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1巻

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 そこでようやく料理が運ばれてきたので、話を区切って食べ始める。
 ふと視線を前に向けると、遠慮しているのかチラチラと千夜の方を窺っていた。

(食べる許可が欲しいんだろうな)

 千夜は嘆息して言った。

「どうしたんだ、食べないとせっかくの飯がめるぞ」
「「はい!」」

 嬉しそうに返事をした二人は、黙々と料理を口に運んでいく。
 その様子を見た千夜は、相当腹が減っていたんだな、と笑みを浮かべながら、食事を続けた。

「うまかったな」
「はい! おいしかったです!」
「うむ。美味だった」

 二人の場合は空腹のせいもあるだろうが、と思ってしまう千夜。

「さてと、飯も食べたことだしギルドに向かうか」
「「はい」」

 テーブルに代金を置いて店を出る。

「確か、教えてもらった場所はあのあたりだな」

 千夜は地図を見ながらギルドに向かう。

(地図を持つのが面倒だ。ゲームみたいに、視界の端にマップを表示してくれると楽なんだが)

 そう考えた瞬間、手から地図が消え、視界の右端に見たことのあるマップが現れた。

「おいおい……」

 あまりのことに驚きを隠せない千夜。

(あり得ないだろ。思っただけですぐに機能が追加されるなんて。てか、このマップ表示はゲームとほとんど一緒だぞ)

 人から見ればやや不自然な動きで、マップを見ながらギルドを目指す。
 そんな千夜を後ろから見ていたミレーネ達は、頭上に疑問符を浮かべていた。
 数分歩いてギルドに到着。千夜は扉を開けて中に入る。

(予想通りだな)

 中には、いかにも冒険者ですよ、という風貌ふうぼうの男達が大勢いた。

「行くぞ、ミレーネ、クロエ」
「は、はい!」
「了解した」

 千夜達はいている受付に向かい、受付嬢に話しかける。

「すまないがいいか?」
「はい、どういったご用件でしょうか?」

 流石ギルドの受付だけあって、千夜の外見にも動じる様子はなかった。

「冒険者登録をしにきた」
「わかりました。後ろのお二人も一緒に登録されますか?」
「頼む」
「登録には一人につき、銀貨3枚をいただきます」

 千夜は懐から出すように見せかけて、アイテムボックスから銀貨9枚を取り出し、受付嬢に手渡した。

「こちらに手をかざしてください」

 そう言うと、受付嬢はサッカーボールより一回り小さい水晶玉を、千夜の目の前に置いた。

(きっとステータスだな。ここは少し、低くいじった方が良さそうだ)

 そう理解した千夜は、ステータスを偽装して水晶に右手をかざす。

「はい。登録できました。後ろの二人も順にお願いします」

 ミレーネとクロエも水晶に手をかざし、冒険者登録を済ませた。

「次に、冒険者ギルドの説明を行います。えっと……」
「千夜だ。で、こっちの二人がミレーネとクロエ」

 千夜は二人を指し示しながら紹介する。

「わかりました。センヤさん達は冒険者に登録したばかりなので、Fランクになります。ランクはFからSSSまであります。正確には、SSSの上にXランクがあるんですが」
「Xランク?」
「はい。SSSランクの遥か高み、と言いましょうか。人外と呼ばれるSSSランクの冒険者がたばになってもかなわない力を保有する者に与えられるランクのことです」
「そんな冒険者がいるのか」
「いえ、いません」
「何? それなら必要ないと思うが?」
「黄金時代と呼ばれた遥か昔には、SSSランクは今よりも大勢存在したらしく、その中でも特別力がある者に与えられたのがXランクだと言われています。ですが、ほどなくして黄金時代は終焉しゅうえんを迎え、Xランクは空席となってしまったわけです」
「なるほどな」

 経緯に納得した千夜は、数度頷く。

「すまない、話がれたな」
「いえ、大丈夫です。それでは話を戻させてもらいます。まず、Fランクが受けられる依頼は、薬草採取と街の手伝いが主です。討伐依頼はEランクからになります。薬草や討伐した魔物などは、あちらのカウンターで売却が可能です。また、BランクからAランクに上がる場合には、試験を受けていただきます。他に質問はありますか?」
「そうだな。例えば、冒険者同士でケンカになった場合に、相手に怪我けがをさせたらどうなるんだ?」
「その場合、怪我の度合いに応じて慰謝料を払うことになります。また、仲裁は我々ギルドが行いますので、仲裁料も必要になってきます」
「それじゃ、もし相手が先に攻撃してきて、そいつを返り討ちにした場合は?」
「相手が死なない限り、慰謝料を払う必要はありません」
「わかった。それじゃ、早速依頼を受けたい」
「ではあちらの掲示板からお選びください」

