悪役令嬢の尻ぬぐい

蔵崎とら

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「わぁ! フレア様すごーい!」

 リディアが騒いでいるが、スライムをたった一匹討伐しただけである。
 最初からこの調子では、先が思いやられる。私はそう思いながら、馬車内の隅っこの席で深いため息をついていた。

 魔王討伐部隊の入隊式から約一週間。各々が準備を整えてから出発式を行った。
 出発式は騎士団が普段使っている闘技場で行われ、大勢のギャラリーが集まる中、国王陛下のお言葉などが読み上げられるなどしていたわけだが、自分の両親が一際騒がしく鼻が高い鼻が高いと喚いていたのが猛烈に恥ずかしかった。
 アイツらは私のスキルを役立たずだと言い放った上に特訓と称して日々の鬱憤を八つ当たりのように私にぶつけて来ていたくせに、魔王討伐部隊への入隊が決まった途端自慢の娘だと周囲に言い触らして回っていた。
 あんなもんいい恥さらしだ。
 魔王討伐部隊になど入りたくなかったけれど、旅に出てしまえば両親の顔を見ずに済むと思うと少し気が楽になる。
 出来ることなら旅に出たまま家に帰らずに済めばいいのだが……そうなるとヒロインと攻略対象キャラをずっと近くで見ていなければならなくなるので、それはそれでちょっとなぁ……。
 まぁ、どうせここにはきゃーきゃー言うヒロインをちやほやする攻略対象キャラしかいないわけだし、特に喋る相手もいないから、旅を終えた後で家に帰らずに済む方法でも考えながら過ごそう。

 そんなわけで、攻略対象キャラたちが低級の魔物をちょろっと倒してはヒロインに褒めそやされてドヤ顔をキメて、次は自分が褒められようとして各々がいい恰好をする。みたいな流れで旅は進み、出発から約三時間程が経過していた。
 ちんたら進んでいるせいで、人間のほうはさほど疲れていないのだが、馬車を引く馬が疲れてきているからと言う理由で休憩が入った。
 私は水をがぶ飲みしている馬を眺めながら、それはもう深い深いため息を零す。
 出発から三時間レベルの疲れじゃねぇ。
 ちらりと様子を窺えば、あちらでは相変わらずヒロインを囲んでわいわいやっている。悪役令嬢の娘というライバルがいないからかゲームのシナリオとかイベントとか関係なくやりたい放題だ。
 悪役令嬢さえ己の責務を全うしてくれれば、私はこんなところに来なくて済んだのに。モブがライバルに成り代われるわけがないのに。
 何がアイスクリーム屋だよ。もし行く機会があったら無銭飲食してやる。

「お疲れですか?」

 ふと、視界が赤く染まった。
 何事かと思えば、御者さんが私の目の前に赤い木の実を差し出してくれていたのだ。

「まぁ、少し。ありがとうございます」
「僕も少し疲れました」
「ですよねぇ」

 御者さんはくすりと笑って私に差し出してくれたものと同じ木の実をさくっと軽快な音を立てながら齧る。
 そういえば喋る相手がいないと思ってたけど、彼がいたな。モブ仲間の彼が。

「あの輪には入らないんですか?」

 御者さんが、そう言って視線を送った先には、ヒロインと攻略対象キャラたちの塊が相変わらずわいわいやっている。

「苦手なんですよね、ああいうの」
「分かります。僕も苦手です」

 ああ、やっぱりモブ同士だからだろうか、ああいった賑やかな塊は私と同じく苦手らしい。
 なんて、自分との共通点を見付けてほんの少しだけ安心していると、御者さんが据わった目で小さく口を開いた。

「僕はああいう男に媚びる女とそれを見て鼻の下を伸ばす男が世界一苦手で」

 何を言い出すかと思えばド直球な悪口だったわ。

「まぁ、うん、あの、分かります。言いたいことは分かります」

 私も苦手だし。

「正直なところあいつらのせいで予定より時間がかかっていることに腹が立ってて」
「そうですよね。スライム一匹倒すのにクソほど時間かけてますしね」
「そう。たかがスライムだろうが」

 御者さんの口がどんどん悪くなっていく。そしてそんな御者さんにつられて私の目も据わっていく。

「あとスライム倒すの下手過ぎて核も破壊されてましたよね」
「いやマジでそう。スライムならまだ我慢出来るけどこの先貴重な魔物の核まで破壊されたらと思うと今からイライラする……」

 めっちゃキレとるがな。

「私だったら一発で仕留められるのに」

 私はそう言って己のポケットから小型の魔導銃を取り出した。

「お、いい銃じゃないですか」

 私の手に馴染む少し小さなフォルムで、私の魔力と相性のいいネフライトとペリドットが散りばめられたデザインの最強に可愛い銃なのである、とこっそりドヤ顔をキメる。
 ちなみにこの銃を人に見せたのは初めてだった。
 父親は肉弾戦至上主義者で飛び道具など外道だと常日頃から言っていて、銃など見せた瞬間破壊しやがるタイプの奴だったので絶対に見せられなかったから。

「一発で仕留められるってことは、どこかで習っていたり?」
「いえ、独学です。と言っても私は特殊スキルで相手の急所が見えるのでネフライトとペリドットの魔力を借りて魔力弾を追尾型にすれば簡単に当たるんで」
「へぇ……」

 二人して銃を眺めながらしばし黙り込む。

「これ……、奴らに魔物の接近を知られる前にミレイアさんが撃って倒せば時間短縮になるのでは?」
「私も今同じようなことを考えてました。でも核の回収が」
「それなら僕の特殊スキルで出来ますよ。俺の特殊スキルは回収と保存なんで」

 ほら、と御者さんが人差し指を少し離れた場所に生えている木に向ける。そしてそれをそっと動かした次の瞬間、その木になっていた木の実が彼の手元まで飛んできた。

「え、すごい便利」
「でしょ。でも物がなくなったりすると真っ先に疑われるんですよね」
「あー……やっぱ特殊スキルもいいことばっかりじゃないですよねぇ」

 私の特殊スキルが役立たずだと言われたように、彼も過去に色々とあったのだろう。そんな顔をしていた気がした。

「じゃあとりあえず次の休憩ポイントまでの間で実験してみるということで」
「はい! あ、そういえば御者さんの名前を聞いてなかったのですが」
「あぁ、僕の名前はエリオ。多分歳も同じくらいだし敬語じゃなくても大丈夫」
「あ、うん。じゃあ改めてよろしく、エリオ」
「よろしく、ミレイア」




 
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