魔力無し転生者の最強異世界物語 ~なぜ、こうなる!!~

月見酒

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第三章 魔力無し転生者はランクを上げていく

第四十四話 眠りし帝国最強皇女 ⑮

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 公歴1327年1月18日金曜日午後4時46分。
 あれから約1週間が過ぎた。
 初日に比べたら身体の動かし方は遥かに良くなっている。と言うよりも感覚が戻り始めたと言うべきなんだろう。
 だが、それにしてもこの戻るスピードは異常だ。たったの1週間でここまで戻るとは思っていなかった。
 そのため練習内容も少し厳しいものにしたが、余裕と言った感じだ。ま、基礎訓練と言うよりも基礎トレーニングのだから体を温める作業なわけで、キツいモノにする必要はさほどない。
 で、今はと言うと、

「フッ!」
「シッ!」
 ゲーム形式の体術模擬戦を行っていた。
 ルールはとてもシンプルで半径2メートルの中で相手の四肢と頭以外の部分に先にタッチし、先に5ポイント先取した方が勝ちと言う、至ってシンプルなルールだ。
 人体の前、つまりは胸、お腹などに触れれば1ポイント。
 人体の後、つまり背部に触れれば2ポイント。
 場外に出た場合は対戦相手に1ポイント。
 足を使っての攻撃は可能だがお腹や背中に当たったとしても場外に蹴り出したとしても、ポイントにはならない。
 首から上への攻撃は一切禁止。もしも当たった場合は相手に1ポイントが入る。
 ルールはこれぐらいなわけだが、現在のポイントは2対0と俺が有利な状況だ。で、これまでの戦績は19戦19勝0敗。つまり今のところ俺が全勝している。このゲームに時間制限がないため拮抗すればそれだけ時間が掛かる。つまり肉体的にも精神的にも疲労が溜まる。
 そのため1日に行う試合数は5回までと決めている。
 俺はジャンヌの攻撃を躱しながら隙を窺う。
 このゲームを始めて4日目。試合数に変換すれば20戦目。
 1日目は初めてと言う事もあり決められた範囲内での立ち回り方を体に覚えさせるのに使っていたが、2日目以降からは慣れた動きで攻撃を仕掛けていた。
 しかし今日は特に動きが悪い。体調不良とかでなく無駄に力み過ぎているのだ。
 ま、それは仕方がない事で未だに1勝どころか1ポイントも取れていないジャンヌの攻撃は2日目の時よりも圧倒的に雑になり、焦っているのが手に取るように分かる。
 だがもしもここで手を抜いて1ポイント与えたら、間違いなくジャンヌは怒るだろう。
 更なる強さを求めている者にとって、手を抜かれる事ほど屈辱でムカつく事はないからだ。
 今更だけど、こういう結果になるじゃないかと薄々思っていた。
 なんせ、ジャンヌは肉体強化魔法を使っていないんだからな。使っていれば1ポイントどころか1勝は出来ていた筈だ。なのに肉体強化魔法を使わないのは魔法に頼ることなく己の肉体を強化するために、俺が敢えて使わせていないのだ。
 それから十数分後、結局ジャンヌは1ポイントも獲得出来ずにゲーム形式の体術模擬戦を終えた。
 今の気温が何度なのか正確には分からないが10度以下なのは間違いないはずだ。
 それでも人間にとって寒い事には変わりはない。しかし俺とジャンヌは体が熱くて仕方が無く、外気の冷たさが丁度良いとすら感じるほどだ。ジャンヌに至っては顎から垂れ落ちるほどの汗を掻いていた。

「今日も……1ポイントも取れないで終わりか……まったく情けない」
 呼吸を整えながらジャンヌは愚痴を零す。
 俺はそんなジャンヌに対してメイドから受け取ったスポーツドリンクを飲みながら言葉を返す。

「焦るのは分かるが、別に気にする必要は無いだろ。肉体強化魔法を使えば互角にやり合えるのは間違いないんだし」
「貴様に慰められても屈辱なだけだ」
 僅かに怒気を含んだ言葉は鋭い視線と共に発せられた。
 そんな事言われても……なら俺はなんて言えば良いんだ?
 内心嘆息していると訓練所には一番似つかわしくない人物が専属護衛を連れてやって来た。

「お姉様、ジンさんお疲れ様です」
 私服でやって来たのはグレンダを連れたシャルロットだった。
 今日は金曜日なわけで今日は学園へ行っていたシャルロット。俺の頭の中にも今朝制服で学園に向かった記憶はまだ新しい。
 どうやら帰宅後一旦私服に着替えて来たんだろう。と推測した俺はシャルロットに話しかける。

