魔力無し転生者の最強異世界物語 ~なぜ、こうなる!!~

月見酒

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第三章 魔力無し転生者はランクを上げていく

第三十八話 眠りし帝国最強皇女 ⑨

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 敬語なんて使わず俺は挑発する。

「き、貴様……またしても私を呼び捨てに……したな!」
 ほぉ、思いのほか反論するだけの精神力は残っているみたいだな。
 その事に俺は小さな希望が見えて来たと思った。それにしても改めて思い返すとなんだ、この会話。いったいどこのスポコン漫画だ。
 前世から合わせれば30代後半のおっさんが口にするには恥ずかしいが、仕方がない。
 ん?これまでにも恥ずかしい言動をして来たろって。覚えてないな。
 だいたい恥ずかしいと言う定義にも色々とあるだろうが。
 何かミスをして笑われて恥ずかしいとか、裸を見られて恥ずかしいとか色々と。てか、今はそんな話をしてる場合じゃないな。
 挑発された事が屈辱だったのか、恐怖を押し殺し後ずさる足を止める。
 手を伸ばせば簡単に届く距離にまで近づいた剣をジャンヌは瞳を揺らしながら見下ろした。
 そしてゆっくりと自分の愛剣に手を伸ばす。が、あと数センチと言う距離で手が止まる。
 俺からはイオの背中しか見えないから正確な状況は分からない。だがジャンヌの表情を見えれば分かる。
 恐怖に顔を歪ませ今にも涙を流しながら逃げたそうにしているジャンヌを見れば。
 俺はジャンヌから視線を外し観戦するボルキュス陛下たちに視線を向けた。
 ボルキュス陛下やライアン、カルロスは拳を強く握りしめ、真剣な面持ちでジャンヌを見つめていた。
 エリーシャさん、レティシアさん、そしてシャルロットたちは模擬戦の邪魔にならない程度声量でジャンヌに声援を飛ばしていた。
 大切な家族が苦しみに藻掻いている姿なんて本当は見たくない。目を逸らしたい。そんな表情をしていたが、誰一人としてジャンヌがトラウマと戦う姿から目を逸らそうとはしないことに俺は素直に凄いと思った。
 しかしそれでもジャンヌは剣を握ろうとしない。いや、違う。あと数センチと言う距離で体が恐怖で動かなくなっているんだろう。俺的にはさっきの挑発で剣を握ってくれると思ったんだがあと一歩届かなかったか。
 なら、もう一押しだな。
 ジャンヌを応援する家族、仲間は居る。なら分かりやすい敵が居れば剣を握る事が出来るはずだ。
 禁忌の琴線に触れさえすれば――

「情けないなジャンヌ。そんな事だからお前は大切な仲間を失うんだ」
 俺は醜悪な笑みを浮かべ、卑屈に彼女の琴線に触れる。

「なんだとッ――!」
 そんな俺の言葉を耳にした瞬間イオの陰から視線だけを出し殺意を剥き出しに睨みつけて来た。
 これまでにジャンヌから感じ事のない強烈な殺意。
 だが、まだ足りない。もっとだ。もっと怒れ、憎め、心の内に押し殺していた感情を曝け出せ。

「魔力の無い俺に真面な一撃も入れる事すら出来ない奴が、大切な仲間を護れるわけがないだろ。いや、違うな。所詮お前は俺に勝てない弱者だ。つまりはお前の部下もそれ以下の弱者だったってことか。なら死んでも仕方がないな」
「………れ」
 小声で何か呟いたようだが、駄目だ。まだ足りない。
 ヒシヒシと肌でジャンヌの殺気を強烈に膨れ上がっているのが分かる。
 一瞬だけボルキュス陛下たちに視線を向けると、ボルキュス陛下だけはさっきと変わらない平静さを装っているが、シャルロットたちはジャンヌから溢れ出す膨大な魔力を感じて混乱していた。これは後で謝らないと拙いだろうな。
 だが今はジャンヌに剣を握らせる事が重要だ。

「でもそう考えると笑えるな。自分たちは最強と思い込んだ勘違い集団が魔王や勇者ですら生きて帰れるか分からない地獄島ヘル・アイランドに向かったんだろ」
「……まれ」
「馬鹿だろ?いや、勘違い集団だから何でも出来るって思ったのか、馬鹿すぎるだろ!」
 俺は腹を抱えて笑う。
 別に笑えるようなところなんて1つも無い。本音を言えば確かに馬鹿な事をしたとは思う。あの島に行くにはあまりにも弱すぎるからだ。
 その結果半数以上の部下を失っているんだからな。
 だが大切な仲間を失う気持ちは分かる。だから笑えるような事じゃない。それでも俺は笑う。醜く、醜悪に嗤う。

