悪役令嬢の尻ぬぐい

蔵崎とら

文字の大きさ
5 / 8

しおりを挟む
「俺、リディアのことが好きだよ」
「俺のほうが好きだよ!」
「二人とも落ち着いてくださいっ!」

 本当に落ち着いてほしいトーンではないんだよなぁ、声が。
 男どもに奪い合われてうきうきのルンルンですぅ! ってトーンなんだよ。

「わあぁ! すごいよミレイア! ワイバーンの核がこんなにも綺麗!」

 こっちもうきうきのルンルンだったわ。落ち着きなよエリオ。

 魔王討伐部隊の旅も早いもので出発から五日ほどが経過していた。
 なぜ早いのかと言えば私とエリオが魔物をさくさくと蹴散らしているからである。
 旅の進行が予定よりも早かったので、途中の大きな街で私の小型銃を大きめのものに改良してもらっていた。と言っても散弾銃やロケットランチャーに、というわけにはいかず、小型銃をそのままライフルサイズに伸ばしてもらった感じだけれど。
 しかしまぁ腕のいい職人だったから、撃ちやすさは爆上がり。ワイバーンのような大きな魔物が相手だろうとクリティカルヒットでワンパン。完全にぬるゲー。魔力弾はリロードも不要なのでぬるぬるのぬゲーだ。
 さらにゲーム的に言うと私が一人で魔物を倒しているから、一人だけレベルが上がり続けている可能性を感じ始めている。じゃなきゃワイバーンをワンパンはさすがに無理だろう。
 でもなぁ、銃を撃つのが最大のストレス発散方法なんだもんなぁ。それを我慢して他の奴らに経験値を譲る? 出来ないなぁ。

「ミレイア、グリフォンだ」
「見えてる見えてる」

 グリフォンはさすがにワンパンでは――

「すごいなミレイア! 核も綺麗に回収出来たしグリフォンの鉤爪も羽毛もこんなにいい状態なら後で高く売れる!」

 一発撃った次の瞬間には興奮気味のエリオが回収してるので、私がワンパンで倒してるのか、まだ倒れてないのに核が回収されているのか分かったもんじゃなかった。

「ミレイアはさ、この旅が終わったらどうする?」

 ふとエリオに問われた。
 そういえば、家に帰りたくないな、と思っているくらいでまだ考えていなかった。
 それだけこのエリオと二人で行うシューティングゲームが面白かったから。
 この生活が続いたら楽しいだろうな、なんて思うくらいには面白い。ヒロインと攻略対象キャラ御一行様さえいなければな。

「旅が終わったら……家に帰らなきゃいけないんだろうなぁ」
「帰りたくないの?」
「まぁ、うん。出来れば」

 出来ることなら、よほどのことがない限り両親と顔を合わせなくてもいいくらい、両親から遠く離れたところに行きたい。

「ダンジョンとか興味ない?」
「ダンジョン?」
「もしも俺たちが魔王を討伐したら、残った魔物たちは地下に逃げ込んでいくらしいんだ。そこで次の魔王の誕生を待つと言われている」
「へぇ。ってことはそのダンジョンに行けば魔物撃ち放題?」
「そう。核も取り放題」

 最高では?

「ただ、場所が遠いんだ。遠い遠い大陸の東の果てにある森の中だったりする」
「大陸の、東の果て……」

 そこまで離れれば本当によほどのことがない限り両親と顔を合わせなくてもいいな。やっぱり最高では?

「故郷からあまりにも離れることになるし、やっぱり嫌だよね?」
「生活していけるの?」
「大きな街があるから衣食住に困ることはないよ!」

 最高では?

「ミレイアさえ良ければ、俺と一緒に行かない? 俺たち二人で組めば最強だと思うんだけど」

 確かに最強だし二つ返事でその話に乗ろうとした、その時だった。
 ずしん、と地響きのような音がする。音はまだ遠いけれど、明らかに危険な音。
 その音で、私は思い出した。道中で起こるイベントのことを。
 この先、腹を空かせた巨大なカメが襲ってくる。ガンセキガメ……だったっけ?
 そしてそのカメにライバルが襲われて怪我をする。怪我をしたライバルに駆け寄るのが攻略中のキャラであれば親密度不足で、攻略中ではないキャラであればバッドエンド回避は確定。そんなイベントだ。
 ライバル不在だから、この場合襲われるのは私ということになるのだろうか?
 だとしたら誰も駆け寄ってきたりしないだろう。だってほとんど顔見知り以下だもの。

