モンスターコア

ざっくん

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受験戦争

23話 カイザ再び.1 3/25 一部改変しました。

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 リュートは慌てて木の影に隠れる。

(やっちゃった~…)

 深い後悔の念がリュートを襲う。
 幸いアトラトルを使ったこともあり、槍の離距離を読み違えたのだろうかカイザはまだ遠くを探している。

(不意打ちできるかな…でもカイトみたいなタイプだったらどうしよう)

 リュートは槍を形成してしばし様子を見る。不意打ちを仕掛けたいが、カイザの堂々と歩く様子を見て躊躇う。彼の行動から鋭い感覚を持っているのではないかと考えた。

 鋭い感覚の持ち主は状況によって誤差があるものの、害意を持って見ると確実に気づかれる。
 人によっては見られただけでも気づくほどの精度を持っている。

 カイザの行動が自身を餌にリュートを釣り出そうとしているように見える。
 これは、鋭い感覚を持っているからこそできる行動である。

「……」

 リュートは耳を澄まして環境音を探る。

(ダメそう…)

 案の定、何の音もない静寂であった。広大な土地で忘れそうになるが、この場所は室内である。風も吹いてなければ近くに川もない。
 カイザが見当違いな場所を探していると言っても、距離はそこまで遠くない。物音一つで気づかれかねない。

 リュートは木の影から観察していただけのはずなのに、カイザの視線がリュートへと向いた。

(なんで!?)
 
 リュートは想定外に驚愕した。
 
「…ッ!み~つけたぁ」

 カイザがものすごいすごい剣幕でリュートへと歩みを進めた。
 顔は笑ってはいるものの狂気じみていた。顎を引き、槍を構え、獲物を狙う猛獣の様な目つきをしていた。
 怒りで我を忘れていそうな目つきをしていた。しかし、その見た目に反して動きは大変綺麗であった。
 ゆったりと歩き、背筋は伸び綺麗な姿勢を保っている。同じ人間の身体であることに違和感を覚えるほど顔と体が乖離している。

「おい、こっち来い!ぶっ潰してやんよ!(絶対逃がさねぇ、ぶっ潰してやる!)」

 カイザの精神状態は至って冷静であった。彼は怒を爆発させたよう見える。しかし、合理的にリュートを狩ることのみに思考を絞られている。

「ふーーッ…」

 カイザは意図的に自身の精神状態を操作する。怒りを再現して頭に血を登らせた。それにより、谷間の馬鹿力を発動させた。

(邪魔が入る前にケリつけてやらぁ!)

 カイザは緊張を保ったまま歩き続けていた。彼には変化が見られず槍を持ったまま歩っている。

(何で歩いてるんだろう?罠かな?)

 リュートは敵を前にして歩くカイザに疑問を感じる。よって、隙を見せないように注意を払いながら罠の改良と増築を行った。

 カイザがこちらに辿り着くまでの間『岩魔法』『座標魔法』『固定魔法』『軟化魔法』をフルを使って半径10メートルほどある自分専用のフィールドを形成した。

 『座標魔法』『軟化魔法』で落とし穴を生成

 『岩魔法』『座標魔法』『固定魔法』で空中含め、岩でできた棒の足場を形成。

 リュートは『岩魔法』で鉤爪型のショーテルを形成した。それをすぐ横の木に突き刺して固定した。

(来るなら、来い!)

 リュートは新たに岩の槍を形成して、体を半分木の影に隠しながら投げつけた。
 今回リュートは強気だった。勝てる保証は無いが、こちらは罠を張り終えて相手の手の内ある程度分かっている。
 その上、洞窟での戦闘中は常に受けに回っていた。その為、こちらの攻めの手の内がほとんど割れていない。これ程有利な状況をものにしないのはもったいない。
 
「フンッ!フンッ!」

 リュートは同じ様に槍を構えて投げ続ける。槍は難なく躱されているが、投げ得なためさほど気にならない。

「あっ…(どうしよう…)」

 リュートはカイザがこちらに来た時のことを思い出した。彼がその時に投げた手裏剣の飛距離が想定よりも長い事に気がついた。
 洞窟内の攻防戦では狭かったこともあり気付けなかったが、先程の手裏剣はかなり長い。このままではフィールドの外から一方的に攻撃されてしまう。

 リュートはショーテルを回収し、木を盾にしながら後ろに下がる。

(まずい…)

 リュートの足が止まった。下がるために隠れる木が遠くにあり、移動するには長い時間体を敵の前に晒さなくてはならなくなってしまった。
 魔法で壁を作ることも出来るが、妨害されることは明らかであった。

 リュートは『岩魔法』で4本のナイフと盾を形成した。牽制に右手の指に挟んだナイフを放り投げ、盾を構えながら木の影へと走った。

ビュン!

