魔力無し転生者の最強異世界物語 ~なぜ、こうなる!!~

月見酒

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第三章 魔力無し転生者はランクを上げていく

第三十七話 眠りし帝国最強皇女 ⑧

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 地面に倒れこむジャンヌを見下ろしながら俺はゆっくりと後方に下がり距離を取る。
 それが何を意味するのか武に携わっている者ならば誰にだって解る事。
 そしてそれはプライドが高い奴ほど屈辱でしかない行為。
 ――試合続行を意味するのだから。
 5メートルも離れたジャンヌからギリギリと奥歯を噛み締める音が聞こえてもおかしくないほど、屈辱に塗れせっかくの美女が崩れてしまうほど悔しそうに顔を歪ませ、鋭い眼光から強い殺気を飛ばして来る。

「………ィ」
 おっと危ない。思わず笑ってしまう処だった。
 これほどの殺気を飛ばして来る奴なんてこの大陸に来てからは陽宵や影光ぐらいだったからな。思わず嬉しくて笑みが零れるところだったぜ。
 やはりこの大陸も捨てたもんじゃないぜ、師匠。
 この世に存在しない亡き女性を思い浮かべながら俺は心の中で語りけた。
 ジャンヌを投げ飛ばしてから1分は経過している。にも拘わらずジャンヌは未だに立ち上がろうとしない。強く投げた覚えも地面に叩き付け覚えもないんだがな。
 もしかしてジャンヌから感じる殺気や強さは見掛け倒しで本当は弱いのか?
 いや、あれだけのスピードで接近してきた奴があの程度で立ち上がれなくなるはずがない。
 だがこのままだと先に進まないのも事実だしな……仕方がない。
 俺は小さく嘆息すると視線をジャンヌに向けて口を開いた。

「どうした、もう終わりか?」
 余裕の表情と声音でありったけの挑発をジャンヌに送る。
 そんな俺の言葉にジャンヌの顔から美しさが消え去るほど歪ませ、睨みつけて来た。
 常人ならばその顔を見るだけで腰を抜かし失禁するだろう。
 だが、俺は心から湧き上がる強烈な感情によって本心から不敵な笑みを浮かべた。
 別に優越感からでも愉悦感でもない。
 嗜虐心にも似た殺戮衝動によるものだろう。
 これほどまでの力を持った奴が俺の目の前に居る。それだけで俺は血が沸き立ち、心が躍る。
 真面目に働くのは嫌いだ。好きな事だけして生きていたい。
 前世ではけして叶う事のない、子供の戯言のような夢だが、この世界ではその夢を叶える事が出来るだろう。いや、実際に半分は叶っているのだから。
 あの島で5年間生きて来た俺の心には完璧にあの島で生きて来た化物と同じ強い闘争本能が植え付けられていた。
 だからこそ俺は強い相手と戦う事に心が躍り、もっと目の前の奴の力を引き出したいと思いたくなる。
 しかしそんな俺の願いは裏切られるかのようにジャンヌは目を瞑る。
 敵を目の前にして目を瞑るなど愚かとしか言いようがない。
 だが、ジャンヌは目を瞑ったまま軽く深呼吸をすると先ほどまで荒れ狂っていた気が穏やかになる。
 なるほど、そう言う事か。
 俺はそれだけで理解した。
 戦場で冷静さを失った者から死んでいく。だからこそジャンヌは冷静さを取り戻すために深呼吸をしたのだと。
 だが、どうしても分からない事が一つあ――

「やはりな」
 瞼を開いたジャンヌは何かを確信するかのように強く鋭い視線を俺に向けて呟いた。
 そんなジャンヌの言葉に俺は内心首を傾げていた。いったい何に気が付いたんだ?まさか!俺が気まぐれ島出身者って事がバレたのか!?
 俺は模擬戦開始から今に至るまでの自分の言動を思い返してみるが、まったく思い当たる節がない事に混乱しそうになる。

「さっきから攻撃どころか反撃もしてこないと思ったが……」
 ジャンヌはそこで一旦口を閉ざし、下唇を噛んだのに再び口を開いた。

「どうやら私と真面目に闘うつもりはないようだな」
 ん?コイツはいったい何を言ってるんだ?
 俺は思わず首を傾げる。
 それを見たジャンヌは更に顔を歪ませ怒鳴り散らすかのように声を荒立てて言葉を口にした。

「まだ私を侮辱するか!」
 ああ、やはりな。ってそういう意味か。
 変な勘違いして焦ったじゃねぇか!
 てか、そんな事を言うためだけに敵を前にして目を瞑ったのか?