「黙れええええええええええええぇぇぇ!!」
 イオから愛用の魔法剣を奪い取るように剣を取ったジャンヌは今までの闘いがお遊びと思えるほどの殺気とスピードで向かってくる。
 流石に危機感を感じた俺は6%まで能力を開放して闘う。いや、この場合は戦うの方が正しいだろう。
 命を懸けた戦い。ま、命の危険があるのは俺だけだが。
 時間にすればコンマ数秒で10メートルの距離を零距離にしたジャンヌは躊躇う事無く剣を振るう。ああ、それで良い。今は俺を憎め、怒れ、全ての感情を俺にぶつければ良い。
 振るわれた攻撃を俺は僅かな動きで躱す。
 ドンッ!
 え?
 躱した数舜後、後方の30メートルほど離れた壁の一部分あたりで砂塵が舞い上がっていた。
 砂塵が薄いところから偶然見えてしまったが、何かで斬られたような傷跡が出来ていた。おいおい、確かここのコンクリートは特殊な素材を用いているから、通常のビルやマンションなどで使われるコンクリートの50倍以上の強度があるとかイオかボルキュス陛下の誰かに教えて貰ったような気がするが俺の記憶違いか?
 どうやら俺が想像する以上にジャンヌは激怒しているらしい。これはガチで相手しないと死ぬかもな。
 そう思った俺の額に一滴の汗が垂れ落ちる。
 しかし完璧に怒りで我を忘れているジャンヌは容赦無く攻撃を続けて来る。

「誰であろうと私の部下を侮辱する事は許さない!」
 涙を流しながら剣を振るう。
 その一撃一撃が速く重く真面に食らえば流石の俺でも死ぬ恐れがあるほどの攻撃を何度もしてくる。
 模擬戦のレベルを遥かに超えた戦いはもはや戦争と言っても過言ではないほどだ。
 そのためボルキュス陛下たちは訓練場から退避していた。いや、この場合は避難と言うべきか。
 俺とジャンヌだけとなった訓練場。なら俺も遠慮なく戦えるな。

「身の程を知らない事をするから死んだんだろうが!」
「うるさいッ!貴様に何が分かる!希望と期待に心躍らせながら向かった先がが絶望しかなかった事が貴様にあるのかッ!」
 そんなのあるに決まっている。と言うかこの世界に来た瞬間から味わって来たさ。
 頭の中で何度も思ったさ。俺も小説や漫画の主人公のように異世界転生したいって。
 それがようやく叶ったかと思いきやチート能力も魔力も無い。それどころか武器も持てないなか俺は地獄に放り出された。これが絶望しないわけないだろう。今でもあのクソ女神会ったら絶対に文句を言ってやるって思っているんだからな!
 でも改めて考えるとそんなのこの世界でも前世でも変わりないじゃねぇか。
 小さい時は早く大人になって好きな事がしたいって夢のように思っていた。だが実際大人になってみると子供以上に自由なんて無かった。
 勿論強弱はあるだろうよ。強ければ強いほど違った時の絶望感は大きいからな。
 だが強弱関係なく自分が想像していた事が違って落胆する、後悔するなんて生きていれば何度だってある事だってな。

「勿論、あるに決まってるだろ」
 俺はジャンヌの放った一閃をタイミング良くバク転で回避しながら答えた。
 しかしジャンヌはまたしても侮辱されたと思ったのか否定の言葉を強く言い放った。

「そんなわけあるか!大切な戦友を失った時の絶望が貴様に分かるわけがないだろ!」
 確かに何人もの仲間を失った事はない。ジャンヌと俺が失った者は違うのだから。だが、失った時の絶望だけは分かる。
 別に不幸自慢をするつもりはない。
 誰だって生きていれば大切な存在を失う。病気や事故、寿命で家族や友を失うのは当たり前の事だ。
 それが自然の摂理なのだから。
 確かにジャンヌが経験した絶望は世界を探してもそうそう居るものではないだろう。でもだからこそ俺は伝えなければならない。
 ジャンヌが強烈な一撃を放つため剣を振るおうとするが、その途中で柄を握る両手を左手のみで止めた俺はジャンヌの瞳を真っ直ぐに見つめて強く言い放った。

「それもあるに決まってるだろ!」
 流石のジャンヌも驚いたのか一瞬目を大きく見開いたが、直ぐに俯いて下唇を噛む。

「嘘を言うな!」
 しかしそれも1秒にも満たない時間で終わり直ぐに俺を睨みつけて言い放った。
 ま、そう簡単に信用して貰えるわけないよな。
 そう思いながら俺は心の中で嘆息する。
 やっぱり正直に話さないとダメか……。
 諦めにも似た感情が俺の中に流れ込んできた。

