
内心、呆れ半分驚き半分の気持ちになりながらも俺は事情を説明した。
「なるほど。で彼等がその犯人だと」
「そうだ。証拠と言う物的証拠があるわけじゃないから、証言としては難しいと思うが、もしかしたらドームからここまで戦闘していた時の映像が監視カメラに残っているかもしれないし、それにコイツ等が襲ったことは護衛対象者にでも聞けば証言してくれる筈だ」
何やらメモっているオリハ。そんなに俺が信じられないのか?いや、違うな。この性格から考えてただ単に仕事をキチンと全うしているだけなんだろうな。
「分かりました。ですが、念のために詰所で事情聴取をさせて貰えないでしょうか」
この女の性格から考えてその可能性が高いことはあると思っていたが、マジか。
俺は堅物な警邏隊の連中が嫌でライアンに連絡したのにどうしてこうなるのかね。
「一応俺は依頼の途中なんだ。悪いが事情聴取は明日にしてくれないか?」
「いえ、こちらも規則ですので」
一切表情を変える事無く言い放ってくるオリハ。
やっぱり駄目だ。ライアンの部下だから少しは融通が利くかと思ったが全然無理じゃねぇか。ライアンよこれは何かのイジメなのか?それとも舞踏会を邪魔された仕返しのつもりなのか?
「なら、もしもこの依頼が失敗したらその慰謝料はそっちが払ってくれるのか?」
「ですが規則ですので」
返す言葉が見つからないのか、困った表情で規則ですのでと返答するだけ、もしかして応用力を身につけるためにオリハを俺の許に向かわせたわけじゃないよな、ライアンよ。
そんなありえない事を考えながら俺は言葉を返す。
「誰も事情聴取は受けないとは言ってない。明日、俺が依頼を受けた依頼主と一緒に詰所に向かうから今日は勘弁してくれ」
「……分かりました」
オリハがどうにか折れてくれた事に俺は安堵する。で、どうして他の軍人たちはそんなに驚いてるんだ?
その後はあらかたの説明を終えた俺は依頼をこなすため、ドームに戻った。
ドームに戻った時刻は10時55分。全ての曲を歌い終わりアンコールに答えている時間だろう。
裏口から入った俺はスタッフに大丈夫だと伝え、舞台袖に向かう。
そこではアンコールに答えているリサの姿だけがあった。
他のメンバーは?と思ったが舞台袖でペットボトルのミネラルウォーターを飲んでいた。
だけど、そうか。俺はステージの真ん中でアコギギターを弾くリサの姿を見て納得し、笑みを零す。
セットリストにはアンコールで歌う曲まで決めてある。しかし今、耳に聴こえて来る優しい音色はどう考えても違う。
HERETICの新曲。
リビングでコーヒーを飲みながら聴いていた曲。
――『H&T』
それが今年度最期にHERETICがレイノーツドームで奏で紡いだ歌だった。ああ、やっぱり何度聴いても落ち着く曲だ。
公暦1327年1月1日火曜日。
ライブは大盛り上がりで終わった。
特に最後にリサが歌った曲に対して批判が出るかと思いきやその逆で感動した!最高!泣いてしまいました。などの言葉がブログなどに書き込まれていた。勿論批判が無かったわけじゃない。
HERETICには合わないと言う声もあった。
だけどそれは極少数で大半がリサたちに対して感謝の言葉や称賛の言葉だった。
んで、俺とリサたちHERETICはと言うと正月を堪能するために家で寛いでいるわけではなく、仕事に向かったわけでもなく、軍の詰所に来ていた。
昨日の事件の事情聴取を受けるためにだ。
だが私はHERETICのギター&ボーカルなんだ。好きにやってやるさ!
曲を奏で、歌詞を紡ぐ。
ああ、やっぱり最高だ……いつまででもコイツ等となら歌っていられる。
そう思わせてくれるほど今日のセリシャたちが奏でる曲は最高だ。
皆が一つなってノッているのが分かる。
って、アイツ何してるんだ?
