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1巻
1-1
日差しの降り注ぐ森の中で、気を失っていた異形の青年が目を覚ます――。
(……暖かい……いい気持ちだ……まるで日溜まりの中にいるような。そうか、ここが天国か……)
「きゃああああぁぁぁ!」
突如、女の悲鳴が頭に響いた。
(…………天国でも怖いことってあるんだな)
「――って、そんなわけ無いか!」
反射的に立ち上がった青年は、悲鳴が聞こえた方へと走り出す。そして気がついた。ここが天国ではない、現実の世界だと。
数分もしないうちに、薄汚い格好をした十数人の男達に囲まれている馬車を遠目に発見した青年――朝霧和也は、やや離れた丘の上から様子を窺う。
(なんというか、異世界テンプレ的な光景だな)
そんなことを思っていると、馬車を襲う盗賊のリーダーらしき男が、手下の後ろから馬車に剣先を向けた。
「おい、金目の物と女を置いていけば――」
(そして、テンプレ的な台詞をどうも)
「――見逃してやる、よっ!?」
加速して跳躍した和也は、リーダーの言葉と同時に、盗賊と馬車の間に割り込む形で着地した。
地鳴りのような轟音と共に、土煙を上げて現れた和也に対し、盗賊も馬車を護衛する騎士達も驚きを隠せない。
(ん? ……おかしいな?)
普段通りに跳んだつもりだったが、とんでもない速度が出たことに違和感を覚え、和也は首を回す。
周囲にはもうもうと土煙が舞い上がり、足元には歪な形のクレーターが出来上がっていた。
不思議に思う和也だが、今はそれより優先すべきことがある。
(倒すべきはこっちの薄汚い奴らか……と、武器がないから手刀でいくか。それじゃ――)
「始めるか」
和也が呟くと、近くにいた盗賊の一人が我に返り、剣を強く握りしめた。だが、背後に回った和也の手刀によって、すぐに首が胴から離れ転げ落ちる。
あっという間なんて言葉では表せない、一言で言うなら『刹那』である。
当人からすれば、痛みすら感じることなく視界が歪み、そしてそのまま死に絶える。
そんな光景を前に、周囲の盗賊は、次は自分の番なのでは、という恐怖に震え上がった。
(おい、嘘だろ……軽く打ち込んだだけのはずだぞ)
驚いたのは彼らだけではない。首を刎ねた和也本人が一番驚いていた。
恐怖も感じている。ただし、それは殺人を犯したことへの恐怖ではなく、手刀で人の首を飛ばした己の力に対する恐怖だった。
「ば、化け物……」
「ん?」
誰かが呟いた一言で、戦闘が終わっていないことを思い出した和也は、頭を切り替えて殺した男の剣を拾い上げた。
(今はこの場を切り抜けるのが第一だな)
視線を向けると、盗賊達が一歩下がった。
「く、来るな! 化け物!」
それが合図となり、戦い――いや、一方的な虐殺が展開された。
「た、助けてくれえええぇぇ!」
「化け物だあああぁぁ!」
「ぎゃあああぁぁ!」
恐怖で萎縮し逃げ惑う盗賊を倒すのは、戦闘経験が少ない和也でも容易かった。そこから一分も経たないうちに、盗賊は当初の三分の一にまで減っていた。
「おらっあああぁぁ!」
そのとき、リーダーらしき男が大剣を振りかぶり、横から割り込んできた。
和也の周囲に二度目の土煙が舞う。
「危なかったな」
言葉とは裏腹に余裕の表情を浮かべた和也は、一旦距離を取る。
「てめぇ、いきなり現れて何しやがる」
「襲ってくる盗賊を倒すのに理由がいるのか?」
「はっ、確かにな」
リーダーは和也の返答を鼻で笑い飛ばすと、不敵な笑みを浮かべた。
「なら、こっちも本気で行かせてもらうぜ!」
「好きにしな」
大剣を構えたリーダーは、和也が間合いに入ったのを察知すると渾身の一撃を振り下ろす。
簡単な動作でそれを躱す和也。
(なかなかの一撃だな。まともに受けたらこっちの剣が折れる)
即座に判断して距離を取り、相手の攻撃を誘うことにした。
(次の攻撃の隙を狙う!)