 受付嬢に言われた場所に移動する千夜。

(あまり代わり映えがしないな……これにするか)

 掲示板に貼られた依頼書の一枚を適当に手に取り、先ほどの受付嬢のところへ戻った。

「ケイハ草の採取ですね。この依頼は二十本採取で依頼達成になります。この依頼を三人で行いますか?」
「ああ、六十枚採取してくる」
「わかりました。お気を付けていってらっしゃいませ」
「ああ」

 受付を後にした千夜達は、ケイハ草採取に向かうべくギルドを出ようとした。
 そのとき、先ほどから三人をちらちら見ていた冒険者風の男が、千夜の前に立ちはだかる。

「ちょっと待ちな」
(……やっぱりこうなるよな。確認しておいて正解だった)

 予想通りの展開にあきれてしまう。こういった新人いびりは冒険者の通過儀礼なのだろうか。

「なんだ? 俺達は今から依頼をこなしに行くつもりなんだが」
「悪いが少し話がある。ついてきてくれ」
「知らないおっさんについていくほどバカじゃない」

 そんな千夜の言葉にギルド内がざわついた。

「……そうか、すまなかったな。つい、俺のことを知っているものと思ってな。俺の名はバルディ・ロワン。冒険者ギルド、ニューザ支部のギルドマスターだ」
「へ?」

 予想とはまったく違う展開に、千夜は変な声を出してしまった。

「ギルドマスターが俺になんの用だ?」
「なに、ちょっと話があるだけだ。悪いがついてきてくれ」

 ギルドマスターを無視するのは良くないと考え、千夜は言われるがままついて行くことにした。通された部屋には、大量の書類が散乱していた。

(もう少し片付けろよ)

 ソファーに座り、出された紅茶を飲みながら思う。なお、ミレーネとクロエも連れて来ようとしたが、バルディに止められたため、今は隣の応接室で待ってもらっている。

「それで、俺に話とは?」
「お前のステータスのことだよ。センヤ」

 千夜は即座に警戒した。バルディには、まだ名乗っていなかったからだ。

「冒険者登録に使われている水晶玉は、個人の属性とスキル、称号を記録する。それらのデータをギルドカードに移すことになるんだが、その際に俺はお前のステータスを見た。……一瞬でわかったよ、本当のステータスを隠しているってことは」
(こいつ、どうしてわかった?)

 確かに千夜は、あまりに高すぎるステータスを知られるのは危険だと考え、【超隠蔽】のスキルを使いステータスを隠した。

生憎あいにくと経験が豊富でな。最初は小さな違和感でしかなかった。でも、お前の姿を見た瞬間に確信したんだよ」
「俺の姿を見てだと?」
「ああ。最近、有名な盗賊集団が街道で皆殺しにされたんだが、殺した奴の外見がお前と合致がっちしたんだよ」
「……それで、俺を捕まえるのか?」
「いや、逆に感謝している。あいつらにはみんな迷惑していたからな」

 それを聞いて安堵する千夜。

(だが、これで終わりじゃないんだろうな)
「あいつらのリーダーは元Aランク冒険者だった。そして手下達も元B~Cランクの冒険者。話を聞くと、盗賊達は一瞬で殺されたらしい」

 そう言ってバルディは、試すように千夜を睨む。

誤魔化ごまかすことはできるだろうが……)
「そうだ。俺が奴らを殺したんだ。というより、どこで俺の外見を知ったんだ」
「ルーセント伯爵の騎士が報告したらしい」
「なるほどな」

 そこまで聞いた千夜は、話は終わりだとばかりに立ち上がろうとした。

「まあ待て。それでな、お前の力ならすぐにSランクの依頼も受けられるだろう。だが、俺はお前のことを知らないし、周りの目もある。そこでお前には、Bランクからスタートしてもらうことにする」
「おいおい、良いのかそんな勝手なことをして?」
「実力のある奴にFランクの依頼を受けさせるのは、もったいないからな」
「それは助かるが、ミレーネとクロエがFランクのままなら、結局採取から始めないといけないだろ?」
「いや、一人でもBランクがいるパーティなら、Cランクまでの依頼を受けられる」
「なるほど。なら、そうさせてもらうか」
「ああ、頑張れよ。それとカウンターにもう一回寄ってくれ。ギルドカードを受け取れるはずだ」
「わかった」