「別に侮辱した覚えはないんだが?」
 俺は怒鳴り散らすジャンヌに正直の気持ちを口にする。
 確かに挑発はしたが、それはジャンヌに本気を出して貰うために言っただけの事だ。
 でもま、あんな事を言えば馬鹿にされたと思っても仕方がないか。

「ふざけるな!目の前で敵が目を瞑っているのに攻撃してこない奴がどこにいる!」
 あれは最終確認を行うためでもあったのか。
 なるほどな。
 道理で可笑しいと思った。
 幾つもの戦場で生き抜いてきた奴が1年間塞ぎ込んでいたとはいえ、戦闘の感覚を忘れるはずがない。
 そんなジャンヌが敵を前に目を瞑ったのは狙いがあったからのようだが、もしもあの状況下で俺が攻撃していたらどうするつもりだったんだ?
 まさか『居捕り』が出来るのか?
 昔読んだ漫画に色んな武術が出て来るモノがあったから興味本位で調べた事があったけな。
 たしか空手か柔術のどっちかの技の一つだったはず。
 前世で暮らしていた日本と言う国は唯一正座を儀礼の場での正式な作法としていた国だ。
 そのためその時に襲われたとしても対処できるように編み出された技とかなんとか。
 だが、この国に正座をする習慣なんてない筈だ。そんな国で育った彼女が居捕りと言う技を知っているとは思えない。景光ですら知っているかどうかってのに。
 だがジャンヌの体術レベルはⅦだ。知っていてもおかしくはない。ったくレベルが表示さるのはありがたいが、もう少し詳細に表示してくれたらもっとありがたかったのにな。
 その人物が行っている体得しているスキルは表示されるが、体術や剣術と言ったモノは大まかなでしかない。それがいったいどの流派のモノなのかまでは表示されないからな。
 まったく便利なような不便だな。
 いや、今はそんな事を考えている場合ではないな。
 ゆっくりと立ち上がったジャンヌは先ほどと同じように拳を構える。が、先ほどとは比べ物にならないほど気が穏やかで洗練されていた。まるで別人かと錯覚しそうなほどまでに。
 これは少しだけだが俺も覚悟を決めなければ拙いかもな。
 不敵な笑みを浮かべた俺は静寂を体現するかのようなジャンヌに視線を向け、改めて対峙する。
 だが最初とは違うイオの合図は無い。
 つまりは少しでも隙を見せた方が負け。なわけだが、正直に言って俺がその気なら今でもジャンヌを倒すことは可能だ。と言うよりも楽勝だ。
 だが今回は俺とジャンヌの実力差をハッキリとさせるのが目的ではない。
 今回は俺が勝利を収めるという前提ではあるが、ついでにジャンヌがどこまで回復していて、どの程度戦えるのかを確認しておく必要がある。
 だから模擬戦も即座に終わらせるような事はしていない。
 で、最初に攻撃を仕掛けてきたのは勿論ジャンヌの方だ。
 風の中を通り過ぎるかのように接近してきたジャンヌはそのまま俺の鳩尾目掛けて右拳による正拳突きを繰り出して来る。が、俺は払いのけるように拳の軌道を外へと逸らせる。
 だがどうやらジャンヌは俺がそうして来る事を読んでいたんだろう。
 腰を捻り反対の拳で俺の横腹にボディーブローを叩き込もうとしていた。
 左拳によるボディーブローは右拳による正拳突きを外へ逸らした俺の力も僅かながら加わっているため、上半身の回転力が僅かながら速くなっていた。
 ましてや俺は最初の正拳突きを右手で逸らしたため未だに定位置に戻っていない。つまりは横腹はがら空きになっているわけだ。
(もらったっ!)
 ドスンッ!
 抉り込むように叩き込まれたボディーブローは鈍い音を発生させた。普通ならあり得ない音だぞ。
 きっと観戦していたボルキュス陛下たちから見ればジャンヌのボディーブローの衝撃が俺の体を突き抜け空気中の埃も巻き込んで行ったように見えたんだろうな、多分。

「なっ!?」
 驚愕の表情を浮かべるジャンヌ。ま、当然だろうな。
 なんせジャンヌのボディーブローは俺の横腹に届く事は無く、俺の左手によって受け止められているんだからな。
 本当ならここで反撃するんだが、どうやら未だに信じられないのか現実に戻ってきていないジャンヌ。お前こそどんだけ俺の事を下だと思ってたんだ?
 俺はジャンヌの拳を掴む左手に僅かだけ力を篭める。

「っ!」
 ようやく我に返ったジャンヌは即座に俺の手から拳を引き、距離を取る。
 まるで荒ぶったネコ科の肉食獣だな。
 俺はそんな事を思いながらも警戒は怠らない。