「大切な存在を失った瞬間、頭の中が真っ白になるよな。で現実での光景が見えたかと思うと色彩が消えて全てが灰色になって見えるんだよな」
「な、何を言って……」
 で、気が付いた時には口が勝手に語り始めていた。
 そんな俺の言葉に流石のジャンヌも理解が追い付いていないようだ。

「でも最悪なのはそこじゃない。空も地面も木々も生き物も敵も全て灰色に見えるのに、何故か大切な仲間だけの血だけは真っ赤な鮮血のままなんだよな。まるでそこだけを強調するかのように」
「ま、まさか……本当に貴様も……」
 どうやらようやく理解したらしく、憎しみで歪んでいた表情がゆっくりと変わり、大きく開かれた瞳が潤み、目尻に涙を溜め始めていた。

「あれはキツよな……」
「……ぁ……ぁあ……」
 この時俺がどんな表情をしていたか俺には分からない。いや、嘘だ分かっていたが言葉にしたくないだけだ。
 でもジャンヌは分かってくれたのか、今まで振り下ろそうとしていた両手から力が弱くなったせいで抜け落ちた魔法剣が甲高い音を訓練所内に響き渡らせていた。
 俺の目の前にいるジャンヌは先ほどまで戦っていた悪鬼でも、凛々しい軍人でも、美しい皇女でもなく、悲しみで顔を涙で濡らす普通の女にしか見えなかった。
 そんな彼女を俺は軽く抱きしめるが、突然の事に混乱するジャンヌに俺は小さく呟いた。

「今は何も考えず、全部吐き出せ」
 その一言でジャンヌの中で何かが弾けたのか絶叫が訓練場内に響き渡った。

「……ぁあああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁ!!」
 後悔、憎しみ、怒り、悲しみと言った感情が吐き出される。
 俺はそれをただ耳にしながらジャンヌの背中を軽く撫でてやるのだった。
 全てかは分からないがこれまで我慢していた感情を吐き出したジャンヌと俺は壁際まで移動してその場に座り込んでいた。
 と言っても別に雑談しているわけでも、直ぐに切り替えて模擬戦再開なんて出来る状況でも無いしな。
 ただジャンヌが気持ちの整理をするまでの間、俺は横に座ってスマホをアイテムボックスから取り出した。
 時間を見ると模擬戦を開始して15分も経っていなかった。
 ジャンヌが泣いていた時間を差し引くと戦っていた時間は5分にも満たないだろう。

「ジン、一つ教えて欲しい」
 スマホを弄っていると横に座るジャンヌが顔を俯かせたまま質問してきた。
 俺はスマホを弄る右手を止めて、何が知りたいんだ?と聞き返した。

「貴様はどうやって立ち直ったんだ?」
 どうやって立ち直ったか……か。
 その言葉に俺は軽く灰色のコンクリートで覆われた天井を見上げた。

「その言葉は俺にとっては少し違うかもな」
「どういう意味だ?」
 流石に理解出来なかったのか俯いていた顔を上げて俺に視線を向けた。

「ジャンヌは大切な仲間を失い絶望し塞ぎ込んだようだが、俺は憎しみの方に囚われたんだ」
 きっとジャンヌが訊いた立ち直ったと言う意味はどうやって恐怖から立ち直ったか、だ。だが俺は恐怖ではなく憎しみに囚われた。だがから少し意味が違うのだ。

「なら、どうやって憎しみから立ち直った?」
 真剣な面持ちでジャンヌは改めて訊き直してきた。

「ま、色々とあるが……一番は思い出したからだろうな」
「思い出した?」
 俺の横顔を見つめながら首を傾げるジャンヌ。

「ああ。憎しみに囚われ暴走していた時、大切な家族に腹に突進されて思い出したんだ」
「な、なんとも凄い思い出し方だな」
 それは否定しない。
 正直に言えば痛くも無かったし、衝撃なんて無いに等しかった。だが、その突進の一撃はどんな魔獣の一撃よりも重く、俺の中に響いた。
 思わず尻餅を着いてしまうほどに。
 二度と無いようにしないとな。もしも今度されたら間違いなく死ぬ。
 なんせ銀の体長と力はあの時に比べて数倍にも大きくなってるからな。

「それで何を思い出したんだ?」
 どうやら思い出に耽っていたらしく軽く眉を顰めたジャンヌが問い直して来る。

「全てを思い通りにしたいのであれば、力を手に入れるしかない」
 俺は灰色の天井を見上げながらも脳内で一人の女性の姿を思い出しつつ答えた。
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