「死ねえええぇぇ!」
重力を利用して、力強く振り下ろされた大剣を体の捻りだけで躱し、和也はそのまま相手の懐に入り込み、刃こぼれした剣で一閃。
「がはっ!」
リーダーは体を仰け反らせて吐血した。
「こ、このっ!」
しかし根性なのか、痛みで悶えることもなく、反撃しようと和也を見下ろす。
(い、いない!)
しかしそこに和也はいなかった。
(どこだ!)
リーダーは必死になって和也の姿を探す。
「これで、終わりだ」
探し求めた和也の声は、背後、正確には耳元から聞こえてきた。
「っ! 死ねや、化け物があああぁぁ!」
リーダーは振り向きざまに大剣を振り抜こうとしたが、時既に遅く、軽く跳んだ和也の一撃がその首を斬り跳ばす。
和也の着地と同時にリーダーの体が倒れ、少し遅れて首が落ちてきた。
「さて、残りも始末するか」
冷徹に、冷酷に呟かれた和也の一言に、生き残ったただ一人の盗賊は腰を抜かし、股から異臭を放っていた。
「く、来るな! 化け物!」
男が震える手でナイフを突きつける。だが、それが無意味なことは明らかだった。
「た、た、頼む。た、助けてくれ!」
「平気で他人の命を奪ってきただろうお前達が、命乞いをした程度で助けてもらえると思っているのか?」
盗賊を見下ろす和也の瞳に感情は一切ない。そして紅く染まった剣が男の命を奪った。
「ふぅ……」
和也は戦いが終わったことに安堵し、息をつく。
助けられた馬車の護衛達は、目の前の光景にただ恐怖していた。
そのなかでも、もっとも経験豊富な騎士が我に返り、剣を和也に向けて構える。
和也を睨みつける男の顔にはいくつもの斬り傷があり、他の騎士よりも体格がよかった。
(こいつが隊長か。流石に場慣れしている感じだな)
「お、お前は何者だ!?」
和也は後頭部をかきながら答える。
「俺はただの通りすがりだ」
何気なく返答したつもりだったが、隊長は驚いた様子だった。
「お……お前、オーガじゃないのか?」
「は? 何言ってるんだ? 俺は……」
ふと和也は口を閉ざした。
先ほどの盗賊達も、自分のことをずっと化け物と言っていた。
戦いに割り込んだときに抱いた違和感も思い出し、ゴクリと息を呑む和也。
「ちょっと待った!」
隊長にそう告げて、自らのステータスを確かめる。
────────────────────────────────────────―――
百鬼千夜【鬼】
レベル1
HP(ヒットポイント)689400000
MP(マジックポイント)536700000
STR(力)84750000
VIT(生命力)79830000
DEX(器用さ)56900000
AGI(敏捷性)93470000
INT(知力)61580000
LUC(運)140
【スキル】
言語理解、超解析Ⅸ、超隠蔽Ⅸ、剣術レベル99、刀術レベル99、二刀流レベル99、槍術レベル99、体術レベル99、暗殺術レベル99、武術レベル99、弓術レベル99、投擲レベル99、潜水レベル99、死霊生成Ⅹ、魔物生成Ⅹ、魔力操作レベル99、妖術操作レベル99、HP自動回復レベル99、MP自動回復レベル99、調教レベル99、幻術レベル99、隠密レベル99、調理レベル80、鍛冶レベル95、詐欺レベル99、心眼レベル99、調合レベル99、威圧レベル99、建造レベル99、統制レベル99、指揮レベル99、浄化レベル99、無音レベル99、魅了レベル99、念話レベル99、劣化レベル50、危機察知レベル99、状態異常無効化、火属性無効、水属性無効、風属性無効、土属性無効、氷属性無効、雷属性無効、光属性無効、闇属性無効、覇気Ⅵ、限界突破Ⅸ、スキル獲得確率上昇Ⅳ、経験値獲得倍率上昇Ⅲ、レベルアップ時ステータス倍Ⅲ、アイテムボックス
【称号】
戦闘狂、殺人鬼、王殺し、竜殺し、神殺し、超越者、百鬼夜行、将軍、異端者、一騎当千、無双する者、???、???、???