 部屋を後にすると、千夜は応接室で待っていたミレーネとクロエと合流し、一緒にカウンターでギルドカードを受け取った。
 クロエが興味津々に尋ねてくる。

「それで、ギルドマスターの話とはなんだったのだ?」
「なんでも、俺はSランク並みの力があるらしい」
「「え?」」

 唖然とする二人。

「でも、まずはBランクから頑張れ、だそうだ」
「ご主人様はそんなに強かったのですか?」
「そんなことないと思うが?」

 千夜は首を振って否定した。

「いや、主殿は強いぞ。登録した日にBランクになるだけでも異常だ。普通Bランクに上がるまでには、早くても二年はかかると言われているからな」
「そうなのか……」

 自分が普通ではないと改めて思い知り、ガッカリする千夜であった。
 そんなこんなで、依頼を受けたケイハ草の群生地の森に向かう。
 門兵にギルドカードを見せて西門を出て、三十分歩いたところで、ようやく目的地に到着した。

「さてと、それじゃ採取を始めるか。ミレーネとクロエは、ケイハ草の形を知っているのか?」
「はい」
「無論だ」
(知らないのは俺だけか。ま、【超解析】スキルもあることだし、なんとかなるだろ)
「一応護身のため、お前達にこれを渡しておく」

 千夜はアイテムボックスから短剣二本と笛を取り出した。

「もしものときはこの笛を吹け。すぐに駆けつけるから」
「わかりました」
「わかった」

 こうして三人は、手分けしてケイハ草を採取し始めた。

「さてと、どれがケイハ草だ?」

 千夜は適当に草をむしり、【超解析】を使ってみる。


 ────────────────────────────────────────―――
【解析品】
 ケイハ草

【詳細】
 緑色で、丸い形をした草。
 下級の回復ポーションなどの材料。一部の村などでは食用にもされている。
 ────────────────────────────────────────―――


「お、これがそうか」

 早速お目当ての物を見つけて、思わずニヤリと笑う千夜だった。


 採取を始めて三十分が経過した時点で合流した三人は、採取の成果を報告し合うことになった。

「ミレーネはどうだったんだ?」
「はい! 私はこれだけ採りました!」

 ミレーネが指差した先には、大量のケイハ草が入った袋があった。

「私も負けていないぞ」

 クロエも同じくらいの袋を持っている。

「お前らすごいな。これなら俺は採る必要がなかったかもな」
「それで、主殿はどれだけ採ったのだ?」
「ん? 俺はこれだけだ」

 千夜はアイテムボックスを操作した。すると、ミレーネとクロエが採取した合計量の、二倍以上のケイハ草が出現する。

「…………」

 あまりの量に言葉を失う二人。

「あ、あの、これだけの量をどうやって?」
「風の魔法を使って、片っ端からっていったんだ」

 ミレーネが目を丸くして固まった。
 当然である。冒険者のMPは、平均三十分に1しか自然回復しない。
 MPポーションを使えばすぐに回復できるが、下級のMPポーションですら、ケイハ草採取の報酬より高い。そのため、ケイハ草の採取に魔法は使わないのだ。

「私、初めて見ました。こんな風に魔法を使う人」
「あ、ああ。私もだ」

 でたらめな千夜の採取方法に驚きを隠せないミレーネとクロエであった。
 十分な量を採取した一行は、そのまま帝都に戻ることにした。
 帰り道の途中で、千夜は大事なことを思い出す。

「あ」
「どうしました?」
「いや、まだ宿屋を見つけていないことを思い出した」
「大丈夫ですよ。帝都はそれなりに宿屋が多いですから」
「そうなのか?」
「はい」

 ミレーネに断言されたので不安は無くなったが、早く帰って宿屋探しをしよう、と提案する。
 すると、ミレーネとクロエはどこか覚悟を決めた表情で、「はい」と答えた。
 西門を通過した三人は、依頼達成を報告するためにギルドへ戻って来た。
 扉を開けると、冒険者達が一斉にこちらを向く。そしてコソコソと話し出した。

(なんだ?)

