武田信玄救出作戦

みるく

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第9話 主君を取り戻せ

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海津城を出発し、飯山城を通り抜け越後へ入る。

道中で、千代女が真田の役割を教えてくれた。

真田の役割は、越後を荒らす山賊のふりをして暴れてもらうこと。城下に近い場所では意味ないので、父上がいる小屋の近くにある集落を襲撃。犯人とその配下が気を逸らしている間に助け出す、という作戦。

つまり、時間稼ぎの役割である。

十数里ほど馬を走らせているから、もうすぐ着くかもしれない。

「……声が聞こえる」

内藤が俺に伝えるも、何も聞こえない。

「俺には聞こえないがどこから」
「ここから1.5里先。御館様の悲鳴が聞こえた」

内藤は昔から耳が良く、遠くの音も正確に聞き取ることができる。これは彼にしか無い能力。一体どこで身につけたのだろうか。

「ってことはもうすぐだな! 皆、早く行くぞー!」











「おらああああ! みんな暴れろー!」

領民の悲鳴がこだまし、幾多の家や木が焼き払われ 、幾多の命が消えていく。苦しむ人々の嘆きは、聞こえないふりをする。

僕はいま、千代女の命令でとある集落を襲っている。

本当はこんな事したくなかったけど御館様を助ける為なら、と割り切った。

配下は数十人ほど。武器は槍が主体だが弓も一定数。そして手練の忍びを数人。

出来る限り強敵を装って時間を稼ぎたい。

手向かう者に情けは無用。とにかく景虎を誘き寄せる!

「いたぞ! 皆、蹴散らせー!」
「「ウオオォ!」」

お、噂をすればやって来たな!

敵の顔ぶれに、景虎本人も来ている。良かった。だが油断してはならない。

相手も忍びを雇っている。どうやら僕たちの悪事を一切監視されていたようだ。

前衛が突っ込み、甲冑の隙間に槍を突き入れる。

そこに1人、僕に向かって走ってきたから急いで槍を突き出した。

「真田殿! 後ろへ!」

僕はさっと下がると、空中で火炎瓶が飛び、男の頭に瓶が直撃した。

「いってぇ! ……ってうわああああ!」

液体が男にかかったことで引火し、あっという間に燃え広がった。

「やるなぁ!」
「いやいや、これくらい朝飯前です!」

好きなだけ暴れて良いと言ったものの、強すぎても弱すぎても駄目。拮抗状態に調節しながら戦っていく。

「な、なんだこいつら!」
「賊のくせに強……」
「どうしたお前達、そんなものか! ほら、どんどんかかってこいやぁ!」

よしよし、この調子だ。

僕はこのまま敵を押さえる。

だから皆、無事に助けてくれ!











1里ほど駆けたところで、馬を降りる。

ここから先、馬では山や森の中を通れる道が限られる。千代女がそう教えてくれた。

僕たちの領内にある森林の一部もそうだが、整備されているとはお世辞にも言い難い。ただの獣道を人が歩いて少し開けたようになっただけの道だった。

木々も生えるに任せ、緑茂る足元の草を踏めば濃い緑の臭いが濃くなってくる。

「この道まっすぐ進んだら左に曲がってください」

千代女の先導に従い、未知なる山道を早足で進んでいく。

しばらくして、千代女がピタッと止まった。

「……どうしたんだ?」

しかし千代女は何も答えない。

「おい、急に止まって」
「……どこからか人の気配がします」

千代女の言う通り、僕も何かを感じ取った。

付近に刺客が3、4人。恐らく輝虎の差し金だろう。

少し黙った後、千代女が叫ぶ。

「……みなさん、逃げますよ!」

僕たちは身一つで、千代女に従って走り出す。

走りながら、内側から湧き上がる焦燥がどろりと汚泥のように纏わりつくのを己の意識で振り払う。

彼女の予想は当たっていたようで、背後から刺客が追いかけてくる。だが今は進める足に集中だ。

大丈夫、逃げ切れる! 助け出せる!

走り出してそれなりの時間が経った頃、どこからか焦げ臭い匂いに気付いた。

「みなさん、ここ右曲がってすぐです!」

千代女も匂いに気付いていたが場所も正確に分かっていたようだ。

目的地を見逃さぬよう、全速力で走っていたのを緩め、早歩きにする。

「着きました! ここです!」

そこは誰も寄り付かない、古くて小さな建物。

ようやく着いた! ここに御館様がいる!

僕は嬉しくなった。だがまだ喜ぶのは早い。

見張りは誰もいなかったので、戻らぬうちに、急いで扉を開ける。

その瞬間、黒い煤が立ち込めた。だが出始めたばかりなのか、中には入れそうだ。

「御館様! (父上!)」

むせ返るほどの煙を堪え、僕と若殿で近づいた。

しかし僕たちが見たものは、既に意識が途絶えた御館様だった。脈を取るも、ほとんど反応が無い。

あぁ終わった。

絶望で言葉も出ない。その場で立ち尽くすことしか出来なかった。それは若殿も同じだ。

「おい2人とも、何ぼうっとしてんだ! そんな所に突っ立ってたら死ぬぞ!」
「そうだよ! 御館様を助け出さないと! まだ助かるかもしれないでしょ!?」

突然飛んできた馬場と高坂の叱咤に我に返り、僕たちは何とかして御館様を外に避難させた。

「とにかくここから離れよう。もうすぐ火が上がって焼け落ちてしまうからな」

内藤が御館様を抱え、僕たちは急いでその場から離れる。

なぜ煙や煤が出ていたのか。どうやら火の出所は部屋の隅にあった明かりからで、その中に水晶があったから充満していたという。更に水晶は元々燃えにくい性質があり、長時間熱しないと完全に燃えない。そしてその間、有毒な煙や煤を出すとのこと。

そんな2人の説明を聞きながら来た道を急いで戻る。

急ごう、とにかく海津城へ!

身体中泥だらけになりながらも、馬を降りた場所へ戻り、帰路に着こうとした瞬間であった。

「……!」

一瞬の判断で、千代女が苦無を投げるも当たらなかったようだ。

「……躱しましたか」

振り向くと、そこには謎の青年がいた。

「お前たち、逃さないよ」

輝虎の手下か。脱出したのを察知して追いかけてきたのだろう。

「……何のつもりだ?」
「お前たちの主人を助け出したことは褒めてやる。だが事がバレてしまった以上、お前たちも道連れにしなければならない」

めんどくさい奴め。ここまで頑張ったのに捕まるわけにはいかない!

「ならここは、俺が相手しよう」

馬場が一歩前にで、青年に刃を向ける。

「信春様、ここは私も!」
「いや十分だ。山県、内藤は御館様を無事に運んでくれ。そして若殿、高坂達は2人の護衛を頼む!」

それでは馬場が不利になってしまうのではと思ったが、今は御館様を無事運びきるのが最優先事項。それに和睦したとはいえ、ここは敵国。いつ何時襲われてもおかしくない。それなら護衛は多いほうが良いだろう。

「……分かった。先に行くよ」

僕たちは馬場と別れ、海津城へと駆けて行った。
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