【完結】金の王は美貌の旅人を逃がさない

ゆらり

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本編第一部「金の王と美貌の旅人」

25 ベルセニア

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「――キュリオ様!」

 唐突に名を呼ばれて背後を振り返ると、開け放った硝子扉の所にはすっかり顔見知りとなった年長の侍女が立っていた。

「そのような薄着で外にお出になられては、お体が冷えてしまいます。お戻りくださいませ」
「ああ、済まないね。勝手をしてしまって」
 
 急ぎ足で部屋へ戻って来たキュリオの表情は、心持ちすっきりとしていた。

「謝罪など無用でございますよ。後ほど外履きをご用意致しますので、お庭に出られる際にはお使いくださいませ」

 詫びの言葉をやんわりと微笑みながら受けて上着を羽織らせてから「お座りください」と、準備していた椅子に座らせ、足の汚れを幾度か布を代えて丁寧に拭うと、湯の満たされた深めの器の中にキュリオの足をそっと浸した。

「……おや。これは有り難いね。実に暖かくて骨身に染みる……」

 心地良さそうに吐息を漏らしてキュリオがそう言うと、侍女は嬉し気な笑顔になる。

「それはようございました。薬草を煎じた湯でございますので、尚更によく温まりますよ」
「道理で良い香りがすると思ったよ。とても世話を掛けてしまって済まないね」
「こうしたお世話をさせて頂くことが、私共の役目でございます。気兼ねなく、お寛ぎくださいまし」
「ありがとう。こんな風に世話をして貰える身分ではないのでね、なんとも慣れないのだよ」
 
 恐縮するキュリオにきりりと引き締めた顔で「慣れてくださいませ」と言いながら、侍女はきびきびとした動きで部屋に設えられた華奢な脚の付いたテーブルにクロスを掛けるなどして食事の準備をしていく。

「朝餉に野菜を煮込んだ汁物と、果物をご用意いたしました。他にお召し上がりになりたい物がございましたらおっしゃって下さい」

 キュリオが「それならば、汁物のみ頂きたい。多くは食べられそうもないから」と言うと、「食欲がおありになれれないのでしょうか」と、侍女が気遣わし気に彼に尋ねる。

「普段からあまり食べないのだがね、今朝は何だかあまり食べる気にならないのは確かだ」
「そうでございますか……」

 彼女は湯から上げたキュリオの足を丁寧に拭き上げて室内履きを履かせてから、不意にぐっと勢い良く椅子に座る彼の顔を見上げ、こう言った。

「リヤスーダ様は、キュリオ様を嫌ってここへ閉じ込めたのでは、決してありません」
「そうだろうか。私にはまだ、良くわからない……」
「私の立場から申すのも差し出がましいことなのは重々承知ですが、どうかリヤスーダ様を恨まないで差し上げて下さいませ。キュリオ様とお会いになられているときのあの御方は、今までになくとても楽しそうでございました」
 
 ……それは、別れを告げる前のこと。今の二人は何ともし難い関係になっている。

 侍女としては、恐らくは主の只事でない様子から、その辺りを察してはいたものの何事か言わずには居られなかったと言うところなのだ。
 
「……恨むことなど出来はしない。今でも、私は彼を好ましいと思っている。それに、私が悪いのだよ。彼の気持ちを十分に汲めなかった。私が恨まなくとも、逆に彼が私を憎んでいるのかもしれない」
「たとえそれが真実であったとしても、このようなことは余りに酷い仕打ちでございますっ!」

 侍女は感極まった声を上げて、傍目にもわかるほどに涙ぐむ。

「ああ、そんな風に泣かないでくれまいか。私は大丈夫だ。こうして大層な扱いをして貰えているのは勿体ないことなのだし、決して居心地は悪くはない。本当に、平気だから」

 そんなことを言いながら儚い笑みを浮かべるキュリオの姿に、侍女は何か意を決した面持ちになり「失礼致します」と、言いながらキュリオの左手を両手で恭しく捧げ持ったかと思うと自らの額へと押し当てた。

「わたくしには、ここから貴方様を逃がして差し上げられる力はございません。……ですが、少しでも心健やかにお過ごし頂けるよう尽くさせて頂きます。いつかここをお出になられる日が来るまで、どうぞ宜しくお願い申し上げます」
  
 彼女はキュリオの左手をそっと下ろし、張りのある声で長々と宣言をした。

「このベルセニア、誠心誠意お世話させて頂きます!」

 気迫の込められた、侠気おとこぎすら感じさせる宣言だった。キュリオは驚きに目を瞬いたが、すぐに柔らかく口元を緩める。

「何と言っていいいのか……。ああ、しかし、貴女の心遣いはとても嬉しいよ」

 優しい声音でもって誓いに返答を返す。そして彼女の手を取り、その甲に額を軽く当た。

「有難う、ベルセニア」
「礼には及びません」

 一連の動作が済んだところで、ベルセニアは楚々と立ち上がった。

「額に手を当てる意味は、ご存知なのですね」
「大まかには、聞きかじってはいたのだよ。その後に続く言葉や行為で幾らでも意味が変わる、この国特有の風習だね。広義の意味では、心を捧げる、誠意を示す、というのが正しいか」
「よくご存じで」
「無知が免罪符にならないのが、世の常だからね。この類は行く先々でまず調べることにしているのだよ」

 キュリオは肩を竦めて見せた。そして、居住いを正してベルセニアを真っ直ぐに見詰める。

「……ベルセニア、私はしがない旅流れ者だ。なにかと迷惑をかけるやもしれないが、どうかよろしく頼むよ」
「はい。承知いたしました。キュリオ様」

 キュリオは慈母の如く微笑む侍女に、柔らかな笑みを返した。
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