 疑問に思いつつもカウンターへと歩み寄る千夜。

「すまない、依頼をこなしてきた」
「はい、わかりました……って、もうですか!?」

 カウンターにいたのは、今朝、冒険者登録をしてくれた受付嬢だった。

「あ、ああ」

 あまりにも驚いた様子の受付嬢に、千夜も何事かと困惑する。

「それじゃ、ギルドカードと採取したケイハ草を出してください」

 三人のギルドカードを渡し、三つの袋をカウンターに置いた。

「あ、あの……これは?」
「ん? ケイハ草だが?」
「え!? これ全部ですか!」
「そうだが? 袋ごとに右から、ミレーネ、クロエ、俺の分だ」

 受付嬢は慌てて「少々お待ちください」と言うと、カウンターから離れる。
 しばらくして、暇をしていたらしい別の受付嬢を二人連れて戻ってきた。

「お待たせして申し訳ありません。こちらの二人も確認しますので、お二方はあちらのカウンターに行ってもらえますか?」
「わかった。ミレーネとクロエはそうしてくれ」
「「はい」」

 了承した二人は、別のカウンターへと向かった。

「それでは確認しますね」

 受付嬢は袋を開けると、手際よくケイハ草の選別を行っていく。
 数分して作業を終えた受付嬢は、膨大ぼうだいな量にやや混乱していた。

「こ、今回センヤさんに採取していただいたケイハ草は、全部で三百六十本になります。依頼内容は二十本。依頼達成時に支払われるお金は銅貨60枚。つまり600ジェルになります。よろしいですか?」

 この世界には紙幣がなく、硬貨のみが用いられている。
 硬貨の種類は全部で四種類。銅貨、銀貨、金貨、白金貨がある。
 銅貨100枚=銀貨1枚。
 銀貨100枚=金貨1枚。
 金貨100枚=白金貨1枚。
 また、J(ジェル)というのが世界共通の通貨単位である。
 銅貨1枚=10J。
 銀貨1枚=1000J。
 金貨1枚=10万J。
 白金貨1枚=1000万J。


「それで大丈夫だ」

 千夜が頷くと、受付嬢は手元の書類に何か書き込んだ。

「残りも売ることができますが、どうなさいますか?」
「頼む」
「では残りの三百四十本と合わせて、合計で1800Jになります」

 受付嬢が硬貨の入った袋をカウンターに置いた。
 千夜は中身を確かめたのち、懐に入れるふりをしてアイテムボックスに入れる。

「それじゃあな」

 軽く挨拶すると、既に確認が終わっていたミレーネとクロエのもとへ向かった。

「二人はどうだったんだ?」
「はい。私はケイハ草が八十本だったので、銅貨81枚でした」
「我はケイハ草が六十本だったからな。銅貨74枚だったぞ」
「なかなかやるな」

 千夜ほどではないにしろ、この二人が採取した量もまた異常で、受付嬢を驚かせていた。

「ご主人様はどうだったのですか? あの量ですから、金額も相当でしょうが……」
「俺か? 俺は銀貨1枚と銅貨80枚だったな」

 それを聞いた二人は、わかっていたこととはいえ、肩を落とした。

「あ、その報酬はお前らが自分で使え」
「え?」
「確かにお前らは奴隷だ。だがな、俺はお前らを仲間だと思っている。それにその金は、みんなで一緒に稼いだ金だ。お前らにだって使う権利はあるだろ」
「…………」

 二人は千夜の言葉に目を丸くし、金の入った袋を胸の前で大切そうに握りしめて俯く。

「嫌か?」
「いえ! ありがとうございます、ご主人様!」
「いや! 嬉しいぞ主殿!」

 ミレーネとクロエが満面の笑みで答えた。

「それじゃ、宿探しに行くか」
「はい!」


       ◆ ◆ ◆


 千夜達がギルドを出ていったあと、受付嬢三人が額を合わせて話し込んでいた。

「ねぇ、あの三人は何者なの?」
「私にもわからないわ」
「そういえば、ギルドマスターに呼び出されてたわよ」
「嘘! それ本当なの?」
「本当よ。私見たもの。角が生えた変わった服装の男が、ギルドマスターと話していたのを」
(センヤさんがギルドマスターに呼ばれた? もしかして前にギルドマスターが言っていた……?)

 千夜のケイハ草を選別した青髪の受付嬢――マキは、そんなことを考えていた。


       ◆ ◆ ◆


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