【属性】
火、水、風、土、氷、雷、光、闇
────────────────────────────────────────―――
「………………は?」
あまりにも異常なステータスに動揺してしまう。
(名前まで変わってるし。てか、百鬼千夜って……俺がゲームで使ってたアバターの名前じゃねぇか! つうか、ゲームそのままのスキルだし……!)
いつも冷静な和也でも、今の状況に理解が追いつかなかった。
急いでアイテムボックスを開けてみる。
(装備もアイテムも、ゲームと同じだ)
アイテムボックスから手鏡を取り出して、自分の顔を映す。
赤い肌、背中まである漆黒の長髪、口から二センチは突き出した上顎犬歯、首には双頭の蛇の刺青、そして、額からは少し歪な二本の角が生えていた。
どうして良いのかわからず、頭を抱える和也。
(こんなことが……ステータスは異常に高いのに、どうしてレベルは1なんだ!? いやそんなことより、流石におかしいだろ!)
和也自身は気づいていないが、悲鳴が聞こえたときに目覚めた場所からここまで、実は四十五キロは離れていたのだ――。
頭を抱えて蹲るこの朝霧和也は、何を隠そう元勇者である。
日本の高校生で、疎遠になっていた幼馴染と数年ぶりに下校している途中で、突如異世界に存在するファブリーゼ皇国に召喚された。
やる気満々の幼馴染を止めることができなかった和也は、渋々勇者として魔王を倒すことになったのだが、初めての実戦訓練で幼馴染を庇い死んでしまった。
そして、この姿になって目を覚ましたのが、約十五分前である。
「おい! 無視するな!」
横合いから、先ほどの隊長の怒気のこもった声が和也――いや、百鬼千夜の耳に届く。
「あ、忘れてた」
自分のステータスの異常さに、完全に周りが見えなくなっていた。
(それにしても、なんて答えればいいんだ?)
百鬼千夜のステータスはゲームのアバターだったときと同じで、種族は人間ではなく――。
(鬼なんだよな)
オーガとは違い、見た目は人間に角を生やしたような姿をし、知性を持ち、最強の種族でもあった。
千夜はどう答えたら良いものか、脳をフル回転させて考える。
(ここがファブリーゼ皇国の存在する、俺達が召喚された異世界だとしたら、混合種がいるはず。なら……)
「混合種だ」
千夜は一か八かで言った。
混合種――異世界に数多存在する種族のひとつであり、一般的には魔族と人族との子供を指す。
ちなみに、エルフやダークエルフ、獣人といった種族と人族との間に産まれた子供は、ハーフエルフ、ハーフダークエルフ、ハーフビーストなどと呼ばれる。
魔族と人族の場合、子供が混合種であることは少ない。大抵産まれてくるのは魔族か人間のどちらかだ。
しかし極稀に、双方の特性を受け継いだ子供が産まれてくる。それが混合種である。
対する騎士の反応は微妙なものだった。
「混合種だと……?」
騎士は千夜を睨みつけたまま、真偽を見極めようとしている。
「なら、混合種がどうして俺達を助けた。何が狙いだ?」
「俺は田舎育ちでな。ずっと山の中で暮らしていた。だから色々知りたいことがあるんだが、この見た目のせいで誰も教えちゃくれない。そんなときにあんた達が襲われていたから、助ける礼に教えてもらおうかと思ったわけだ」
こういった場面では、まず相手より優位に立つのが定石、と千夜は知っている。
だからと言って、相手が警戒しない程度に弱みを見せる必要もある。そして、恩を売ることを忘れてはならない。
「なるほどな。俺は構わないが、主人に許可をもらわないとどうしようもない。だから、少し待っててくれ」
「ああ、わかった」
千夜の返事を聞いた隊長が馬車に向かう。代わって部下達が千夜を取り囲んだ。
(アイツは何者なんだ? ただわかるのは、俺達では勝ち目が無いということだけ。頼むルーセント様! 奴の申し出を受けてくれ!)
