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就活編
謝罪
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そこに立っていたのは、小学生くらいの女の子だった。肩にかかるほどの黒髪とまん丸い瞳、まだあどけなさの残る容姿。その瞳は大きく見開かれていた。
ただ一点を見つめて。
「ポン太.....」
その視線は赤く染まり横たわる大型犬に向けられていた。
間違いない。この子はこの犬の飼い主。この家の娘なのだ。
恐らく、公園で聞いた怒鳴り声の相手がこの子だったのだ。今の今まで恐怖に震えていたのか、全身が小刻みに震えている。
まさか勇気を振り絞って出てきたのか?
それとも状況が分かって、いてもたっても居られなくなったのか?
おそらく前者であり後者だ。
どうしたものかと思った。
この少女は大切な家族を見ず知らずのよく分からないおっさんに殺されたばかりなのだ。
幼いこの子にとって、まさにトラウマ級のことだ。一生残るかもしれない心の傷になる。
何て声を掛ければ良い?
時間はない。
どうする?
健太が考えあぐねていると、横からスッと髭の男が動いた。
少女に向かって、真っ直ぐ歩いていく。
「おい、オッさ.....」
声を掛けるが髭の男は止まらない。
女の子は足がすくんで動けないのか立ち尽くしている。
髭の男は少女に覆いかぶさるのでないかというほど近付いた後、全身から力が抜けたように、がくりと両膝を地面についた。
少女と同じ目線で、髭の男は少女を見つめる。
自分は、その小さく縮こまった背中を見つめることしか出来ない。
髭の男がポツリと呟く。
「....めん....」
ちいさくて聞き取れないくらいの声量だった。でも、意味はわかった。
少女の瞳が更に大きく見開かれた後、ポロポロと大粒の涙が溢れ出したから。
「.....グスッ.....ポン太、死んじゃったの?」
「......」
「オジサンが殺したの?」
「......」
髭の男は何も言わない。大きな背中を縮こませながら。その背中は小刻みに震えている。
「ごめん.....ごめんな.....」
ただ、髭の男が小さく繰り返す。
何て声を掛ければいいだろうか。
頭にふと出た疑問。
だが、その疑問はすぐに消えた。
いや、最初からかける言葉なんてなかった。
あくまで自分は部外者で、野次馬で、本来ここにいるべき人間ではないのだ。
犠牲者が最小限で済んだ。
そのことを素直に喜べば良い。
髭のオッサンは既に手を汚していた。
罪を背負い生きなければならない。
今この瞬間が、そのはじまりなだけだ。
自分の不幸を棚に上げようと、誰かの幸せを奪って良い理由にはならない。
どれだけ改心しようと、たとえ心の拠り所を探していただけであろうと、罪は罪なのだ。
涙を流して謝罪する髭の男、その髭の男を涙を流して、ただ見つめる女の子、横たわる忠犬、そして、何も出来ない自分がそこにはいた。
遠くで響いていたサイレンが、すぐ近くまで来ていた、このときのことを、今でもよく覚えている。
ただ一点を見つめて。
「ポン太.....」
その視線は赤く染まり横たわる大型犬に向けられていた。
間違いない。この子はこの犬の飼い主。この家の娘なのだ。
恐らく、公園で聞いた怒鳴り声の相手がこの子だったのだ。今の今まで恐怖に震えていたのか、全身が小刻みに震えている。
まさか勇気を振り絞って出てきたのか?
それとも状況が分かって、いてもたっても居られなくなったのか?
おそらく前者であり後者だ。
どうしたものかと思った。
この少女は大切な家族を見ず知らずのよく分からないおっさんに殺されたばかりなのだ。
幼いこの子にとって、まさにトラウマ級のことだ。一生残るかもしれない心の傷になる。
何て声を掛ければ良い?
時間はない。
どうする?
健太が考えあぐねていると、横からスッと髭の男が動いた。
少女に向かって、真っ直ぐ歩いていく。
「おい、オッさ.....」
声を掛けるが髭の男は止まらない。
女の子は足がすくんで動けないのか立ち尽くしている。
髭の男は少女に覆いかぶさるのでないかというほど近付いた後、全身から力が抜けたように、がくりと両膝を地面についた。
少女と同じ目線で、髭の男は少女を見つめる。
自分は、その小さく縮こまった背中を見つめることしか出来ない。
髭の男がポツリと呟く。
「....めん....」
ちいさくて聞き取れないくらいの声量だった。でも、意味はわかった。
少女の瞳が更に大きく見開かれた後、ポロポロと大粒の涙が溢れ出したから。
「.....グスッ.....ポン太、死んじゃったの?」
「......」
「オジサンが殺したの?」
「......」
髭の男は何も言わない。大きな背中を縮こませながら。その背中は小刻みに震えている。
「ごめん.....ごめんな.....」
ただ、髭の男が小さく繰り返す。
何て声を掛ければいいだろうか。
頭にふと出た疑問。
だが、その疑問はすぐに消えた。
いや、最初からかける言葉なんてなかった。
あくまで自分は部外者で、野次馬で、本来ここにいるべき人間ではないのだ。
犠牲者が最小限で済んだ。
そのことを素直に喜べば良い。
髭のオッサンは既に手を汚していた。
罪を背負い生きなければならない。
今この瞬間が、そのはじまりなだけだ。
自分の不幸を棚に上げようと、誰かの幸せを奪って良い理由にはならない。
どれだけ改心しようと、たとえ心の拠り所を探していただけであろうと、罪は罪なのだ。
涙を流して謝罪する髭の男、その髭の男を涙を流して、ただ見つめる女の子、横たわる忠犬、そして、何も出来ない自分がそこにはいた。
遠くで響いていたサイレンが、すぐ近くまで来ていた、このときのことを、今でもよく覚えている。
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