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「来ちゃった」
「来ちゃった……ねえ」
平凡で平穏な日々を過ごすうちに、自分が拉致されて第三皇子の元へ連れていかれたあの日のこともただの夢だったのかもしれない。そんな風に思い始めていた頃のこと。
我が小屋に来客があった。
なんとなく控えめなノックの音がして「先生、ごめんください」と声がかけられた。
男性の声だったし、こちらが出ない限りドアを開けないので珍しいなと思いながらドアを開けてみると、そこには見知った顔がふたつ。
そのふたつの顔はにっこりと笑っており、冒頭の会話につながるわけだ。
……わけがわからないよ。
「来ちゃったってあの、あ……え?」
「見ろリュード。完全に混乱しているようだ。大成功だ」
「会えてよかったですね、ローデヴェイク様」
混乱するこちらそっちのけでにこにこと会話をしているローデヴェイク様とリュードさんはとても楽しそうだ。楽しそうでなによりだけれども。
「と、とりあえず、中へどうぞ」
そんな楽しそうな二人を、私は小屋の中へと誘う。
二人はさらに楽しそうに中へと入って来た。修学旅行か社会科見学を楽しんでいる小学生のようだった。
小学生さながらの二人を見ても特に驚かなかったロミーは、粛々とお茶を用意してくれている。
「ロミー、二人が来ること知ってた?」
「いえ、知りませんよ? ただいつか来るんじゃないかなとは思っていました!」
「なにそれ、予感的な?」
「うーん、予感というよりほぼ確信に近い予感といいますか……だってローデヴェイク様を幸せにするのはシェリー先生の役目じゃないですか」
「私の役目なんですかぁ?」
初耳ですけどぉ?
なんて思いながら、とりあえず四人でテーブルを囲む。
すると先程まで小学生のように楽しそうだったローデヴェイク様が黙り込んでそわそわし始めた。
「ほらローデヴェイク様、俺の顔ばっか見てないで」
「あ、ああ」
リュードさんがローデヴェイク様の腕あたりをどついている。
以前見たときよりも仲良くなっている気がする。なんというか、リュードさんの態度が砕けた感じになったというか。
「その、会いたかった」
「あ。え、はい」
ど、どうやらローデヴェイク様は私に会いたかったらしい。
「あ、いや、その、俺の呪いを消してくれたというのに、まともなお礼もできなかったのが気がかりだったんだ」
「あぁ、まぁ、最後があんな感じでしたからね」
第二皇子が乗り込んできたんだったな。
しかし今考えたら結局私が消したいと言い出しただけだし、お礼を言われる立場ではないような気がする。
「お礼を言うのは私のほうだと思います。あの場から逃がしてくださってありがとうございました。おかげさまで、今ものんびり生きています」
「いやいやいやお礼を言うのはこんなに綺麗に呪いを、傷を消してもらったんだからやっぱり俺のほうであって、あの場から逃げてもらうのは当然のことで」
「いやいやいやいや」
なんて、そんなやりとりをしていたところ、リュードさんが耐えかねて笑いだしてしまった。
「じゃあもう二人一緒にありがとうございましたって言えばいいんじゃないですかね? それはそれとして、ローデヴェイク様はシェリー先生にもっと言いたいことがあったはずでは?」
「あ、ああそうだった。その、俺はあなたの名前すらきちんと教えてもらってなかったんだが」
「そうでしたね。私はシェリーと名乗っています。本名のほうはちょっと捨ててしまったのですが」
「捨てておいたほうがいいだろうな。アレだし」
「はい、お察しの通りアレなので」
思い出したくもないあの男、生物学上では私の父親であるあの男は、今も地下牢にぶち込まれたままなのだろう。
続報は新聞で見かけていたけれど、私の存在は名前さえも出てこなかった。
だから私が替え玉でローデヴェイク様のところへ行ったことは、関係者以外誰も知らないのだ。
きっとローデヴェイク様が隠してくれたのだろう。やっぱりお礼を言うのは私のほうじゃないか。
「それで、あの呪いだが……真相を教えてもらったんだ」
「え、そうなんですか?」
「ああ。俺の呪いが解けたことが話題になって少し経ったころ、手紙が届いてな。読むかどうか心底悩んだが、結局読んだ」
ローデヴェイク様の話によると、手紙の差出人は元側妃だったそうだ。