 今までずっと歩くだけだったカイザが槍をその場で空振りした。下から上にものすごい勢いで薙ぎ払った。

「…ッ!」

 リュートは驚きその場で止まった。しかし、驚いたのはカイザの素振りに対してでは無い。彼のすこし前を目に捉えられないほどの速度で何かが飛んでいったのである。

「えっ?」

 リュートは通り過ぎた物体を確認するために振り向いた。それは、動いているものを追うと言う反射的なものであった。

(やばい!)

 リュートはハッと我に帰りリュートはカイザへと盾を向ける。緊張し、今までに無いほど集中する。
 彼はカイザに決定的な隙を与えてしまった。これだけの時間があればすぐに距離を詰められてしまう。
 幸いな事に周りには罠があり不利な状況ではない。初手を捌き切れば有利に立ち回ることができる。
 しかし、予想に反してカイザはその場に立ち止まって槍を振り回していた。

(あれ?どうして動かないんだろう…)

 リュートは疑問に思いながらもカイザを観察する。そして、盾を構えながら、魔法で手前に壁を形成する。
 彼がすぐに木の裏に隠れないのは目の前を飛んだ飛び道具を警戒してのことである。目を離してかわせるような速度ではなかった。もちろん、カイザが手裏剣を形成した際に木に隠れることができるような距離を保っている。

(アレは…!)

 リュートはカイザを観察してある事に気がついた。
 カイザの持つ槍がかなりしなっていたのである。
 リュートはその瞬間にカイザが持つ槍が自身のアストラルと同質なものであると理解した。

「…ッ!(やられた!)」

 リュートの右肩が前方向に引っ張られた。驚いて肩を見ると、服に返しの着いた釣り針が突き刺さっていた。釣り針には『糸魔法』で作られた糸が付けられていた。

これ、見えづらい…」

 リュートは先程形成した壁で体を支えて踏ん張る。
 そして投げ損ねたナイフで糸を切りに掛かる。しかし、糸に『硬質化魔法』が掛けられており手早く切ることができなかった。

「オラァ!」

カイザが三間の槍を形成して岩の壁に向かって投げた。
 彼の放った槍は壁を破壊してリュートの姿を露わにした。

「グッ…!」

 リュートはカイザの糸に翻弄されて体勢を崩してしまう。持ち直そうとするが、的確に竿を振るうカイザに敵わず重心を崩されてしまう。リュートは針にかかった魚の如く引き寄せられてしまった。

(これ、不味いかも…)

 リュートはショーテルでも糸を斬りつけるが、案の定『硬質化魔法』と体勢を崩れている影響で断ち切ることができない。

(壁をを作らないと!)

 リュートは『岩魔法』で新たに弧の形をした壁を立てる。さらに、台形を三つ繋げた壁で屋根を作る。

「チッ…」

 カイザは竿の片手間に棒手裏剣投げるが、壁に刺さるが刺さるのみで崩れはしない。

「ふぅ、」

 リュートは壁と屋根の間に入り込み束の間の安心を得る。
 だが、そこに留まっているわけにもいかない。投げ槍を形成してギュッと握りしめた。

「ようリュート、これでやっと対等だなぁ!」

 カイザがそれを見て振り回していた竿を地面に深く突き刺した。竿は地中で枝分かれして固定される。
 彼は巨大な薙刀を手にリュートへと一直線に走り出した。

(やられた!)

