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第10話 帰りを待っている人がいる
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御館様を無事に海津城へ運びきるため、俺は殿を引き受ける。
「……承知しました。では信春様、再会を願って」
皆と別れた俺は、くるっと反対側を向く。
「さて……貴様は俺たちから大切なものを奪った。それがどれだけ罪深いことか、ここで思い知らせてやろう!」
*
馬場と別れ、全力で越後から駆け抜けた。そしてようやく、僕の居城に着いた。
だからって安心してはいられない。
まず城内の一室に御館様を運んだ。そして薬師を呼び、容態を診てもらう。
薬師の見立てでは、容態はかなり悪く、いつ死んでもおかしくない状態。
予想以上に辛かった。頑張って助けたのに結局、こうなってしまうのか。
僕は泣きたかった。だが泣くまいと、唇を噛み締める。泣きたいのは皆、同じなのだ。
まだまだやりたい事がたくさんあるはずなのに。志半ばで折れてしまうのか。本当に悔しい。
だが悲しんでる暇はない。仕事はまだ残っている。
山県にはもなかを使いとして、本城に書状を送るよう手配した。
実は既に、家中にこの事実が知られてしまった。というのも、口が軽い家臣によって広まってしまったらしい。この者はしばらく謹慎と減給に処した。
それとこういう場合、本来は若殿が当主代行を務めることになっている。しかし若殿は救出作戦に加わっているため、御館様の弟にあたる信廉殿が代わりを務めているそうだ。
顔が御館様とそっくりだからという理由だけで選ばれたという。
もうちょっと人選を考えて欲しかったが、本当に似ているから影武者の役割は果たしている。文句は言えない。
内藤には、我々の御用商人に水晶と軍配を用意してもらうよう依頼した。これは御館様が目を覚ました時に贈る物だ。
万が一、亡くなったら若殿に差し上げよう。
これは秘密裏に進めたい。だから、御館様に分からないように進めて欲しいと伝えた。
影が薄いから適任だね。とっても助かるよ。
疲れが溜まってるからか、本音がただ漏れになってる。
これ、秘密だよ? もう遅いかもだけど。
馬場と真田は戻ったら休ませよう。馬場は殿で、真田はおとり役で奮闘しているのに、これ以上仕事を増やすのは酷だろう。
僕と若殿は意識が戻り、回復するまでは御館様の世話をすることに決めた。それまでは政治上や、外交上の処理を手伝おう。
*
……っ、ここは……?
周囲を見渡すが誰もいない。目印になる物も無い。
冷たい水が足元に浸かっていて寒さを感じる。そこで初めて、自分が川に立ってることに気付いた。
俺は最後まで、景虎に抵抗していたはず。そこから先は、何も覚えてない。
どうしたものかと、その場で棒立ちしていたところ、誰かの声が聞こえた。
「兄上!」
その声は……俺を一番大切にしてくれた信繁だ! 川中島以降、ずっと会いたかった!
「こっちです兄上。久しぶりですね」
信繁は既に亡くなっている、ということはここはそういう場所なのだろう。
「信繁……久しぶりだな。会いたかったぞ」
俺は何も考えず、信繁に近付く。
しかし信繁は何かを知っていて、遠ざかるばかり。
「なぜだ……なにゆえ俺を避ける?」
信繁は答えず、首を振るばかり。
だが俺には分からない。父上や義信に続いて、冥界でも嫌われたのか。悲しくなり、がっくりと肩を落とす。
「……兄上は、ここがどういう場所かお分かりですか?」
意外な質問に、顔を上げる。
「……どういう事だ?」
「兄上はいま、生死を彷徨っているんです。兄上がいま立っているところは三途の川といって、ここを渡りきってしまうと、兄上は亡くなったことになるんです」
それがどうしたんだ。俺はあの時、景虎から受けた拷問で心も身体も傷だらけ。
もう生きる力もない。このまま生きても辛いだけだ。早く楽にしたい。
「だが俺はもう……」
「今すぐここから引き返して下さい!」
大声で叫ばれ、俺は目を開く。
それを言うためだけに来たのか。
だけどそんなの、理由にならない。
あの時、大切な物を失ってしまった。それを取り戻さなければ。
「待ってくれ! 俺はこのまま」
「兄上の帰りを待ってる人がいるんです! 兄上は、その人達を見捨てるというのですか!?」
その言葉でふと、仲間達の顔が浮かぶ。
そうか……俺はまだ、すべてを失っていない。
幸せな時間を共に過ごせる、かけがえのない仲間達が。
喜びも、悲しみも、痛みも、楽しみも、色んな感情、戦を共有してきた。
そして、ここまで積み重ねてきたものがある。
それを捨てるわけには、いかない。
「……信繁、俺の負けだ。もう少しだけ、生きることにしよう」