……と言われても、皇族について詳しく知らない私には誰のことだか分らなかった。
そんな私の様子を察してか、ローデヴェイク様はゆっくりと詳しく解説しながらあれこれ教えてくれる。
元側妃というのはローデヴェイク様の父である皇帝陛下の4番目の妃だったそうだ。
後ろ盾は弱く女の子しか生んでいない。そんな弱い立場にいた人だったけれど、ただ心優しい人だったとローデヴェイク様は記憶していた。
それで結局のところ、あの火傷はその元側妃が産んだ娘で、ローデヴェイク様の異母姉にあたる人の手によって起きた不慮の事故だったそうだ。
その元側妃とローデヴェイク様のお母様の仲が良好だったこともあり、ローデヴェイク様のお姉様はローデヴェイク様の誕生を心待ちにしていた。
それからやっと産まれて来たローデヴェイク様に会える日、お姉様はそれはそれははしゃいでしまったのだそう。
そうして産まれたばかりのローデヴェイク様がいらっしゃるお部屋に入り、お茶を淹れるために用意されていたお湯をぶちまけてしまった。
それがローデヴェイク様にかかってしまってあの火傷。そしてお姉様が『私のせいで赤ちゃんが死んでしまう』そう思い恐怖し、あの色魔法が火傷に乗ってしまったのだろう。私が見たのも明確な恐怖だったから。
色魔法が乗ったことで命に係わる火傷にはならなかったけれど、結果的にあの禍々しい色になってしまったのだ。
ローデヴェイク様のお母様は命に別状はなかったし、我が子の誕生を心から楽しみにしてくれていたからこその事故だったからと罰するつもりはなかったらしい。
しかし元側妃がそうはいかないと申し出て娘を連れて城を出て、離宮で暮らすようになったのだとか。
「悲しい事故ですね……」
私がぽつりと零すと、ローデヴェイク様は苦笑を零した。
「悲しい事故だったんだと思う。誰も本当のことを口にできないくらいに」
結局、ローデヴェイク様が物心ついたころに真相を話すつもりだったとも手紙に書いてあったそうだ。
しかしその間にあの第二皇子があれは呪いだと言いふらし始め、その噂がどんどん広まって行って『呪われた第三皇子』という不名誉な異名が定着してしまったというわけだ。
第二皇子の母親は立場も強ければ気も強いというなかなかの曲者だったそうで、あわよくば第一皇子を蹴落としてでも自分の息子を皇帝にと画策していたそうだから、噂を広めたのも第二皇子側の人たちだったんじゃないかなぁ。
その辺は手紙に書かれていなかったから分からないらしいけれど。
「まぁ、俺の傷跡もぜーんぶ消えてしまった以上、昔のことなどどうでもいいんだけどな」
ローデヴェイク様はそう言って眩しいほどの笑顔を見せてくれた。
ローデヴェイク様のこんな満面の笑み、初めて見たかもしれないな。
「来ちゃった……ねえ」
平凡で平穏な日々を過ごすうちに、自分が拉致されて第三皇子の元へ連れていかれたあの日のこともただの夢だったのかもしれない。そんな風に思い始めていた頃のこと。
我が小屋に来客があった。
なんとなく控えめなノックの音がして「先生、ごめんください」と声がかけられた。
男性の声だったし、こちらが出ない限りドアを開けないので珍しいなと思いながらドアを開けてみると、そこには見知った顔がふたつ。
そのふたつの顔はにっこりと笑っており、冒頭の会話につながるわけだ。
……わけがわからないよ。
「来ちゃったってあの、あ……え?」
「見ろリュード。完全に混乱しているようだ。大成功だ」
「会えてよかったですね、ローデヴェイク様」
混乱するこちらそっちのけでにこにこと会話をしているローデヴェイク様とリュードさんはとても楽しそうだ。楽しそうでなによりだけれども。
「と、とりあえず、中へどうぞ」
そんな楽しそうな二人を、私は小屋の中へと誘う。
二人はさらに楽しそうに中へと入って来た。修学旅行か社会科見学を楽しんでいる小学生のようだった。
小学生さながらの二人を見ても特に驚かなかったロミーは、粛々とお茶を用意してくれている。
「ロミー、二人が来ること知ってた?」
「いえ、知りませんよ? ただいつか来るんじゃないかなとは思っていました!」
「なにそれ、予感的な?」
「うーん、予感というよりほぼ確信に近い予感といいますか……だってローデヴェイク様を幸せにするのはシェリー先生の役目じゃないですか」
「私の役目なんですかぁ?」
初耳ですけどぉ?