 リュートは咄嗟に槍を投げる。
 しかし、逃走の手立てが封じられて一対一タイマンを強制されてしまった。
 糸を切ることもできなくは無いが、やろうとすれば即リタイヤになりかねない。
 腹を括って右手にショーテルを持ち、左手に丸盾を形成する。
 カイザは槍を薙刀で弾き突き進んだ。

(あんな思いすんのは、アレで最後だ)

 カイザはリスク度返しでリュートを追っていた。戦闘音が聞こえれば必ず向かう。
 さらに、彼はリュートと戦う時の為に道中に見つけた敵を全てリタイアさせてきていた。できる限り邪魔の入らない状況で逃さないようにするためである。

 そこまでして、彼がリュートに固執するのは自分に掛けた法が関係していた。
 カイザは実現可能で尚且つ、努力を必要とする事柄の誓いを立てる。そして、失敗したら死ぬと言う気概を持って臨み成功させる。それを繰り返すことで誓いそのものが法に昇華する。そうして作られた法は自身を鼓舞する絶対的な存在へと進化する。
 そうは言っても失敗したところでカイザは自殺をすることはない。しかし、その気概で臨んだ事柄を自ら不意にする行為はそれを無価値な物とし、崩壊させることを意味する。
 今日カイザが建てていた誓いは【絶対に逃げない】であった。リュートに執着する理由もそこにある。彼が洞窟内から逃亡した際に安堵してしまった。
 カイザはどんなに攻撃しても攻めきれず、隙あればそこを的確に突いてくるリュートこの息が詰まりそうな戦いに疲れ果ててしまったのである。だから考えてしまった。

(これで、アイツとやらなくていい)

 と、リュートが逃げ出したとは言え、それは結果的にカイザの心に影を落とした。
 自身に言い訳を出来ないわけではない。しかし、それは自ら建てた誓いの質を落とすことになる。
 それは、自身の価値を下げる事につながる。

(それだけは、あっちゃいけねぇ!)

 カイザは薙刀を捨てる。そして新たに『水魔法』で穂が両刃の長剣で出来た大身槍を形成した。
 そのまま辺りに設置された棒に素早い連撃を与え破壊、そこに飛んできた盾を叩き落とし、リュートの作ったフィールドのど真ん中で止まり槍を構えた。

「こちとら、一生もんの宝盗られかけてんだ!落し前つけてもらうぜ!」

 カイザはリュートに槍を振り落とした。しかし、それは空を切った。

「…ッ!」

 カイザはすぐに槍を後ろに廻しリュートの攻撃を弾く。振り向き攻撃を仕掛けるが、それも、空を切るのみで当たらない。数回仕掛けるも結果は同じであった。

「なっ!なんだコイツ!?」

 カイザは驚きのあまり口をついて声が出てしまった。

「あの…なんて言うか…宝に心当たりないんだけど…」

 リュートはショーテルをもう一つ形成し左手に持っている。
 しどろもどろとした声に反してリュートの目は鋭くカイザを見つめていた。
 リュートはカイザの弱点となる変化をその眼で感じ取った。
それは、戦闘スタイルの変化である。例として、全ての攻撃を致命的かそれ以外で極端に二分にぶんして対処するようになった。そのため、致命的になり得ない攻撃は全て無視される。その分、攻撃や観察、戦術の巧妙さなどが高くなった。
 その代償として視野が狭くなり、フィールド全体に目が行き届かなくなっている。

「気にすんな(チッ、意外に動くな…)」

 カイザは立ち止まり槍を構えた。そうする事で足元の罠をきにする必要がなくなる。

(ここだ!)

 リュートは自身の落とし穴を踏む抜いた。しかし、彼の足は沈まなかった。

「…ッ!」

 カイザは不意を突かれて反応が遅れてしまった。

(どう言う事だ!?)

 カイザは落とし穴を踏んだにもかかわらず、影響を受けないリュートに驚き困惑した。

 リュートの足が沈まなのは仕掛けがあった。空中に固定された棒には落とし穴の目印としての役割もあった。
 先の尖っている物は真下に、中途半端な尖り方をしている物はその先の地面に落とし穴が生成されている。先の尖っていないものはただの足場でデコイである。

ガチンッ!

「危ねぇ…(クソっ、やりずれぇ)」

 カイザは間一髪槍で弾いた。
 リュートのショーテルは湾曲している。そのため、安易に受けると刺されてしまう。
 彼がショーテルを弾けたのはその卓越した技量ゆえである。

(うそ…)

 リュートの攻撃は完全な不意打ちであった。それなのに、捌き方を考えるほどの余裕がある事に驚愕した。
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