悪役令嬢の尻ぬぐい

蔵崎とら

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 昔々あるところに悪役令嬢が――いませんでした。

 本来いるはずだった悪役令嬢はどこに行ったのか。
 それを調べるのはとても簡単だった。
 なぜならこの世界にあるはずのないアイスクリームを生み出して大繁盛していたから。
 彼女はおそらく前世の記憶を持ったままの転生者だったのだろう。
 そして、知っていたのだろう。己の不憫な末路を。
 それが嫌だったのか、ガチでアイスクリーム屋さんがやりたかったのかは知らないけれど、本来当時の次期公爵様の婚約者になる予定だったはずなのに、その座を避けて逃げ出していたようだ。
 まぁ、端的に言えばフラグを折って回避するタイプの人だったのだろう。

 ただ、彼女はきっと知らなかった。
 悪役令嬢の不憫な末路のその後。この作品の続編の存在を。
 続編の冒頭は、前作の真エンディングムービーから始まっていた。そしてその真エンディングには悪役令嬢が再登場する。
 彼女はそこで、案外幸せそうにしていたのだ。次期公爵様との婚約はなかったことになっていたが、クソイケメンクソイケボキャラの妻になっており、子どもを産んでいた。
 ヒロインのほうは本体に前作のデータがあればそれを引き継いで、最終的に一番親密度が高かった相手と結婚。そしてそちらも子どもを産んでいる。
 そんな続編の主人公はヒロインの子ども。悪役令嬢の子どもはその主人公のよきライバルとなる。
 衝突することもあるけれど、二人の仲は良好で、悪役令嬢のような不憫な末路はとくに用意されていない。
 不憫な末路を用意してしまったら前作の悪役令嬢のときのような非難が殺到してしまうからだと思うけど。

「これより魔王討伐部隊の選出に向けてのテストを開始する!」

 そんな先生の大きな声を聞いた瞬間、ため息が溢れ出しそうになった。
 そもそも悪役令嬢さえ逃げ出したりしなければ、こんなテストが発生することはなかったのだ。
 だって続編は魔王討伐までの道のりの中で芽生える恋のお話なのだから。
 ヒロインと攻略対象キャラ、そしてライバルの女の子が自動的に選出されて魔王討伐へ向けて旅に出る。
 その旅の中であんなことやこんなことが起きて魔王討伐後にめでたく結ばれる、みたいな話なわけだ。

「浮かない顔してるねぇ、討伐部隊選出最有力候補!」
「痛っ!」

 ちょっと強めに背中を叩かれつつ声をかけられた。
 声をかけてきたのは友人のマリネルだ。

「……こっそり逃げちゃおうかな」
「なんで? 勿体ないよ」

 マリネルは勿体ないと言うけれど、ゲームの中で魔王を討伐するのと現実で魔王を討伐するのとではわけが違うだろう。
 ただ、討伐部隊に選出され本当に魔王を討伐することが出来れば、その後は王家から勲章を頂き恩給を貰いながらの地位も名誉も金も手に入れた悠悠自適な生活が待っている。
 マリネルの言う勿体ないとはそのことだ。
 確かに悠悠自適な生活は憧れるけれど、魔王を討伐出来ない可能性だってあるのではないだろうか?
 あの作品だってバッドエンドではヒロインたちが魔王に取り込まれてしまってのデッドエンドだった。
 道中の敵にやられた時は『気絶』と表記されていたが、魔王に負けた時は明確に『死亡』と表記されていたのだ。
 ヒロイン次第で死ぬかもしれないなんて絶対に嫌だ。

「ミレイアのスキルがあれば一人でも魔王倒せちゃうでしょ?」

 と、マリネルは笑う。
 いくらなんでも、一人では無理じゃないかな。さすがに。魔王だし。ラスボスだし。ゲームでも結構強かったし。
 でも。そう、私にはちょっと特殊なスキルがある。
 特殊なスキルと言っても、ただ少し瞳に魔力を集めるだけで相手の急所が可視化されるというシンプルなもの。
 あまりに戦闘特化型で日常生活では大して役に立たない。
 特殊スキルを持っていると喜んだ両親も、スキルの内容を知ってあからさまにガッカリしていた。役立たず、と言って。
 あの言葉は棘となり私の心に刺さっていて、大きくなった今も両親に対する不信感が消えていない。
 魔王討伐はお断りしたいけれど、あの両親と離れられるのであればそれはそれでいいかなと思っている自分も、実はいたりする。
 でも死にたくはないなぁ。

「あ、順番回ってきそうだよミレイア!」

 マリネルに声をかけられたので、私はテストを受けるべく、試験官の元へと歩き出した。

 魔王討伐部隊の選出テストというのは、一次テストから始まって、五次テストくらいまであるらしい。
 今日行われるのは一次テスト。
 このテストは、ほぼ身体測定だ。身長だとか体重だとか、あとは魔力だとか体力だとか。
 基本的には身長が低すぎたり体重が重すぎたりすると落とされるらしい。
 しかし体力はなくても魔力さえあれば受かったりする人もいる、という話も聞いたことがある。
 私はおそらくどれも平均的なので、受かってしまうのだろう。マリネルだってほとんど平均的だから受かると思うけれど。
 マリネルと一緒に魔王討伐に行くのなら文句はないのに。
 あぁ、でも万が一討伐に失敗してマリネルが死んでしまうのは嫌だ。やっぱり行かないか、私が一人で行くべきなんだろうな。
 なんて、ぼんやりと考え事をしながら歩いていた時だった。

「ちょっと待て」

 そう言った見知らぬ男性が、私の手首を掴む。

「は、はい?」
「お前は合格だ。五次テストまで飛ばしていい」

 ……なんでやねん。




 
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