「何か来る」
「あれは魔物じゃない。急所が多い」

 急所なんか見なくても何が来るかは知っているんだけれど。

「あ、れは、カメ!?」

 エリオが度肝を抜かれている。
 私だって度肝を抜かれている。だって、誰のルートでも起こるイベントなのでスチルでは見慣れているけれど、あんなゾウよりデカいカメなんか初めて見るし。もはやデカ過ぎて山。

「ガンセキガメだね。世界一大きなカメ。確か国で保護されてるはずだから危害は加えられない」
「え、でも明らかにこっちに向かって来てる! このままじゃ踏みつぶされる!」
「噂で聞いただけだけど、最近餌場を魔物に荒らされててお腹が空いてるらしいんだよね……」
「空腹……あ、おやつにしようとしてた木の実がある!」
「それだ!」

 エリオが例のバッグから木の実を取り出した。
 それを受け取った私が、次々とカメの足元を目掛けて投げ続ける。

「まだあるよ!」
「まだあるの!?」

 どんだけ回収してたんだよ! と心の中で絶叫しながら、私は次から次へとお手玉のように木の実を投げ続けた。
 幸いカメもその木の実の存在に気が付いてくれたらしく、こちらの馬車から少し離れた場所でむしゃむしゃと食べ始めたようだ。
 とっても美味しそうに食べているカメの顔を見た私たちは、ふと顔を見合わせて、そして笑った。
 必死だったから、二人とも果汁まみれだったのだ。
 それにしても、果汁が赤いから血しぶきでも浴びたみたいだな。

「予定の休憩場所ではないけどあの小さな町で手を洗わせてもらおうか」
「そうだね。血まみれみたいだもんね」

 二人はそう言って、また笑うのだった。

 手を洗わせてもらうために馬車を止めたら、馬車が止まったことに気が付いたヒロインと攻略対象キャラ御一行様が何事かと馬車の中から出てきた。
 あの巨大なガンセキガメには一切気が付かなかったくせに馬車が止まったことには気が付くんだなぁ、なんて考えていたら、ヒロインがこちらに近付いてくる。

「大変っ! 怪我をしているじゃないですか! 治療しますね!」

 どうやら果汁まみれの私の手が、怪我をしているように見えたらしい。血まみれっぽいもんね。

「あ、結構です」

 と、端的にお断りすると、第二王子がキレ気味で怒鳴りつけてきた。

「リディアの好意を無碍にすると言うのか!」

 ……だそうだ。
 怪我をしたライバルには駆け寄っていたというのに、怪我をしたように見えるモブには怒鳴るのか。モブには厳しい世界だなぁ。

「いや、無碍もなにも怪我してないので」
「え、でも」
「これ果汁です」

 私の言葉を聞いたヒロインたちは、言葉の意味が理解出来なかったらしく、小さな声で「果汁」と零したままその場で固まっていた。

「さっさと洗いに行こうよ、ミレイア」
「はーい。あ、エリオは顔も洗ったほうがいいよ。返り血みたいになってる」
「ミレイアもだよ」

 ぽかーんとしているヒロインたちをその場に置いて、私たちはけらけらと笑いながら水場を目指した。



 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

「君は悪役令嬢だ」と離婚されたけど、追放先で伝説の力をゲット!最強の女王になって国を建てたら、後悔した元夫が求婚してきました

黒崎隼人
ファンタジー
「君は悪役令嬢だ」――冷酷な皇太子だった夫から一方的に離婚を告げられ、すべての地位と財産を奪われたアリシア。悪役の汚名を着せられ、魔物がはびこる辺境の地へ追放された彼女が見つけたのは、古代文明の遺跡と自らが「失われた王家の末裔」であるという衝撃の真実だった。 古代魔法の力に覚醒し、心優しき領民たちと共に荒れ地を切り拓くアリシア。 一方、彼女を陥れた偽りの聖女の陰謀に気づき始めた元夫は、後悔と焦燥に駆られていく。 追放された令嬢が運命に抗い、最強の女王へと成り上がる。 愛と裏切り、そして再生の痛快逆転ファンタジー、ここに開幕!

