【完結】金の王は美貌の旅人を逃がさない

ゆらり

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本編第一部「金の王と美貌の旅人」

15 地下室 ※R15

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 残酷な描写があります。飛ばしても話は繋がりますので、苦手な方は回避推奨です。
































 ……地下に設けられた、赤黒い石台の上。

 外套を取り払われて素顔を晒し、上半身を裸に剥かれた姿でキュリオは仰向けに横たわっていた。手足はそれぞれ石台の四隅にある鎖で戒められている。

 「……実に美しい。白い肌はとても良いと思っていましたが、顔隠し殿がこれ程に美しい吾人だったとは……、思ってもみませんでしたね」

 死神のように痩せて骨の目立つ節くれた手が、蝋燭の灯りに照らされたきめ細かい肌の上を這い回る。

 「これは……、堪りませんねぇ。鮮やかな色が実によく似合いそうだ」

 うっとりと感嘆の溜息をついて、男が飾り棚から取り外したのは小振りな刃だった。

 「とても、とても……、紅い血の色が映えそうです」

 過ぎる程に装飾を施された柄をした、その刃がてらてたと油をぬったように照り光っているのを見て、キュリオは微かに瞠目した。

 「好きなだけ怯えても、叫んでも、何をしても良いのですよ? 遠慮など要りません。ですが、ここは私の屋敷にある地下室です。誰も、助けになど来れはしませんけれどね! あはは! あはははははは!」

 黙したままの美しい獲物に、絶望を煽る言葉を吐きながら男は楽し気にわらった。

 「強く美しい者は、こうして嬲ると、とても興奮します。ええ、、とてもね……」

 禍々しい刃が、ゆっくりと、浅く、肩口から腰へと袈裟懸けに動かされ、赤黒い石台の上に在ってより一層、白く際立つ肌にジワリと赤い線が浮かび上がる。

 「……」

 キュリオのは儚げな薄紅色をした口からは、苦痛の声は上がらなかった。

 「ああ、本当に美しい……。あははははっ! 実にいい気分ですよ!」

 狂喜し笑いながら立て続けに肌を切り付け始めた男は、恍惚として多幸感に満ち満ちていた。無数の傷から見る間に大量の血が溢れ出て、しなやかな体の表を幾筋もの細い川となり流れ落ちていく。痛みに顔を歪めるでもなく、キュリオは男から顔をそらさずに、静かに見つめ続けるばかりだ。

 「こんなことを喜びとするとは、……不幸な男だな」   

 凄惨な姿になりながらも、キュリオは声を震わせることもなく静かに言った。 

 「……随分と余裕がありますねぇ。……気に入らないですよ」
 
 怒りも怯えもない穏やかな眼差しに、男の顔から表情が消える。

 「まだそんな顔でいられるのかっ! 泣き叫べ! 悲鳴を上げろ!」 

 キュリオの屈する気配のない姿が、男の癇に障ったのだろう。先ほどまでの愉悦を含んだ表情から一変して、苛立ちもあらわに叫び声を上げる。そして、唾を飛ばして狂ったように喚きながら刃を更に振い続ける。


 しかし、幾度となく刃を突き立てても、彼の口からは悲鳴は上がらなかった。


 ――悍ましく、そして異様な光景が男の前に広がっていく。


 死と血の匂い包まれているにも関わらず、漂うのは酷く静謐せいひつな空気。自身が受けた傷の痛みにではなく、眼前の者への哀れみを込めて痛まし気に細められた瞳。常人ならば恐慌し、絶叫し、狂い、ともすれば絶命するかと思える傷を受けてなお、血の海に横たわる白く美しい姿は、恐ろしいまでに崩れを見せてはいなかったのだ。

 ――ひたすらに静かに、穏やかに、哀れみばかりを湛えた瞳が、男をひたと見据えている。人のそれを超えた尋常でない異質さがそこにはあった。

 その眼差しに、ついに男は屈した。

「ああああっ!」

 傍目にもわかるほどに酷く狼狽し、額には脂汗が浮き始める。そして、死神の如き面差しは死相のごとくに蒼白になっていった。

 「この化け物がああああ!」

 怯えた悲鳴混じりの叫び声を上げながら、刃を高く振り上げた。

 「かはっ、……く……ぅ、ふっ……」

 鈍い音を立てて、臓腑へと達する深さまで刃が沈む。あまりの衝撃に咽びながら息を吐き出し、キュリオの瞳が大きく見開かれたのを見て、男は勝ち誇った表情を浮かべた。

 「あはははっ! 苦しいか? 痛いか? 化け物め! 泣けえっ! 慈悲を乞え!」

 腹に短剣を残したまま手を離して、肩で息をして叫ぶ。

 「……ふ、……くう……っ」

 苦し気な呻き声が上がりはしたが、翡翠の瞳にはどこまでも深い哀れみがあるばかりだ。

 「この……っ!」

 蒼白にしていた顔色を怒りに赤く染めながら、男は頬を力任せに叩いた。激しい音がして唇の端が切れ、そこからも血が滲んだが、彼の目の光を鈍らせるには至らない。 

 そして、男はとうとうその場に居ることに耐えられなくなった。
 
 「そのまま苦しみ続けるがいい! 化け物めがあああああ!」

 耳障りな叫び声を上げながら、踵を返して逃げ出したのだ。

 静まり返った地下に、どこからか明けの時を告げる小鳥達のさえずりが聞こえる。開け放たれた扉から流れ込んだ風が、傷付いた肌をそろりと撫でる。

 手足を戒められたままでは、腹に突き立てられた短剣を抜くことも出来ない。ただ失血で色を失った身体を震わせて、浅くせわしない呼吸を繰り返すのみだ。赤黒い石台を血潮の紅色が隈なく染め上げ、石畳の床へと滴り落ち始めている。 

 「……はぁ……っ、はぁ……」

 キュリオの瞳から急速に光が失われていき、地下室は沈黙に包まれたのだった。
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