だけどそんな私たちのステージに帽子を目深く被った男性がステージに出てきた。
おいおい何をしてんだ。
正直困惑する。
視線をセリシャたちに向けるとやはり何も知らないのか困惑の表情を浮かべていた。
舞台袖に視線を向ければスタッフたちも同じような表情をしている。
って事はこれはサプライズでもなんでもない。ただのアクシデント。
その瞬間、奴が何者なのか私たちは察した。
正直今すぐ逃げ出したい。このライブ会場から逃げ出すわけにも観客たちに悟られるわけにもいかない。
そう思うといつも以上に声を張り上げる。
それを耳にしたセリシャたちも不敵な笑みを浮かべて曲を奏で始める。
ああ、そうさ。私たちはアーティストでありHERETICなんだ。
隠し持っていた短剣を取り出した男はゆっくりとスピードを上げて私たちの方へ走ってくる。
怖い。逃げ出したい。だけど逃げ出すわけにはいかない。
最悪だけど、癪だけど、奴の実力は本物だ。
――ただ俺は仲間を裏切るような奴はクズ以下の存在だと思っている。
なんでこんな時にあの言葉が蘇るのか分からない。
でも気づいてしまった。
気づきたくも無かった、ずっと憎んでいたかった。
悪態を言い合っていたかった。
だけど駄目だ。
私はもう、オニガワラ・ジンと言う一人の男を信じているから――
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ドームに辿り着き、外に出た時のルートを使って戻ってきた俺はステージを見るとリサたちに向かって走る一人の男が目に飛び込んできた。
――見つけた!
俺は咄嗟にただ奴目掛けて地面を蹴ていた。
ライブが台無しになる?そんな事知った事か!俺は護衛対象を何が何でも護るだけだ!
短剣を構える男の前に立ちはだかるようにして回り込むと、男は俺の姿を見るなり驚愕の表情を浮かべていたが、俺は気にする事無く殴り飛ばす。
「おらっ!」
男は咄嗟に両腕を交差してガードするが俺の一撃に耐えられなかったのか舞台袖近くまで吹き飛ばされる。
あのまま後ろから殴っていればリサたちに当たる可能性があったからな。
しかし男は苦痛と作戦が失敗したことに顔を歪ませるだけで、立ち上がってきた。ったくあのローブ爺もそうだったが、なんてタフなんだ。
てかこの男の方がタフだろ。8%の攻撃を食らっても立ち上がって来るなんて何者なんだ?
そう思っていると、今歌っている曲が終わった。
さっさと終わらせないとな。
「さぁ、みんな次の曲はこの状況にピッタリな曲だ。聴いてくれ『Dangerous』!」
リサの合図と同時に流れ出す曲。確かこの曲はセットリストの中には無かった筈だ。
だがきっとリサの言葉を聴いて、セリシャたち、スタッフ全員がこの曲を連想させたのだろう。
なんて臨機応変さだ。
曲と同時にライトアップも変わる。
「ハハッ……」
駄目だ。思わず笑いが出てしまった。いや、だってそうだろ。
命を狙われているのにこの状況を演出の一つにしようとしてやがる。図太いとか度胸があるなんて言葉だけで片付けられるものじゃない。
一般常識から離れた考えだ。
だがそれでこそHERETICだ!
不敵な笑みを浮かべた俺は曲に合わせて襲い掛かってくる、男と戦う。
8%の力を使って戦っているが演奏より先に終わってしまいそうになる。
どうやらこの男はあのローブ爺と違ってタフネスだけが取り得だったようだ。
動きもスヴェルニ学園の生徒と同じぐらいで冒険者には到底及ばない。
だから俺はこの曲が終わるその瞬間まで手加減しながら、会場を盛り上がらせる。
帽子野郎の攻撃を躱すと偶然にもリサと視線が交わる。
――ほら、もっと盛り上げろ。
――まったく、無茶を言う護衛対象だな。
一瞬のアイコンタクト。それが俺たちが交わした内容だった。
だが直ぐに俺たち2人はこの状況を楽しむかのように不敵な笑みを浮かべていた。
仕方が無い。俺は冒険者だが今はマネージャーなんだ。ならマネージャーとしてHERETICのボーカルの要望には答えないとな。