うっかり結婚を承諾したら……。

翠月るるな
恋愛
「結婚しようよ」 なんて軽い言葉で誘われて、承諾することに。 相手は女避けにちょうどいいみたいだし、私は煩わしいことからの解放される。 白い結婚になるなら、思う存分魔導の勉強ができると喜んだものの……。 実際は思った感じではなくて──?

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。

【完結】私が誰だか、分かってますか?

美麗
恋愛
アスターテ皇国 時の皇太子は、皇太子妃とその侍女を妾妃とし他の妃を娶ることはなかった 出産時の出血により一時病床にあったもののゆっくり回復した。 皇太子は皇帝となり、皇太子妃は皇后となった。 そして、皇后との間に産まれた男児を皇太子とした。 以降の子は妾妃との娘のみであった。 表向きは皇帝と皇后の仲は睦まじく、皇后は妾妃を受け入れていた。 ただ、皇帝と皇后より、皇后と妾妃の仲はより睦まじくあったとの話もあるようだ。 残念ながら、この妾妃は産まれも育ちも定かではなかった。 また、後ろ盾も何もないために何故皇后の侍女となったかも不明であった。 そして、この妾妃の娘マリアーナははたしてどのような娘なのか… 17話完結予定です。 完結まで書き終わっております。 よろしくお願いいたします。

噂の聖女と国王陛下 ―婚約破棄を願った令嬢は、溺愛される

柴田はつみ
恋愛
幼い頃から共に育った国王アランは、私にとって憧れであり、唯一の婚約者だった。 だが、最近になって「陛下は聖女殿と親しいらしい」という噂が宮廷中に広まる。 聖女は誰もが認める美しい女性で、陛下の隣に立つ姿は絵のようにお似合い――私など必要ないのではないか。 胸を締め付ける不安に耐えかねた私は、ついにアランへ婚約破棄を申し出る。 「……私では、陛下の隣に立つ資格がありません」 けれど、返ってきたのは予想外の言葉だった。 「お前は俺の妻になる。誰が何と言おうと、それは変わらない」 噂の裏に隠された真実、幼馴染が密かに抱き続けていた深い愛情―― 一度手放そうとした運命の絆は、より強く絡み合い、私を逃がさなくなる。

え?わたくしは通りすがりの元病弱令嬢ですので修羅場に巻き込まないでくたさい。

ネコフク
恋愛
わたくしリィナ=ユグノアは小さな頃から病弱でしたが今は健康になり学園に通えるほどになりました。しかし殆ど屋敷で過ごしていたわたくしには学園は迷路のような場所。入学して半年、未だに迷子になってしまいます。今日も侍従のハルにニヤニヤされながら遠回り(迷子)して出た場所では何やら不穏な集団が・・・ 強制的に修羅場に巻き込まれたリィナがちょっとだけざまぁするお話です。そして修羅場とは関係ないトコで婚約者に溺愛されています。

【完結】悪役令嬢だったみたいなので婚約から回避してみた

22時完結
恋愛
春風に彩られた王国で、名門貴族ロゼリア家の娘ナタリアは、ある日見た悪夢によって人生が一変する。夢の中、彼女は「悪役令嬢」として婚約を破棄され、王国から追放される未来を目撃する。それを避けるため、彼女は最愛の王太子アレクサンダーから距離を置き、自らを守ろうとするが、彼の深い愛と執着が彼女の運命を変えていく。

悪役令嬢に転生したので地味令嬢に変装したら、婚約者が離れてくれないのですが。

槙村まき
恋愛
 スマホ向け乙女ゲーム『時戻りの少女~ささやかな日々をあなたと共に~』の悪役令嬢、リシェリア・オゼリエに転生した主人公は、処刑される未来を変えるために地味に地味で地味な令嬢に変装して生きていくことを決意した。  それなのに学園に入学しても婚約者である王太子ルーカスは付きまとってくるし、ゲームのヒロインからはなぜか「私の代わりにヒロインになって!」とお願いされるし……。  挙句の果てには、ある日隠れていた図書室で、ルーカスに唇を奪われてしまう。  そんな感じで悪役令嬢がヤンデレ気味な王子から逃げようとしながらも、ヒロインと共に攻略対象者たちを助ける? 話になるはず……! 第二章以降は、11時と23時に更新予定です。 他サイトにも掲載しています。 よろしくお願いします。 25.4.25 HOTランキング(女性向け)四位、ありがとうございます!

処理中です...