武田信玄救出作戦

みるく

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第6話 明日のために

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「馬場と高坂、なんか遅くね?」

俺は朝餉を食べ終え、今日の方針の再確認しようと皆が集まる部屋にいた。

「たしかに。あの2人、何やってんだろ」
「馬場が朝餉を取りに行くのは見たけど、それ以降は見てないなぁ。高坂は一度も見てないかも。誰か見た人いる?」

ここにいる一同が沈黙する。つまり高坂は朝から誰も見ていない、ということになる。

するといきなり、天井裏から女が飛び出てきた。その正体は千代女の弟子? であるもなか。

しかしどこか様子がおかしい。

「いたた……はっ! この城は海津城……あぁ良かった……! 敵城かと思いました……」
「ええっと、そなたは?」
「あ、私、もなかと言います」
「そうか。俺は武田か」
「あっ、自己紹介している場合じゃなった! それよりも大変なんです!」
「大変、ってどうしたの? 僕たちこれから御館様を」
「あなた達が探している、信玄様についての報告なのです!」

嫌な予感がしたが聞いてみないことには始まらない。俺たちはもなかからの報告を聞いた。その内容は、皆の心をへし折るようなものだった。

「えっ……」
「嘘……」

予想外のことに、ここにいる皆絶句する。

「私が動くのが遅れたばかりに……申し訳ございません!」
「じゃあ父上はもう……」
「……それは分かりません。ですが、可能性としてはありえます。それともう一つ、これが机の上にありました」

その書状を取り、皆で読む。



ここに捕らわれてから、何日経ったかは分からない

食事も水も少ないながら、よくここまで生き延びたものだ

だが敵方もそろそろ本気を出すらしい

そうなれば俺の身はもう、持たないかもしれん

俺は自分の道を信じてここまで来た

俺は今日まで、話してはならない、敵に情報を与えまいと沈黙を保ってきた

命が惜しいからといって逃げ、敵に屈するなど、あってはならない

大切にしているものを、敵になど渡すものか

皆を守るためなら、痛みなんて構わない

たとえそれで、自分の身が果てることになったとしても

……それは無責任だな

俺の帰りを待っている者がいる

やはり何としてでも、生きて帰らねばならないのだ

再開を願って



「父上……」

これが御館様の遺言なのか。いや、遺言と決めつけるのは早い。他にもなにかあるはずだ。

追加の手紙があるか尋ねようとしたところ、馬場がやって来た。

「遅れてすまない。ってお前は……」
「遅いよ! 何してたの!」
「いや、その……高坂と話してた。それよりどうしたんだ?」

なんだか歯切れが悪い。きっと、ここに来る前に何かあったのだろう。

もなかは駆け寄り、事の経緯を話す。彼も俺たちと同様、呆然としていた。

しかし例の手紙を読み終えた後、何かを思い出してその場を去った。

「何なのあいつ……」
「しかもあの紙持ってかれたし」
「ってあれ? あいつ、高坂と一緒じゃなかったんだ」

言われてみれば確かに。高坂もこの会議がある事を知っているはず。

それならば、2人で来るのが妥当では無いのか。

ということは恐らく、高坂のほうに何かあったのだろう。











 …………っ。
 ここは……?

意識を取り戻し、目を開ける。

薄暗い部屋だろうか。今までいた地下とは違う部屋。

身動きを取ろうとするも、手を縛られていることに気付く。それに持っていた持ち物が無い。

痺れを切らした三郎とやらが強硬手段に出たか。

「ようやく目覚めたようだね。君と会うのは初めてかな? 僕は上杉三郎景虎。そうだよ。僕が君を捕まえるよう指示したんだ」

輝虎が景虎に命じて捕らえたのか。嫌なやり方だ。

「あっ、言っておくけどここから逃げられないからね? まぁ逃げる方法なんて、無いんだけど」

自分がこれから何をされるのか、薄々気付いている。

だけど無理に抵抗しても意味は無いと始めから分かっている。だから無意味な事はしない。

「……それなら良いんだ。大人しくしていれば余計な手間をかけなくて済むからね。感謝してるよ。で、なんでここに君がいるのかって? それはね、君がなかなか話してくれないから、痛めつける為に連れてきたんだよ」