俺はそれに答えるように鈍い敵の攻撃をギリギリで躱し、倒れない程度で帽子野郎に攻撃を繰り出す。
きっとライブを見に来ているHERETICのファンの人たちは迫力のある殺陣としか思ってないんだろう。だが違う。
本当に殺し合っているのだ。ただこの場で流血沙汰にするわけにはいかないし、尚且つリサからの要望でもある。
だからこれは、殺し合っているように見える殺陣のように見せなければならない。
本当の殺し合いならこの世界の時に来てからはほぼ毎日してたし、殺すつもりで戦う模擬戦だって経験している。
だけどまさか本当の殺し合いで殺し合いのように見せる演出をする羽目になるとは思わなかった。
そしてこれが案外難しい。ここに居るファンの大半が一般人だ。ま、気配からして冒険者や冬休みに入った軍人と思われる気配も感じる。きっと彼等はこれが演出では無い事に感づいているかもしれない。
だけどリサのあの一言でこのライブを壊すわけにはいかないと判断したに違いない。だいたい折角大好きなHERETICのライブを見に来たにも拘らず仕事をするのは嫌だろうしな。
それにもしも気づかれていなかった場合これが本当の殺し合いだとバレるのは非常に拙い。だから演出と見せる必要がある。
そして戦闘が始まてから最後のサビに突入した。念のためにHERETICの曲を全て聴いておいて良かったと今この時心底思う。だって曲に合わせて演出を終わらせないと駄目だからな。
そしてサビが終わる瞬間に合わせて俺は帽子野郎の鳩尾を殴って気絶させた。
タフネスな野郎でも鳩尾を鍛えるのは難しいからな。
曲が終わったのは見計らって俺は帽子野郎の短剣を奪い、担いで舞台袖へと姿を消した。
「だ、大丈夫ですか!?」
近寄ってきた複数のスタッフの一人が心配そうに聞いてくる。ま、無理も無いか。
俺は大丈夫だと返事をする。
ステージでは既に次の曲が始まっていた。どうやらあの演出に関して説明するつもりは無いようだ。ま、ただの演出だと思い込んでいる観客たちが興味を持つわけがないだろうし、説明する理由はないわな。
「俺はこの男を警邏隊の人に渡してくる。勿論このライブが終わるまで警邏隊の人たちが来ることはないようにするから安心してくれ」
そう伝えると裏口からドームの外に出た俺はスマホを取り出してライアンに電話する。
今日は今年最期の日だ。流石に皇族として過ごしている可能性が高かったが、堅物な警邏隊連中に連絡するよりかは遥かに楽だと思った。
少しして電話に出たライアンに事情を説明した俺はローブ爺と戦った場所を伝えると部下を向かわせると言っていた。
ライアンの向こうから沢山の話し声が聞こえる。やはり舞踏会に参加していたようだな。
せっかくの舞踏会を邪魔したことを謝った俺はローブ爺の場所に向かった。
そこで帽子野郎を指突で殺す。コイツ等がどうしてリサたちを狙ったのかなんてどうだって良い。それに殺人予告で崇めている神を冒涜した的な事を書いていた筈だから。理由としては十分だろう。
ただコイツ等の人数を考えると少数の信者どもだろう。でなければもっと壮大に組織的に動いている筈だからな。
十数分待っているとライアンの部下と思われる軍人数名が姿を現した。
「お久しぶりです、オニガワラ・ジン」
一人のブラウンのナチュラルショートボブに吊り目の女性が挨拶してくる。グレンダと同じで堅物そうだな。てか、目元がグレンダとそっくりだ。
しかし俺はこの女性の事をまったく覚えていなかった。
「わ、悪い。どこかで会ったか?」
俺は頬を掻きながらそう尋ねると女は「失礼しました」と呟くと自己紹介を始めた。
「初めまして。私はオリハ・カーム・バロン大尉。シャルロット皇女殿下の専属護衛軍人であるグレンダ・ゲフェル・バロンの姉であります」
道理で似てるわけだ。まさかグレンダの姉だったとは思いもしなかった。
でもまさかグレンダの姉も軍人をしているとはなんなのバロン家って男女問わず軍人になるしきたりでもあるのか?
