武田信玄救出作戦

みるく

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第5話 揺らぎ

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「殿、手筈通りに進めたそうです。ですが一つ問題が」
「どうしたんだ?」
「それが、こちらの呼びかけに反応しないみたいで……」

いつものことだろうと軽くあしらうが、柳田はどこか慌てている様子。

「……もしかしてあいつ、気絶するまでやったのか?」
「そのようです。言うことを聞かず、抵抗してきたからと」

目を見開き、善助を呼べと命じる。

「お呼びでしょうか?」
「この、たわけがー!」
「な、なんの事です!?」

思うままに善助を叱った。確かに多少は荒い手段を使っても良いとは言った。だがどここまでやれとは言ってない。これで死んでしまったら今までの努力が無駄になってしまう。

「も、申し訳ございません……!」

だが嘆いても仕方ない。時間稼ぎができたと考えようか。

「それともう一つ、家中で殿の行動を不審がる者が増えておりまして……」

……ここまできてしまったか。恐らく義父上も疑っていることだろう。ならどう誤魔化そうか。

そういえば先日、領内に盗賊の集団が現れ、義父上の部屋に武家宅、そして城下の商屋までも荒らした事件があった。その事件の解決を命じられていたな。あれから数ヶ月経つがまだ解決できていない。

その盗賊はかなり巧妙な手を使うとの噂。深夜に音も立てず忍び込み、証拠も残さず去って行くため追跡が難しく、未だ犯人は捕まえられない。

あぁそうか。それなら信玄をその犯人に仕立てよう。そして複数犯のうち、主犯を捕らえたと説明しよう。

先日、僕の武家宅に侵入した賊を見つけた。そしてそのまま捕らえ、離れの小屋に閉じ込めた。その犯人は例の盗賊だと分かったが本人は黙秘を続けている。なので今、あらゆる手段を用いて犯行を認めさせようとしていると説明すればいい。

そうとなれば早速とりかかろう。自分に疑いの目が向けられぬよう。















俺たちは今、5人は甲斐を出発し越後の春日山を目指している真っ只中。もう何日経ったのか忘れたけどな。

ゆっくりしている暇は無いから、速度を上げて越後を目指している。夜通し歩く日があったから予定より早めの到着になりそうだ。

といっても実は昨日から夜通しで歩いていてまともに休めてない。だが信念が強いのか、疲弊している様子は見られない。いや、見せないように振る舞っているのかもしれない。

ちなみに俺は注意力が欠落していたのと無理しすぎたせいで怪我をしてしまった。まぁ擦り傷程度で済んで良かったけど。

まだ日は沈まないけど、今日は高坂が城主を務める海津城で休むことに。

「手狭なうえに整理できてなくて申し訳ありません」
「いやいや。急に戻ってきたのだから仕方ないさ。とりあえず皆を案内してくれるかい?」
「承知しました。それではこちらへ」

高坂に仕える小姓が出迎え、部屋へと案内される。そこで御飯を食べたり、湯殿に入って各々疲れを癒す。この後、明日以降の作戦を詰めるため、会議をした。怪我をしていたのと、疲労が溜まっているのを知っていたので手短に済ませてくれた。これは感謝しかない。

それが終わり、そのまま来客用の部屋へと戻った。

父上は本当に無事なのだろうか。動くのが少し遅かったこともあって、最悪の事態が頭をよぎることもあった。

だが父上は必ず生きている。

そう信じ、褥に身体を預ける。

疲れが溜まっていたのか、そのまま眠りに落ちた。














翌朝



「こんなところにいたのか」

女中と共に、高坂がいる部屋へと入る。

「いきなりどうしたのさ?」
「いや、朝餉が出来たから持ってきた」
「なんだよそれ! 一緒に食べたいだけ!?」

そんなこと言われても。 俺はただ、話がしたかったのに。

実は昨晩から、高坂の元気が無いことに気付いていた。最初は疲れによるものだろうと思ったがどうやら違うようだ。これから先、ゆっくり休めなくなる。ならばこの時間で不安を取り払うのが良いだろうと思い、今に至っている。

朝餉を近くへ運ばせ、女中を退出させた。

「で、何考えてたんだ? まぁどうせお前のことだから、昔のことでも思い出してたんだろう?」

予想が当たったようで、ドキリとする高坂。そんな様子にはははと笑う。

「何がおかしい?」
「これからが本番だというのにそんな陰気臭い顔ではうまく行くものもいかなくなるぞ」
「分かってるよ。でも……」

語尾が小さくなるのに気づいたが何も言わず、彼の意中を汲み取ろうと昨晩までの出来事を思い返す。

すると突然、高坂は箸を止め、口を開き始めた。

「ねぇ、君は昔からとても勇敢だったよね。僕は今、君が羨ましいんだ」

そんなこと無いと言うも無視され、高坂は一方的に話していく。

「僕は昔から自分勝手で臆病。日常でも戦でも逃げてばかりだった」

高坂とは昔からの付き合いだが、そんな風に見えない。分析力が高く、状況を正確に判断できる人だと思っていた。

「それに僕、失敗だけは嫌いで常に成功するだけの立ち回りをしてきた。それがたまたま上手くいったから御館様に褒められ、出世してきたんだ。君と違って、正当な方法で地位を確立したわけじゃないんだよ!」

訝しむような顔で見る俺に気付いたのか、今度は自分の過去を話し始める。正直聞きたくなかったが、ここで遮れば火に油を注ぐだけかもしれない。ならば最後まで聞いてあげようか。


彼が若かった頃、御館様の冗談を真に受けて逃げ惑い、笑われてしまったことがあった。いまでも家中で、笑いの種にされているそうだ。

自分の能力以上の仕事が舞い込むと、中身も確認せずに他人に押し付けていたこともあった。終わる頃を見込んで回収し、何も知らない御館様に報告すれば褒められる。本当のことは闇に葬られたままだ。

戦となれば、周りの将みたいに勇敢に立ち向かうことが出来ず、すぐ撤退したりしていた。酷いときは、状況が悪くなると味方はそのまま見捨てて自分だけ無傷で国元に帰って来た。ということまで語っていた。

この話、御館様は全部知らない。なぜなら御館様は『高坂昌信』という人を優秀な人材とみているからだ。戦でも、引き際を分かっている、だから撤退したと思っているのだ。

全てを言い切り、すっきりしたところで高坂が寂しげに笑う。

「……だから僕には御館様を助ける資格なんてないんだよ」

じゃあ今までの努力はなんだったのか。

俺の中でふつふつと怒りが込み上げ、衝動的に頬を叩く。

「……お前からそんな言葉が出るとは思わなかった。それにお前が自分勝手だって思ったことなど一度も無い」

今にも感情的になりそうだがどうにか抑える。叩かれた本人は頬を押さえ、ふっと笑みを浮かべていた。

「はは……そうだよね。皆そう言うさ。でもね、奥近習として側に置いてくれた御館様ですら、本当の僕を知らない。自分のことは、自分が一番よく分かってるんだ。つまりね、先の言葉、あれが本当の僕なんだよ」

違う。そうじゃない。分かってくれ。

そんな思いが頭を駆け巡る。だけど今の彼に何を言っても無駄だろう。

「あぁそうか。なら俺たちだけで動こう。お前は留守番でもしてるがいい」

そう言って部屋を後にし、廊下を歩く。

しまった、言いすぎた。そう思ったがもう遅い。引き返して謝ることもできない。

だが過ぎたことは仕方ない。

皆が集まる部屋へ向かった。
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