俺はそのまま、此岸へ戻る。
振り向くと、信繁が手を振ってくれた。俺もまた、手を振り返した。
「……承知しました。では信春様、再会を願って」
皆と別れた俺は、くるっと反対側を向く。
「さて……貴様は俺たちから大切なものを奪った。それがどれだけ罪深いことか、ここで思い知らせてやろう!」
*
馬場と別れ、全力で越後から駆け抜けた。そしてようやく、僕の居城に着いた。
だからって安心してはいられない。
まず城内の一室に御館様を運んだ。そして薬師を呼び、容態を診てもらう。
薬師の見立てでは、容態はかなり悪く、いつ死んでもおかしくない状態。
予想以上に辛かった。頑張って助けたのに結局、こうなってしまうのか。
僕は泣きたかった。だが泣くまいと、唇を噛み締める。泣きたいのは皆、同じなのだ。
まだまだやりたい事がたくさんあるはずなのに。志半ばで折れてしまうのか。本当に悔しい。
だが悲しんでる暇はない。仕事はまだ残っている。
山県にはもなかを使いとして、本城に書状を送るよう手配した。
実は既に、家中にこの事実が知られてしまった。というのも、口が軽い家臣によって広まってしまったらしい。この者はしばらく謹慎と減給に処した。
それとこういう場合、本来は若殿が当主代行を務めることになっている。しかし若殿は救出作戦に加わっているため、御館様の弟にあたる信廉殿が代わりを務めているそうだ。
顔が御館様とそっくりだからという理由だけで選ばれたという。
もうちょっと人選を考えて欲しかったが、本当に似ているから影武者の役割は果たしている。文句は言えない。
内藤には、我々の御用商人に水晶と軍配を用意してもらうよう依頼した。これは御館様が目を覚ました時に贈る物だ。
万が一、亡くなったら若殿に差し上げよう。
これは秘密裏に進めたい。だから、御館様に分からないように進めて欲しいと伝えた。
影が薄いから適任だね。とっても助かるよ。
疲れが溜まってるからか、本音がただ漏れになってる。
これ、秘密だよ? もう遅いかもだけど。
馬場と真田は戻ったら休ませよう。馬場は殿で、真田はおとり役で奮闘しているのに、これ以上仕事を増やすのは酷だろう。
僕と若殿は意識が戻り、回復するまでは御館様の世話をすることに決めた。それまでは政治上や、外交上の処理を手伝おう。
*
……っ、ここは……?
周囲を見渡すが誰もいない。目印になる物も無い。
冷たい水が足元に浸かっていて寒さを感じる。そこで初めて、自分が川に立ってることに気付いた。
俺は最後まで、景虎に抵抗していたはず。そこから先は、何も覚えてない。
どうしたものかと、その場で棒立ちしていたところ、誰かの声が聞こえた。
「兄上!」
その声は……俺を一番大切にしてくれた信繁だ! 川中島以降、ずっと会いたかった!
「こっちです兄上。久しぶりですね」
信繁は既に亡くなっている、ということはここはそういう場所なのだろう。
「信繁……久しぶりだな。会いたかったぞ」
俺は何も考えず、信繁に近付く。
しかし信繁は何かを知っていて、遠ざかるばかり。
「なぜだ……なにゆえ俺を避ける?」
信繁は答えず、首を振るばかり。
だが俺には分からない。父上や義信に続いて、冥界でも嫌われたのか。悲しくなり、がっくりと肩を落とす。
「……兄上は、ここがどういう場所かお分かりですか?」
意外な質問に、顔を上げる。
「……どういう事だ?」
「兄上はいま、生死を彷徨っているんです。兄上がいま立っているところは三途の川といって、ここを渡りきってしまうと、兄上は亡くなったことになるんです」
それがどうしたんだ。俺はあの時、景虎から受けた拷問で心も身体も傷だらけ。
もう生きる力もない。このまま生きても辛いだけだ。早く楽にしたい。
「だが俺はもう……」
「今すぐここから引き返して下さい!」
大声で叫ばれ、俺は目を開く。
それを言うためだけに来たのか。
だけどそんなの、理由にならない。
あの時、大切な物を失ってしまった。それを取り戻さなければ。
「待ってくれ! 俺はこのまま」
「兄上の帰りを待ってる人がいるんです! 兄上は、その人達を見捨てるというのですか!?」
その言葉でふと、仲間達の顔が浮かぶ。
そうか……俺はまだ、すべてを失っていない。
幸せな時間を共に過ごせる、かけがえのない仲間達が。
喜びも、悲しみも、痛みも、楽しみも、色んな感情、戦を共有してきた。
そして、ここまで積み重ねてきたものがある。
それを捨てるわけには、いかない。
「……信繁、俺の負けだ。もう少しだけ、生きることにしよう」
俺はそのまま、此岸へ戻る。
振り向くと、信繁が手を振ってくれた。俺もまた、手を振り返した。
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