「シャルロットお帰り」
「はい、只今戻りました」
 何故かは分からないが嬉しそうに返事をするシャルロット。うん、可愛らしい。
 それに対して何故かグレンダとジャンヌの視線が急に鋭く突き刺さる。別に俺は何もしてないはずなんだが。
 内心嘆息する俺はシャルロットに向けて口を開いた。

「それでシャルロットは何しに来たんだ?」
 この数日シャルロットが俺たちの訓練を見に来るなんて事は無く、宿題でもしているのだと勝手に思っていたが。と言うよりもお嬢様に宿題と言う物があるのかすら分からないが。
 だからシャルロットが来たことに少し驚いている俺とジャンヌはシャルロットに視線を向けていたのだった。

「はい実は、明日一緒にお出かけしませんか?」
「俺たち4人でか?」
「はい」
 満面の笑みで返事をするシャルロット。
 誤解が無いようにするため敢えてジャンヌとグレンダも数に含めてみたがどうやら間違っていなかったようだ。いや、シャルロットの事だグレンダも護衛としてではなく一緒に買い物を楽しみたいんだろう。

「済まないシャルロット、私は明日も訓練するつもりだ」
 しかし、いやこの場合やはりと言うべきか。ジャンヌはシャルロットの誘いを断った。
 なんで断るんだよ!

「ですが少しはお休みになられたほうが……」
「訓練以外は寝室で休んでいるから問題ない」
 残念そうな表情をするシャルロットに対してキッパリと断るジャンヌ。ま、2人の性格を考えるとこうなるよな。でグレンダよ、俺にどうにかしろ!と言わんばかりの鋭い眼光を向けないでくれ。
 だがシャルロットも中々引き下がらない。で結果的に互いに視線を交差させるだけで何も喋らないという状況が出来上がっていた。まさに膠着状態。
 あまりグレンダの言いなりにはなりたくはないが、このままだと先にも進まないのも確かだ。
 俺は内心嘆息して口を開く事にした。

「ジャンヌ皇女殿下」
「なんだ?」
 俺が名前を呼ぶとシャルロットに向けていたとは思えない程の怖い形相を向けて来る。実際に向けてはいなかっただろうけど。
 いや、それにしても怖いだが……。
 だからと言って怯えて何も言えなくなるわけじゃない。

「明日の訓練は休みだ」
「むぅ……」
 流石に予想していたのか驚いた表情は見せなかったが、不服だと言わんばかりに拗ねる。お、ちょっと可愛いな。

「因みに自主訓練もなしだ。と言うより今から20日午前8時までは筋トレやジョギングと言った基礎トレーニングなど訓練は一切禁止だ。これはカウンセラー兼訓練講師としての指示だ。あ、ストレッチだけなら構わないぞ」

「チッ!」
 今、舌打ちしたよな。
 やっぱり1人で訓練するつもりだったか。いや、それよりもなんておっかない形相なんだ。睨み殺さんと言わんばかりだぞ。俺はさっき可愛いと判断した数秒前の自分を殴りたいと思った。

「これでお姉様の予定は空きましたね」
「むぅ……」
 だがシャルロットにとっては嬉しい状況なのは間違いなく、無意識なのか意識的なのかは分からないが話を推し進めていく。 と言うよりも一切笑顔を崩す事無く強引に話を進める姿はまさしく皇族の1人だな。

「良いですよね、お姉様?」
「……あ、ああ予定も無くなった事だしな。構わない」
「ありがとうございます!ではお父様たちに伝えてきますね!」
 流石のジャンヌも根負けし、渋々だが了承した。
 普段のシャルロットなら相手の顔色を窺って遠慮するところだが、今回に至っては満面の笑みを浮かべると踵を返しグレンダを連れて訓練場から立ち去って行った。
 それだけジャンヌと一緒に買い物に出かけたかったのか、それともジャンヌの調子が悪い事を見抜いて連れ出そうとしたのか。
 だがシャルロットは皇族の中でも戦闘や武術に関しては素人に近い。皇族であるため身を護る程度の護身術は習っているだろうが、それでも相手の調子が良い悪いが見極められるほど武術に詳しいわけではないはずだ。
 ………いや、家族だからか。
 たった1つの単語が頭を過った瞬間全てのピースが嵌り何故だか分からないが自然と納得出来た。

「何をニヤけている」
 不愉快と言わんばかりの表情で睨んで来るジャンヌ。
 どうやら表情に出ていたらしい。それにしても人が笑みを浮かべただけで不愉快ってそれはちょっと酷いんじゃないか?それともそんなに気持ち悪い顔をしてたのか?