「以前、冒険者連続殺人事件の際、トウドウ・カゲミツ氏の事情聴取に伺うべくレイノーツ第2病院の駐車場にてベルヘンス少佐と共お会いしました」
ああ、あの時か。
俺がライアンに対して敬語を使わなかった事に顔を顰めていた女性が居たな。確かに彼女だった。だけどあの事件から既に3ヶ月が経過してるんだぞ。それも自己紹介すらしていない相手の事をよく覚えていたな。
内心、呆れ半分驚き半分の気持ちになりながらも俺は事情を説明した。
「なるほど。で彼等がその犯人だと」
「そうだ。証拠と言う物的証拠があるわけじゃないから、証言としては難しいと思うが、もしかしたらドームからここまで戦闘していた時の映像が監視カメラに残っているかもしれないし、それにコイツ等が襲ったことは護衛対象者にでも聞けば証言してくれる筈だ」
何やらメモっているオリハ。そんなに俺が信じられないのか?いや、違うな。この性格から考えてただ単に仕事をキチンと全うしているだけなんだろうな。
「分かりました。ですが、念のために詰所で事情聴取をさせて貰えないでしょうか」
この女の性格から考えてその可能性が高いことはあると思っていたが、マジか。
俺は堅物な警邏隊の連中が嫌でライアンに連絡したのにどうしてこうなるのかね。
「一応俺は依頼の途中なんだ。悪いが事情聴取は明日にしてくれないか?」
「いえ、こちらも規則ですので」
一切表情を変える事無く言い放ってくるオリハ。
やっぱり駄目だ。ライアンの部下だから少しは融通が利くかと思ったが全然無理じゃねぇか。ライアンよこれは何かのイジメなのか?それとも舞踏会を邪魔された仕返しのつもりなのか?
「なら、もしもこの依頼が失敗したらその慰謝料はそっちが払ってくれるのか?」
「ですが規則ですので」
返す言葉が見つからないのか、困った表情で規則ですのでと返答するだけ、もしかして応用力を身につけるためにオリハを俺の許に向かわせたわけじゃないよな、ライアンよ。
そんなありえない事を考えながら俺は言葉を返す。
「誰も事情聴取は受けないとは言ってない。明日、俺が依頼を受けた依頼主と一緒に詰所に向かうから今日は勘弁してくれ」
「……分かりました」
オリハがどうにか折れてくれた事に俺は安堵する。で、どうして他の軍人たちはそんなに驚いてるんだ?
その後はあらかたの説明を終えた俺は依頼をこなすため、ドームに戻った。
ドームに戻った時刻は10時55分。全ての曲を歌い終わりアンコールに答えている時間だろう。
裏口から入った俺はスタッフに大丈夫だと伝え、舞台袖に向かう。
そこではアンコールに答えているリサの姿だけがあった。
他のメンバーは?と思ったが舞台袖でペットボトルのミネラルウォーターを飲んでいた。
だけど、そうか。俺はステージの真ん中でアコギギターを弾くリサの姿を見て納得し、笑みを零す。
セットリストにはアンコールで歌う曲まで決めてある。しかし今、耳に聴こえて来る優しい音色はどう考えても違う。
HERETICの新曲。
リビングでコーヒーを飲みながら聴いていた曲。
――『H&T』
それが今年度最期にHERETICがレイノーツドームで奏で紡いだ歌だった。ああ、やっぱり何度聴いても落ち着く曲だ。
公暦1327年1月1日火曜日。
ライブは大盛り上がりで終わった。
特に最後にリサが歌った曲に対して批判が出るかと思いきやその逆で感動した!最高!泣いてしまいました。などの言葉がブログなどに書き込まれていた。勿論批判が無かったわけじゃない。
HERETICには合わないと言う声もあった。
だけどそれは極少数で大半がリサたちに対して感謝の言葉や称賛の言葉だった。
んで、俺とリサたちHERETICはと言うと正月を堪能するために家で寛いでいるわけではなく、仕事に向かったわけでもなく、軍の詰所に来ていた。
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【書誌情報】
タイトル: 『45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる』
著者: よっしぃ
イラスト: 市丸きすけ 先生
出版社: アルファポリス
ご購入はこちらから:
Amazon: https://www.amazon.co.jp/dp/4434364235/
楽天ブックス: https://books.rakuten.co.jp/rb/18361791/
【作者より、感謝を込めて】
この日を迎えられたのは、長年にわたり、Webで私の拙い物語を応援し続けてくださった、読者の皆様のおかげです。
そして、この物語を見つけ出し、最高の形で世に送り出してくださる、担当編集者様、イラストレーターの市丸きすけ先生、全ての関係者の皆様に、心からの感謝を。
本当に、ありがとうございます。
【これまでの主な実績】
アルファポリス ファンタジー部門 1位獲得
小説家になろう 異世界転移/転移ジャンル(日間) 5位獲得
アルファポリス 第16回ファンタジー小説大賞 奨励賞受賞
第6回カクヨムWeb小説コンテスト 中間選考通過
復活の大カクヨムチャレンジカップ 9位入賞
ファミ通文庫大賞 一次選考通過
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