武田信玄救出作戦

みるく

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第10話 帰りを待っている人がいる

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御館様を無事に海津城へ運びきるため、俺は殿しんがりを引き受ける。

「……承知しました。では信春様、再会を願って」

皆と別れた俺は、くるっと反対側を向く。

「さて……貴様は俺たちから大切なものを奪った。それがどれだけ罪深いことか、ここで思い知らせてやろう!」











馬場と別れ、全力で越後から駆け抜けた。そしてようやく、僕の居城に着いた。

だからって安心してはいられない。

まず城内の一室に御館様を運んだ。そして薬師を呼び、容態を診てもらう。

薬師の見立てでは、容態はかなり悪く、いつ死んでもおかしくない状態。

予想以上に辛かった。頑張って助けたのに結局、こうなってしまうのか。

僕は泣きたかった。だが泣くまいと、唇を噛み締める。泣きたいのは皆、同じなのだ。

まだまだやりたい事がたくさんあるはずなのに。志半ばで折れてしまうのか。本当に悔しい。

だが悲しんでる暇はない。仕事はまだ残っている。

山県にはもなかを使いとして、本城に書状を送るよう手配した。

実は既に、家中にこの事実が知られてしまった。というのも、口が軽い家臣によって広まってしまったらしい。この者はしばらく謹慎と減給に処した。

それとこういう場合、本来は若殿が当主代行を務めることになっている。しかし若殿は救出作戦に加わっているため、御館様の弟にあたる信廉殿が代わりを務めているそうだ。

顔が御館様とそっくりだからという理由だけで選ばれたという。

もうちょっと人選を考えて欲しかったが、本当に似ているから影武者の役割は果たしている。文句は言えない。

内藤には、我々の御用商人に水晶と軍配を用意してもらうよう依頼した。これは御館様が目を覚ました時に贈る物だ。

万が一、亡くなったら若殿に差し上げよう。

これは秘密裏に進めたい。だから、御館様に分からないように進めて欲しいと伝えた。

影が薄いから適任だね。とっても助かるよ。

疲れが溜まってるからか、本音がただ漏れになってる。

これ、秘密だよ? もう遅いかもだけど。

馬場と真田は戻ったら休ませよう。馬場は殿しんがりで、真田はおとり役で奮闘しているのに、これ以上仕事を増やすのは酷だろう。

僕と若殿は意識が戻り、回復するまでは御館様の世話をすることに決めた。それまでは政治上や、外交上の処理を手伝おう。










……っ、ここは……?

周囲を見渡すが誰もいない。目印になる物も無い。

冷たい水が足元に浸かっていて寒さを感じる。そこで初めて、自分が川に立ってることに気付いた。

俺は最後まで、景虎に抵抗していたはず。そこから先は、何も覚えてない。

どうしたものかと、その場で棒立ちしていたところ、誰かの声が聞こえた。

「兄上!」

その声は……俺を一番大切にしてくれた信繁だ! 川中島以降、ずっと会いたかった!

「こっちです兄上。久しぶりですね」

信繁は既に亡くなっている、ということはここはそういう場所なのだろう。

「信繁……久しぶりだな。会いたかったぞ」

俺は何も考えず、信繁に近付く。

しかし信繁は何かを知っていて、遠ざかるばかり。

「なぜだ……なにゆえ俺を避ける?」

信繁は答えず、首を振るばかり。

だが俺には分からない。父上や義信に続いて、冥界でも嫌われたのか。悲しくなり、がっくりと肩を落とす。

「……兄上は、ここがどういう場所かお分かりですか?」

意外な質問に、顔を上げる。

「……どういう事だ?」
「兄上はいま、生死を彷徨っているんです。兄上がいま立っているところは三途の川といって、ここを渡りきってしまうと、兄上は亡くなったことになるんです」

それがどうしたんだ。俺はあの時、景虎から受けた拷問で心も身体も傷だらけ。

もう生きる力もない。このまま生きても辛いだけだ。早く楽にしたい。

「だが俺はもう……」
「今すぐここから引き返して下さい!」

大声で叫ばれ、俺は目を開く。

それを言うためだけに来たのか。

だけどそんなの、理由にならない。

あの時、大切な物を失ってしまった。それを取り戻さなければ。

「待ってくれ! 俺はこのまま」
「兄上の帰りを待ってる人がいるんです! 兄上は、その人達を見捨てるというのですか!?」

その言葉でふと、仲間あのこ達の顔が浮かぶ。

そうか……俺はまだ、すべてを失っていない。

幸せな時間を共に過ごせる、かけがえのない仲間達が。

喜びも、悲しみも、痛みも、楽しみも、色んな感情、戦を共有してきた。

そして、ここまで積み重ねてきたものがある。

それを捨てるわけには、いかない。

「……信繁、俺の負けだ。もう少しだけ、生きることにしよう」

俺はそのまま、此岸へ戻る。

振り向くと、信繁が手を振ってくれた。俺もまた、手を振り返した。
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