 1月19日土曜日午前9時30分。
 車に乗った俺、ジャンヌ、シャルロット、グレンダの4人は買い物に行くべく皇宮を出発した。流石は高級車、フカフカだな。
 そんな事を思いながら俺は昨夜の事を思い返していた。
 夕食時、シャルロットから事前に買い物に出かけると聞かされていたらしく、それが話題となった。
 ボルキュス陛下たちがは不安そうな表情を浮かべていたが、話し合いの結果OKが出された。
 1年間も部屋に籠っていて、部屋を出てトラウマ克服に前向きになったかと思えば訓練の毎日だもんな。それにどうやらシャルロットだけでなくボルキュス陛下たちもここ数日ジャンヌの調子が悪い事に気が付いていたらしく、少しは気分転換をするべきだと判断したようだ。ま、条件として午後4時までには帰宅するようにと言われてしまったが。
 自分の娘が心配なのは分かるし精神的にまだ回復しきってない状態で外出する事に不安を感じるのも分かる。だけど門限が午後4時って、厳しいにも程があるだろ。
 流石のシャルロットも反対するかと思ったが「はい、分かりました」と案外素直に受け入れていて、内心驚いたっけ。
 ま、そんな訳で今日はカウンセラー兼護衛として買い物に向かっているわけだ。あ、どこに向かうのかは聞いていない。
 本来なら先に聞いておいて対策しておくものだが、別にシャルロットもジャンヌも命を狙われているわけでもないし、殺人予告が届いた訳でもない。なのでアドリブで対処するつもりだ。と言うよりもいつもそうして来たしな。それにボルキュス陛下の事だ。監視カメラやスピード違反を取り締まるカメラなんかを屈指して見張っているに違いない。
 出発して20分。どうやら目的地に着いたらしい。
 俺たちがやって来たのは第8区。
 高級ブランド店が立ち並ぶ区域。
 服やアクセサリー、家具、料理やお菓子、お酒と言った高級品のみを出す店がずらりと並ぶ区域だ。ハッキリ言って俺が来るのは場違いな気がする。
 ジャンヌやシャルロットは皇族だし、グレンダは護衛だが貴族で半年前の事件で男爵位を与えられた貴族新貴族でもあるためプライベートに来てもなんの問題もない。
 だが俺はどこにでも居る普通の冒険者。ま、皇族と知り合いで護衛を任せられると言う意味では冒険者の中では有名なのかもしれないが、大手企業の社長や大きな病院の院長に比べれば少しお金がある程度の平民に過ぎない。
 ま、正直な話服や装飾品に興味は無い。あるのは食い物とフカフカのベッドぐらいだ。
 だがそれもたまにでいい程度だ。毎日高級料理を食べたいとも思わないし、憧れもない。ベッドは熟睡したいので奮発するだろうが、それも見た目より機能性重視だ。
 つまるところどこにでも居る普通の庶民と言うわけだ。そんな奴がこんな金持ちしか来ないような場所に来ても正直何を買えば良いのか分からない。
 いや、今日はシャルロットが誘った訳だからきっと何か買いたいものがあるに違いない。
 シャルロットも窓の外からお店を見てすらいないとなると間違いなく目的地がある筈だ。
 そんな俺の推測は間違っておらず、十数分後には目的地のお店に到着した。
 俺たちがやって来たのは『Anfangアンファング』と言う名前のお店。
 ガラス越しに見える店内の様子から見て女性客をターゲットにしたアパレルショップのようだ。
 事前に連絡しておいたのか車を降りるとスーツ姿の女性店員数名が出迎える。流石は皇女様だ。
 どうやらシャルロットはよくここで買い物をするらしく店員さんたちと楽し気に話しながら店内へと入って行った。
 それに対してジャンヌは表情には出していないが気乗りしないのが分かる。俺と一緒であまり服に興味が無いのだろう。
 グレンダはジャンヌ程では無いにしろ困った表情をしていた。どうして困った表情になるのか分からないが、気にする事じゃないので良いだろう。
 で、俺はと言うと完璧に浮いていた。ジャンヌの護衛として付いてきたのは良いが、このお店は完璧に女性の服しか置いていない。せめて男性用の服も置いてくれていたら時間を潰せるんだが。
 そんなわけで俺は入り口に一番近い柱に凭れてジャンヌたちの買い物が終わるまで待つことにした。うん、楽しそうだ……シャルロットだけ。
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