剥き出しになった身体に何度も鞭を打ちつけられ、身体のあちこちに赤い線が刻まれていく。

「うぐっ……」
「しぶといなぁ……これだけ痛めつけても喋らないなんて」

当然だ。質問に答えないたびに、己の肉体を苦痛が襲う。

だがいくら肉を切り裂かれようとも、決して口を割ることはしない。話す気など毛頭無い。

「……まったく、忌々しい奴だよほんと」

そこに扉が開き、誰かが来た。声と僅かに見える姿から、柳田だろう。

「おぉ、ようやく目を覚ましましたか」
「来たのか。なら手伝ってくれるか?」

これ以上人が増えたら我が身が危ないかもしれない。

「申し訳ございませんが……俺は人が痛めつけられる姿は見るに耐えられない性格でして」
「そうか」
「なので外で見張りでもしておきます。それと情報を出したら速やかに楽にしてあげて下さい。でないと」
「あぁ、分かってるさ」

柳田はそのまま外へ出た。

少しだけ命拾いした、か……?

だが状況はほとんど変わっていない。

少しぼうっとしていたが、乱暴に桶に入った水がかかる。

「信玄、いま自分が置かれた状況、分かってるのか? このままだと本当に殺されてしまうよ?」

今度は身体中を刀で斬られていく。浅傷を大量に作り、じわじわなぶり殺しにする算段か。

「……生憎だが、拷問にかけられて口を割る者など我が武田にはいない」
「さぁどうでしょうね? 君とは違って、自分の命だけ助れば良い者だっているんだよ?」
「だが俺はそうじゃない……ぐっ!」

斬られたところから水が入っていき、余計に痛みを感じる。

「君を助ける仲間などいない。諦めて吐き出しなよ」

絶対に言うものか。

だけど今の俺には理性がほとんど残ってない。

仲間が来なければ、自分は本当に死んでしまうやもしれない。

皆、頼む……

この命が、尽きてしまう前に……











あぁ、僕はなんてことしてしまったんだろう。

昨晩、打ち合わせした作戦通りに上手くいくのかと心に不安がよぎったまま眠りについてしまった。

そして今朝、あの恐怖心を抱いたまま馬場と会い、その席で弱音を吐いてしまった。

そしてそれが原因で、口論になるとは思ってなかった。

少し言い過ぎたなと反省してる。でも謝ったところで、許してくれるのだろうか。

もう、皆に顔を合わせることなんて出来ない。

頭を抱え、ぐるぐる悩んでいたところ、襖の開く音が。

そこにいたのは、喧嘩したはずの馬場であった。

「高坂、少し話が」
「……ねぇ何で? どうして僕を」
「その様子だとまだ知らないようだな。耳を貸せ」

今更なんだと思いながらも、近くに寄り、耳を傾ける。

すると彼の口から、とんでもない事を聞いてしまった。


ーー御館様が拷問にかけられている


そんな事、ある? いや千代女から聞いたのだろうから間違いない。

僕が優柔不断なせいだ。いや、もっと早く異変に気付けなかったから……

「あぁそうだ。ついでにこれもあるぞ」

そう言って、1枚の紙を見せてくれた。

それを手に取り、読み進めて行くうちに御館様の顔が浮かぶ。

ある箇所で目が止まり、そこにはこう書いてあった。

(命が惜しいからといって逃げ惑い、敵に屈するなど、あってはならない)

御館様は常にこういう心持ちがあったのか。僕とは正反対だ。

やはり僕には……と思いながらも読んでいく。

するとまたある所で、進めていた目を止めた。

(俺の帰りを待っている者がいる。やはり何としてでも、生きて帰らねばならないのだ)

それと紙の端あたりに、『再開を願って』とある。
『再会』の間違いじゃないのか?

いやそうじゃない。

この言葉には、『皆と会う』ことだけでなく、『皆と幸せな日々を過ごすんだ』という意味も込めているのかもしれない。

きっとそうだ。

御館様も常々仰ってた。

皆と一緒にいる時が楽しく、幸せなんだと。

「これを読んでもお前はまだ、助ける資格が無いと言えるか? 御館様は気丈に振る舞っているように見えるが本当はずっと助けを求めていた。でもそれが出来ない状況だったからこうして心中を吐露していた。それなのにお前は……」
「……僕だって本当は御館様ともっと過ごしたい! 一緒にいたいよ!」
「なら答えは決まってるよな? お前の心は動きたがってんぞ!」

ようやく気付いた。

僕にとって御館様は、閉ざした心を開いた、大切なあるじ

能力や器は御館様には及ばないし、小心者だから向いてない。

なんだったら今もちょっと怖いかも。

でも僕には、ほんの少しの勇気と正義感があることだって分かってる。

そして僕には、御館様を助ける資格、あるに決まってる!

だから……助けに行く!
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