なんて思いながら、とりあえず四人でテーブルを囲む。
すると先程まで小学生のように楽しそうだったローデヴェイク様が黙り込んでそわそわし始めた。
「ほらローデヴェイク様、俺の顔ばっか見てないで」
「あ、ああ」
リュードさんがローデヴェイク様の腕あたりをどついている。
以前見たときよりも仲良くなっている気がする。なんというか、リュードさんの態度が砕けた感じになったというか。
「その、会いたかった」
「あ。え、はい」
ど、どうやらローデヴェイク様は私に会いたかったらしい。
「あ、いや、その、俺の呪いを消してくれたというのに、まともなお礼もできなかったのが気がかりだったんだ」
「あぁ、まぁ、最後があんな感じでしたからね」
第二皇子が乗り込んできたんだったな。
しかし今考えたら結局私が消したいと言い出しただけだし、お礼を言われる立場ではないような気がする。
「お礼を言うのは私のほうだと思います。あの場から逃がしてくださってありがとうございました。おかげさまで、今ものんびり生きています」
「いやいやいやお礼を言うのはこんなに綺麗に呪いを、傷を消してもらったんだからやっぱり俺のほうであって、あの場から逃げてもらうのは当然のことで」
「いやいやいやいや」
なんて、そんなやりとりをしていたところ、リュードさんが耐えかねて笑いだしてしまった。
「じゃあもう二人一緒にありがとうございましたって言えばいいんじゃないですかね? それはそれとして、ローデヴェイク様はシェリー先生にもっと言いたいことがあったはずでは?」
「あ、ああそうだった。その、俺はあなたの名前すらきちんと教えてもらってなかったんだが」
「そうでしたね。私はシェリーと名乗っています。本名のほうはちょっと捨ててしまったのですが」
「捨てておいたほうがいいだろうな。アレだし」
「はい、お察しの通りアレなので」
思い出したくもないあの男、生物学上では私の父親であるあの男は、今も地下牢にぶち込まれたままなのだろう。
続報は新聞で見かけていたけれど、私の存在は名前さえも出てこなかった。
だから私が替え玉でローデヴェイク様のところへ行ったことは、関係者以外誰も知らないのだ。
きっとローデヴェイク様が隠してくれたのだろう。やっぱりお礼を言うのは私のほうじゃないか。
「それで、あの呪いだが……真相を教えてもらったんだ」
「え、そうなんですか?」
「ああ。俺の呪いが解けたことが話題になって少し経ったころ、手紙が届いてな。読むかどうか心底悩んだが、結局読んだ」
ローデヴェイク様の話によると、手紙の差出人は元側妃だったそうだ。
……と言われても、皇族について詳しく知らない私には誰のことだか分らなかった。
そんな私の様子を察してか、ローデヴェイク様はゆっくりと詳しく解説しながらあれこれ教えてくれる。
元側妃というのはローデヴェイク様の父である皇帝陛下の4番目の妃だったそうだ。
後ろ盾は弱く女の子しか生んでいない。そんな弱い立場にいた人だったけれど、ただ心優しい人だったとローデヴェイク様は記憶していた。
それで結局のところ、あの火傷はその元側妃が産んだ娘で、ローデヴェイク様の異母姉にあたる人の手によって起きた不慮の事故だったそうだ。
その元側妃とローデヴェイク様のお母様の仲が良好だったこともあり、ローデヴェイク様のお姉様はローデヴェイク様の誕生を心待ちにしていた。
それからやっと産まれて来たローデヴェイク様に会える日、お姉様はそれはそれははしゃいでしまったのだそう。
そうして産まれたばかりのローデヴェイク様がいらっしゃるお部屋に入り、お茶を淹れるために用意されていたお湯をぶちまけてしまった。
それがローデヴェイク様にかかってしまってあの火傷。そしてお姉様が『私のせいで赤ちゃんが死んでしまう』そう思い恐怖し、あの色魔法が火傷に乗ってしまったのだろう。私が見たのも明確な恐怖だったから。
色魔法が乗ったことで命に係わる火傷にはならなかったけれど、結果的にあの禍々しい色になってしまったのだ。
ローデヴェイク様のお母様は命に別状はなかったし、我が子の誕生を心から楽しみにしてくれていたからこその事故だったからと罰するつもりはなかったらしい。
しかし元側妃がそうはいかないと申し出て娘を連れて城を出て、離宮で暮らすようになったのだとか。
「悲しい事故ですね……」
私がぽつりと零すと、ローデヴェイク様は苦笑を零した。
「悲しい事故だったんだと思う。誰も本当のことを口にできないくらいに」
結局、ローデヴェイク様が物心ついたころに真相を話すつもりだったとも手紙に書いてあったそうだ。
しかしその間にあの第二皇子があれは呪いだと言いふらし始め、その噂がどんどん広まって行って『呪われた第三皇子』という不名誉な異名が定着してしまったというわけだ。
第二皇子の母親は立場も強ければ気も強いというなかなかの曲者だったそうで、あわよくば第一皇子を蹴落としてでも自分の息子を皇帝にと画策していたそうだから、噂を広めたのも第二皇子側の人たちだったんじゃないかなぁ。
その辺は手紙に書かれていなかったから分からないらしいけれど。
「まぁ、俺の傷跡もぜーんぶ消えてしまった以上、昔のことなどどうでもいいんだけどな」
ローデヴェイク様はそう言って眩しいほどの笑顔を見せてくれた。
ローデヴェイク様のこんな満面の笑み、初めて見たかもしれないな。
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