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本編第一部「金の王と美貌の旅人」
1 始まりの物語
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――天界と地上が、未だはっきりと分かれていなかった時代。
気紛れに地上に降りた金黄色の髪持つ神族の男が、美しい人間の青年に恋をした。
「お前、美しいな」
「こんな姿、なんの役にも立たない。生き辛いだけだよ」
「それならば、俺が守ってやろう。お前が生きていて楽しいと思えるようにな」
「……君、私を口説いでいるのかい?」
青年は希なほどに美しい容姿ゆえに他人に受け入れられず、人里を離れて森の奥深くで独り暮らをしていた。望まぬ孤独の中にいた彼にとって、彼の訪れはまるで大地に沁み込む雨水のようだった。恐れを抱く様子もなく好意的なばかりの態度に、青年が絆されてしまうのに時間は掛からなかった。
「お前と共に暮らしたい。どうやって暮らしていたか教えてくれ。なんでもする」
「いいとも。不自由な暮らしでも良いのなら……」
「構わない。お前と二人でなら、どうとでもなる」
ごく普通の人間がするのと同じように田畑を耕し、森の恵みを集めて糧とした。二人で苦楽を分かち合いながら慎ましく暮らす日々は、生きる喜びに満ちたものになった。男が青年を見詰める瞳は、日増しに熱を帯びていく。対する青年の方も、男を愛おし気に見つめ返した。
――そんな彼らが恋人の契りを交わすのに、それほど時間は掛からなかった。
出会いから数年が過ぎても、仲睦まじさは変わらないどころか、むしろ深まっていった。男は青年に自らの力を分け与え、己が一族に加えようとまで考えはじめていた。
だが、ほんの少しだ心にうずくまる疑念が、それを踏み留まらせていた。
……彼は本当に、神族の力を与えるのにふさわしい人間だろうか。
若者は自らの美しい容姿を好いてはいなかったが、それがどんな影響を周囲に及ぼすのかを知っていた。美しく微笑むその顔の裏で、神族である自分に取り入ろうと画策しているのではないのか?
神の力をもってして心を見透かそうとも考えたが、それをして万が一にも彼の心に偽りを見出してしまうのが恐ろしかった男は、幾年ものあいだ力を与えることをためらい続けた。
一方の青年もまた、男の愛情に疑いを持っていた。
老いて美しさが衰えてしまえば、彼は興味を無くしてしまうのではないだろうか。いつか捨てられてしまう日が来るかもしれない。そうして傷付くのは自分だ。心底まで気を許してはいけない。
――この疑念が心にくすみを生じさせ、男が決断を下すのをためらう一因となってしまった。
神である男は若い姿のままだったが、若者は少しずつ年老いていった。これ以上ないほどに互いを愛しながらも、信じ切れずに、真に絆を結ぼうとせず年月は瞬く間に過ぎていく。
やがて人間である青年の命が燃え尽きて、あとわずかでその灯が消えてしまう刹那。彼の魂に触れたその時に、男はようやくにして恋人への疑いを捨てることが出来た。
「こんな、こんなに俺のことを想っていてくれたのか。……魂さえも美しい。……ずっと近くにいたのに、俺は、どうして気付けなかったんだ!」
男は、喉も避けんばかりに絶叫した。
「死ぬな! 俺を置いて逝くな!」
枯れ果てた最愛の体をかき抱き、際限なく力を注いでも命の灯は小さくなっていく。
「ありが……とう……。楽しかった……」
「嫌だ! 死ぬな! もっとお前と生きて行きたいんだ! 頼むからっ! ああっ、嫌だ!」
今や年老いた老人となった青年は、淡く微笑んだまま息を引き取った。
気紛れに地上に降りた金黄色の髪持つ神族の男が、美しい人間の青年に恋をした。
「お前、美しいな」
「こんな姿、なんの役にも立たない。生き辛いだけだよ」
「それならば、俺が守ってやろう。お前が生きていて楽しいと思えるようにな」
「……君、私を口説いでいるのかい?」
青年は希なほどに美しい容姿ゆえに他人に受け入れられず、人里を離れて森の奥深くで独り暮らをしていた。望まぬ孤独の中にいた彼にとって、彼の訪れはまるで大地に沁み込む雨水のようだった。恐れを抱く様子もなく好意的なばかりの態度に、青年が絆されてしまうのに時間は掛からなかった。
「お前と共に暮らしたい。どうやって暮らしていたか教えてくれ。なんでもする」
「いいとも。不自由な暮らしでも良いのなら……」
「構わない。お前と二人でなら、どうとでもなる」
ごく普通の人間がするのと同じように田畑を耕し、森の恵みを集めて糧とした。二人で苦楽を分かち合いながら慎ましく暮らす日々は、生きる喜びに満ちたものになった。男が青年を見詰める瞳は、日増しに熱を帯びていく。対する青年の方も、男を愛おし気に見つめ返した。
――そんな彼らが恋人の契りを交わすのに、それほど時間は掛からなかった。
出会いから数年が過ぎても、仲睦まじさは変わらないどころか、むしろ深まっていった。男は青年に自らの力を分け与え、己が一族に加えようとまで考えはじめていた。
だが、ほんの少しだ心にうずくまる疑念が、それを踏み留まらせていた。
……彼は本当に、神族の力を与えるのにふさわしい人間だろうか。
若者は自らの美しい容姿を好いてはいなかったが、それがどんな影響を周囲に及ぼすのかを知っていた。美しく微笑むその顔の裏で、神族である自分に取り入ろうと画策しているのではないのか?
神の力をもってして心を見透かそうとも考えたが、それをして万が一にも彼の心に偽りを見出してしまうのが恐ろしかった男は、幾年ものあいだ力を与えることをためらい続けた。
一方の青年もまた、男の愛情に疑いを持っていた。
老いて美しさが衰えてしまえば、彼は興味を無くしてしまうのではないだろうか。いつか捨てられてしまう日が来るかもしれない。そうして傷付くのは自分だ。心底まで気を許してはいけない。
――この疑念が心にくすみを生じさせ、男が決断を下すのをためらう一因となってしまった。
神である男は若い姿のままだったが、若者は少しずつ年老いていった。これ以上ないほどに互いを愛しながらも、信じ切れずに、真に絆を結ぼうとせず年月は瞬く間に過ぎていく。
やがて人間である青年の命が燃え尽きて、あとわずかでその灯が消えてしまう刹那。彼の魂に触れたその時に、男はようやくにして恋人への疑いを捨てることが出来た。
「こんな、こんなに俺のことを想っていてくれたのか。……魂さえも美しい。……ずっと近くにいたのに、俺は、どうして気付けなかったんだ!」
男は、喉も避けんばかりに絶叫した。
「死ぬな! 俺を置いて逝くな!」
枯れ果てた最愛の体をかき抱き、際限なく力を注いでも命の灯は小さくなっていく。
「ありが……とう……。楽しかった……」
「嫌だ! 死ぬな! もっとお前と生きて行きたいんだ! 頼むからっ! ああっ、嫌だ!」
今や年老いた老人となった青年は、淡く微笑んだまま息を引き取った。
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