隊長はそう念じながら、馬車の扉をノックするのだった。
数分後、馬車から一人の女性が降りてきた。
太陽の光を浴びてキラキラと光る金色のロングヘア。ハワイアンブルーの瞳を持つ整った顔立ち。
(これはまたすごい美女が出てきたな……すごい胸だ。てか、スタイルよすぎだろ)
岩に腰かけた千夜は思わず見惚れてしまう。
どうにか我に返って腰を上げると、女性が口を開いた。
「先ほどは助けていただきまして、ありがとうございます。私はエリーゼ・ルーセントと申します。皇帝陛下より、伯爵の地位を賜っております」
「これは丁寧な挨拶をどうも。俺はひゃ……千夜だ」
千夜はあえて名字を口にしなかった。なんとなく言ってはならない気がしたのだ。
「センヤさんというのですね。珍しい名前だこと」
「ま、そうかもな」
「貴様! ルーセント伯爵に向かってなんて態度だ! 弁えろ!」
「おやめなさい! センヤさんは私達を助けてくれたのですよ!」
「……は! 申し訳ありませんでした!」
千夜は軽く首を横に振った。
「いや、気にしていない。あの騎士はそれが仕事だからな」
「そう言っていただけると助かります。それでは馬車にお乗りください。話は馬車の中でいたしましょう」
「良いのか?」
「はい。自慢ではありませんが、これでも人を見る目はあるんですよ。それに命の恩人を無下にしたなんて知れたら、ルーセント家の恥になります。ぜひお礼をさせてください」
「ま、あんたが良いなら俺は構わないが」
こうして千夜は馬車に乗り、ルーセント家に招待されることになった。
「先ほどの戦いはお見事でした。思わず見惚れてしまいました」
「そうか」
(貴族の女性が戦いの現場を見ることはそう無いはずだから、珍しかったんだろう。それにこの姿だからな)
自己解決した千夜が腕を組み直すと、エリーゼが問いかけてくる。
「それで、私達に聞きたいこととは何ですか?」
「いや、別に大した内容ではない。俺は田舎育ちでね、自分が住んでいるこの国の名前も知らないんだ」
「そうだったのですか……わかりました、お教えしましょう。ここはレイーゼ帝国です。他の国に比べて差別の少ない国です」
「差別が少ないとは、何に対してだ? それに他国とは?」
「まず、このオルデン大陸には全部で六つの国があります。レイーゼ帝国、ファブリーゼ皇国、スレッド法国、フィリス聖王国、ガレット獣王国、あとは火の国です」
(ファブリーゼ皇国……最初に俺が召喚された国だな。やはり俺は死んだあと、アバターの姿になってこの世界に戻ってきたということで間違いなさそうだ)
「我が国はガレット獣王国に隣接するため、そこまで種族差別はありません。ですが、フィリス聖王国は人間至上主義であり、他種族を嫌っています。そのためフィリス聖王国と隣接するファブリーゼ皇国とスレッド法国も、どちらかというと人間至上主義の方が多いですね」
「なるほど。俺は混合種だから、そのあたりの国には近づかない方が良さそうだな」
「そうですね……その方がいいと思います」
エリーゼは静かに頷いた。
「レイーゼ帝国に混合種は多いのか?」
「他国に比べたら多いですね。それでも人間が五割、他種族が四割、混合種はごくわずか、と言ったところでしょうけれど」
(なるほど、道理で嘘が通じたわけだ)
「他に聞きたいことはありますか?」
「話を聞く限り、魔族がほとんどいないようだが?」
「魔族が支配する魔国は、海を挟んだ別の大陸に存在します。その大陸へは、レイーゼ帝国かスレッド法国からが近いです。屋敷についたら地図を見せましょう」
「すまない、助かる」
千夜は軽く頭を下げた。
「いえ、こちらは命を救ってもらったわけですから」
にこやかに答えるエリーゼ。
「それじゃもうひとつ。俺は冒険者になりたいんだが、今から向かう場所にギルドはあるのか?」
もっと情報を得るには職に就いた方が良いと考え、千夜は尋ねた。
「ええ、ありますよ。後で案内させましょう」
◆ ◆ ◆
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