「やはり反撃してこないか」
 確かに反撃しようと思えば出来た。いや、この模擬戦を終了させる事だって出来たが今はその時じゃない。
 勿論ジャンヌには悟られないようにしなければならない。

「別に反撃しなかったわけじゃないんだがな」
「嘘を吐くな!」
 最初からあまり信じられてはないと思っていたが、ここまで来ると俺に対する信頼度はゼロに近いだろうな。
 ジャンヌが吐き捨てるように口にした言葉に俺はちょびっとだけ悲しくなった。
 俺のメンタルはそこまで強くないんだぞ!
 心の中でそんな事を叫びながらも俺は返答の言葉を口にした。

「嘘は言ってないさ。思いのほか今の一撃が効いて、ようやく反撃出来るようになったかと思った瞬間にジャンヌが距離を取ったんだ」
「それも嘘だな。平気な顔をしてるじゃないか」
 軽く笑みを浮かべたジャンヌは鼻で笑い捨てるように俺の言葉に対して反論した。

「痩せ我慢だよ。女の前でみっともない姿を見せられるわけないだろ」
 ま、実際は平気なんだがな。
 だが俺の言葉に同意してくれるかのように観戦していたボルキュス陛下、ライアン、カルロスが軽く頷いていた。
 どうやらジャンヌの視界にもその光景が入ったらしく、反論の言葉はそれで終わったが。
 それよりもだ。
 俺にとってはここからが本番。いや、この場合はようやく本当の目的に入れると言うべきだろうな。

「それに本気を出していないと言うなら、ジャンヌ……皇女殿下の方じゃないか?」
「なんだと?」
 ぉお、コワッ!。
 ギロッとこれまでに無い以上に怒気を含んだジャンヌの眼光が俺に向けられた。
 それほどまでにジャンヌにとっては屈辱なのだろう。

「つまりこの私が手を抜いていると言いたいのか?」
 トーンの低い声音で訊いてくるジャンヌ。きっと常人なら今の声音だけで腰を抜かしてもおかしくはないだろう。正直、昔の俺なら間違いなく失禁してそうだし。
 ま、今はなんてことはない。あの気まぐれ島での生活に比べれば。てか、師匠に比べれば大したことは無いしな。いや、マジで。初めて師匠に睨まれた時は恥ずかしながら失禁&失神のダブルコンボをしたしまうと言う醜態を晒してしまったからな。
 あれは今でも俺にとって気まぐれ島での黒歴史の一つだ。
 昔の事を思い出し、心の中で嘆息しつつも俺は返答した。

「ああ。ボルキュス陛下からはジャンヌ皇女殿下は魔法に秀でていたと聞いているし、何より魔法よりも剣士としての腕は帝国内でも上位だと聞いていたんだが。何で剣を使わない。まさか俺が武器を使わないとか言うんじゃないだろうな?」
 そんな俺の言葉にジャンヌの表情は一変し、先ほどまでの気迫が無くなり雲行きが悪くなっていく。

「そ、それは……」
 だが俺は敢えて止まることなく話を続ける。

「馬鹿にしていないと言うのであれば剣を取って闘ってくれないか?」
「だ、だが生憎と愛用の魔法剣を忘れてしまってな」
 鋭い形相で俺を睨んでいた時とは打って変わり、何かに怯えるように言い訳を口にし始める。
 悪いなジャンヌ。そう言われる事はお見通しだ。
 俺はイオに視線を向けると、イオも即座に理解し軽くお辞儀をすると、ボルキュス陛下の許へと歩み寄る。なんでボルキュス陛下の許へ?と一瞬俺も思ったが、背中の後ろで隠していた一振りの魔法剣をイオに手渡した。

「そ、それは……」
 一振りの剣が目に入って来たジャンヌの声音は恐怖で震えていた。
 まるで化け物でも見るかのように。
 しかしイオは両手で持った一振りの剣をただ真っ直ぐにジャンヌの許へと運んで行った。
 イオが近づくにつれジャンヌの顔から勇ましさや気迫が消えて行き、最終的には剣から遠ざかるようにゆっくりと後ろへと下がり始めた。
 ここまでなのか……。
 正直予想以上にジャンヌのトラウマは酷いようだ。
 昨日剣を握れる事までなら出来たと聞いていたが、まさか剣を握った事であの島での記憶が蘇ると分かって剣を見ただけここまで怯えるなんて。まさに前途多難だな。
 カウンセラーでは無い俺に本当に出来るのか不安ばかりが募り始める俺だが、やれる事だけやってみるしか無いと俺は自分を叱咤し、怯え後ずさるジャンヌに強く言い放つ。

「どうしたジャンヌ。お前の実力はそんなものじゃないだろ。ほら、俺に見せてみろ!」
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